願いの切符
──チリン
風にたなびく風鈴が音を零す。陽は今降りかけているが、暑さは収まる様子を見せない。コップ並々に注いだ炭酸飲料も今は半分程に減っていた。このところ宿題を終わらせにかかっていたため皆んなと遊ぶ回数も必然的に減った。こうも同じような日々が続くと気が滅入ってしまう。何か起こんないかなぁなんて考えてしまう。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
噂をすればなんとやらだな。まさかこのタイミングでインターホンが鳴るとは。そう思いながら玄関の方へ行き、ドアを開けた。
「地遥くんごめんね。代わりに神社に行ってくれないかい」
ドアの前にはお隣さんであるお婆さんが立っていた。
「いいよ。何願えばいいの?」
「そうだねえ。やっぱり健康第一だよ」
この街は高齢者が多く、山の上の神社に参拝が難しい人もいるため、僕のような若者が代わりに参拝に行くのも珍しくはない。
「でも良いのかい勉強してたんだろ?」
「逆だよ勉強してたから体動かしたいんだよ」
「そうかい、ありがとねえ」
お婆さんはにっこりと微笑んで参拝のためのお金とお駄賃をくれた。お金は僅かではあるが、とても嬉しい。
「今から行くのかい?」
「流石に今は陽が上にあるから夕方に行くよ」
「今日は綺麗な半月だからねえ。山からだと綺麗に見えるかもしれないよ」
「そっかありがとう」
ならば遅めに行くのも悪くないかもしれないな。まだ陽は燦々と輝いているし、夕方でもまだ暑いかもしれないから。
「それじゃあバイバイ」
軽く雑談をした後、お婆さんは帰って行った。
玄関からリビングに戻るとテーブルの上のコップの中の炭酸は抜け切っていた。その炭酸の抜け切ったジュースを一気に飲み干して、使い慣れたシャーペンを握り、空白の多い問題集を埋めていく。陽が沈むまでまだまだ時間はあるようだ。
◻︎ ◻︎ ◻︎
陽が山の影に足を入れそうな時間帯に山を自転車で駆け上る。重いペダルを蹴る。その度に街が小さくなり、空が近く、暗くなっていくのを感じた。上に着いた頃には陽は半分ほど消えていて、夜の到来を暗示していた。
慣れたように自転車を止め石畳の道の端をコツコツと進んでいく。お婆さんの言ったように今日は綺麗な半月で藍色の空を黄色く白く輝いていた。
手水舎で手と口を片方ずつ清め本殿へと歩みを進める。お賽銭箱の上の鈴をガランゴロンと鳴らし、お婆さんから預かったお金を賽銭箱に投げ入れる。小銭の小さな音が木製の賽銭箱の中で響いた。そしてニ礼二拍手をし、胸の前で手を合わせ、願う
『お婆さんが健康に過ごせますように』と。
最後に一礼をして、来た道を帰ろうとした時石畳の道の真ん中に何かが佇んでいた。
陽炎が人の形をしているように光がそこだけ屈折しており、まるで誰かがそこにいるようだった。
「やあ、ひさ、、、、、、いや初めてまして」
これは俗に言う幽霊なのだろうか。姿は意識をしないと見えずふと意識から離れると消えてしまうとなんとなく思った。
「あーそうか、見えないか。まあとりあえず誰でもいいから適当な人を思い浮かべてよ」
は?と言う疑問が浮かんだが、それよりも大きな何かでそれがかき消されたのを感じた。そいつの言った通りに想像するとその想像の通りの姿が前に現れた。
「へえ、君今はこの人なんだ」
その姿は月にそっくりでドッペルゲンガーなのかと思うほどだった。しかし、髪は艶のある黒ではなく銀髪でいつの間にか沈んだ陽の代わりに月明かりで輝いていた。まるでいつかの月華祭のときのあの河のように。
「あの、あなたは?」
「あーうんそうだなあ、ここの管理人とでも言っておこうか」
管理人、?この神社はこの地域の人たちで守り続けてきたところで管理人的な人物はいないはずだ。少なくとも僕の記憶にこの人物はいない。神社の管理人なんてやはり──
「最近面白いものを見終わってね。ここに帰って来たんだよ」
「面白いもの、?」
「そう面白いものさ。まあここでまたそんな物語が見れそうだと思ったよ。君を見てね」
帰ってきた、?物語、?色々と聞きたいことはあるが彼女の青空のような色の瞳を見るとそんなことが些細なことに思えて口に出せなくなってしまう。
「僕を見てってどういう──」
絞り出して疑問をぶつけようとした時、風鈴の涼しさを孕んだ音がチリンと鳴った。とりあえず聞かなきゃ。、、、何を?だめだ、何を言おうとしていたのか分からなくなってしまった。そんな僕の様子はお構いなしに目の前の彼女は口を開いた。
「君の知り合いに『願いの切符』を無視して過ごしてる奴がいるでしょ」
『願いの切符』それは小さい頃に父さんと母さんによく聞かされていた話で、この神社の願いが叶うとされている小さな白紙のことだ。その言葉はこの地域の人しか知らないはず。というか僕の知り合い?
「まあそんな戸惑わないでよ。でもちゃんと聞いててね。今その人がそれを無視し続けると危険なんだよ。ボクの楽しみを無視するなんて行為には代償が必要だからね」
取り立てってやつかな?と言い彼女はくすくすと不気味な笑みを浮かばせた。
「ボクはそれも面白いからいいけど、キミはそうじゃないだろ?しかもキミ次第だしねその子の命運は」
まあ楽しみに見ておくよそう言い彼女は僕の瞬きと同時に消えてしまった。何が起こったのかそんな疑問よりも僕が誰かの命運を握っているってどう言うことなんだ。何か忘れている、?
今日の半月は淡く儚げに輝いていたが、それは僕の何かが欠けているのを表しているようで言葉にできない焦燥感と苛立ちを感じた。




