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第4話:出会い(4)

 2010/03/18 表現をいくつか修正(内容は変わらず)

 2010/04/16 修正版を更新(いくつか表現を修正、今までの流れは変えていません)

 2011/10/31 修正版を更新(かなりの表現を修正、今までの流れは変えていません)


口に入れるパンとお茶はまるで味がしないかのようにおいしく感じていなかったが、とにかく瞬は入れるだけ腹の中へと入れる。

今夜12時にまた来ると言った黒い女は、賢悟と顔を合わせるのもこれが最後になると言っていた。

瞬の頭の中は消える直前の彼女の言葉で一杯だった。

ベッドに腰かけた賢悟の話すことなどまるで頭の中には入っていないのも当然と言える。


 「・・・おい、おい!」


 「え!あ、何?」


 「はぁー。お前どうしたんだ?俺が戻ってきてから心ここに在らず、って感じでまともに喋ってねぇじゃねぇか。会話のキャッチボールっつうのは大事なんだぞ」


 「うん、そうだね・・・」


何を言おうがまるで変わらない瞬の態度にイライラ感が募っていく賢悟。

彼はふと何かを思いついたのか、すぐにベッドから立ち上がると部屋の外へと出て行った。


 「いいから」


 「ちょ、ちょっと」


少しして戻ってきた賢悟は傍らに誰かを連れているようで、強引に部屋へと突き飛ばすように入れる。

そして、すぐさま邪魔が入らないようにドアを閉めると、彼は口笛を吹きながらその場を後にする。


 「わっとっと、もう賢悟ったら・・・」


部屋の中によろけながら入ってきたその人はどうにかバランスを保つと、賢悟への不満をもらしながら瞬の方へと振り向く。

そこに立っていたのはストレートの黒髪で瞬と同じ病院着を着た見た目おとなしめである女性だった。

彼女はその瞳の中に瞬を捉えると賢悟への不満などどこかに飛んでいき、跳び跳ねる様に瞬の隣に座る。


 「瞬!大丈夫なの?」


 「あ、うん、何とかね。花梨も怪我はなかったって聞いてたけど?」


 「うん、私は全然大丈夫。これも瞬が守ってくれたから・・・かな」


口の端を上げて笑ってみせる花梨に瞬は少し照れ、頬を掻きながら目線を少し下へと落とす。


 「そんな、僕は何もしてないよ」


 「あの時、もし私だけだったら洞窟も見つけられなかったし、薪を探すこともできなかったし、焚火を作ることもできなかったのよ?それでも何もしてないって?」


花梨は足をばたつかせながら遭難した時の事を思い出すように上を見上げて目を閉じる。


 「それはまぁ・・・。でも、・・・あ」


言った瞬間、瞬は言ってはいけない一言を言ったのに気づき、恐る恐る彼女の方を見てみる。

何かが湧きあがるかのような、例えるなら火山の噴火前の様な雰囲気がある花梨に瞬は慌てて彼女から離れようとする。

だが、もう手遅れだった。

腰を浮かせて立ちあがろうとし瞬だったが、彼の胸倉を掴み上げた彼女は見た目とは裏腹に彼を前後に振りながら勢いよく捲し立てる。


 「でも?でもじゃない!瞬がいてよかったって言ってるんだから、素直にそう受け取りなさい!それとも何?私のお礼なんて聞きたくもないって?ふざけるんじゃないわよ!この私がお礼を言うなんて珍しいことじゃない!瞬も昔から知ってるでしょ?でしょ!私はありがとうってお礼を言うんだから貴方は素直に受け取る、いいわね!分かった?」


昔からこうなる度に彼女は二重人格ではないかという疑問を瞬は抱き続け、いまもまた同じ疑問を思い浮かべていた。

言い訳じみた「でも」という単語が花梨の不快感を瞬時にMAXに出来るらしく、瞬から「でも」という言葉が出るたびにいつもこうだ。

ただ、それも他の人が言ったところで花梨は我慢でもしているのか、掴みかかるどころか暴言の一つも吐いたことはない。

見た目通りの控え目なままだ。

瞬はただ単に怒りの吐き出し口が自分になっているのだと思っている。

いつかこれは治る日が来るのだろうか。

そう考えながら、とりあえず最後に頷いておきさえすれば解決するという、彼が約10年近く前に発見された花梨の法則に基づいて彼は何度か頷いておく。

効果は上々らしく、納得した花梨は瞬の胸倉を放すとまたベッドの上に座り込む。

無意識に安堵のため息をつく瞬。


 「そう、分かったならそれでいいのよ。ね?」


そんな彼に首をかしげながら微笑みかける花梨。

不意に彼女の一点の曇りもない笑顔を瞬が目にした途端、彼は己の心臓が大きく脈打ったのを感じていた。

そして、改めて深く実感していたことがある。

僕はまだ、彼女が、花梨の事が好きなのだ、と。

胸に何かがこみ上げてくるのを感じていた瞬だが、現状は彼にもどうしたらいいのか分からない状態にあった。

今の花梨の恋人は何を隠そう親友の賢悟だ。

それに対して、瞬はいまだに告白もしないままに思いを秘めたままであった。

これでいいんだ、これで・・・。

彼は何度も心の中で唱え、手で胸を抑えながら無理やり心を納得させる。

残っていたお茶を口の中に含むと水泡のように浮かんできた花梨への気持ち、それを心の奥底へと隠すようにお茶を一気に喉へと流し込んで心を落ち着ける。


 「・・・本当に助かったんだよ、それに格好よかった。昔から困った時にはすぐに助けてくれるんだから・・・」


少しだけ頬を赤らめながらポツリとつぶやいた花梨の一言は、お茶をのみこんでいる彼の耳には届いていなかった。


 「え?」


 「もう・・・」


 「よう、どうだ?」


瞬が気付いていない事に花梨は肩を落とすと、ちょうど賢悟が戻ってきた。

そこからは3人でのいつものくだらない話や世間話が始まった。

話は尽きることなく続き、瞬も色々な事を忘れて話続けていたが、不意に飛び出た賢悟の一言が現実へと引き戻した。


 「にしても、一体なんだったんだろうな、あの洞窟に置かれてた毛布とかハムとかありえねぇけど1ホールのケーキとか。助けてくれたから有難いけどよ、通りがかりの猟師でもいたのか?」


 「そうだね、そんな人がいたのならぜひお礼しないとね。貴方のおかげで助かりましたってね」


聞いた途端に瞬の脳裏にあの銀髪の女がよぎり、そしてこの二人とも今日で最後かもしれないという事も思い出した。

これが・・・最後・・・?

考えるだけでも瞬の心の中を喪失感が漂い、物哀しい気分が湧きあがる。

なんとなく押し黙ってしまった彼に気付いたのか、二人は心配そうに瞬を気にかける。


 「大丈夫か?お前、今日はおかしいぞ?まだ体調が悪いなら俺たちは引き上げるよ」


 「そうね、無理させちゃ悪いわよね。じゃ、また明日ね、瞬」


 「う、うん。・・・待ってくれ!」


二人が部屋から出ようとドアを開いた所で、彼は反射的に二人を呼び止めていた。

少しでかい声に慌てて振り返った二人は真剣な顔をした瞬に空気が重くなっていくのを感じた。


 「・・・その、・・・二人とも幸せにな、おやすみ」


 「お、おう、おやすみ」


 「うん・・・、おやすみ」


今の事を言ってしまおうと言う衝動を抑え込み、瞬にとっての最後の言葉を捻り出した。

彼が手を軽く振りながら見送るのを後にして、賢悟は彼の行動を不思議に思いながら、花梨は少し俯き気味に自分達の部屋へと戻っていった。

二人がいなくなると瞬は倒れこむようにベッドに横になり、壁にかかった時計へ目を移す。

今の時刻は夜の11時半。

彼女が来るまでの時間は残り30分を切ろうとしていた。

二人と別れた直後は涙が浮かびそうな程、彼の胸中は切ない気持で一杯だった。

ところが、不思議な事に時間が立つにつれて恐怖や不安といった感情は薄く、逆に好奇心と興味の方が強くなっていくのを瞬は感じていた。

その原因は神秘的な美しさと大量の謎を抱えている彼女の存在。

さっきの話から1ホールのケーキまで置かれていたらしく、二人とも不思議な顔をしていたが瞬にはケーキのあった理由は分かっていた。


 「ケーキも出せますか?」


彼の言った咄嗟の一言を彼女は真に受けてくれたようだ。

こんな冗談めいた事を素直に受け取ったあげく、雪山で実際に調達してみせる彼女に興味を持つなというのは無理だろう。


 「・・・名前も聞いてないな。どういう訳かこっちは知られてたけど」


後で聞いてみようと思いながら、彼はベッドの上で物思いにふけりながら彼女を待った。





 雪は止み、雲の隙間からこぼれる様に降り注ぐ月の光が辺りを照らしだす中、黒い女は病院の屋上にある給水塔の上に腰かけていた。

腕に巻いた時計に目をやり時間を確認する。

そして、その場に仰向けに寝て目を覆い隠すように腕を置いた。


 「後30分・・・それで終わる」


彼女の中には時が経つにつれ、増長し続ける不安と期待が入り混じった不思議な感情があった。

長い間、生きてきた中で久しぶりに感じるものだ。

ふと、後の事を託すべくずっと探し続けていた瞬の事を考え、瞬とのやり取りや久しぶりに笑わせてもらったことを思い出す。


 「あいも変わらず愉快な男だ、それでこそ・・・。できればもう少し一緒にいたかったがな」


女は一粒の涙をこぼしながらさびしそうな表情を浮かべると、空に浮かぶ月をボンヤリと眺めながら時を待った。

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