最終話 いつも通りの日常へ
そして幾日か経った頃。
紗良はすっかり仲良くなってしまった三人の侍女たちと厨房にいた。
熱々の釜からは、こんがりとバターが焼きあがる香りが広がってくる。
「ほんとに信じられない!紗良さまったら」
「自分の婚約発表パーティーなのに、料理作りなんて!」
「あんなに素敵だったあのドレスも着ないのよ。……でも、本当にうれしそうね」
「ほらほら、焼きあがったから次のトレーを用意してね。約束どおり、こき使うからね?」
「「「はーい」」」
そういわれ、厨房からたくさんの笑い声が広がった。
ジュウジュウと焼けるカラメルの音、シュワシュワと弾けるソーダの音。
ほっぺたが落ちるような、絶妙な口どけのアイスクリームが優しく溶ける。
そして、口に含んだ瞬間ほのかに香る芳醇なバニラ。
一口食べた後のみんなの恍惚とした表情が思い浮かぶようだ。
紗良はちらりと机の上のレシピ本を見た。
――そう。まだ、あちらの世界に未練はある。
ただ、自分の元の世界は、もう遠い思い出になりつつある。
あの時もし葵の手を取ってなかったら、と思うこともある。
でもあの決断は後悔していないし、これが、成長したことなのか、諦めたことなのか、自らがそう選択したことだからなのかはわからない。
でも、こちらの世界での居場所が――今はもう、大切な人たちがいる。
それは、やはりこちらの世界でのみんなが、とてもいい人たちだからであろう。
そして、これからたくさんの、この世界での楽しい思い出を――増やしていこう、とそう確かに思う。
食卓の上に並ぶ温かな食事を前にみんなが待ちきれないとソワソワし始める。
「じゃあ、食べよっか!」
紗良は嬉しそうにみんなに声をかけた。
「ね、故郷の、食べるときの合言葉だっけ?」
「そう――じゃあ、みんな一緒に」
「「いただきます」」
お読みいただきありがとうございました。
次回作を執筆中です。
10万字予定で、完結したら投稿予定です。
また、短編もいくつか執筆中です。
レビュー、コメント、評価どれも嬉しく思います。
お読みいただいた方、心より感謝いたします。




