【掌のバレエ萌え小説】実験室の炎は消えない
わたしはヒビキ、小学5年生。そしてタカオくんも同じ小学5年生。わたしと彼はバレエのパートナーであり、そしてエッチな交流もしている。友達とも恋人とも言えない、少し奇妙な関係だ。
わたしたちはレッスンを受けに通っているバレエ研究所で知り合った。そして発表会でパ・ド・ドゥを踊るという経験をすることで、特別な関係になっていった。ただ、わたしたちのこの関係は、二人で一緒にレッスンを受けた最初の日に、担当のタカハシ先生が言い出した「実験」がきっかけだった。
「実験って、何をするんですか?」
わたしはタカハシ先生に訊いた。
「まあ、実験というのはおおげさなんだけどね。あなたたちには、しばらくの間はまず交流をもって欲しいの。交流っていう言い方もわかりにくいとは思うんだけど、要するに同じ部屋で一緒に過ごすという経験を積んで欲しい」
「合宿みたいなものでしょうか」
タカオくんが静かな口調で先生に問いかける。
「まあ似てるといえば似てるかな。あなたたちの家がわりと地理的に近いから、この案を思いついたんだけどね。わたしは一種の隠れ家をあなたたちに提供するから、そこで一緒に過ごして欲しい」
「隠れ家?」
わたしは少しどきりとした。なんだか話が、ちょっと怪しい雰囲気になってきたと思った。
「そう。マンスリーマンションってあるじゃない? 一ヶ月だけ借りれるアパートみたいなやつ。そういうのを契約してあるの。あなたたちの家のちょうど真ん中あたりの住所にあるから。今からそこに案内するね」
わたしたちは稽古着のままでタカハシ先生の車に乗せられ、その「隠れ家」へと移動した。
外から見た感じでは、まだ新築したばかりの2階建てアパートという感じで、その一階いちばん端の部屋だった。
先生はドアを開けて中に案内した。家具のたぐいはまったくない。
「まさにワンルームだけどね。でも、仕切りがない分、わりと広い感じがするでしょう。で、床にはリノリウムのマットを敷いてあるから練習室としても使えるわけよ。そこで、ですね」
先生がアパートから立ち去ったあと、わたしたちはなかば呆然としてお互いの姿を見つめていた。一時間後に迎えに来るとは言われていたものの、それまで何をしていればいいのか見当もつかなかった。
「……たしかに実験らしいといば実験らしいね」
ぽつりとつつぶやくようにタカオくんが言った。
「ぼくたちっていう材料を混ぜ合わせて、どういう風になるかを試してるって感じかな」
「そ……そうね」
すこしうわずった声が出てしまい、わたしはそのことにうろたえてしまった。
「本番用の衣裳を着るのは、ぼくは初めてなんだ。タカオカさんはどう?」
タカオカとはわたしの上の名前だ。
「あの、ヒビキって呼んでくれていいよ。なんか、まぎらわしいでしょう、わたしの名字」
「え? ああ、そうか僕はタカオだからね……じゃあそうさせてもらうよ」
もともと大人びた感じで話す子だったけれど、着ている王子様の衣裳のせいか、いっそう威厳というか貴族みたいな雰囲気が漂っている。
「それにしても、この衣裳ってちょっと普通のバレエの衣裳とは違うみたいだね。上着も厚ぼったい感じだし、重ね着しているし、裾も長いしね」
「そうね…」
確かに言われてみると、舞台用の衣裳としては少し変わっている。たいてい王子様系の衣裳の場合、刺繍とかの飾りは豪華な感じになっているけれども生地は軽くなるように仕上げられていて、重ね着などはしない。バレエはそれなりに動きが激しい踊りなので、重さがあるとそれだけ負担になる。
「こういう裾だとスカートを穿いてるような感じにみえちゃうね」
タカオくんのその言葉に、わたしは急に胸が締め付けられるような気持ちになった。
見ないようにしてきたタカオくんの太もも近辺に視線が吸い寄せられる。そう、上着の裾が太ももの付け根近くまであることで、タカオくんの腰回りは短いスカートを穿いている女の子のように見えてしまう。もちろん、脚はむき出しではなく白いタイツを穿いているけれど、それでも相当エッチな感じに見える。
「そういえば、ぼくは小さいときにけっこう女装させられてたんだよね。親戚に女の子が何人かいてね、自分たちのお下がりを無理やりぼくに着せて楽しんでた。バレエを始めたのも結局そこらへんの流れからだからね」
「親戚の人に勧められたの……?」
「ぼくが勧められたというより、母に要求がきてね。それに説得されたって感じなのかなあ。ぼくはもうほとんどそのまま流されてって感じで。もちろん、今はちゃんと自分の意志でやってるけどね」
「……そうなんだ」
バレエを始めた経緯まで聞けるなんて思いもしなかったけれど、この話を訊いてまずわたしが想像してしまったのはもしかしてその小さいときの女装の経験というのがタカオくんにけっこうな影響を与えてしまっているんじゃないかということだった。
でもそんな想像は胸の中にそのまま飲み込んでわたしは無難な言葉を口にした。
「すごく、似合ってるよその衣裳。すごく王子様らしく見える」
「そ、そう? ありがとう……」
意外なことに、タカオくんは少し顔を赤らめた。ふだんは物静かな印象しかなかったので、こういうリアクションがくると驚きがある。
「タ……ヒビキさんも似合ってるよ、その衣裳。それも普通のチュチュとはちょっと違う感じだね。袖が手首までしっかりあるし、スカートもパニエが何枚も重なってるみたいだし」
パニエという用語を知ってるあたりに、女装させられていたという経験がしっかり反映されている感じを受ける。
「そうね……これでシソンヌとかしようとするとちょっと重い感じかも。でも衣裳としてはすごく綺麗ね」
「これでティアラとか頭に着けたら完璧なお姫様だね。ぼくはヒビキさんがこういう衣裳着たのは初めて見たけど、こんなにお姫様らしく見えるとは思ってなかった」
「……それって褒めてもらえてるの?」
すこし冗談ぽく言うと、タカオくんは慌てたように言った。
「もちろん、褒めてるんだよ。前が地味だったとかそういうことを言ってるんじゃないよ。なんていうんだろう、それこそシンデレラじゃないけど、魔法で変身したみたいな感じっていうかさ。要するにすごく綺麗になったっていうことが言いたいんだよ」
タカオくんの口調じたいはいつもどおり落ち着いているけれど、すこし早口になっているあたりに、わたしは彼の同様のようなものを感じていた。
タカオくんのほうも、わたしの反応を見て戸惑っているようだった。
そしてふたりとも黙ってしまった。
すこし沈黙が続いたあと、タカオくんが思い切った表情で口を開いた。
「正直、ヒビキさんとこんなに長く話したのは初めてだし、ほとんど知り合ったばかりって言ってもいいぐらいなんだけど、なんだか信じられないくらいにいまぼくは……その……ヒビキさんのこと」
口ごもりそうになったそのとき、わたしは我慢できずに言ってしまった。
「好きな気持ちに……なった?」
タカオくんの頬が真っ赤に染まった。けれど、その口から絞り出すような小さな声が出た。
「なった」
それを聞いて、わたしは小さく息を吐いて、でも彼に聞こえるようにはっきりと言った。
「わたしも、なった」
タカハシ先生の「実験」は大成功を収めた。
わたしたちの関係は恋愛とかそういう風に言えるものじゃない、そういうことはお互いに分かっていた。それは
「実験」によって生まれた「反応」みたいなものだ。何かが燃えるときの炎、あるいは何かが混じり合って浮かんできた泡のようなもの。
ただ、わたしたちの間に生まれてきた炎はそのあともずっと燃え続けていた。
わたしたちは隠れ家の中でエッチなことをするようになっていた。もちろん、大人がするセックスとは違う。あくまでもできるのはキスぐらい。あとはお互いの身体を触れ合わせるだけだ。それでも、わたしはすでに彼が興奮したときに固くするものの感触は受け入れていた。
もしわたしたちの気持ちがいまのままで、身体が大人になったとしたら、わたしは彼のものをわたしの中に受け入れることができたと思う。でもそれはあくまでも想像の中でのことだ。わたしたちはまだ子供で、そういうことはできない。
でも、わたしたちは行為を十分に愉しんでいた。正直、わたしはこのために生まれてきたのではないか、そう思えるぐらいだった。
とはいえ、この秘密の実験に溺れてばかりいたわけではない。バレエ研究所でのレッスンはしっかりと受け、二人での一緒に踊るレッスンもタカハシ先生の指導を受けながら進んでいた。
そして発表会の一ヶ月前での内部での試演をしたとき、わたしたちの踊りは指導陣からかなり高い評価を得たようだった。正直、わたしたちのパドドゥが発表会の演目として提案されたときには小学生同士ということもあって否定的な先生が多かったようだったが、この試演によって全部ひっくり返ったとタカハシ先生は言った。
「感情の細やかな表現ってね、小学生ぐらいだとかなり難しいものなのよ。でも、それがあなたたちはかなり高レベルでできていた。『信じられない』っていう先生もいたけどね……ざまあみろ、ってとこだね」
タカハシ先生は「隠れ家」でわたしたちが何をしているかは一切質問してこない。でも、だいたいのことは察しているようだ。というか、はじめからそれを目指していたのだろうから、今更訊くまでもないということなのだろう。
このことに関しては、タカハシ先生はもっぱらわたしたちへの衣裳の提供に専念していた。彼女は信じられないぐらいたくさんの種類の衣裳を持っているらしく、つぎからつぎへとこれを試してみないか、これもいいんじゃないか、と言ってわたしたちに勧めてくるのだった。
「衣裳って、想像力を拡げる力があるのよ。キャラクター性に関してもね。演じられるキャラクターを増やすという意味でも、いろいろ試してみる価値はあると思うよ」
とはいえ、彼女の提供しくる衣裳はかなりマニアックなものが多い感じではあった。とくに日常的な服、現代的な服のデザインと融合した感じのチュチュがあったりして、タカオくんにはけっこう刺激があったようだ。
とくに盛り上がったのはセーラー服風のチュチュだった。わたしのほうはセーラー服の上半身にクラシックチュチュに近いつり上がったスカートなのだが、タカオくんのほうが超ミニスカのセーラー服に白タイツという組み合わせだった。これには正直わたしのほうが興奮してしまった。
「かわいい…かわいいよ、タカオくん!」
「ひ、ヒビキ、ちょっと!」
わたしは有無を言わせずにタカオくんは床に組み伏せて、強引に股間を触れ合わせはじめた。たちまち彼の股間はガチガチに硬くなる。
王子様というよりも可憐な少女という見た目がわたしの欲情を掻き立ててしまったのかもしれない。彼の唇を吸い、舐め回し、また吸う。そんなことを繰り返すうちに早くも快感が波立ちが高まってきて、ヤマが訪れそうになる。
「ねえ、もうイキそうなんだけど、いい?」
「いいよ、イッて。ぼくはヒビキのイクときの顔がすごく好きだから」
「バカ…」
わたしは傍らに置いてあるスマホを操作して、BGMの音量を少し高めにする。マンスリーマンションの防音はけっこうしっかりしているようだけれど、念の為にいつも音量を上げるのだ。
今日は眠れる森の美女のグラン・パ・ド・ドゥの曲をリピートで流している。
「ああ、イッちゃう…わたし、イッちゃうよ? お姫様なのにイッちゃう…」
「綺麗だよ、ヒビキ。きみは綺麗なお姫様だ」
毎度繰り返される、脳が溶けたようなやりとり。でも、それが心地よすぎる。
わたしはタカオの腰にまたがったまま、両脚を思い切り拡げて、わたしのその部分を開ききった状態をイメージしながら、彼の股間にあてがう。まるで彼がわたしの中に完全に挿入されているかのような、そんな幻想。
「入ってる、王子様のアレが入っちゃってるよォ…」
「うん、そうだね。お姫様のあそこ、すごく気持ちいいよ」
頬を染めながら、そんなことを言うタカオが愛しい。わたしたち、まだ小学生なのに、こんなことしていいんだろうか? そんな後ろめたさの一方で、これはまだセックスじゃない、好き合ってる男の子と女の子ができる、精一杯の恋愛行為なんだと自分に言い聞かせる。
ああ、恋愛。本当に恋愛なの? ただセックスしたいだけなんじゃないの? でも、わたしはお姫様で、タカオが王子様。それは間違いない。わたしたちがお姫様と王子様であるための、あり続けるための、これは必要なこと、大切な儀式なんだ。
「イッちゃう、イッちゃうぅ……」
チャイコの美しい旋律が響く中で、わたしは悲鳴のような声でわめく。
同時に、どうしようもない快感がお腹の奥から吹き出して、背筋へと何度も駆け上がる。
「好き、好きよ、タカオ、好きなのぉぉ…」
「ヒビキ、ヒビキ…!」
お互いの腰が震えるのを感じる、今日は二人で一緒にイケた。
衣裳を汚さないために穿いていた紙パンツを替えたあと、わたしたちはふたたび身体をからませて、行為の余韻を楽しむ。
「あ、まだ元気だね…」
わたしは白タイツに包まれたタカオの股間を撫で回しながらつぶやく。
「でももうちょっと待ってね。わたし、さっきみたいに気持ちよくなるのも好きだけど、こうして抱き合ってイチャイチャするのも好きなんだ…」
「いいよ…好きなだけそうしてて」
そんな優しい言葉に温かい気持ちになりながら、わたしは彼と抱き合ったまま目を閉じる。
実験室でできたわたしたちの炎。でも大人たちの意図がどうであっても、炎を燃やしているのはわたし達自身で、わたしたちの意思だ。この先どうなるかは分からないけど、どうするかはわたしたちが決める。それさえ忘れなければ、どうだってかまわない。作り物でも幻想でも、何でもいい。これはわたしたちが生きているからこそ、燃え続ける炎なのだ。
[終]