第18話 可笑しな展開
紗良はなぜか窮地に追いやられていた。
「あいつとどういう関係だ?」 と、今まさに部屋で、かのレオナルド王子に押し迫られている。
壁際に追いやられ、視界はすべてレオナルド王子に一色で覆われる。
これから、なにがどうなるのか――正に気が気でない。
(――レオが怖い、なんで!?)
どうにか押しのけようと胸に押し当てた掌は無駄な足掻きで、びくともしない。
「そもそも、あいつと……いつ知り合う機会があったんだ?」
「あ、それは……。街にいったとき、レオとはぐれたでしょ。その時に初めて会っただけ」
「それが、なんでああなるんだ」
「えっと私も、よくわからないんだけど――?」
紗良は、読んで字の如く首を傾げる。なぜ自分がレオナルド王子にこんな解説をしなければならないのか――どうも理解ができなかった。
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時はさかのぼり、ディレック王子と厨房とのやり取りの後の出来事であった。
紗良が親善会の料理とお菓子作りを手伝ったあとようやく部屋に戻る。時間はもう深夜にさしかかろうとしていた。
見慣れた自室のテーブル、そこにはいくつかの箱と手紙が添えられて置かれていた。
「なんです?これ」
最低限のことは自分でやるので、紗良の部屋には侍女がいたりいなかったりする。
この時にたまたま居合わせた侍女は、「ええと、わかりません。私がここにきたときには、すでに部屋にありましたが……」
と簡潔に告げられたのみだった。
やたらと豪勢なリボンが巻かれ、包み紙までも薄い布で織られている。
大きな箱をゆっくりと揺らしてみるが、不審な音はしない。
(誰からだろう?)
まさか、この世界で爆破物などもないだろう、恨まれる覚えも――なくはなかったが、紗良はひとまず恐る恐るリボンを解き、箱を開けた。
中には、深く黒と緑で構成された丁寧なレースのドレスが入っている。
袖を通さずとも、おそらく自身にぴったりであろうことがわかる。
それに、アクセサリーと靴までも揃いだ。
「……なに?これ」
ここでそういえば、と添えられた手紙を読むと、要するにそれはディレックからの贈り物だと判明した。
――舞踏会に一緒に出席するように、との名目で。
(さっき何もいらない、っていったのに!?)
妙に手触りのいい、質の良さそうなドレス――こんなものを貰うわけにはいかない。
ともあれ返却にはどうしたらいいだろうかと思い返し、思いついたレオナルド王子を頼ることにした。
少なくとも、今こちらの世界で(自分の中では)最初よりかは仲が良くなっている。なんだかんだで助けてくれる彼ならば、きっと教えてくれるに違いない。
そう意を決し、足をレオナルド王子の部屋へと赴かせる。
この世界、ひいてはこの国ならではの、相手へ失礼のない返却方法を教えてもらわねば――とそのまま箱と手紙持っていったのが運の尽きだった。
いぶかしげに深夜の来訪目的を尋ねたレオナルド王子に、箱と手紙を持って説明したとこで、今に至る。
「なんでディレックが?」
「なんでか、お菓子のお礼がしたい、っていってたけど?」
「そんなわけあるか。お菓子でプレゼントを毎回送っていたら、王宮のパティシエはいまごろ全員、大富豪だろうが」
その反論に、紗良はその通りですね、とばかりに頭を悩ませた。
――気に入られたな……、と出かけた言葉を噛み締め、レオナルド王子は紗良を見やり、ため息をついた。
「ひとまず俺と舞踏会にいくか、舞踏会が終わるまでこの部屋に留まるか。どちらかを選べ」
「どんな選択肢!?」
突然、振ってわいた究極の選択肢に意味がわからず、説明を求める。
「そもそも、贈り主がディレックなのが問題だ。これを断ると、こちらとしても都合がよくない。つまり、今のこの状況は――先約があると奴に断り俺と舞踏会にいくか、奴の申し出を受け、舞踏会に行くかだ。そのどちらも嫌なら、せめて届いたことを知らなかった振りをして舞踏会が終わるまでこの部屋にいろ」
いわんとすることはなんとなくだが、理解できる。だが。
「……そもそも、別にこの部屋でなくてもいいんじゃ?シア姫の部屋とか――」
「ディレックはエドとシアと仲がいい。そして、何より出入自由の権限がある。どちらの部屋にもいく可能性があるしな。国王も謁見がある。つまり、この城でここ以外に安全な場所はない」
「じゃあ、なんで、ここは来ないわけ?」
「形だけ友ではあるが、俺とはさして仲が良くない。まず来ないだろう。万が一きたとしても、断固入れないがな」
明瞭簡潔に告げ、どうする?と問われる。
どう考えても、妙齢の女性がこの部屋に……仮にもこの王子様と一晩とまるのは――よろしくない。
自ずとそれは選択肢に思えて、最終的に選ぶ結論は一つだった。
「レオと参加するわ……」
「良かったな?ダンスの練習をしていて」
「こうなるとは、思わなかったけど。もしかして、見越してたの?」
「それは念のため、だ。今後変わる可能性ある、とあの時にいっただろ」
「うう、そうなのね。じゃあ、明日……このドレスを着ていけばいいのかしら?」
レオナルド王子はドレスを一瞥すると、かぶりを振った。
「ドレスはもう、調達済みだ」