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第19話:魔狼(4)

2010/05/05 修正版を更新(いくつか表現を修正)

 夜明けの日の光すら差し込まない森の中。

木々の合間をぬうように造られた細い道に何台もの軍用車が一列に並びながら走る。

オフロード仕様の軍用車だが、そのでかい車体に加えて道幅がかなり狭いため、茂みや木の枝を破壊するように突き進む。

やがて車の列が森を抜けると策に囲まれた村、『カラフ村』が見える。

夜明けを迎え、静まりかえる村の中をかき乱すように軍用車の列は広場へ入るとその場で停車する。

車の中から軍服に身を包んだ連中が現れると綺麗に整列していく。

少し遅れて先頭の車の中からベレー帽をかぶった指揮官らしい男が降りる。

男はその場を少し歩くと、雪の上に残った血痕を見つける。

しゃがんでその血痕を目で追っていき、その先で燦々たる狼との戦闘の後を目の当たりにする。

それを見た男は口の端を釣りあげながら声もなく笑う。

ひとしきりその場を観察し終わった男は並んだ軍人達の列の前へ歩く。

すると、ちょうど騒ぎに気づいて遠くから見ていたやじ馬達の中から村長が飛びだして男に駆け寄る。


 「はぁはぁ・・・、あ、あんた達は一体?」


男は足を止めて村長に向き直る。

軍人たちの列から一人の女軍人が男の側に立ち、手に持っていた封筒から書類を村長に突き出すように出した。


 「私達はこの村に現れるという狼退治に参りました。これがその書類です。」


村長が眠い目をこすりながら見てみる。

そこには確かに「出動要請書」とでかく書かれたタイトルの下に小さい文字で何行にも文が書かれている。

おそらく狼の捕獲、または殺害についての内容なのだろう。

疲労しきっていたために頭の回らない村長にはよくは分からなかった。

そんな村長を見限ったかのように女は書類を封筒に戻し、村長へ手渡そうとするが手が何時までたっても軽くならない。

不思議に思って女が村長を見ると彼が小刻みに震えているのに気付く。

そして、村長は封筒を手に取ろうとせず、はたくように地面へと叩きつけると怒りながら叫ぶ。


 「い、今頃来ても遅いんだよ!もう何人も村人が殺され、傷ついた!なんで、なんでもっと早く来てくれなかったんだ!」


 「・・・お気持ちは分かりますが、残念ながら私達が出動要請されたのは昨日の事です」


 「くそ!あんた達なんかより、よっぽどあの外国人の方が助けになったよ!」


 「外国人?」


今まで一言も発しなかった男が、気になったのか不意に村長に尋ねる。

男の不気味な態度に村長は少し怯みながらも、まるで村人を殺された怒りを男にぶつけるように荒々しくしゃべる。


 「そうさ、あんた達が来る前に訪れた外国人が狼を捕まえたのさ!最も今は閉じ込めた檻から狼が逃げてそれを追って山に向かったがね!」


男はそこまで聞くと胸ポケットから一枚の写真を取り出し、村長に見せる。


 「・・・その外国人ってのはこいつか?」


 「あ、ああ、そうだ!」


 「ッハ!そうかそうか、どうやら狼以上の大物が釣れたらしい」


 「お、大物・・・?」


男はそう呟きながら呆気にとられる村長を部下の女軍人に任せ、並んだ軍人達の方へと向かう。

再び男の胸ポケットにしまわれた写真には日本支部を壊滅させた時の瞬が映っていた。





 目の前で起こった変化に驚くあまり、変化が終わった後でも2人はただ茫然と見ている事しかできなかった。

『旅人』になり魔法の存在を知っている瞬はまだよかった。

ミハイルはというとモンスター映画を見てしまった子供のように失神しながら固まっていた。

狼の近くにいた少女は慣れたようにその狼が変貌した男の体をゆする。

男はそれに気がついて立ちあがる、全裸で。

目の前にいる革のベルトを顔に巻いた少女には見えない。

だが、男は羞恥心から大事な体の部位を手で隠しながら小屋の中へと逃げるように駆けこむ。

ものの数十秒で服を着て小屋から現れた男は通常の成人男性よりも一回りでかく、筋肉質な体つきに髪は狼に生えていた鬣をそのまま移したような銀色の長髪だった。


 「何度やってもこの全裸になるのだけは勘弁してもらいたいもんだ」


 「もう、しょうがないでしょ。貴方が狼になるたびに服着てたら全部破れちゃうんだから。それよりあの人達はどうする気?」


 「村人ってんなら決まってんだろ!・・・ただ、あの外国人だけはかなり強い」


 「ふーん、貴方がそういう位なんだから本当に強いんでしょうけど、外国人?てっきり村の青年の一人とか思ってたけど違うのね」


 「ああ、しかもあの華奢な体つきで俺と同じ、いやそれ以上の力を持ってやがる。ひょっとしたら・・・、いややってみれば分かる!いくぞ!」


 「え、ちょっと!」


突然、男が瞬を指差したかと思えば止めようとする少女を無視するように瞬に向かって走り出す。

積もった雪を物ともせずに狼の時と同じ位の速度で飛びかかる。

飛びかかる男に我に返った瞬は失神したミハイルを抱えたまま盾を発動させる。

男の殴りかかった拳は見えない盾によって阻まれ、届かない拳に男は見えない何かに止められたのを察した。

まるで力が分散していくかのように見えない何かを殴りつけた衝撃はまるでない。

それでいて見えない何かの手に触れた感触が堅いのか柔らかいのかも分からないような不思議な感触だった。

瞬が男に向かって手を伸ばそうとした所で男はすぐに後ろへと飛び退き、自分の手がおかしくなっていないのを確認すると瞬に向かって叫ぶ。


 「お前!俺達と同じ魔法使いか!」


 「え!?・・・そうですか。やっぱり、さっきの変身は魔法の一つでしたか」


 「質問に答えろ!」


 「は、はい、その通りです。貴方達と同じ魔法使いですよ」


威圧的な態度に反射的に瞬が答えてしまう。

それだけ聞くと男は瞬の格好を下から上まで見ながら何かを考えるように黙り込む。

やがて考えがまとまったのかまた口を開く。


 「お前!俺を追ってきた奴か!」


追ってきた奴と言われた瞬も考え込む。

追ってきたからこそここに来たはずなのになんで今更そんな事を聞くのか、と。

疑問に思う瞬だが、とりあえず答える。


 「?・・・そうですよ?」


 「そうかそうか、ならここで死んでもらう!」


 「な、なぜですかぁー!?」


戸惑う瞬を余所にまた飛びかかってきた男は瞬目がけて何度も殴りつける。

だが、当然のように盾によって全ての打撃が防がれてしまう。

瞬は話をしようとするが男の形相にまるで話が通じなさそうなのが分かると、瞬自身がその場から男に向かって1歩歩いた。

それにより『イージスの盾』が前へとせり出し、男へと体当たりするようにぶつかると男はその場から吹き飛ばされる。

雪の上に倒れこみながら男は素早く立ち上がる。

男はふと目についた落ちていた握り拳台の石を拾い上げ、あらん限りの力で瞬に向かって投げつける。

メジャーリーガーの球をも軽く追い抜くような速度で飛んでいった石だが、盾にぶつかると表面を滑るようにあらん方向へと飛んでいく。

後ろの岩壁に激突した石は粉々に砕けちり、男の投げた早さを物語っていた。

その結果に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべながら男は瞬を睨みつける。

瞬はその間に抱えていたミハイルを後ろの岩壁にもたれかけるように座らせ、再度、男と対峙した。


 「っち!てめぇの魔法は一体何だ!村では怪力で今は見えない壁だと!?」


 「・・・さ、さぁ?僕もまだ成り立てなんであまり詳しくないんですよ、は、はは・・・」


 「て、てめぇ・・・!」


間違ってない事を言ってはいるものの男からすればふざけた態度を取っているようにしか見えない。

男は頭に血が上ったように再度飛びかかろうと足に力を込める。

すると少女が男の足にしがみついて動かないように体で伝え、それに気付いた男は飛びかかるのを止めて少女へと視線を落とす。


 「落ち着きなさい、ボリス!そんなんじゃアレには勝てないわよ!」


 「す、すまない、ソーニャ。・・・も、もう落ち着いたから離れてくれ」


 「本当に・・・?」


 「本当だから・・・、な?離れてくれ」


ソーニャは目が見えないはずなのだが、まるで見えているように冷や汗をかいているボリスとしばらく向かい合い、納得したのか足を放して離れる。

ボリスが安心したかのように一つため息をつくと敏感に反応したソーニャが怒ったような雰囲気を出す。

あえてボリスはそれを無視して瞬と対峙する。

のだが、対峙しているはずの瞬は今のやり取りの一部始終を見ていて気が抜けたように突っ立っているだけで、ボリスはその気が抜けた相手にまた苛立ちを覚える。

せっかく下がった血がまた頭へと上っていく。


 「お前、殺し合いをするんだからやる気を出せよ!?」


 「と言われても今のやり取りを見てたら・・・、ねぇ?」


頬を人差指で掻きながらどこか笑う様に言われるとボリスは顔を赤くし、その場で何回か地団駄を踏んで叫ぶ。


 「そ、それとこれとは、かっ、かっかか、関係ないだろうがっ!・・・いいか、いくぞ!」


無理やり張り詰めた空気にすると瞬めがけて走り出すボリス。

また飛びかかるのかと瞬は思った。

しかし、ボリスは飛ばずに俊敏に瞬の側面へと回りこみ、そして瞬目がけて殴りつける。

それでも同じ感触であるのにボリスは舌打ちをしながら瞬が振り向くより早く今度は背後に回り込み、そして同じように殴りつける。

やはりどこを殴っても全く同じの結果であり、瞬の周りが見えない盾で完全にガードされているのが分かるとボリスは歯がゆい思いをする。

それでもまだ諦めないボリスは岩壁に向かって勢いよく跳ぶ。

そして、岩壁を力強く蹴りつけて三角飛びをすると瞬の頭上高くに跳び上がる。

そのまま空中で態勢をうまく整えると瞬に向かって頭から急降下しながら、左手を前に出しながら右手だけを握り締めて後ろに引く。


 「食らいやがれ!」


気合いのこもった叫びに合わせて引いた右手をため込んだ力を解き放つように突き出した。

見えない壁があるであろう場所に絶妙なタイミングで衝突する。

空手の要領を用いて全力で放ったこの拳はクレーンについた鉄球ですら叩き割った事があった。

更にそれに加えて真上からの落下の威力も合わせたこの一撃は今の彼が繰り出せる中でも最高の一撃だった。

放った彼自身も見えない壁にぶつかるまではこれで叩き割れる事を間違いなく確信していた。

そう、ぶつかるまでは・・・。

衝突の瞬間、彼は頭が認識するよりも体が先に認識してしまい、まるで戦う事を拒むかのように体中に悪寒が駆け巡り筋肉が委縮する。

右拳にまた同じ感触が広がったのを混乱する頭で理解した時、目の前には麻酔銃を構えた瞬の姿が見えた。


 「すいませんが眠っていてください」


乾いた発砲音が広場に一発響いた。

麻酔銃から発射された針がボリスの眉間に突き刺さり、針に塗られた睡眠薬はボリスを夢の世界へと誘う。

何が起こったかわからないままボリスは雪の中へと倒れ、体の感覚が麻痺していく中で小さい痛みを感じる眉間から震える右手で針を抜いた。

ボリスはそこでようやく自分がやられた事が分かった。


 「く・・・そ・・・、て・・・めぇ」


抗える事の出来ないような強烈な睡魔がボリスを襲う。

ボリスは強靭な意志でそれに抗いながら瞬に向かって右手をのばすものの、その右手は瞬に届くことなく雪の上に沈む。

普段なら銃で撃たれる程度でボリスが死ぬはずが無いとソーニャは信じていた。

だが、音が無くなってからしばらくしてもボリスの声は聞こえず、相手が得体の知れない相手なだけに不安を覚える。


 「ボリス、ねぇ、大丈夫?・・・返事してよ!ボリス!」


 「・・・彼は寝ているよ」


一部始終を見ることの出来ないソーニャはその瞬の言葉にボリスが殺されたと錯覚した。

1人になったという孤独からの悲しみ、そして奪った奴に対しての強烈な怒りが体の中で大きな渦となり少女の中で渦巻く。

彼女は激情に駆られて己の目を封印している黒い革ベルトを次々に外していく。


 「許さない!許さない!よくもボリスを・・・!」


 「・・・え?あれ?」


おとなしそうだったソーニャの突然の変貌ぶりに瞬は何か焦るようなものを感じ、嫌な予感がしてたまらない。

その道の達人が見ていたならソーニャを中心に真っ黒などす黒いオーラがあふれ出ている、などと表現出来るだろう。

それほど革のベルトを外していく彼女は色々な意味で異様であった。


 「殺してやる!殺してやる!絶対に!」


 「・・・へ?彼は寝てるだけ、寝てるだけなんだよ!?」


 「フフフ!もう知らない!貴方が悪いのよ!さぁ、ボリスと同じ目に合わせてあげる!」


 「ま、待ってーーーー!」


どこをどう聞いても優しく眠らせてくれるだけの台詞には聞こえない。

彼女の雰囲気とは別に瞬は彼女のベルトがほどかれて行くたびに威圧感が高まっていくのも感じていた。

瞬は何か凄いものが来ると言う予感に従って、巻き込まないようボリスとミハイルから遠くに離れる。

もう言葉では止められないと瞬は麻酔銃を構えてソーニャへと狙いをつける。


 「ごめん!」


小さくつぶやきながら麻酔銃のトリガーを引いた。

発射された針が狙い通りにソーニャへ刺さる寸前、ちょうど巻かれていた黒い革のベルトが全て雪の上に落ちる。

目を閉じている彼女はただのかわいらしい少女であったが、彼女が目を開いた瞬間、その認識は一変する。

開かれた目から一瞬だけ眩しい光が走り、思わず目を腕で覆いながら瞬は目を閉じる。

瞬が恐る恐る目を開くとそこにはさっきまでとは別の世界が広がっていた。


 「これは・・・一体!?」


瞬の周りにあった積もった雪が全て石になり、まるで波打つ海のように不思議な形状の一枚岩になっていた。

さらにチラチラと揺らめくように振っていた雪は全てが小石へと変貌し、重力に従って小石の雨となり辺りに降り注ぐ。

ソーニャの目の前まで迫っていた瞬の放った金属製の針は石の針へと変わりその場に力を失って落ちていた。

そして、たまたま広場の中で休んでいた山鳥は魂の籠った石の彫像となり、もう空へ飛び上がる事はないだろう。

ソーニャの足元から広がるように広場の半分が石の世界へと変わってしまい、その中でイージスの盾により瞬だけが無事に立っていた。


 「信じられない・・・、まさか見たものを石に変える魔法、とでも言うんでしょうか」


 「っく!?・・・なんで、なんで生きてるのよ!」


驚きながらも無事に立っている瞬にソーニャが驚く。

ソーニャの魔法は視界に収めたものを全て石に変えるという使いようによっては最悪の魔法だった。

だが、それでも全ての攻撃を防ぐとまで言われた『イージスの盾』には及ぶ事はなかった。

魔力が尽きてしまい同じ魔法を放つ事が出来ないのか、見開かれた綺麗な瞳からは石にする光はまた出る事はない。

その目にははまるで爬虫類のような目と同じ縦に細長い瞳孔があった。

瞬を初めて見る事が出来た少女だったが視界は徐々にぼやけていき、更に視界の中に暗闇が入りこんでくる。

ソーニャは力が尽きたようにフラフラと歩き、ボリスの傍へ行くと添い寝するように隣に倒れる。

少女が最後に見たのは倒れたボリスの寝顔だった。

初めて目にしたボリスの顔に少女が笑顔を浮かべた次の瞬間、彼女の視界は全て暗闇となり意識は深く沈んでいった。

 あけましておめでとうございます。

今年もボチボチと投稿させていただきます。

今年中に考えている内容が全て書き出せればいいんですが・・・。


コメント等いただけると非常にありがたいです。

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