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宛のない手紙

作者: かかと

 風が髪を少しなびく程度に囁いていて心地よい。外の空気というものはこんなに美味しいものだったかな。水の側に行く。髪が塩水に浸からないように注意しながら右手で水に触れる。水の方が少し暖かい。ジトッとした感触の水が手の平で泳いでいる。鳥が旋回をしながら水面を見ている。…、この自然がどのようにできたかは知らない。ただ、横にあるペットボトルと私の存在が邪魔だ。その二つさえなかったら完璧な風景が出来上がっただろう。私は石を踏まないように注意しながら歩いていく。

 少し砂浜に座る。本当は汚したくなかった洋服だけどどうでもいい。一つの目的が終わった後は何も考えていないのだから。大きな岩に置いた鞄の中からサンドイッチを取り出す。それと同時に一つのハガキが鞄の中から見える。その手紙を丁寧に鞄の底に入れた。大丈夫。手紙には100円ショップで買った木の枠のフレームに入れている。万が一にもハガキが折れることはない。

 サンドイッチを頬張りながら周りを見る。こんな寒い時に出る人なんかいないか。なんとなく少し人と話してみたい気分になるけど、やっぱりどうでもいい。だって、自分の問題は自分で解決するべきものだから。

 土を踏む。裸足の足に砂がついている。足についているほんの僅かな石が足に痛みを感じさせる。その痛みは表面的なもので簡単に文章化できる。でも、心の痛みを完全に文章化するのは難しい。言葉で説明できないことも多いし、そもそも心ってなんだいうことになりかねない。人間としてこのような非科学的なことによって人間の体が左右されるというのはある意味、人間が人間でしかないということの現実を突きつけられている。

 塩水で手を洗う。僅かに手の中に何かが染み込んでいくような感じがする。…気のせいかな。最近は心が弱くなっていけない。水面が激しく揺れているのはおそらく目の錯覚だろう。

 現場に行ってみる。僅かに血の痕跡がある。ゆうこはどのように思ったのかな。私には全く分からない。高層階のビルの上から飛び降りるなんて簡単にできることではないよね。でも、この血はいずれ亡くなってしまう。事件は自殺として処理されている。…そんな一言で表せるほど簡単なものではない。死んで終わりなんて寂しすぎる。彼女は家族もいなかったから、葬式なんて業者がやったそう。それだけで本当にそれだけで彼女の人生が終わってしまう。そんな葬儀に彼女の人生が詰まっているわけがない。

 現場には花すらも置いていない。この現場には彼女の生を感じられなくなっている。少し地面に頭を乗せてみる。…何も聞こえない。周りから見れば異常者だろうなと思う。

 漂流郵便局…。この名前を発見したのは奇跡だと思う。ハガキであればどのような形でもよいらしい。死んだ人にも出していいなんて。でも、いいのかと思う。私だけが許されようとしている。本当にそれでいいのだろうか。全く意味がないのではないか。そんな思いがこみ上げてくる。

 四国にある香川県三豊市詫間町の粟島にある旧粟島郵便局舎を利用した、宛て先不明の手紙が集まる「郵便局」である。このような形で行われているのが漂流郵便局らしい。どのような感じなのだろうかと思う。…、遠いな。それでも行きたいな。

 休みを取って四国へ。随分と遠いな。タクシーに乗り漂流郵便局を目指す。近くまで時にタクシーを降りた。スマホで時間を登録する。あまり遅くなると帰ることができなくなるから。後ろを振り向くとタクシーは遠くへ行っていた。…、そんなものか…。足を踏み出した途端に音が聞こえる。

 大きな銅鑼の音。周りには銅鑼などはなく漂流郵便局の建物があるだけ。一体、どういうことだろう。中に入ってみると誰もいない。普段はここに人が要るのだろうか。

 とりあえず、受付に手紙を出した。その手紙には彼女への思いを詰め込んでいる。書くのにも時間がかかった。それだけ重いがあったということもあるのだけど、そうだけではなく彼女に申し訳ない。助けられなくて、話かけられなくて、そして一緒に泣いてあげることができなくて。

「ここに置けばいいのかな?」

 思わず言葉が出た。本当に人がいない。どうしてだろうか。全く意味が分からない。恐る恐るハガキを置いた。受付で何かが光る。ゆっくりとハガキが薄くなっていく。

「え、なんで?」

 ハガキは消えた。

「弘子、ありがとうね。来てくれて。」

 後ろを見るとゆうこがいる。あの時と同じ格好で年も取っていない。私は頬をつねった。確かに痛みがある。

「ゆうこ、ごめんね。ごめん。あの時、私が誘っていなければ。」

「弘子のせいじゃないわ。悪いのは男たち。あの男たちも慣れていたから私が言うことを聞くと思ったのでしょうね。聞くわけなじゃない。ね、弘子。」

 頷くことしかできない。軽い気持ちで誘った合コン。私たち二人は大学の中でも綺麗な部類だったから合コンなどの誘いには事欠かなかった。いろんな合コンに行って男たちに誘われていたから調子に乗っていた。最初の店で薬を盛られていたのに気が付かなかった。ふと気が付けばラブホテルに連れていかれていた。大きな部屋で服を着ていたので、私が犯されていないのは分かった。運よく、体は気持ち悪いだけで済んだ。しかし、ゆうこは起きる気配が一向になかった。私が何度も顔を叩いても駄目だった。

 同じくらいの背丈のゆうこを運ぶことをできずにと思っていたら、ゆうこだけはすでに裸だった。…股からは液体が流れている。すぐにスマホを起動させ、警察へ連絡を取る。ここがどこかも分からない。ただ、位置情報を起動させておく。怖い怖いと震えていた。男たちが来た時にはハチャメチャに抵抗した。彼らはカメラを回していた。本当に最低な男たちだ。程なく警察が乱入してきた。

 警察は被害者が多発していることを受けてラブホテル側と協力しており、彼らに目星をつけていたらしい。でも、彼らも馬鹿ではなかった。最後のあがきとしてすべての動画を公開し、入金させていたのだ。今の時代、一回でも流れてしまえばどうやっても消すことができない。彼女の動画は最高再生記録を出し、世に出回った。

 彼女は気丈にふるまっていたが、動画がある以上、就職もうまくいかなかった。噂が出回り、彼女は就職活動ができなくなった。それでも派遣登録し、頑張っているのを聞いていた。私も就職活動には難航してやっと決まった時に彼女が風俗で働いているという噂を聞いた。彼女は風俗で働いていなかった。家に訪ねると彼女の部屋はぐちゃぐちゃで何も食べていないように痩せている彼女の顔があった。黙って抱きしめると彼女は体を震わせながら泣いていた。

 どうして被害者が苦しまなくてはいけないのと。彼女の気持ちは痛いほどわかった。彼女はそのまま疲れて寝てしまった。…、本当に何も食べていないのだろうな。ふと、スマホが気になった。開いてみると警察官募集中の記事がある。私は迷わなかった。

 ゆうことはずっとやり取りをしていた。どんなに忙しくても、警察学校にいるときもずっと連絡を取った。彼女は不安定でいずれは壊れるときが来てしまう。それだけは防がないといけない。

 交番勤務への配属が決まった時にはすごく嬉しかった。ゆうこの家の近くにだったから。いつでも会えないけど、彼女をしっかりと支えることができると。警察なのでそういうことは教えることはできないけど、彼女も気が付いてくれたみたいで手を振ったりした。


「別にあなたのせいじゃないよ。あの時、確かに私たちは調子に乗っていたから。良くない噂も立っていたしね。」

「でも、それは男たちが誘ってくれていただけで。」

「そうだね。でも、単純に食事をしたいからと誘ってくれるような男はいないよ。どうにかなりたいから誘ってくるのであって、合コンなんかはその良い例だと思う。」

「だからといって、女を犯していいとは思わない。」

「それとはまた話が別だよ。そんな人が少ないから事件として扱われるの。あなたもそれは警察にいるから分かるでしょ。」

 ニュースとして扱われるのは特殊な場合のみ。婦女暴行の事件は被害者側が秘匿したい場合には報道すらされないことも多い。ただ、この事件に関してはゆうこが報道を規制しなかったことで大きな反響を呼んだ。もちろん、その分、多くの代償を払うことにもなった。

「警察はあの時頑張ってくれた。それはあなたが調べてくれていたからもっとよくわかった。多くの被害者を出していた彼らを逮捕できずにいたからね。」

「だけどそのせいで多くの被害者が続出した。」

 その後、合計十人の動画の流出被害に遭った女性が自殺した。そのことは自殺者の多さから報道するしかなかったが、その後は報道規制が敷かれた。今でもその記事は見ることができない。知らない被害者もいたのでその被害者の自殺を防ぐためだった。

「私もまさかそんなに多くの仲間がいるとは思っていないからさ。こんなことになったのだけど。」

「そうね…。でも、あなたは死んでしまった。ここにいるあなたは本物なの?」

「…答えてはいけないことになっているわ。」

「今までにこの漂流郵便局に何か特殊なことが起きていると書いている記事は見たことがないわ。」

「そう…。どう思うかはあなた次第よ。」

 彼女の体を見れば透けている。そもそも幽霊という物がいたとしてもここまで綺麗に見えるものだろうか。どうしてもそのようには思えない。

 彼女の手を握ってみる。体温は感じることができないけど握った感触は確かにある。夢ではやはりないのだろうか。

「言いたいことはそれだけ。私も行かないといけないから。」

「…少しいい?」

「うん。」

「あなたはこの人生を生きて幸せだった?」

 彼女が幽霊でも名にでもいい。これを聞きたかった。

「そりゃ、苦しいことが多かった人生だけど…。」

 彼女は少しうつむいた後、笑顔になった。

「あなたが側にいてくれた。そして、今も私のことを覚えてくれている。弘子、あなたのおかげで私は…。」


「幸せだったよ。」


 気が付くと彼女は消えていた。


「そうかいそうかい。」

 目の前には老婆がいる。一体いつの間に来たのだろうか。少し私の方を回りながら何かを確認している。

「あんたは大丈夫そうだけどね…。」

「はい?」

「さてと、あなたはこれからどう生きる?」

「え?」

「どう生きるのかい?」

 そんなことを言われても答えようがない。どうしてこのような質問をするのだろうか。すでに化粧も涙で落ちているのが分かっているのに。

「今まで通りに生きます?」

「そうかい。彼女と会って変わらなかったということか?」

「いや、そうではなく。」

 そもそも私は器用ではない。彼女を今まで通り思いながら事件を捜査していく。それだけなのだ。

「彼女のような被害者を出さないために業務に邁進するだけです。」

「…。分かったよ。ただ、自分のことも心配しな。」

「え?」

「彼女だってあんたのことを心配しているはずだよ。」

「そうでしょうか?」

「友達だろ。当たり前じゃないか。」

 再度、大きな銅鑼がなった。徐々に周りに靄がかかっていく…。


 ふと起きると横になっている。触ってみると毛布の感触がある。周りを見てみると複数の客が来ている。

「気が付いたかね?」

 郵便局員が話をかけてきた。思わず頷いた。

「良かったよ。最近はあまりなかったけどね。」

「何がですか?」

「ここらへんで倒れる人だよ。なんかその後、みんな幽霊に遭ったというのだけどね。流石にそんな噂が立つと良くないから、話すのは遠慮してもらっているのだけど。まあ、信じないから離さないと思うけどね。あ、手紙はもらったから。」

 彼はそう言って業務に戻った。彼女はここにいたのは間違いない。明らかに何かがあったのだから。何かを落とした。これはゆうこがくれたキーホルダー…。完全に割れてしまっている。もしかして、鞄の中を見ていると彼女の物は全て破損していた。

 心の中に仕舞っておけばいいということだろうか。…ありがとう、ゆうこ。

 私は漂流郵便局を見ながら少し黄昏れていた。やがてタクシーが来て私を拾う。…。これでよかったのだ。上司からメールが入る。心なしか体が軽くなっているような気がした。


 家に着くとゆうこからもらったもので無事なものは時計しかなかった。でも、その時計は壊れている。事件があった日。そこで止まっているものだ。ゆうこ、私、あなたの分も頑張って生きるからね。

 その時計を少し棚の上にあげた。


「今までありがとう。」


 後ろを振り返っても彼女はいない。でも、そういう風にゆうこに言われた気がした。


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