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第31話:新たな指示

 とある山中の中腹へと『旅人』はたどり着いた。

まるで知っているかのように辺りを見回し、人が登るのを拒むかのような険しい山壁へと手を当てる。

その山壁の一部をいきなり殴りつけたか思うと、その壁が崩れていき小さい洞窟の入口が現れる。

『旅人』はその中へと躊躇なく入ると長く続く洞窟を進み、少しだけ開けた何も無い空間へとたどり着いた。

そこに抱えていた意識のないニキータを放り投げ、その中間に火のついたランタンを床に置くと重厚な椅子を作り上げてその上に腰かける。

投げられたショックで意識を取り戻したニキータだが、周りの様子が意識を失う前と全く違うのに焦り、焦点の合わない眼で『旅人』を見る。


 「何処?ここは何処よ!?」


 「私の隠れ家の1つだ。ある山の中とだけ言っておこう」


 「そんな所に私を連れ込んでどうする気!?命は助けるって」


 「言った。だが、私も聞きたい事があると言ったな?」


 「・・・ア、アンタ一体何者なの?ただの平和ボケした国の学生じゃないでしょ!」


そう言われて『旅人』は少し考える素振りを見せ、しばらくしてから口を開く。


 「『旅人』の1人、雨堂 瞬だ。正確に言えばその体にいる別の意識と言った所か」


 「な、何よそれ・・・?」


『旅人』について知られている事はニキータも知っているつもりだった。

だが、初めて聞く話に呆けたように聞き返す。

それを見た『旅人』は少しもったいつけたように説明し出した。


 「・・・『旅人』と言うのは人から人へと移るのは知っているだろう。長い時間をかけて体と同化した『旅人』の力、それを渡すために元の持ち主の体ごと『旅人』の力は受け継がれる。その時に元の持ち主の魂も新しい『旅人』へと移る」


 「魂?」


 「そう、魂だ。魂は存在する限り転生し続け、命あるものとして生まれ、それが死に至り、また別の生き物として生まれ変わる事を繰り返す。だが、『旅人』の場合、大概はさっき言った魂のループへと組み込まれるが、その気になればその『旅人』の中に残る事が可能だ」


そこまで聞いたニキータは大体の事を察した。

目の前にいるのが腐抜けた甘い男などではない事も理解できた。

彼女の顔から血の気が失せ、青ざめていく。

彼女は震える手で指差しながら尋ねた。


 「つまりアンタは・・・」


 「瞬に託した後、その体に残っている前『旅人』の魂、ヴァネッサ・イーグランドだ」


 「ぼ、『亡霊国の血塗れ姫』!!」


ニキータが叫んだ瞬間、その頬を何かが掠めた。

彼女が不思議に思って手を触れると、その手には血がついていた。

慌てて後ろを振り返ると地面に1本のナイフが刺さり、それを見た途端、ニキータの頬に斬られた痛みが走る。


 「命が惜しければそう呼ばない事だ。嫌いなんだ、その呼ばれ方は」


 「・・・っく!で、でも何でアンタが出てきたのよ!もうその力はその男の物でしょ!」


 「本来ならそうだが、まずい状況で気を失ったからな。まぁ、3日前まで平和ボケした国の学生だった男だからしょうがないと言えばしょうがないが、『旅人』である以上、そうも言ってられん。あまり良い方法ではないが私が出てきた訳だ」


ヴァネッサは深く息をついて椅子の背もたれにもたれかかる。

そして、気持ちを切り替える様に眼を細めて、ニキータを睨みつけた。

突然睨まれたニキータは恐怖からか石になった様に体が固まる。


 「さて、今度はこちらの質問といこう。『W2』の本拠地はしっているか?」


 「そ、そんな最重要機密知ってる訳ないでしょ!」


 「じゃ、アジア統括支部の場所でいい」


 「知らないわ。私はそこに行った事もない」


 「・・・あの村に研究所があったのは知っているか?」


 「正確な位置は知らない。ただ、他の奴に聞いた話じゃ、脱走者が出て爆破したらしい。今じゃ跡形もないとか」


 「なら、どうしてあの村で罠を張っていた?」


 「私はただ無線で命令を受けたから魔法を使って、フェイリンの魔法で家族思いなただの女に仕立てられただけ。その後はアンタも聞いてたでしょ?」


 「・・・なるほど、つまり外で活動しているエージェントの1人か。となると、情報はないに等しいな。」


ヴァネッサが理解した様でニキータはほっと胸をなでおろす。

これで自分が何も知らない女である事は理解してもらえたと。

命は守ると約束した以上、もう解放するだろう。


 「も、もういいでしょ?私の知ってる事なんてその程度なの。早く解放してよ!」


 「・・・いいだろう。ただし、一時的に眠ってもらうがな」


 「え?眠るって」


ニキータが不思議に思っている間に彼女の腕へ小さい針が突き刺さる。

腕の小さい痛みにニキータは視線をそちらへ向けていくが、段々と視界がぼやけ、腕に針が刺さっているのを眼で捉えた頃には眠りに陥る直前だった。

意識もなくなった彼女はその場に横たわり、ヴァネッサは少し考える様に顎を引いて手を当てる。


 「もう時間もない、私に出来る手助けは・・・」


横たわるニキータへと目が言ったかと思うとそれで考えがまとまったらしく、彼女はすぐに行動に移る。

ニキータの体を脇に抱えて持ち、洞窟から飛び出るとある場所めがけて一目散に走った。

次々と景色が流れていく中で、彼女はある街へとたどり着くと近くの高台へと上る。

そこから見下ろしながら目的の場所を探し当て、小さく笑いながらニキータを見た。


 「フフッ、命は助けよう、命はな」


彼女は高台から飛び降りるとその場所目がけて走っていった。

何をするかは分からないが、その口元はこれからの事を考えているのか少し緩んでいた。





 真上に輝く太陽からの光が差し込む森の中、そこで瞬は倒れていた。

手に何かを握り締め、上から降り注ぐ日差しが彼の瞼に差し掛かると、その眩しさに瞬はゆっくりと意識を取り戻して目を開く。

見覚えのない場所に瞬は飛び起き、咄嗟に『盾』を張って警戒したがどこにもニキータの姿も巨人の姿もなかった。


 「ここは?一体何が・・・?確か、触手の壁に囲まれてあまりの気持ち悪さに気を・・・」


だが、辺りには触手の1本もなく、気持ち悪いどころか清々しい場所だった。

あまりの記憶違いに瞬は混乱するが、手に何かを握っているのに気づいた。

見るとそれは一枚の紙に包まれた何かの端末だった。

携帯型ゲーム機のようなそれをよく見てみると、所々にGPSと記された文字が印字されていた。

瞬はそれをジッと見ていると、大分前にどこかで見た様な覚えがあった。


 「・・・ああ、そうか。賢悟に連れられて、近所の探偵社に見学に行った時見せてもらったGPS追跡用の装置だ」


そこまで分かって多少スッキリした瞬だが、まだまだ疑問は尽きない。

それどころか、なぜ自分がそんな物を持っているのか理解もできない。

頭を悩ませながら目線を下に落とすと、追跡用端末をくるんでいた紙に何かが書かれているのに気づいた。

内容は日本語だが筆跡はまるで何年も日本語を書き続けているかのような達筆で、自分が書くよりも綺麗な字に瞬はますます不思議に思いながら読み始めた。


 『瞬、これを読んでいるという事は意識を取り戻したのだろう。お前は覚えていないだろうが、気を失ったお前に代わって私がお前の体を使ってニキータを倒した。安心しろ、殺してはいない。ドミトリーも解放されて、あの村も元に戻った』


そこで一旦読むのを止めた。

確かに瞬に記憶はないが、誰かが自分の体を使って代わりに何とかしてくれたと書いてある。

それを信じるなら一体どこのだれにそんな事が出来るのか。

瞬自身、まだまだ『旅人』については知らない事が多すぎるため、体を使われたと言われても否定することすらできない。

少し考えてはみても何かをひらめくわけでもなく、とにかく先を読むしかなかった。


 『だが、今回の事で分かったはずだ。お前は力は既に持っているが、圧倒的に知識や経験が足りない。言ってしまえば力が強いだけの素人だ。此処から先は敵も使える手段は全て使ってくるだろう。その時に今のお前ではやられてしまうかもしれない』


ここまで読むと瞬の面持ちは自然と強張った顔へと変わる。

実際、今回の村では気を失ってしまう事になった。

この手紙の主がいなければ、瞬は今頃此処にいなかったかもしれないのだ。


 『そこでだが、GPS端末が指し示す場所へいけ。そこでならお前に足りない物を補ってくれるはずだ』


GPS端末には入力された経緯と緯度が表示され、進むべき矢印が表示されている。

地図の代わりにこれで場所を探せという事の様だ。


 『そして1ヶ月後、お前の持っているGPS端末で受信した場所へと向かえ。おそらく、アジア統括支部へたどり着くはずだ』


 「え?一体どうやってGPSを」


 『ちなみにその方法を書く気はない。気にせずに先へと進む事だ』


 「・・・」


なんとなく瞬は嫌な物を感じたが、瞬の事を理解しているらしい人物なら人道的な手段から外れる事はしないはず。

そう無理やり思い込んだ瞬は再び手紙へ目を戻す。


 『お前に無謀な事を押しつけてしまって本当にすまない。出来る事なら私がやるべきだったが、どうしても私にはできないのだ。瞬、頼んだぞ。 姫』


 「これは・・・姫からの手紙!?」


最後まで読んでようやく誰からの手紙か判明したが、瞬は思いがけない人物に思考が停止する。

なぜ、消えたはずの姫がまた現れたのか?

当然だが、瞬には姫の言っていた魂の概念など知る由もない。

まるで冷凍された様に固まったままの瞬だが、不意に顔を上げるととにかく姫の指示に従おうと決めた。

今は疑問だらけでもここに行けば解決するかもしれないからだ。

とりあえず、持っているGPS端末を受信ではなく、緯度と経度を直接入力してGPSで場所をナビするよう変える。

目的地へと向かう用設定された端末は矢印が画面上に表示され、瞬はその方角へと向かって歩き出した。

何が待ち構えているのか、不安と期待を胸に抱きながら。





 時は瞬が目覚める2時間前にさかのぼる。

ニキータは打ち込まれた睡眠薬の効果が薄れ、目をこすりながら起き上がった。

まだ眠気があるが、揺らぐ視界で捉えた見覚えのない場所に思考はすぐに覚醒する。


 「・・・っ、ここはどこ!?」


周りはコンクリートの壁であり、ちょうど1人が横になれる程の広さがある正方形型の部屋だった。

ただ、彼女の目の前には壁の代わりに太い鉄の棒による鉄格子があり、外に出る事はできない。

そう、ここは牢屋だった。

何が起きたか理解できない彼女は鉄格子の外を覗きこんでみるが、そこには誰もいなかった。

少なくとも近くにヴァネッサはいないらしい。

彼女はそれを確認すると、一方的に痛めつけられた上に連れらされた事を悔しがる。


 「くそ、あの女!・・・とにかく、ここから出るのが先ね。ねぇ!誰かいないの!?」


彼女が叫ぶと少しして牢屋に面した廊下の奥にあるドアが開いた。

そこから不機嫌そうな警官が現れ、彼女の前に鉄格子越しに立つ。

ニキータは警官を見た事でここが警察だというのに気づいた。


 「なんだ?目が覚めたのか」


 「こ、これはどういう事?私が何で捕まっているの?早く出しなさいよ!」


 「うるさい!いいか、お前が盗みを働いたのは分かっているんだ。後でみっちり取り調べてやる」


 「盗み?一体、何を」


 「言っておくが両腕が骨折してるからって同情もしない。おとなしく白状した方がいいぞ。じゃあな」


 「ちょ、ちょっと!」

 

整理が追い付かないニキータを置いて警官は出てきた扉へと入っていった。

また、誰1人としていなくなってしまった留置所。


 「私が盗み?・・・っち、あの女の仕業か!?」


腹立たしい怒りが膨れ上がっていくのを覚えながら彼女は理解した。

麻酔で眠らせて盗みの犯人に仕立て上げ、警察に連れ込んだのだ、と。

実際は盗みどころではなく、かなりの人数を殺している彼女だが、その罪は『W2』が隠匿している事で表沙汰になる事はなかった。


 「っち、しょうがないけど『W2』に連絡して出してもらうしかないわね」


次に警官が来たら電話をかけさせてもらおうと考えたニキータはとりあえずベッドに腰を下ろした。

だが、壁に背中からもたれようとした時、警官が出てきた扉が開いた。

彼女は警官が来たのかと体を起して、鉄格子へと寄ったが、扉の中から現れたのは黒いスーツを着た2人の男だった。

男達はニキータと目が合うと、ニキータの牢屋へと足を進める。

その後ろに慌てて追いかけてきた警官が事情を説明しろと喚くが、男達は無視してニキータと対峙した。


 「アジア統括支部の命令で迎えに来た。同行してもらおうか」


 「あら、連絡する手間が省けた訳ね」


 「お、おい!アンタら一体何者だ!?こいつは今から取り調べを」


無視されようともしつこく叫ぶ警官に、男の1人がしょうがないとばかりに懐から取り出した書類を警官の目の前に突き付けた。

いきなり出されて面食らった警官だったが、半ば奪う様に書類を取る。

それを読んでいくと途端に警官の顔が青ざめ、2歩、3歩と後退して立ち止まり、背筋の伸びた綺麗な敬礼を行った。


 「し、失礼しました!」


 「分かればいい。この女はある事件の最重要人物だ。連れていくぞ」


 「はい、了解しました!」


警官は迅速に牢屋の鍵を外すと、壁に貼りつく様に後ろへ下がる。

ニキータは警官の変貌ぶりを笑いながら外へと出ると、2人の男に挟まれる様にして警察を後にした。

小さい警察署の前に黒塗りの高級車が1台止まっており、その後部座席にニキータは座らされる。

すぐに車は走り出したが、男達の間で会話はなく、ニキータへの説明もない。

それが彼女を苛立たせ、ニキータから質問し始めた。


 「何処に連れていく気?」


 「アジア統括支部だ。気が付いたころには着いている」


その言葉にニキータが嫌な予感を覚えると同時に腕に痛みが走った。

見れば腕には針が刺さり、目の前には銃を向けている助手席の男の姿があった。

その男の眼は感情が無いかのような冷徹な眼をしていた。


 「ま、またな、の・・・」


猛烈な睡魔に抗う事が出来ず、彼女の意識はそこで途絶え、後部座席にもたれながら眠りへとつく。

完全に意識がなくなったのを確認した男は銃をしまいこみ、前を向くように座り直す。

運転している男との確認などもなく、車内は静かなままだった。

そんな重苦しい2人とは裏腹に、車は軽快なスピードでアジア統括支部へと向かっていく。





 ある場所へと車は到着し、停止した車から2人の男が降りる。

天井や左右の壁がコンクリートで固められ、2人の目の前には大型搬送用エレベータの入口だけがあった。

そのエレベータの扉が開き、中から白い軍服を着た男達が現れる。

ここは既に『W2』の領域だった。

軍服の男達は足のついた担架を引っ張って車の隣へと横付けすると、車からニキータを引っ張り出して担架へと乗せ、拘束具で体を固定する。

手際よく作業を終えるとその担架をまたエレベータへと戻し、運んできた男達と一緒に下の階へと降りていく。

眠ったままのニキータを乗せたエレベータは深く下がり続け、ようやく着いたかと思うと降りたのは運んできた男達だけ。

彼女は更に深い階層にまで連れて行かれ、一番下にまで到達するとエレベータを降りる。

そこは薄暗いコンクリートの廊下が続き、奥には扉が1つあるだけ。

軍服の男が担架を押し込むように中へ入ると、そこはドーム状の形をした空間だった。

その壁の上部には見下ろす様な所にガラスが張られ、いくつものスピーカーやカメラが設置されていた。

ドームの中央に彼女が運び込まれると、体を拘束されたまま担架が縦に回転し、彼女は強制的に立たされている様な状態になる。

1人の男が準備が完了した事を伝えると、ガラスの向こう側に『W2』のアジア統括支部を任されているやせ細った男が現れる。

その眼は充血し、どことなく様子がおかしく、鼻息も荒い。


 「覚醒させろ」


その一言にニキータの側にいた男が注射器を取り出すと、彼女の首筋に針を刺して中身を注入する。

すると、今まで何の反応もなかったニキータが呻きだし、瞼をゆっくりと開いていた。

今の自分の置かれている状況がさっぱり分からない彼女は自由に動かない体に焦り、暴れ出す。


 「やめろ!私をこれ以上怒らせたいのか!?」


一喝された彼女は相手が支部長であるのに気づくと、萎縮した様に動きを止める。

まるで蛇に睨まれた蛙の様に。


 「さて、どうなったのか説明してもらおうか?」


当然ながら、統括長に報告を求められる。

統括長には最後に行ったフェイリンの裏切りを伝えるメールが最後なのだ。

彼女の頭の中で色々な事が行き交い、最善な手段を考える。

何せ、彼女は『W2』を裏切ろうとしたのだ。


 「え、あ・・・、は、はい、私は裏切り者のフェイリンを殺害したのですが、その時に『旅人』の洗脳も解けてしまい、そして『旅人』に『ニブルヘイム』を解除されました。その時に私は眠らされて連れて行かれ、私が何も知らないというのが分かると私を窃盗犯と偽り、警察に逮捕させたようです」


 「ほう、つまりお前は任務を全うしたが『旅人』には叶わなかったという事か」


 「そう・・・ですね」


これでうまく行った。

任務は失敗したが『W2』の任務は負傷しても忠実に行った。

失敗で今の立ち位置よりも低い立場になるかもしれないが、今後も機会がある事を考えればこれが一番いい方法だと彼女は考えていた。

これで裏切った事はごまかせると確信していた。

だが、次の統括長の一言は予想外の一言だった。


 「私に嘘をつくとは良い度胸だな」


彼女の心臓が跳ね上がる。


 「え、う、嘘?何の事です?」


 「とぼけても無駄だ。お前が裏切り、フェイリンとマクシムを殺害した上にフェイリンが洗脳した『旅人』を奪おうとしたのも分かっている」


彼女の視界が映りの悪いテレビの様に歪む。

外界とはやりとりできないはずの空間で起こった事をどうして統括長が把握しているのか。

その答えが彼女には分からず、ごまかそうにも統括長がどこまで知りえているのかが分からない。

彼女は何も言えず、ガラスの向こうにいる統括長の視線から眼を背ける。


 「なぜ、私が『ニブルヘイム』の中での事を知っていると思う?これがあるからだ」


ニキータは伏せていた顔を上げると、統括長が何かを持っているのに気づいた。

細長い形状のそれはフェイリンの腕に巻かれていた定時連絡用のボイスレコーダーだった。

あの女、死んでからも余計な事を!

ニキータは歯ぎしりしながらフェイリンを恨み、その様子を見た統括長はやはり間違いないと確信した。


 「これにお前が裏切ってからの音声がすべて記録されていた。『旅人』を奪い取ろうとする様子もな」


 「そ、それはフェイリンの用意した偽物です!本当は私は任務を!」


 「黙れ!どうやってフェイリンがお前の音声まで用意できる?お前が協力したとでもいうのか?どっちにしても貴様は裏切った事になるがな!」


 「ぐっ!」


彼女は言葉に詰まり、何も言う事が出来なくなる。

観念したように頭を俯け、もうどうしようもない事を悟ると自然と体が震えだした。

何しろ、裏切った相手は使う魔法すら下の者達には秘密とされ、反抗する者は容赦なく殺されると噂されている統括長なのだ。


 「・・・さて、お前の処罰だが」


彼女は息を飲む。

どう転んでも死ぬのと同等な罰を突き付けられるに決まっているからだ。


 「地下牢にて10年の禁固刑とする」


 「えっ、禁固刑・・・?」


一瞬、ニキータは聞き間違いかと思った。

てっきり銃殺でもされるかと思っていたが、禁固刑10年というのはあまりにも予想外だった。

なんだかよく分からないけど、助かったの?

そう受け取った彼女だったが、そう考えるにはまだ早かった。

統括長は安心したニキータを見て、口の端を釣りあげながら続けた。


 「ただし、服役する間、魔法実験の被検体として過ごす事を命じる」


 「じ、実験!?そ、そんな!ここの魔法実験なんて言ったら・・・」


彼女は口が開いたまま言葉が出なかった。

ここで行われている魔法実験も噂でしか知らないが、あまりの凄惨な生体実験により、変死した死体が次々と出来上がっていくと聞いていた。

10年もの歳月を生き残れる訳はない。

つまり、これは事実上の死刑宣告と同様だった。

それもただの一瞬で死ぬ様なものではなく、生地獄を味わい続けて最後に死ぬといった拷問の様な話だ。


 「お前には特殊な魔法があるからしっかり役に立て、以上だ」


 「そんな!?ま、待ってください!私が悪かったんです!心を入れ替えて忠誠を誓うので被検体は止め」


 「残念ながら人の信頼をぶち壊してまた元に戻すのには長い年月がかかるんだ。私はそこまで気長ではないし、君が信頼を取り戻す方法はもうない。私は忙しいんだ、後は任せたぞ」


その言葉を最後にニキータが引きとめる言葉など聞こえないかのように統括長はガラスの向こう側から姿を消した。 

目尻に涙を浮かべながら統括長に慈悲を求めたニキータは泣き喚き、そのまま側に控えていた男が担架を引っ張っていく。


 「い、いやーーっ!!助けて!!」


男が入ってきたのとは逆の扉を開くと、そこからむせかえる様な血や焼け焦げた臭いが溢れだし、それに乗って悲鳴や呻き声がニキータの耳にも届く。

恐怖にひきつった顔で必死に助けを求めても男はまるで反応はなく、扉の中へと担架を引っ張っていく。

担架は暗闇の中へと消えていき、扉が閉まると彼女の叫びもホールに届く事はなかった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

出来れば文法や書き方、ストーリー展開で意見を頂けるとありがたいです。

お気に入り登録いただけるともっとありがたいです。

基本的に土曜日、日曜日の深夜投稿です。


 寒くなってきてキーボードを使うのも少し躊躇するようになってきました。

素手で書いているとものの10分程度で完全に手が冷え切り、小説の進み具合まで遅くなる始末。

早く暖かくならないものか。

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