彼女は
―――彼女が、笑った。
そう言われても、誰も純粋に驚けないだろう。
何故なら、彼女が笑うのはいつものことだから。
珍しくもないことだから。
その容姿にぴったりな笑顔を常に保ち、周りも輝かせてしまう彼女は、校内の人気者だった。
そんな彼女が、突然いなくなるなんて。誰が想像出来ただろうか?
―――彼女が、死んだ。
彼女は、殺された。
あんなに明るかった彼女が、あんなに美しかった彼女が。
理由は分からない。
…いや。僕だけが知っている。
誰も知らない真実を、僕だけが知っている。
何故なら………
◇
「あ。」
「あ、広瀬君。偶然だね!」
偶然なんかじゃなかった。だって彼女は、僕が昼休みはいつも屋上にいるということを知っているからだ。彼女だけだと断定するのはおかしい。正確に言えば、みんな知っていることだろう。何故なら、僕はいつも一人だから。いじめられているわけでもなく、クラスメイト達と不仲なわけでもない。ただ、孤独を愛しているからだ。
「偶然?俺がここにいるって、知ってて来たんだろ?」
思わず口に出すと、しまった、と口を塞いだ。今気づいたって遅いのに。絶対、自意識過剰なイタイ奴だと思われた。そう思いながら、恐る恐る顔を上げてみる。すると、そこに見えたのはいつもと変わらぬ彼女の美しい笑顔。
「うん。」
と彼女は、余計な言葉などは言わず、簡潔に答えた。気を遣ってくれたのか、僕の言った通りなのか。どちらかはよく分からないけど、あまり恥ずかしい思いをせずに済んだ。
彼女が返事をしてから、彼女と僕は黙りこくったままだった。お互い言葉を発することなく、ただ沈黙を貫いていた。
「ねぇ、広瀬君。」
彼女が、暫くの沈黙を破った。僕は俯かせていた顔をゆっくりとあげ、彼女の呼びかけに応えようとした。けれど、その前に彼女が僕の発言権を奪った。
「私って、暗いかなぁ」
「は?」
あまりにも拍子抜けな質問に、唖然とした。だって彼女は、明るくて美人な人気者だったから。そんな彼女のどこに、暗さなどみられただろうか。
「私、もう疲れたの。」
「………。」
そう言われて、ハッとした。もしかして彼女は、僕の思っている彼女とは違うのかもしれない。僕だけじゃない。みんなの、彼女以外の人が「彼女」を誤解している。多分、彼女の心も。
「完璧を演じるなんて、私には無理。もう、今まで十分頑張った。だから、もういいかな…なんて」
この時に見せた笑顔は、やはりいつもと変わらない笑顔だった。
ああ、そうか。本当に、僕は「彼女」を誤解していたんだな。
本当の「彼女」を全て理解したわけではない。けれど、これだけは分かった。
―――彼女は、笑えない。
「でも、全てが嘘ではないと思うんだ。」
「え?」
「広瀬君が好きだったよ。」
突然の告白に、高鳴る鼓動。
嬉しいはずなのに、返事が出来なかった。
「だから、せめて広瀬君には真実の私知ってほしかったの。」
そう言って微笑んだ彼女は、今までに見たことのない表情をしていた。どう表せばいいのかが分からない。けど…美しかった。これしかいえない。
「…じゃあね、広瀬君」
「え?」
◇
数秒後に、屋上にまで響くような悲鳴が聞こえたのを覚えている。
そして、その悲鳴の理由も、僕自身でみてしまった。
それは、美しかった彼女からは想像出来ないような姿だっただろう。
けれど、僕にはそれが彼女の今までの姿で一番美しく思えた。
―――彼女は、殺された。
あんなに明るかった彼女が、あんなに美しかった彼女が。
そんな彼女を殺したのは、「偽者の自分」に耐えられなくなった、「真実の彼女」―――