永遠の儚月
まだ陽の浅い時間帯。森林の水分が空気中を舞っていて、肌を通してその空気が体に浸透する。肺の中に新鮮な空気が満たされているのがわかる。山の急な坂道を慣れたように走り、風を切る音が鼓膜を揺らす。
あの金曜日から10日も経ち、その次の週から水宮さんは復活した。以前とは少し変わっていたと月が言っていた。僕には分からなかったが、きっと彼女たちは互いに何かあるのだろう。そういえば紳助は何処か落ち着かない様子で少し面白かった。
今日は終業式で明日からは夏休みだ。これまでとは違う友達、環境での夏休みに心が躍るのはある意味で必然だと言える。
今年の夏はどんなものになるのだろう。
目の前の景色にはまだ青に染まっていない朝の色に薄い雲がまばらに空に浮かんでいた。
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「この夏休みに羽を伸ばしすぎないように」
感情の籠っていない忠告を佐野先生は言い、ホームルームを締め括った。その前の終業式では相変わらず話の長い校長の挨拶や生徒指導部の話が続いていたが、どの生徒も明日からの長期休暇に心踊らせていたためあまり苦ではなかったようだ。隣の紳助に至ってはソワソワを抑えられずに口元が緩んでいたのを僕は見逃さなかった。ちなみに今はもう準備を終わらせていつでも帰れるようにしている。
「気をつけ、礼」
「「「さよならー」」」
そしてスタートの合図が鳴った瞬間紳助はこちらに来て満面の笑みを見せてくる。
「なあこの後何処行く⁉︎」
終業式の後いつもの4人で何処か行こうと話はしたが具体的に何処に行くとかは決めていないため紳助は僕にそう聞いてきた。
「女子2人に任せるよ」
後ろを向いて2人に返答を求める。
「私はどこでも良いわよ」
「それじゃあ私、みんなで行きたいところがあるの!」
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「月が行きたい所ってここ、?」
目の前には変なオブジェが外に置かれている場所で入りにくいような雰囲気を醸し出している美術館が視界の大半を占めていた。月の意図がよく分からない。そんな僕の考えを代弁するように水宮さんが月に聞く。
「なんか今ね月についての展示があってるんだってポスターにあったの」
まあいいから行こ!と言って月は水宮さんの手を引いて中に入って行った。そして、取り残された僕と紳助は互いに見合わせて2人に続いて静かな美術館に足を踏み入れた。
中には色々な月の絵画が壁に飾られており、各自で気になったものを見ている。僕も歩いて気になったら止まるというのを繰り返している。そして前には月が一つの絵をいつしかのあの顔で見ていた。
その絵を並んで見る。そこには森の中の開けた場所から見た月が描かれていた。その絵の下あたりに田んぼや家などが描かれていることから山の頂上ということが伺える。また、その開けた場所には座りやすそうな岩がいくつか描かれていた。
別になんてことのない絵なのに何か引っ掛かりを覚える。昔、見たことある景色のような気がする。
デジャヴというやつなのだろうか。
でもこれは──
「懐かしい」
思わず声が出てしまい、反射的に口を押さえる。自分でも何故この言葉が浮かんだのか分からない。しかし今はそれよりも重要なことがある。
恐る恐る横を見ると目を丸くした月がこちらを見ていた。
「ごめん思わず声出ちゃった」
「いいよ別に、私もなんかこの景色見覚えがあるんだよね。こんな山に登った覚えはないんだけど」
目を丸くしていたのは急に声を発したからではなく自分と同じ意見であったからだったようだ。でも不思議だ。僕もこの景色の見える場所に行った記憶はない。
それは彼女も同じみたいだし、記憶が薄れるほど前のことなのだろうか。それとも前世とかそんな幻想的なものだろうか。色々な考えが頭をよぎるがこれといったものは浮かんでこない。
それでもひとつだけ確かだと思えることがある。
それはいつか必ず思い出せるという根拠のない自信である。何故だかそれだけは確かだと心が訴えてくる。本当に不思議だ。
「ハルくんそろそろお昼にしよっか」
2人呼んでくるねと駆け足で月は去って行った。僕もぼちぼち向かうかと思い、歩き始めた時にたまたま絵の下のプレートに目がいった。
『永遠の儚月
作 : 佐野 太陽』
佐野 太陽、?
間違いでなければこの名前は担任である佐野先生のフルネームだったはず。どういうことだ?先生は国語教師だろ?
「地遥ー!行くぞー!」
「おー」
一つの大きな疑問を脳に刻み、呼ばれた方へと向かった。




