晴れのち曇り
朝、夏の蒸し暑さと蝉の大合唱、そして憂鬱に侵された曲で目が覚める。今日は学校の創立記念日ということで3限目からの登校となっている。
創立記念日に休みということはなくて肩を落としたが、それ故に地元でもトップクラスの学力を有しているのだろうと納得した。
特にやることなんてないのに変に早起きをしてしまう。こんな時は逆に学校が楽しみで待ち遠しく感じてしまう不思議な現象が起こる。
「今日はバスでのんびり行くか」
電気をつけていない部屋は暗すぎず明るすぎず絶妙な明るさを保ち夏を感じさせる。コップに注いだ麦茶の中の氷を意味もなく見つめる。
夏が滴る。
バスの中から降りると自己主張の激しい太陽と茹だるような暑さに自然と眉間に皺がよる。ここから学校までは5分もないが、この暑さの前ではその5分でさえ、地獄と化す。
「おーい地遥!」
暑さに参っていると後ろから声をかけられ反射的に振り向く。そこには紳助が自転車に跨り某アイスを片手に手を振っていた。急いで漕いでいたのか髪がセンター分けのようになっている。それが似合っているのだから羨ましい。
「奇遇だな」
「お前暑くないの?アイス一ついる?」
「ありがと」
紳助は自転車を降り、アイスを咥えて空いた手で鞄をあさり、徐に棒アイスを差し出してきた。僕はそれを無造作に開け、口に咥える。地獄の中の一筋の蜘蛛の糸ように暑さから解放されたように体の熱が出て行くのがわかる。ありがてえなあと心の中でもう一度感謝し、並んで登校した。
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「やっほーハルくん!紳助くん!」
「やっほー月さん。今日も元気だねー」
「こんにちは月さん」
教室に入り、机に荷物を置くといつの間にか後ろにいた月さんに元気よく挨拶され、笑みを浮かべながら返す。すると何が悪かったのか月さんは顔を顰める。
「ハルくん約束、!」
あっ。忘れてしまっていた。たった2日前のことだというのに随分と前の出来事だと変に錯覚してしまっていたようだ。
「えーっと、こんにちは月、、、さん」
「んー、?」
悪魔のようにニマニマと下から覗き込んでくる彼女に一瞬殺意が湧いた。しかし、僕が悪い気もするのでここは僕が折れなければな。
「これでいいんでしょ月、!」
「よくできました!」
彼女はまるで子供を褒めるかのように僕の頭を撫でる。その一部始終を見ていた紳助はジト目をこちらに向け何してるん2人でと目で伝えていた。それにしてもいつもは一番にきている水宮さんの姿が見えない。紳助もそれを不思議に思ったのか月に聞く。
「紗良さんって今日来ないの?」
「あーなんか風邪らしい。微熱だけど迷惑かけたくないからって休んだみたい」
「ただの風邪ならいいけど、」
「紳助なんか言った?」
「ん?なんでもないよ」
そっかと相槌を打つ。横にいる紳助の顔が一瞬ほんの少しだけ曇ったような気がして心配してしまう。紳助が不安そうな顔をするのは珍しいことだったから。そして、そんなことなかったよと誤魔化すように戯けてみる紳助を見ると余計に心配してしまう。チラリと窓の外に目をやると先程までは晴れていた空が段々と暗くなり、大雨が予想できるほどの雲が空を覆った。
雨の匂いを鼻が捉えたのがわかった。
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その後2日間水宮さんは学校に来なかった。
「紗良、今日も休みかあ」
昼休みに昼食を食べるために机を囲んだはいいものの月の隣は今日も空席だ。
微熱なのにも関わらずこんなに休むということは胃腸炎とかそう言った類いのものなのだろうか。もしくはストレスとか精神的な。
僕が考えても分からないし、時間の解決を待つしかないのだろうか。
「そういや紳助、お前この前の土曜桃鉄忘れて行ってるぞ」
「あ、そうだった」
昨日、帰ってから自室で寝ようとした時桃鉄のカセットが机の上に置いてあり、その時ようやく気付いたのだ。
「明日は休みだし、明後日持ってくるよ」
明日は祝日のため、学校はない。そのため金曜に持ってくることを伝えたのだが──
「いやついでにおまえんちに取り行くよ」
「ついで?なんか用があったりすんの?」
「ちょっとな」
紳助の言葉に少しの引っ掛かりは覚えるが僕が何かを言える立場ではないので黙っておこう。
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「なあ、地遥」
紳助が忘れ物を取りに来た翌日の放課後、紳助に相談があると呼び止められた。橙色に染まり、影が伸び始めている教室で向かい合わせになり紳助は口を開いた。
「お前ってさ、夢って毎日見たりする?」
突拍子もない質問が飛んできて、言葉が詰まる。
「毎日は見ないだろ。大抵は二日に一回かそれ以下じゃないか?土日とかゆっくり寝たり二度寝したりする時は結構見る気がする程度だな」
紳助の質問の意図がいまいち分かんないな。
というか紳助が放課後呼び出して相談を持ってくるなんて初めてのような気がする。
今日は部活がオフだからちょうどよかったのだろうか。
「だよな。でも人間って毎日3〜5回は夢を見てるんだぜ。その中に悪夢も何個かあるだろな。それでも普通は夢が記憶になることなんて10回に2、3回のことなんだ。つまり夢は見ても記憶から消えていく。それほど強烈に刺激的で忘れられない夢じゃない限りな」
紳助はまあよく覚えている人もいるらしいけどなと付け足した。
紳助は豆知識を教えてくれているのか?と疑問が脳裏によぎるが前の紳助の顔を見るに真剣な話だと伝えてくる。
「なあ紳助、豆知識を教える為に呼び止めたわけじゃないだろ?」
遠回しに本題に入れと紳助に言う。
「まあ待てって、物事には順序がつきものなんだよ」
紳助はそう言うと机に両肘を立て手を組む。
きっと今からが本題なのだろう。
そう察せるほどに紳助は真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「もしお前が毎日3〜5回見る夢が全て記憶として残ったらどうする?いやどうなると思う?」
「は?」
「さっきよく覚えている人もいると言ったが、全部覚えているとするならだ」
何故もしもの話をするんだ?
紳助は俺に何をして欲しいのか。
何一つ分かんない。
「つまり、1日に見る夢全てを覚えているってことだよな?そりゃ悪夢も」
紳助の顔を見れば、彼は頷いた。
紳助の意図は全くわからないが、質問について考えるしかない。
もし、それらの夢を全て覚えているのなら、悪夢が来ない限り幸せじゃないか?
でも夢を覚えてるんなら現実との境目が分からなくなったり、夢を1日5回近く見てそれを覚えているのであれば脳のキャパシティはパンクしたりするのではないだろうか。
あくまでも想像の域だが、少なくとも僕はそういう体験をしたくはないな。
「俺はそんなこと体験したことないから分からんが少なくとも良いことばかりではないだろ」
「そーだよなー」
紳助は緊張から解き放たれるように体を伸ばした。
「てか、それお前の話か?」
「いんや、俺らの友達の話」
体を伸ばしたまま紳助は言う。
『俺』ではなく『俺ら』という言葉に引っかかる。俺らの共通の友達なんてそれこそ──
「なあもう一ついいか」
さっきとは違い真剣さはなくフランクな感じで紳助は言う。
「もしさ、さっき言った人がいてその人のその問題を解決するためにひとつ願いが叶うならお前は何でお願いする?」
突飛な質問だが、さっきよりかは簡単そうだ。
「俺なら──」
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「今日はありがとな!んじゃまた明日!」
校門で紳助と別れ、涼しい風が肌に当たる。
影が伸びきり街が影に覆われ街灯が夜道を照らす。ふと上を見るとひとつだけ大きく一等星には負けないと言うように輝く月が浮かんでいた。




