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第33話:幻想支配者(2)

 傷だらけで常人であれば死んでいて当たり前の傷を負った瞬。

意識はないが、仮に意識があれば激痛に叫び、体を動かすことすらままならないだろう。

だが、『旅人』の力により、体の傷はゆっくりと塞がっていき、内臓や骨も傷つけられる前へと戻っていく。

まるで逆再生の映像を見ているかのように。

ものの1分としないうちに見る見るうちに傷が治っていくと、横たわっていた瞬に大量の水が降り注いだ。


 「・・・う、冷たい」


完全に飛んでいた意識が冷たい水で強制的に覚醒させられると、瞬はうっすらと目を開いた。

直前の事は覚えているらしく、体を動かしてみると痛みはなく、支障もまるでなかった。

瞬はその場でゆっくりと立ち上がり辺りを見るが、どこにいるのか見覚えはなかった。

意識を失ってる間に建物の中へと運ばれていたものの、寂れたバーにはさっきの少女どころか誰もいない。

傷はまだ治療されている途中らしく、起き上がって歩くと体が痛むものの瞬は痛みなど気にしていられなかった。

さっきの人外の様な力を持つ少女、おそらくそれが姫の言っていた目的なのだろうと考えていたからだ。

瞬にはよく分からなかったが、ロビンと違って瞬に対し、憎しみを抱いていたようだった。

だが、瞬も考えてはみるものの、彼女に今まで出会った事はない。

ひょっとして彼女は・・・。

そう考えていた時だった。


 「おい、私はここだ」


ふと上から落ちてきた声に、瞬は上を向いた。

すると、そこには最初からいたのかさっきの殴り飛ばした少女が梁の上に立っていた。

上から睨みつける少女には可愛らしさもまるで感じられない。


 「あの貴方は『旅人』ですよね?こっちに降りてきてもらえません?」


 「断る、貴様にこれ以上近寄りたくもない。お姉さまの頼みだからしょうがないけど、私はお姉さまの命を奪った貴様が嫌いだ」


 「・・・命を奪った?ひょっとして姫の事ですか?」


すっとボケたような返答を瞬が返すと、少女の眉間に何重ものしわが寄り、イラついた様に叫ぶ。


 「そうよ!貴様のせいで私を置いて1人で旅立ってしまったお姉さまの事よ!貴様は一体お姉さまの何なんだ!」


 「姫の・・・ん~・・・そう言われるとよく分からないな」


よくよく考えなおしてみた瞬だが、あくまで姫は命の恩人という人だった。

姫の事はよく分からない以上、他の関係性など瞬が知るはずもない。

ただ、初対面の時に姫はどういう訳か瞬を知っていたようではあったが。


 「はっきり答えろ!」


 「分かりません。ただ、僕と友人が姫に命を助けてもらったというだけの関係です」


キッパリと少女に言い放った瞬だが、少女は呆気にとられて固まっていた。


 「それだけ?」


 「それだけ、って言われても。命を助けてもらったんですから十分じゃないですか?まぁ、その代わりに『W2』を壊滅させてくれとこの力ともども託されたんですけどね」


 「なんでお姉さまはこんなボンクラに・・・」


消え入る様な声で少女は呟くと呆れたように下へと降りた。

小難しい顔をしながら少女は床の上へと降りると、改めて目の前の男を見回す。

様々な憶測が少女の脳内を駆け巡るがどれにも証拠などある訳がなく、ただの机上の空論でしかない。

だが、理由は分からないものの長く付き合いのある自分よりも、そこら辺にいそうな男に託したのが少女は気に入らなかった。

そして、お姉さまと敬愛する姫の命を奪うことになった事も。

お姉さまの真意は分からないがその見極めを行うべく少女は瞬を見回すが、とても『W2』を潰せるような様には見えない。


 「あの、多分、僕はここで鍛えてもらうらしいんですが?」


瞬はそう言うと姫が書き残した手紙を差し出す。

少女はそれを見ると、その字が間違いなくお姉さまの字であり、中の文も最後に会った1年前に依頼された内容に告示している事にも気付いた。


 「ふん、お姉さまの頼みだから仕方ないけど、全て終わったら私は貴様を殺すかもしれないわ。覚悟しておくことね」


最後に一睨み効かせるが、瞬は笑いながら答えた。


 「はい、よろしくお願いします!」


清々しいくらいに気持ち良く一礼されて少女は面食らった。

殺すと言われても、顔色一つ変えずに頭を下げる。

さっきも死ぬ寸前まで追いやったはずなのに、まるで気にしていない様に少女に話しかけてきた。

一体何なんだ、こいつは?

少女は困惑しながらも背中を向けて、バーの外へと出ようとした時だった。


 「あ、その前にお名前を聞いてなかったんですが?」


少女は後ろを向かずにそのまま歩きながら答える。


 「イリア・クリュンシフだ。呼ぶ時はイリア様だ。分かったな?」


 「はい、イリア様」


あっさりと笑顔で従った瞬にイリアは肩透かしを食らった様に膝が折れ、足が止まる

いきなりの高圧的な態度に少しは反抗したりイラついた様に返すものだが、微塵もそんな気は感じられない。

・・・な、何なのこいつ?

イリアは瞬のせいで調子が狂った様に感じながら外に出るとその後に瞬も付いて外へ出る。

すると、さっきまでとは明らかに外の様子が違っていた。

いや、瞬からすればさっき見たはずの景色が広がっていた。

頭が変な方向に曲がった黒いスーツの男達の死体、何台もの車、そして、遠くには黒こげになった車の残骸。

ここに最初に来た時に見たはずのものばかりだった。

瞬はすぐに死体に手を触れてみるが感触は間違いなく本物だった。


 「やっぱり見間違いじゃなかった!でも、さっきまでここには・・・」


言葉を途中で止めると瞬はイリアを見た。

視線だけでこれがイリアの仕業かと問いかけた瞬に対し、イリアも口の端を釣りあげて笑って返す。


 「一体どうやって・・・、魔法、ですか?」


 「そんな簡単に教える訳ないでしょ?自分で考えろ」


 「分かりました。でも、どうして・・・殺したんですか?」


今まで笑顔を浮かべていた瞬は寂しげな顔を浮かべる。

明らかに雰囲気の変わった瞬にイリアは気づくと、一呼吸入れて答えた。


 「・・・命を狙われたら逆に殺しちゃいけない?貴様は知らないだろうが、この男達は私を見つけた途端に銃を撃ってくるような連中なの」


 「だからってむやみに命を奪うなんて」


そこまで聞いてイリアは大きくため息をついた。

ああ、こいつもなのか、と。

イリアは俯いたまま立つ瞬の前に立つとその胸倉をつかみ上げ、真剣な表情で睨みつけた


 「いい?貴様がこの先どうやって『W2』を潰すつもりか知らないけど、殺し合いは避けられない!殺すか殺されるか、ただその繰り返した日々を送るだけ。相手を気絶させる?眠らせる?そんな程度じゃ目を覚ますと同時に奴らはまた襲ってくる。言うなれば『W2』のトップを神と崇める狂信者の集団よ。奴らは私達を殺すために何でもやるし、それを止めるには殺すしかない。襲ってくる奴らは全て殺す!それがお姉さまに託された使命を達成する最低条件よ」


 「ロビンさんにも同じような事を言われました」


諦めたように呟いた瞬をイリアは突き放すように手放した。

納得したのだろうと思ってのことだった。

だが、瞬は納得などしてはいなかった。


 「でも、僕は殺したくない。人間であるなら殺さずとも分かりあえるはずなんです」


 「あっっっ、そう!!もういい!!元々、私は貴様に期待などしていないしな!お姉さまの頼みは果たすがその後は知らん!いいな!?」


 「・・・はい」


一度だけ瞬は頷いた。 

その表情はまだ哀しそうな表情ではあるが、眼は強い意志を秘めているのかしっかりとした眼差しだった。

イリアは瞬が甘い考えを捨てる気がまるでない事には気づくが、口で言っても聞かない以上どうする気もなかった。

いや、口で言っても分かる様な物ではない事が分かっていたからだ。


 (お姉さま、私、人は信じるべきだと思うんです!)


不意にイリアの頭の中に過去の自分の言った言葉がよぎると、それを打ち消すように左右へと頭を振る。

とにかく、イリアはさっさと取りかかろうと開き直ったように気持ちを切り替え、胸を張って瞬へと向き直った。


 「早速始めるぞ。お前に何ができるか知らんが『旅人』としての戦い方を教えてやる」


 「『旅人』としての戦い方、ですか」


 「そうだ、無敵の盾を持ち、疲労知らずで傷はすぐに癒える。そして武器はいくらでも作り出せる上に身体能力は伝説の怪物並みに強化されている。その気になれば地球上の文明を終わらせる事も出来る程の存在、それが『旅人』だ」

 

イリアの物々しい例えに瞬は唾を呑みこんだ。

彼女の言っている事が決して冗談ではない事が分かり、改めて認識するととんでもない力を持っているのを実感する。


 「実際、一昔前はそこまでの力は持っていなかったが、今の科学は進歩している。単純に殺したいだけなら何も考える必要がない。ただ核爆弾でも気まぐれに作成して盾に守られながら起爆すればいい」


 「そんな馬鹿な事」


 「ふん、そうだろうな。人を殺さない事を明言しているお前には絶対できない戦い方だ。まぁ、技術も経験も不足している貴様にそれ以外で出来る戦い方など力押しくらいしかあるまい。どうせここに来るまでの間にも強引な手段ばかりでやってきたんだろ?」


そう言われて瞬は『旅人』の力を姫から譲られた後の事を思い起こす。

確かにどの場面を思い浮かべてもイリアの言うとおり、とにかく撃ち続けたり『イージスの盾』で体当たりするなど強引な手段ばかりなのを思い出す。

無駄な力を存分に使い、常に余裕など無い状態だった。

まぁ、今まで戦闘とは無縁な男であったために仕方がない事でもある。

指摘された事が見事に図星であるのに瞬は少し居心地悪そうにすると、その反応に気付いたイリアは目を細める。


 「やはりな。お前からは何度も死地をくぐり抜けた強者の気配などまるで感じない。ただの通行人と何ら変わりはないな」


 「はぁ、そうなんですか?」


 「ッチ!これを育てようとはお姉さまも人が悪い!・・・でも、ここまで来たらどうしようもない、か。おい、貴様!後ろだ、敵が来たぞ!」


見晴らしのいいこんな場所に音もなく敵が来る訳がない。

そう考えて冗談半分で後ろを振り向いた瞬だったが、後ろを振り向くとその目前に湾曲した刃が迫っていた。


 「うわっ!」


咄嗟に瞬は後ろへと飛び退くが、その背後からいつの間にか現れた黒いスーツの男達が一斉に剣で襲いかかる。

音もなくいきなり人が現れるのに驚きながら、瞬は反射的に『イージスの盾』を発動させた。

見えない盾により周りから振り下ろされた剣は全て弾かれる。

その反動で男達がバランスを崩すと同時に瞬は作り出した麻酔銃で狙いにかかる。

だが、照準を合わせた途端、男の姿がぶれる様に消えていった。


 「!?」


まるで白昼夢でもみているかのような光景だったが、それは夢ではなかった。

他の男に銃を向けても消えてしまい、気が付けば後ろから剣を振り下ろされている。

何が起こっているのかなど瞬には見当がつかない。

ただ、敵に麻酔銃を当てようと撃ち続けるだけだった。


 「ど、どうして?」


不思議なくらい当たりはせず、次から次へと男達は消えては瞬の背後に現れる。

同じ作業を繰り返している事で若干だが落ち着きを取り戻した瞬は、このままでは駄目だと閃光手榴弾を作り出してばら撒いた。

辺りを目が潰れそうなほどの光が覆い尽くす。

瞬間的な光が収まると、瞬の周りから男達の姿は消えていた。


 「大体わかった。それがお前の戦い方か。やっぱりただのド素人だな、反応も鈍いし反撃もおざなりだ」


一部始終を見ていたイリアは何事もなかったかのように冷静だった。

それとは反対に、いきなり現れた敵が今度は痕跡もなく消えてしまったのに瞬は再び混乱しそうだった。

頭で考えようが出てきた方法も消えた方法も検討はつかない。

実は一瞬の間に移動する様な魔法があるのかもしれない。

だが、それを使ったかどうかなど瞬には分かる訳もない。

彼に分かるのは目の前に立つ小さい少女はおそらく答えを知っているという事だけだった。


 「・・・やったのは貴方ですか」


 「さぁ?何の事だか分からないわ。証拠でもある?」


イリアは意地悪く笑って見せ、確実に彼女がやったのだと瞬は確信した。

これが彼女の仕業なら、彼女の魔法が関わっている。

彼女の使う魔法とは一体?

聞いても簡単には教えてくれそうもなく、瞬は自分で考えようとするがイリアは遮るように言った。


 「他の事を考えるのは止めろ、今からは自分が強くなる事だけを考えろ」


そう言われ、瞬は一旦、彼女について考えるのを止めて頷く。


 「とは言っても貴様は『旅人』の力は既に完成された力だ。貴様自信の魔法は使えるのか?」


 「いえ、さっぱり」


 「ならば、『旅人』の力の活かし方が貴様自身の強さになる。力を生かす技術、発想、戦術、それがお前が身につけなければいけない物だ。これから行うのはその全てを補う戦闘訓練だ」


何が行われるかさっぱり分からない瞬を余所に、イリアは視界で瞬を捉えながら意識を集中する。

すると、瞬の周りにまた黒いスーツの男達が現れる。

その手には銃や剣など多数の武器が握られていたが、問題はその数だった。

さっきは5人だったが、今周りを囲んでいるのは瞬から見えるだけでもおよそ数百人はいる。

その男達に囲まれた中でイリアはその場にリクライニングのついた椅子を造り、その上に腰かける。


 「また、ですか」


 「まぁそういうことだ。ただし、『イージスの盾』を使うのは禁止だ。身体能力と『リアルメモリー』のみで全て倒してみろ」


 「・・・始める前に1つ聞きたいんですが、貴方の魔法はもしかして幻覚を見せる類の物ですか?」


瞬は思い出していた。

ここに最初に来た時、見たはずの死体が消えていたり、彼女の姿は老婆だった。

そして、後ろを振り返った途端に音もなく現れた男達。

これらすべてに共通しているのは、瞬の眼に映った情報だと言う事だけだ。

そこから想像してみた推理を瞬は椅子の上でくつろぐイリアにぶつける。

イリアは驚く様子もなく、鼻を鳴らして軽く笑うと口を開いた。


 「ようやく気付いたか。それぐらいは魔法に携わる者なら分かって当然だがな」


 「やっぱり幻覚だったんですね!?それならここにいる人達も」


 「当然、幻覚だ。このようにな」


椅子の上に寝そべりながらイリアは作り出した短刀を1人の男へと投げる。

勢いよく短刀は男の頭へと飛んでいくが当たるかと思われた瞬間、短刀は男の頭の中にめり込むように消えたかと思うと後頭部から抜け出て地面へと突き刺さる。

まさにその男が存在していないことを証明して見せた。

瞬も動かない男によって手で触ってみるが、その手は肩透かしを食らった様にすり抜け、勢い余って瞬の体は男の体へとめり込んだように見えた。

だが、瞬には男の体に触れている様な感触などまるでなく、むしろ遠くから吹き抜ける風が体に当たる感触しかなかった。


 「本当に何も無い!」


 「これでお前の訓練を行ってやる。貴様の攻撃が当たればコイツらは消えていく。逆に・・・腕を前に出してみろ」


言われるがままに瞬は右腕を前に出すと男の1人が動き、その手に持っていたハンドガンで瞬の右手を狙って撃つ。

本物同様に弾が発射され、銃口からは硝煙が上がるが、当然の様に瞬の右手に傷はない。


 「グァッ!」


ところが、瞬は右手に走った激痛に思わず右手を抑える。

痛みはすぐに収まり、瞬は恐る恐る右手を見てみたもののやはりそこに傷は無い。


 「こ、これは・・・」


 「幻覚、とは言っても自分が撃たれたなら撃たれたという情報が脳へと伝えられ、脳は怪我を負ったと判断し、その結果、撃たれた個所から痛みを感じる。つまり、かわし損ねれば本物とまではいかないがそれなりの痛みを伴う訳だ。実戦形式のいい訓練だろ?」


ニタリと不敵に笑うイリアに、瞬は笑顔を浮かべて返した。

ええ、そうですね、と言わんばかりの表情だった。

それが面白くなかったのかイリアは舌打ちすると、指を1度だけ鳴らした。

それを合図として一斉に周りにいた男達が、各々の獲物で瞬へと襲いかかる。

いきなり始まった訓練に瞬はその場から飛び上がり、攻撃をかわしながら麻酔銃で手当たり次第に撃つ。

麻酔針はやはり幻の男達をすり抜けるとその姿は消えていくが、その数はまるで減っていない。

上へと飛び上がった瞬に、今度は下から銃弾の嵐が襲いかかった。

『イージスの盾』を使う事を制限された瞬は咄嗟に鉄の壁を下に向けて作り出し、銃弾を全て防ぎながら落ちる。

落ちて地面につけば即座に幻の大群に襲われるのは間違いない。

瞬は鉄の壁から右手を差し出すと、その手におそらく銃弾の幻が掠めたであろう小さい痛みが連続して起こる。

それに怯まず、右手を出したままで瞬が想像すると、その場に地面まで届く長い巨大な煙突が現れた。

瞬の育った街で見た工場の煙突だった。

落ちながら態勢を立て直した瞬はその煙突へと掴まり、次々に飛んでくる銃弾から逃げる様に煙突を足場に今度は遠くへと飛び上がる。

数百人もの幻を飛び越し、その途中で閃光手榴弾を次から次へとばら撒く。

イリアの魔法が幻覚であれば、強い光で消えるかもしれないと考えた行動だった。

地面に降り立って効果があったのかを確かめようと振り向いた瞬だが、そこにはまるで数の変わらない男達の姿があった。

今までを椅子の上でオレンジジュース片手に見ていたイリアは、戸惑う瞬へと叫んだ。


 「一応言っておくが、私の魔法はそんなチャチな光で消える物ではない!コイツ等を消すにはお前が有効打を与えた時のみだ。ほら、重火器でも使ったらどうだ?」


 「お断りします!人を殺すやり方を覚えたくなどないんです!」


 「・・・ッチ!甘い奴め」


不機嫌そうにイリアは呟くとそれ以上は何も言わず、オレンジジュースのストローを口にくわえた。

まるでつまらない映画を見ているかのようにイリアは退屈していたが、その主役は迫る大群にどうすればいいかと必死だった。

距離はあってもそんな距離などあと数十秒もしないうちに無くなる。

『イージスの盾』さえあれば今まではどうとでもなったが、それが無くなっただけでこうなるのは素人なら必然だ。

とにかく数を減らさないと!

全員をまとめて相手にするのが無理であるのは明白で、そう考えた瞬はふと頭に考えが浮かんだ。

男達はもうそこまで迫り、考える時間もない以上、その考えで行く事を瞬は決意する。

両手を前に出すと、目の前に視界を塞ぐほど巨大な壁を作り出した。

人が乗り越えるのは難しいであろう、3mはある高い壁だった。

その作り出した壁は横にずっと伸び、瞬と男達を区切っている。

だが、瞬はその壁の上へと飛び乗ると、壁の下へとたどり着いた男達から離れる様にその上を飛び越えて反対側へと着地する。

そこでまた巨大な壁を作り出し、またその上へと飛び乗ると今度は男達へと向かって同じ壁を作り出す。

伸びていく壁が男達を押しのけて分断し、瞬は壁の上を端から端へと走りながら何度も同じように壁を作り出す。

男達は完全に分断され、1つの区切りで約50人にも満たない数になり、1つの巨大な集団から10の集団へと分けられた。

うまくいった事に安堵する瞬。


 「ほう、まとめて閉じ込めるなんて少しは考えているらしい」


その様子を横になって見ていたイリアは、瞬がそれなりに『リアルメモリー』の使い方を分かっているのを素直に評価した。

無尽蔵な魔力を物へと変換し、圧倒的な物量を持って敵を窮地へと追いやる。

戦い方としては『旅人』別に個人差はあるものの、瞬がやったのは正にそういう戦い方だった。

イリアは喉をオレンジジュースで潤しながらも、試験官でもしているかのように瞬の様子を事細かく観察し続ける。


 「柔軟な発想はそれなりに出来るようだ。・・・だが」


瞬には遠すぎて聞こえないイリアの言葉を合図に、塀の中の男達から何人かが塀の中から飛び出した。

終わったとばかり思っている瞬目がけて何本もの剣が振り下ろされる。

気が抜けていた瞬も咄嗟に気づいて前へと飛ぶ。

だが、2、3本の剣が回避し損ねた瞬の足へと突き刺さり、痛みに瞬の顔が強張って思わず呻き声が出てしまう。


 「ガァッ!」


痛みに耐えながら男達と距離を取ろうとした瞬だが、男達はすぐにその距離を詰めにかかる。

また飛ぼうとした瞬だが、刺された痛みはまだ残るのか足に力を込めると激痛が瞬を襲う。

存在しない幻から受けた痛みでも、瞬の額に大量の汗が滲むほど体にも影響を及ぼしていた。

うまく動けず焦る瞬は向かってくる男達に麻酔銃を撃ち続ける。

何人も消したがそれでもなお、残った男達は常人とは思えぬほどの足の速さで向かってきた。

そして、瞬を剣の間合いへと捉える。

無表情な男達は機械的に剣を瞬へと振り下ろす。

ところがその剣は振り切られるまでに止まり、それ以上進みはしない。

瞬は2本の『天狼』を交差させて頭上で受け止めていた。

そこから全員を弾き飛ばそうと力を込める瞬。

痛みをこらえながら息を整えて振り払おうとした時だった。

胸に鋭い痛みが走り、瞬が目を向けるとそこには1本の剣が心臓の辺りへと突き刺さっていた。

まるで体験した事のない強烈な痛みに、周りの男達を吹き飛ばすどころか力が抜けていき、手から『天狼』が零れ落ちると受け止めていた剣が瞬の体へと振り下ろされる。


 「ギャアアァァッ!」


獣の様な純粋な痛みの叫びを上げ、途中で叫びは止まる。

すると、男達の姿が全て消え、そこには痛みで失神した瞬の横たわる姿だけが残った。

イリアはオレンジジュースと椅子を消すと、横になった瞬の側へと飛ぶ。

横になった瞬は痛みにうなされ、息も荒い。

それを見たイリアは少しはお姉さまが奪われた溜飲が下がったのを感じた。

だが、あくまで名目上は修行であるのを思い出し、少しすっきりした表情を元の真剣な表情へと戻す。


 「まぁ、こんな所だな。これから1ヶ月この調子でいくとしよう、ククク」


見ている者に恐怖を与える様な笑みを浮かべながら、瞬を叩き起こそうとした時だった。

イリアが瞬に向かって手を伸ばした瞬間、イリアは何かに反応し、その手を止める。

そして、すかさず辺りを見回して何もいないのを確認したが、イリアには何かが引っ掛かっていた。

誰かが見ているような気配、そして殺気を周囲から感じていたのだ。

だが、どこにいるかはまるで見えない。

意識のない瞬をすぐに担ぎあげたイリアは『イージスの盾』を展開させる。

その瞬間、イリア目がけて音もなく弾丸が四方から飛び交い、その全てが弾かれる。

判断を間違えていれば一瞬で蜂の巣になっていただろう。

イリアは冷静に弾丸が飛んできた方向の1つを見据えるとその方向へと瞬を抱えたまま走る。


 「チッ!こいつの訓練は移動してからやるべきだったな!おい、起きろ!」


肩にかけた瞬を何度も揺するが、瞬は呻くだけで起きそうもない。

いっそここに放り出してしまおうか?

イリアの頭にそんな考えが一瞬浮かんだ。

ここで放り出せば間違いなく『W2』に殺されるだろう。

だが、そんな事は出来ない事も理解していた。

仇の様な存在と言っても最愛だった人物から言われているのだ、その命を奪った仇を手助けするように、と。

イリアは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、色々な考えを打ち消すように空へと飛んだ。

今はとにかくこの男を守って奴らを叩きつぶそう。

そう決めたイリアは下へと落ちて着地すると、その目前の何も無い様に見える部分を凝視する。


 「もうばれているぞ」


イリアがそう言うと、少し盛り上がったように見えていた部分が布の様にめくれ、その中からM82A1(アンチマテリアルライフル)を構えた男が現れた。

男はすかさずM82A1をイリアに向かって突き出し、引き金を引く。

当然の様に弾丸は弾かれ、それは何度撃っても同じだった。


 「気は済んだか?じゃ、こっちの番だな」


イリアがそう言うと片手で男を地面へと引き倒し、1本のナイフを作り出して胸へと突き刺す。


 「グオッ!」


 「動くな」


痛みで身動ぎしようとした男だったが、深く沈んだイリアの声にその動きを止める。


 「心臓の真上で止めてある。今から質問するが答えてやれば命は助けてやろう。答えなければ死だ」


命が手の上にある事をアピールするようにナイフを足で押さえる。

少しでも力を込めれば、ナイフは心臓を貫くだろう。

ところが男は怯えるどころか、生きるのを諦めたように無表情だった。

それがイリアには気にくわなかった。


 「私の言ってる意味、分かってる?」


 「ああ、分かってるさ。・・・今にどういう事か分かる」


男はそう呟いたかと思うと、奥歯を強く噛みしめる。

すると、奥歯の中に仕込まれたカプセルが割れ、そこから流れた毒が男の中へと流れ込む。

途端に男の中から血がこみ上げ、口から大量の血を吐き出した。

その吐きだす動作により、心臓手前で止められていたナイフは心臓を貫き、毒とナイフにより男は絶命した。

イリアはその男の死にざまにいい予感はしなかった。

仕込んでいた毒といい、男の諦めた様な表情といい、最初から死ぬ事を前提にこの男は殺しに来ていた。

他にいた連中も全てそうなのだろう。

『W2』が何かを起こそうとしている。

そう考えた時、ふとイリアの視界に空で何か光るものが見えた。

それは飛行機やヘリの類よりももっと早い速度で移動し、段々とこっちに向かってくるように見える。

死亡する事が前提、飛来する何か・・・まさか!

イリアはすぐにこれから何が起こるのか理解すると、その場から離れようと走り出した。

だが、迫る光は徐々に大きくなっていき、目で捉えきれない速さで地面目がけて突っ込んだ瞬間、辺りは光に包まれた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。


 近頃はどうにもやる気の出ないことばかりです。

なんかこう鬱な気分から脱出するようなことでも起きないものか('A`)

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