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第32話:幻想支配者(1)

 通り抜ける風の音しか聞こえないほど静まりかえった村があった。

村とは言っても真ん中に大通りがあり、その両脇にほんの数軒分の建物があるだけで、村と言うよりも集まりと言った方が正しいかもしれない。

周りには何もなく、ただ平地がずっと続くだけの場所だが、その集まりには人気が全くない。

ゴーストタウンと化した村は、まるで地の果てから続く道の終着点の様だ。

そこに1台の赤い車がやってきた。

運転していた初老の男は道が終わっているのに気付くと車を止めて辺りを見回す。


 「一体、ここはどこだ?」


見回す男の眼に立てられていた看板の文字が目に止まる。


 『ようこそ、シカラフへ』


男は思っていた場所とはまるで違う所へ来てしまったらしく、ガッカリしたような表情を浮かべながらその場でUターンし始めた。

ところが男の不運は道を間違えただけでは終わらず、車が急に普段聞かない変な音を上げ始め、男が不思議に思った途端に動かなくなる。

男は焦った。

なんせ、こんな場所で車が動かないとなると目的地に着くどころか、遭難したも同然だったからだ。


 「おいおい、頼むよ!動いてくれ!」


何度キーを回してみても、エンジンがかかる音は聞こえず、諦めてボンネットを開けてみる。

すると、中からは黒い煙が上がり、男はむせながら中を覗き込んで見るがどこが悪いのかすら男には分からない。

諦めて車を呼ぼうとしたが、持っていた携帯は当然の様に繋がらない。

なんせ、周りは何もない平地であり、携帯の基地局なんてある訳がない。


 「くそったれ!こんな場所でどうしろってんだ!」


男は行き場のない怒りをぶつける様に車を蹴ると、せめて電話はあるだろうと辺りを探してみる。

公衆電話らしいものは見当たらないが、近くの電柱から1軒の寂れたバーに向かって電話線が伸びているのに男は気づいた。

その希望にすがるようにバーの中へと入ると、明るい外とは打って変わり、中は薄暗い上にカビ臭く、その臭いに男は顔をしかめる。

当然の様に誰もおらず、男はその中へと入っていくとカウンターの上に電話機があるのを見つけた。

今では使われていない様な古い型の電話機から受話器を手に取った時だった。


 「アンタは誰だい?」


 「おわっ!」


突然、店の奥から声が聞こえ、男は心臓が飛び出そうなほど驚き、その拍子にバランスを崩して床に倒れた。

顔面を強打し、痛みをこらえながら男が顔を上げるとそこにはいつの間にか老婆が立っていた。

薄暗がりで顔はよく見えないが、老婆は心配しているのか男に声をかける。


 「大丈夫かい?」


 「あ、ああ、大丈夫だ。それより、急に声をかけないでくれ。思わず心臓が止まりそうになった」


 「そりゃ悪かったね。ただ、アンタも悪いんだよ?勝手に電話を借りようとするんだから」


そう言うと老婆は男に背を向けて壁のスイッチを押す。

すると、頭上の古ぼけた電球に電気が走り、室内を明るく照らし出した。

ようやく男の目に老婆のハッキリとした姿が映ったが、彼女は腰が曲がり、見た目は80はありそうなほど高齢の様だった。

立っているのがつらいのか、近くの椅子に腰かけると男の方へと向き直る。


 「アンタ、一体何しに来たんだい?こんな場所には何もないよ?」


 「いや、実は道を間違えてここまで来てしまったが、生憎と車が故障してね。出来れば修理屋を呼びたいんだが、携帯が使えない。金は払うから電話が繋がるなら貸してくれ」


 「そりゃ災難じゃったな。その電話は通じ取るから好きに使うとええ。金は要らんからその修理屋が来るまで話し相手にでもなってくれんか?」


 「そんな事でよければ付き合いましょう」


男がそう言うと老婆は嬉しそうに背もたれに背中を預けて一息ついた。

電話をかけながら男は不思議に思った。

話しをしているのは構わなかったが、そもそも彼女はなぜこんな辺鄙な場所にいるのかと。

老婆が住む環境にしては過酷過ぎる場所だ。

番号案内でどうにか近くの街の修理屋に来てもらうよう頼んだ男は、得体の知れない老婆の相手をしようと電話を切って後ろを振り返った。

だが、さっきまでいたはずの老婆の姿はそこにはなく、その姿はバーの中には見当たらなかった。

てっきり外にまで出たのかと外へと出てみた男だが、どこにも老婆の姿はなかった。

男はまるで幽霊とでも会話していたような奇妙な感覚を覚える。

諦めて中で待とうと振り返った瞬間、すぐそこに老婆の姿があった。


 「うわっ!あ、貴方はマジシャンか、何かか!?」


 「何の事じゃ?修理を呼べたのなら私の相手をしておくれ。少しは食べ物もある」


老婆が指さす先には確かにテーブルの上にパンやチーズ、それに果物などが置かれていた。

一体、何時の間にここに並べたんだ!?

男がバーを出た時には間違いなくなかった食料が、外に出てからものの5秒ほどで用意されている。

それどころかバーの中には老婆の姿が無かったはずだった。

まるで魔法か手品でも使った様な老婆に男は段々と不気味さを感じていた。

そんな事など気にならないのか、老婆はさっさと席に着くと男が対面に座る様に指示し、男は戸惑いながらもそれに従って席に着く。

老婆が会話の主導権を握る形で話は始まったが、聞いてくるのは最近の外の様子ばかりだった。

彼女はここ最近はこの一帯から出た事がないらしく、外の事情には疎いため、男から聞こうとしたというのだった。

こんな辺鄙な場所で生活なんて出来るのか?食料は?水は?どうしてここに?

話していても男の中での疑問は膨れ上がる一方だった。

一通り最近の外の様子を話し終わると、今度は男がたまった質問を聞きだそうとした時だった。

外の道路に何台もの黒塗りの4WD車が走り、渋滞でもしているかのように行き止まりで一直線に並んで止まる。


 「おや、またお客さんだね」


老婆は穏やかにそう言い、男はてっきり修理屋が来たのかと待っていたとばかりに外へと出る。

だが、男の目に明らかに修理などとはかけ離れた車に合わせて、黒いスーツを着た得体の知れない男達が下りてくるが映り、異質な彼らに男は足を止めた。


 「な、なんだアンタ達?」


 「お前は・・・違うようだな。そこをどけ!その中の者に用がある」


スーツの男達の手には様々な重火器があり、その銃口がバーの入口を塞いでいた男へと向いた。

男はいきなりの脅しに慌てて入口から離れ、自分の車へと走る。

まさか、あの老婆をこんな連中が殺しにでも来たのか!?

まるで戦争でも起こすかの様な装備の男達に、男は小刻みに震えながら自動車の陰に隠れて様子を窺う。

それを確認した1人の男がバーを指差すと、男達が半分に分かれて片方は入口へ、もう片方は裏口へと回る。

別れた男達は突入する入口の周りへと張り付いて息を整える。

張り詰めていく空気の中、耳に取り付けられた無線に突入の指示が入った。

次の瞬間には入口の連中が中へと突入し、椅子に座っていた老婆を見つけるとその銃口を老婆へと向ける。


 「こいつだ!」


 「アンタら、一体何だい?」


 「とぼけるな、お前が魔法を使うのは分かっている。俺達と一緒に来れば良し、そうでないなら・・・」


後は分かるだろう?

言葉の後は男が言わずとも銃を構える仕草と態度が物語っていた。

ところが老婆はまるで慌てる様子もなく、男達を一通り見回すと落ちついて言い放った。


 「お断りだね」


 「何の魔法か知らんが俺達相手に生き残れると思ってるのか?」


 「試してみたらどうだい?」


 「いいだろう、撃て!」


その言葉を合図に次々と老婆に向かって銃弾が吐き出され、まるで大群でも相手にしているかの様に手榴弾やグレネードランチャーの弾までも飛ぶ。

木製の机をただの木屑に変える程の銃弾の後に爆発が老婆を中心に巻き起こる。

爆発で起こった衝撃は机やいすを吹き飛ばすだけでなく、木造のバーを軋ませ、壁や天井へと火をつける。

辺りには粉塵が立ちこめ、男達からは老婆の姿は見えなくなっていた。

だが、彼らはあの攻撃の後でも警戒を緩めず、銃口は老婆がいた場所を向いていた。

全員の視線は一点に集中していたが、一番後ろに立っていた男の後ろに浮き出たように人影が現れる。

男に向かって人影から手が伸び、何も気づかない男の首を掴んだかと思うと次の瞬間に男の首はあり得ない方向へと曲がった。

その音に気付いた男達は一斉に銃口をそちらに向ける。

ところがその人影はまるで幻の様に消えてしまい、今度は裏口側から突入した男の首がへし折れ、男が倒れた後にそこには何もいない。

姿が捉えられず次々と仲間が殺られていく中、男達の恐怖と焦りは高まるが迂闊に発砲はできない。

辺りを警戒しているが次々と仲間は殺られていき、ようやく視界を塞いでいた粉塵が消えると20人はいた男達は半分にまで減っていた。

そして、どこにも老婆の姿はなく、ただ砕け散った木片や火がついた机が転がっているだけだった。


 「くそ!探せ!どこかにいる」

 

 「おやおや、最近は礼儀がなってないね」


その声に全員が銃口を上へと向ける。

そこには容姿からは想像がつかない、右腕の力だけで天井の梁に掴まってぶら下がる老婆の姿があった。

不思議な事に銃弾による傷や爆破による火傷もないどころか、服に埃すらついていない。


 「撃てぇ!うおおぉぉ!」


男達は仲間を殺された恨みを晴らすべく次々と銃を撃つ。

だが、その銃弾は老婆に当たる直前で見えない何かに弾かれ、次第に男達も気付き始めた。

1人の男が爆炎の合間から老婆の妙に落ち着いた表情で見下すの顔を見た。

その途端、自分の首に死神の鎌がかかっているかのような死の錯覚を覚え、体中に吹き出すような冷や汗をかきながら呟く。


 「ば、化け物」


その言葉はウィルスの様に全員の耳から恐怖を伝染させ、次第に顔が青ざめていく。

コイツは殺せない化け物だ!

全員の考えは自然と一致し、まるで意思を共有しているかのようにその場から一斉に離れた。


 「やれやれ、ちょっかいを出すのは構わないけど、自分の手を全く汚さないんだから困った奴らじゃ。さて、さっさと片づけるとしようかね」


老婆はその言葉を皮切りに天井から落ちると、ありえないほどの俊足で男達を追いかける。

そして、背中を向ける手近にいた男を捕まえ、恐怖に歪む顔を見ながら首を折った。

その調子で次々と殺していく。

老婆が屈強な男達を1人ずつ首を折って殺していくなどホラー以外の何物でもない。

仲間の悲鳴を聞きながらも後ろを振り返らず、生き残った男達は車へと乗り込んで急発進させた。

逃げられた車はたった1台だったが、その車内の男達は助かったと安堵していた。

道路の先に老婆を見つけるまでは。


 「ヒィィッ!や、奴だ!」


 「構わん!轢け!」


車は老婆目がけてスピードを上げる。

老婆はそれを受けてか、その場から逃げだしもせず、何処からともなく2mはあろうかという剣幅の太い大剣を取り出して両手で握る。

それはまるで恐竜でも狩るかのような剣だったが、人が持つとは思えない様な規格外の物だった。

老婆はその剣を軽々振り回して見せると弓の矢を射る様に後ろに引いて構える。

やがて車が目前にまで迫り、老婆へと突っ込んできた瞬間、老婆は横に飛び退きながら大剣を横一文字に振るった。

車と老婆が交差し、車はそのまま走り抜ける。

上部が無くなった状態で、だ。

老婆の振り抜かれた大剣により車体からエンジン、男達まで全て真っ二つに押し潰されたように断たれ、置き去りになった上部も走り去った下部も爆発する。


 「これで全部・・・あ~忘れとったわ」


老婆は爆発などそっちのけで何か思い出し、大剣を消してしまうと俊敏な足でバーにまで戻る。

そこには故障して止まった車の中で地震でも起こった様に震える最初に来た男がいた。

男は壊れているのなどお構いなしに何度もエンジンをかけようとしていた。


 「その車は修理待ちじゃなかったのかい?」


 「ギャアァァァ!こ、殺さないでくれ!俺は何も見ていない!」


今までの一部始終を見ていた男は涙を流しながら懇願した。

だが、目撃してしまった以上、口封じされるのも分かっていた。

運悪く道を間違えたためにこんな事に出くわした自分の不運を呪い、必死に助けてくれるよう願った。

ところが、そんな男の必死さとは裏腹に老婆は困った様な表情を浮かべ、何かを男の前に落とした。

それは車のキーだった。

意味が分からず、男が顔を上げると老婆は笑いながら言った。


 「殺す?とんでもない。私は理由もなく人殺しはしないよ。さっきの連中は私を最初から殺そうとしていた悪い連中だったからね。ほら、連中の車のキーを上げるからそれで出ていくと良い」


良くは分からないが、とにかく助かった事だけは理解した男はキーを拾い上げると車に乗り込もうとする。

その男の肩に老婆の手がかかり、老婆は力づくで男を引き寄せて一言だけ耳元で呟いた。


 「ただし、ここでの事を言うと・・・」


 「わ、分かりました!言わない、絶対に言いませんから!」


それに満足したように老婆は手を放すと、男は抑え込まれた反動を放つように車に飛び乗り、車を急発進させる。

老婆は手を振りながら笑顔で見送る中、車はあっという間に視界から消えた。

すると老婆の振る手が止まり、蜃気楼のように老婆の姿が歪み始め、段々と別人へ変貌していく。

変化が止まったその姿は流れる様な金髪をショートカットにした見た目15、6歳位の少女だった。


 「場所もばれてるようだし、何時になったら私の待ち人はくるのやら」


彼女はため息を1つつくと、壊れかけのバーに手を当てて大剣の時の様に消しさる。

そして、木片1つすら無くなるとそこに壊れる前と全く同じバーが瞬時に出来上がる。

一仕事終えたように少女は手を払い、空に向ける様に広げた手の上に写真を出し、それをジッと見つめる。

そこに映っていたのははしゃいでいる彼女と静かに佇むヴァネッサ・イーグランドの姿だった。


 「お姉さま・・・」


寂しげに一言だけ呟いた少女はまた老婆の姿へと変わると、バーの中へと消えていった。





 「報告します、シカラフの魔法調査に向かわせた連中の連絡が途絶しました」


深く椅子に腰かけ目を閉じていたアジア統括支部長はゆっくりと目を開き、報告を行う若い女性隊員に目を向ける。

彼女は恐怖の象徴でもあるアジア統括支部のトップの前で萎縮し、緊張してか若干声が上ずっていた。

支部長はしっかりと彼女を下にくまの出来た眼で捉えると、彼女はそのまま続けた。


 「衛星からの映像を分析している限りでは『旅人』のナンバー4の可能性が高いとの事です」


 「・・・新人狩りで忙しいこのタイミングでまた別の『旅人』か。奴らに仲間意識はないと思っていたがな」


 「どう・・・されるんですか?」


困惑した様に佇む彼女から視線を外した支部長はPCへと視線を移す。

そして、キーボードとマウスで画面を変え、今現在で報告されている『旅人』の所在MAPを表示し、そこに過去の経路を表示して考え込む。

そこで何かに気づいたらしく目を見開くと、彼女へと向き直った。


 「どうやら新人はそこに向かっているらしいな。合流されたら手を出しにくが、アレを試す機会でもある、か。『ミョルニル』を準備させろ」


 「『ミョルニル』をですか!?」


 「シカラフ周辺に人はいないのだろ?試した所で問題はない。他に通達は出しておくからさっさと行け」


 「は、はい!」


女性隊員はドアから出ると急いで命令を伝えに走る。

支部長はもう一度椅子に体を深く静めると、これで安心して眠れる日々が来る事を願い、根回しのために電話へと手を伸ばした。





 姫から指定された場所を目指していた瞬。

途中で何度か『W2』に追いかけられたが、どうにか撃退か逃走をしているうちに出発してから1週間程経過していた。

と言っても、指定された場所もロシア西部にあるらしく、東部から西部までまるで大陸を横断しているほど長い道のりだった。

公共機関なども使えず、ましてや車も運転できない彼には走る以外に方法がなく、ひたすら走り続けた。

だが、その甲斐あってかようやく目的地にまでたどり着きそうだった。

周りには何もない道路が1本だけある場所をGPSナビに従って瞬は走っていた。

後もう少しすればたどり着くところまで来た時、ちょうど前から車が走ってくるのが見えた。

瞬は慌てて足を止め、ゆっくりと歩いて車をやり過ごそうとする。

だが、猛スピードで走っていた車は瞬の近くで止まったかと思うと、窓が開いて血相を変えた初老の男が顔を出した。


 「君!どこに行く気だ!まさか、この先の村か!?」


 「そ、そうですけど」


 「悪い事は言わない!すぐに引き返しなさい!私が近くの街にまで送り返すから!」


男の剣幕に瞬は思わずたじろぐが、目的がある以上引きさがれはしなかった。


 「残念ですけど用事がありますから。どうかしたんですか?」


その素直な質問に男は答えようとした。

だが、脳裏にあの老婆が浮かび、身の安全のため自然と口を濁す。


 「い、いや・・・、その・・・、得体の知れない連中が大勢いるんだ。危険な連中だ!」


 「それなら大丈夫です」


 「ど、どうしてだ?」


呆気にとられる男に瞬は笑顔を浮かべながら言った。


 「僕、それなりに強いですから」


 「・・・」


男は上から下まで瞬の体を見るが、どう見ても強い男には見えはしない。

それどころかいたぶられて殺される様な優男だ。

だが、この東洋人はどうしても男の話に乗りそうにもない事は男にも分かった。


 「私はもうこれ以上止めはせん。いいな、忠告はしたからな?」


そう言うと車は走り出し、また猛スピードで走り去っていった。

取り残された瞬は男の言葉から『W2』が手をまわしているのかもしれないと先を急ぐ。

すると、道の途中で上部と下部に分かれた黒こげの車の跡があり、瞬も足を止める。

 

 「う・・・、ひどい」


瞬は思わず袖で鼻と口を覆い、目を伏せたくなるような惨劇の跡を見る。

車の中には4人ほど乗っていたようだが、生きている者などいるはずもなく人だった物が残っているだけだった。

彼が言っていたのはこれの事か。

そう納得した瞬だが、問題はこれをやったのが誰か、もしくは何かという事だった。

かろうじて残っていた車体の分かれている部分は斬れている訳ではなく、力で無理やりねじ切られた様な跡だった。

魔法知識も警察の鑑識の様な知識も持ち合わせていない瞬には、何が起こればそうなるのか見当もつかない。

とにかくこの先に何かがあるのだけは確信すると、そこから先へと走る。

次第に道の終点である小さな集落が見えてきたが、そこも惨劇の跡だった。

黒いスーツの男達が首の骨を折られて次々と死んでいたのだ。

燦々たる状況に瞬はその場で立ちつくしていたが、ふと手に持っていたGPSから小さく音が鳴っていたのに気づいた。

GPSが指示していた場所に到着したと告げていた。

次から次へと瞬の頭には疑問が湧くが、とにかくどういう事が起こったのかを調べ始めた。

見るからに一方的な殺戮が行われたようだが、男達も抵抗したのか銃には弾薬が残っていないものばかりだった。

ただ、ここにその薬莢は落ちてはいないし、戦ったような跡も見えない。

一体どういう事なのか瞬には分からなかった。

だが、身に危険を及ぼすほどの何かしらがあるのはまず間違いない。

それだけは理解した瞬は麻酔銃を生成し、辺りを注意深く見回す。

敵らしい者も見つからず、試しに魔力探知をやろうとした時だった。


 「また客かね」


瞬はその声に素早く反応し、振り向きざまに麻酔銃を構える。

ところがバーの入口に立っていたのは、腰の曲がった老婆だった。

なんでお婆さんがこんな場所に?

素直に瞬はそう思い、あまりに場違いな老婆に面食らってまるで時が止まった様に麻酔銃を構えたまま固まっていた。


 「いきなり銃を向けるなんて感心しないね」


 「あ、ああ、すいません」


嫌そうな顔を浮かべた老婆に慌てて瞬は麻酔銃を隠し、謝った。


 「あの、ここで一体何が起こったんです?」


 「はぁ?何の話じゃ?」


 「あそこの死体・・・あれ!?」


瞬はさっきの男達の死体があった場所を指差したが、そこには死体の影も形もなかった。

それどころか銃や男達が乗ってきたであろう車、遠くで転がっていた上下に分かれた車も全て消えていた。


 「そんな馬鹿な!」


瞬はまるで白昼夢を見ている様な気分だった。

触った感触もまだ指が覚えていたため、さっきのは本物だと自分に言い聞かせながら老婆へと訴えかける様に言った。


 「さっきまでそこに男の死体や黒こげになった車があったんです!」


 「どこにもないじゃないか?」


 「本当です!そこに死体の山が・・・」


 「長い道のりを移動してきて疲れたんじゃろ?ほら、中で休んでいったらどうじゃ?」


笑って瞬に休むよう老婆は勧める。

瞬はさっき見たはずの物に戸惑いを覚えながらも誘われるままにバーの中へと入り、手近な椅子の上に腰かけた。

その真向かいに老婆は座ると、笑顔を浮かべながら瞬へと問いかけた。


 「ところでアンタは何をしにこんな場所に来たんじゃ?」


 「ある人にここに来るよう言われたんですけど・・・、どういう事なのかさっぱりで」


困った様に瞬が言うと、老婆の目が瞬が気づかない程度に細く鋭くなっていく。


 「ほう、指示されてか。見た所東洋人の様じゃが?」


 「日本人です。名前は瞬と言います」


 「・・・そうか、瞬か」


名前を呟きながら老婆は顔を伏せた。

何か変な事でも言ったのかと瞬は気にかけ、老婆の肩に手をかけようとした時だった。

突然、老婆の体がぶれたかと思うと、既に瞬は吹き飛ばされてバーの外にまで叩きだされていた。

その腹には深くめり込んだ拳の跡があり、不意に訪れた強烈すぎる痛みに瞬は苦悶の表情を浮かべ、地面へと叩きつけられる。


 「ガハッ!・・・ゴフッ!」


腕で体を起こし、土下座する様な形になった瞬は口から大量の血を吐きだす。

肩で息をしながら態勢を整えようとするが、銃で撃たれた方がましだと思えるほどのパンチに思う様に体が動かない。


 「あなたがお姉さまの後継者?全く話にならないわ」


苦しみの中で瞬は顔を上げると、バーから老婆が出てくる所だった。

ゆっくりと1歩ずつ瞬へと歩みよると同時に老婆の姿は歪むように変貌していく。

瞬の前へとたどり着くと老婆の姿は何処にもなく、そこにいたのは金髪の少女だった。

彼女は呆れた様な表情で瞬を見下していた。


 「なんでお姉さまは自分の命まで捨てて、こんな・・・こんな奴を!」


少女は怒りにまかせて咳き込む瞬を思い切り踏みつけた。

あまりの力に地面にヒビが入り、瞬の強化されているはずの体も骨は砕け、内臓は破裂寸前だった。


 「ガッ!ガハッ!・・・う、うう」


瞬の意思とは無関係にゆっくりと閉じていく視界の中、手を伸ばして少女にやめるよう伝える。

だが、そんな事などお構いなしに少女は手を払いのけると、とどめの一撃として瞬の顔面を殴りつけ、瞬の意識は完全に飛ばされてしまった。

ピクリとも動かない瞬を見下ろす少女は少しは怒りが晴れたのか、肩を下ろす。

その体格に見合わない力で楽々と瞬を担ぎあげてバーの中へと入り、そこらへんに放り投げると窓際の席へ座る。


 「なんだってこんな奴なんか・・・」


少女は小さく呟くと物思いに耽る様に何処までも続く空を眺めていた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。


 あけましておめでとうございます。

投稿を始めて2回目の正月ですが、あと何回迎えるのやら。

投稿は遅いですが、今年もよろしくお願いいたします。

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