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作者: 児玉秋

人生には、なんとなくでやり過ごしても良いはずなのに、どうしてもやり過ごせない物事や言葉が、都度現れる。そんな革命や核心が訪れるたび、汐は現れた。

これは僕と汐の成長の記録。

あくまでも、恥の多い人生を送ってきた。

汐  


人生には、なんとなくでやり過ごしても良いはずなのに、どうしてもやり過ごせない物事や言葉が、都度現れる。そんな革命や核心が訪れるたび、汐は現れた。

これは僕と汐の成長の記録。

あくまでも、恥の多い人生を送ってきた。


-1-

「じゃあここの問題を、、、ってまたか、おい!潮口!起きろ!」

思春期の少年少女をひとつの部屋に閉じ込めたような、箱の端っこ、教室の端っこに僕はいた。

僕の名前は潮口夕(しおぐちゆう)、勉強ができるわけでも、特別運動ができるわけでもない、ただの音楽が好きな17歳だ。

4月から始まった高校生活のスタートダッシュを完全に滑り、友達ができぬまま、勉強には置いて行かれて6月になった。

部活に入ったわけではないので、いつも通り終礼の後は帰るしかない。

靴箱で靴を履き替え、特に雨も降っていない午後四時くらい、一人歩き出すと、

空から女の子が降ってきた。

これは物語ではない。決して劇的で刺激的なストーリーが紡がれるわけではない。だから敢えて端的にもう一度言葉にさせていただくと、

空から女の子が降ってきた。のだ。

ドサッと、思っている以上に痛くなさそうな音が鳴り響く、そしてその女の子は僕の方へ指を刺して、一言こういった。

「私は君の運命なのだよ!」


-2-

駅中のカフェ、喫茶ハヌマーンは、僕にとって一人になれる、一人であることが許される一つの場所だった。

「ここのココアが美味しいんだ」

「そうなの、意外ね。あるいは意外ではないかも。君にとってここは必要な場所なのね」

喫茶ハヌマーンに入ってから、空から女の子が降ってきてからおよそ1時間が経って、わかったことはいくつかあった。

一つは、彼女の名前は汐ということ。

彼女の存在は周りの人間には認知されていないこと。

そして彼女は、僕にとっての運命だと言うこと。

ずっと要領を得ないまま彼女の話を聞いていた。

「だから!私は君にとっての運命なのだよ!それがどうしてわからないの?」

「どうしてって言われても、わからないものはわからないよ。まさか運命が女の子になって現れたと言われても、意味がわからないよ。」

「じゃあ例えば」

そう言って汐と名乗る女の子は人差し指を上に伸ばした。

「今から5分後に、君がクラスで気になっているリミちゃんがここに入ってくるとする。そうすればそれは運命だと呼べない?」

「なんで君がリミちゃんのことを、、?」

「だから、私は君だからだよ」

化かされているのか、馬鹿にされているのか分からないが、どうして彼女がリミちゃんの存在を知っているのか、わからないまま混乱していると、カランコロンと、喫茶ハヌマーンのドアが開いた。

「あ、えっと、、潮口くんじゃん」

リミちゃんだった。

「ほら、言ったとおりだ」

汐と名乗る彼女は得意そうな顔でフフンと腕組みをした。

「佐竹さん(リミちゃんの苗字)、どうしてここに?」

「いや、友達と待ち合わせしてて、、潮口君こそ一人で?」

そうか、汐は、彼女は僕以外から見えないのだった。つまり僕は今、一人で二人分のココアを飲む変態に見えかけていると言うことになる。それは危ない

「僕も待ち合わせしてたんだけど、、どうやらドタキャンされたみたいでさ」

浅はかな嘘をついた。

友達なんていないのに。

「そして残念なことに、リミちゃんの友達の性別は男だ。ドンマイ。君よ」

汐がほざいた。

するとまたカランコロンと音がして、僕とはどうやっても関わりのないような派手なピアスを開けた男が入ってきた。そして男は、リミちゃんを見かけるととても友達とは思えない距離で

「おう、待たせたね。リミ」

と、静かな声で言った。

リミちゃんはいつもより艶っぽい声で

「全然、今きたところだから。」

そう言ってテーブル席に腰掛けた。

「残念だね。残念だよ。でもこれが運命なのさ、少しは私のことがわかったかな。君よ。私は運命なのだよ」

風にふかれた声がして、ふと汐に目を向けると、いつの間にかその姿は消えていた。

僕は失恋したようだった。


-3-

結局、汐が何者だったのかわからないまま、逃げるように喫茶ハヌマーンを出た僕には、もう何も残っていなかった。

友達もいない。秀でたこともない。好きな子には好きな子がいる。汐曰くこれが運命なのだと。

そうするならば僕はどこまで惨めなのだろうか。何か一つでも残っていれば救われるのに、全ての線が千切れたようだった。

「……金か?」

どうかしてる頭に不意に浮かんだのは、金だった。確かに僕にはお金がある。部活に入らないおかげで浮いた時間バイトをしているのだ。確か口座には50000円。これだけあればリミちゃんに、リミと呼ぶあの男に、一発撃鉄を喰らわせることができるんじゃないか?そんな良くない思考が体中を巡った。

その思考のまま僕は銀行へ向かった。その足に迷いはなかった。

駅から歩いて5分のところ、自転車置き場のすぐそこに僕がよく利用する「みどりの銀行」はあった。迷いなく僕は真っ直ぐに入り口に向かった。

その瞬間、目の前に女の子が降ってきた。

「やぁ、よく会うね。」

その女の子は、さっきと全く同じ顔で、表情で、姿でもう一度僕の前に現れた。

「君も運がない。全く、頭の悪いことはよしなよ」

再び降ってきたことに少し驚きつつも、僕の足は止まらなかった。こんな幻覚に取り憑かれてるのも、リミちゃんに男がいるのも、僕に友達がいないのも、全て銀行に行けば解決する気がしたからだ。逆に言えば汐と名乗るあの女の子のせいでリミちゃんに男が現れたのでは?そう考え出すと、余計に僕の足はまっすぐ銀行へ向かった。

「なぁ、話を聞けよ。私が現れたと言うことは、君に運命が迫ってるんだよ」

僕の右耳に囁く汐と名乗る女の子をどれだけ無視しただろう。もう既に足は銀行の機械の前までのびていた。

「もう、、仕方がないな。私の仕事は君に運命を告げること、或いは共犯者になってやることだからね、、」

「共犯者?」

まるで僕が今から何か悪いことをするみたいな言い方をするもんだから、思わず引っかかってしまった。

その瞬間

銀行内に炸裂音、あるいは破裂音が鳴り響いた。

「お前ら全員手を上げろ!!!」

銀行に静寂が訪れた。

「だから言っていたのに、、全く君は人の話を聞かない、、」

まさか、汐の言う運命ってのは、銀行強盗のことなのか?さっきはリミちゃんで、今度は銀行強盗?なんて日なんだ全く。

「私が君を止めた理由がわかっただろう。私にできるのは君に運命を告げることと、共犯者になってやることくらいだ」

「だからその共犯者ってのはなんなんだ…」

不意に銃口がこちらを向いた。

「何一人で喋ってやがる。今は俺のターンなんだよ。俺の人生なんだ!次口開けたらまっすぐ穴が開くと思えよ」

僕は思わず息を呑んだ。

銀行強盗は、初めてではないくらいテキパキと銀行からお金を取っていく。大きな袋に詰めていく。

どこか遠くでパトカーの音が聞こえた。どうやら銀行店員が通報はしたようだ。だがこの状況、警察も手を出しかねてるようだった。

「ちっ、誰だ通報したのは!!こんなはずじゃなかったのに、、クソ警察が!俺の要求を聞かなかったら人質を一人ずつ殺していくからな!」

銀行強盗は拳銃一つというわけではないようで、かなり用意周到なようだった。

人質が一つの塊となって怯える、それに気を向けながら金を集めていく強盗。銀行のすぐ外に隙がないかと構える警官。僕の人生からすれば今この状況は、一世一代だった。

「例えばそうだな、この状況を、私なら変えられると思わないか?」

汐が僕の耳元で囁く。

僕はもちろん無視、無言を貫く。

大体僕の幻覚みたいなもんにこの不条理を変えられるとは思えない。

「幻覚、確かに君から見ればそう映るかもしれないが、私は私。運命を変えるチャンスくらいなら与えられるんだよ」

どう足掻いても僕の幻覚で幻聴のようで、僕の脳内にすら潜り込んでくるこの汐という女の子を、僕は不条理だと思った。

「じゃあその不条理に、不条理だと言えるかい?」

「………」

「私は君だ。君の運命を告げにきた、また、同時に、君の共犯者になってやるよって言ってんだよ。」

後ろに紐で結ばれていた両手が不意に楽になる、そしてそこに質量が加わった。

「……………ものが?」

思わず小さな声が出た。何でこんなものが?気づけば僕の手には、リボルバーが握られていた。

「あぁ?今なんか言ったか?穴開けて欲しいやつは誰だ?」

銀行強盗が周りを見渡す。僕の手枷が外れていることには気づいてないようだ。

「………っち、静かにしてくれねーとさぁ!!俺止まんねえからよぉ!」

キレ散らかしながら、再び金を詰め出す銀行強盗。

今しかないと思った。

「弾倉には一発、共犯者になってあげるよ。」

耳元で汐が囁いた。考えるより先に手が動いていた。


パンッ


気づけば僕は天井に一発弾丸を放っていた。そしてその瞬間、紛れもなく、

時間が止まっていた。

その隙を警察官が逃すはずもなく、ダムが決壊するように雪崩れ込む警察官。

誰も僕が何かしたなんて気付いてないような風だった。そして事実、僕の右手には何も握られてなかった。


-4-

銀行強盗が捕まり、警察官に保護された僕は当初考えていたお金のことなんてすっかり忘れて、先ほどのリボルバーのことで頭がいっぱいだった。

不意に、海の匂いがした。

でも僕のそばにはもう、汐が現れることはなかった。

「運命を告げる時、共犯者になってくれる存在、、、なんだそれ」

茶化すように誤魔化すが、汐の存在はそうとしか言えなかった。なぜ急に汐が現れたのか、何のための存在なのか、何もかも謎のまま、彼女は去っていった。去っていったのかすらも分からないで、

ゆっくり帰路に着く。結局のところ僕が成したことなんて一つもなくて、ただ僕は今日失恋し、半分死にかけただけだったのだろう。

汐なんてのは、或いは僕の思い描いた幻想なのかもしれない。それじゃああの時のリボルバーは、、?謎を多く残したまま、僕は、汐と出会ったのだった。


-5-

恥の多い人生を送ってきた。

きっとこれからも送るのだろう。

その度に、汐は現れるのかもしれないし、現れないのかもしれない。よく分からないままだったが、僕は、きっと汐とはそう言う現象なのだと思い込むことにした。火事場の馬鹿力みたいな、第六感みたいな、そんなものだと思い込むことにした。そしていつも通り通学する。耳元には「バクのコックさん」

自転車を飛ばして学校へと急ぐ。踏切に引っかかって一度スピードを落とす、電車が通り過ぎるその頃、

空から女の子が降ってきた。


「やぁ、君よ。私とは、君なのだよ」


これは、僕と汐の成長記録、或いは共犯記録だ。汐が消えるのが先か、僕が大人になるのが先か、分からないままで良いなとも思う。

弾倉には一発、僕は今日もそれを抱えて生きる。






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