第18話:魔狼(3)
2010/05/04 修正版を更新(いくつか表現を修正)
捕えられた狼はネットに絡めとられたまま、飼育用として使われていた頑丈な檻の中へと閉じ込められた。
檻の周りには何人もの村人達が集まり、血走った目で見る者、涙を流しながら見る者と様々な反応をしていた。
その村人の中にはこの狼によって身内が殺された、または重傷を負わされた者が大半であり、出来る事ならば自分の手で狼の息の根を止めたいと考える者ばかりだった。
身動きの取れない狼は村人達の恨みの対象でしかなく、止める者は誰1人としていなかった。
この村の年老いた村長でさえ、狼を殺す事には賛同していた。
だが、深夜にやることもないと全員を一旦家に帰らせ、自分も家に帰ろうと歩きだす。
するとちょうど狼を捕まえた通りにさしかかり、生々しいほど血が飛び散った村の通りの惨状と血の匂いに目眩を覚える。
村長は出来るだけ血を見ないようにしながら帰るその足で様子を見ようとけが人の運び込まれた診療所へ足を進めよた。
その時だった。
不意に服の背中側を引っ張られて足が止まり背筋が凍った。
こんな事があった直後だけに心臓の鼓動は早まっていき、壊れた歯車のようにゆっくりと後ろを振り向く。
そこにいたのは毛皮を身にまとった小さい赤毛の少女だった。
村長は内心ホッとしながら少女の目線に合わせるようにしゃがむ。
のだが、少女の顔を見た村長は下にしゃがむ勢いが途中で止まらずにそのまま血塗れの雪の上に尻もちをつく。
少女の目がある部分を通るように頭に黒い革のベルトが何重にも巻かれていたのだ。
異質な彼女のそれに村長は言葉が出ない。
まるで目が見えないのではなく目を見えないようにしているようなその巻かれたベルトに村長は動きが止まる。
「ねぇ」
「な、な、なんだい?」
不意に話しかけてきた少女に村長は腰を抜かしながらも言葉を絞り出し答える。
それと同時にこんな子供が村にいたかを思い出そうとするが、何度思い出してもこんな子供はいない。
村長は狼を捕まえたという宿屋に泊っている青年の連れかとも考えたが、真相はどうか分からない。
「ここに狼が来なかった?」
「あ、ああ、それならもう捕まえて檻の中だから心配しなくてもいい。そ、それより、君は村の子じゃないね?」
一瞬、少女はハッとした様に驚いた。
かと思うと目が隠れているのでよく分からないが、怒っているのか表情が険しくなる。
「・・・そうね、この村の子供ではないわ。私は帰るわ、おやすみなさい村長さん」
「お、おやすみ・・・」
そう言うと少女は村長に背を向けて歩いていく。
得体の知れない少女に村長は血のついた腰を上げて後をつけ始めたが、家の角を曲がった所でまるでマジックのように少女はいなくなっていた。
村長は辺りを見回してみたもののどこにも少女の姿はない。
夢でも見ていたかのように消えてしまった少女を追うのを村長は諦めた。
そのまま診療所へと向かってその場からいなくなると、家の屋根の上にいた少女は地面へと降りる。
まるで見えているかのように歩き出した少女は誰もいない鉄の檻の前へと立つ。
すると、中でネットにくるまれた狼が今までにないような優しい声を上げる。
「クゥゥーン・・・」
「シーッ。今出してあげるからね」
少女は檻の中で横たわる狼へと手をさしのばす。
狼の襲撃によって傷ついた人達は村の小さな診療所へと担ぎこまれた。
村に一人しかいない中年の医師は玉の様な大粒の汗を浮かべながら怪我の処置に追われている。
診療所の看護婦として長年務めている彼の妻もまた傷の縫合や血止めと手が休まる事はなく、診療所はここ数十年間の間で一番忙しい日となっていた。
重軽傷者10名、死亡3名という人数に当然ベッドは足りず、仕方なくシートを敷いた床に寝かせる。
それでもまだ足りず、軽傷の者は近くの家の居間を借りて寝かせられていた。
瞬とミハイルは椅子に腰かけながら軽傷者の様子を見ていた。
横になっている者は疲労のためか既に眠りへついており、そろそろ頃合いと見たミハイルは燃え盛る暖炉の火に薪を放り込みながら尋ねる。
「さて、聞かせてもらおうかの?お前さんは・・・、何者じゃ?」
「・・・僕はただの『旅人』です」
「ただの旅人、か。あんな怪力を持っているならただのとは言わんな」
「あれは生まれつきの特異体質なだけで・・・」
テレビの音量が小さくなっていくかのように段々と瞬の声が細く小さくなっていく。
ミハイルは瞬を問いただすようにジッと見つめるが、瞬はどことなく違う方へと目を逸らす。
ミハイルは瞬が嘘をついているのを確信した。
だが、彼は深く椅子に腰かけながら息をつくとその嘘を見逃すように目を閉じる。
「まぁ、そういう事にしておこう。・・・それでじゃ、わしから礼を言わせてくれ。瞬がいなければわしもやられていたし、村の中ももっとひどい事になっていたじゃろう。ありがとう、助かった」
「そんな・・・、もっと早く気づいていれば他の人も救えたのに気づくのが遅れて・・・」
「そう自分を責めんでくれ。わしもただの用事としか言っていないし、おまけにお前さんはたまたまこの村に立ち寄っただけじゃろ?そんなお前さんに全部救えなんて神様のような事は期待しやせん。救えた命があるんじゃ、それでよかったと思わんのか?」
「そう・・・ですね」
納得はし切れないもののミハイルの言う事も間違っていない事を瞬も分かっていた。
そして、彼の言葉を受け止める事で罪悪感に縛られていた心が軽くなっていくのを感じていた。
瞬の表情が緩やかになっていくのを見たミハイルは側にあった毛布を瞬へ手渡し、もう一枚の毛布を自分の体へとかける。
「もう明け方に近い、後は診療所に任せてわしらは寝よう。明日からも後始末で少しばかり忙しいからの。すまんな、手伝わせる羽目になってしもうて」
「いや、気にしないでください。一宿一飯の恩義は返さないといけませんからね」
そう言いながら瞬が体に毛布をかけようとした時だった。
まるで車の衝突事故が起こった時のような衝突音が外から聞こえた。
一体何事かと立ちあがった2人だが、音のした方向にちょうど捕えた狼がいるのを思い出す。
2人は顔を見合わせると毛布を椅子の横によけて立ちあがり、ミハイルは壁に立てかけてあった猟銃を手に2人は狼を捕えた檻の場所へと急ぐ。
走っている間にも何度か衝突音が聞こえる。
2人が檻にまでたどり着き、ちょうど檻が視界に入った時、今までよりも一際でかい衝突音が辺りに響く。
月明かりが照らす檻は内側から外側に鉄柵が折り曲げられて穴が空いていた。
その檻の中に狼の姿はなく、かけられていた捕獲用のネットだけが落ちていた。
「や、奴がいない、じゃと!鉄檻ですら破るとは信じられん!」
狼の姿は見えないがどこにいるのかも2人には分からない。
ミハイルは猟銃に弾を装填して緊張した表情で構え、瞬も出会い頭でも掴めるように両腕を前に構える。
2人は背中合わせに辺りを警戒していると瞬が左側を向いた途端、物陰から暗闇から浮かび上がるように狼が飛び出し、大きく開いた口の牙で瞬に噛みつきにかかる。
瞬時に狼の上顎と下顎を食いつかれる寸前で瞬は両手で掴みとり、飛びかかってきた勢いを利用するようにそのまま投げ飛ばす。
だが、狼は一回転しながら地面へと華麗に着地する。
狼は奇襲が失敗して更に瞬への警戒を高めたのか、その場で姿勢を低くして今にもとびかかりそうな状態で小さく吠える。
後ろを向いていたミハイルも狼へ猟銃を構える。
狼が動いた瞬間を狙っているためにすぐに引き金を引かず、ジッと狼の動きを視界の中に捉え続ける。
何かのきっかけ一つでまた攻防が始まろうかとしていた時だった。
狼が何かに気付いたかのように耳を動かすと構えを解いて後ろに走り、ミハイルはすぐに引き金を引いたが弾は外れて地面に弾痕を作る。
即座に弾丸を再装填し、家の陰に隠れた狼がまた現れる瞬間を狙って猟銃を構えた。
だが、狼が頭を見せて引き金を引こうとした瞬間、瞬が猟銃を掴んで上にずらし弾は見当違いな方向へと飛んでいく。
瞬の行動をすぐに問いただそうとしたミハイルだったが、狼の全身が見えるようになってその理由は分かった。
「初めまして」
狼が薄暗がりの中から月明かりの下へと出ると、その背に赤髪の少女が跨がっていたのだ。
2人は少女の目に何重にも巻かれた黒い革のベルトに驚く。
更にそれとは別に瞬の目にはうっすらとベルトの隙間から光のようなものが漏れだそうとしているのが見えていた。
ただ、今の瞬にはそれが何かは分からず、ミハイルの目にも見えている物だと思っていた。
よく分からない状況に固まったままの2人。
先に我を取り戻したミハイルが猟銃に弾丸を装填し、狼へと狙いをつけながら叫ぶ。
「早く逃げなさい!その狼は人を殺す悪い奴だ!」
少女の身が危ない事に気がついた瞬も狼に飛びかかろうとする。
しかし、少女がまるで逃げようともせず、それどころか逆に狼の背にもたれるように掴まる事で動こうにも動けない。
2人がまるで違うように考えているのが分かった少女は少し呆れたように言ってのける。
「逃げる?私にはそんな必要ないわ。逃げなければいけないのは貴方達よ。ね、ボリス?」
同意するかのように小さく吠えた狼は敵意を露わにしながら低く唸り、少女を背に乗せたまま飛びかかるために姿勢を低く構える。
ミハイルはすぐさま引き金を引こうとするものの弾が少女に当たりかねず、仕方なく銃を下ろした所で代わりに瞬が前へ出る。
どこかで見た空手のような構えを見様見真似で構えてみた瞬に、狼はさっきの一方的な戦いに恐怖してかその場からジリジリと後ろに下がり出す。
これに慌てたのは上に跨り、さっきの戦いの様子を全く知らない少女だった。
「ちょ、ちょっと、なんで下がるの!?」
慌てる少女を余所に狼はまだ下がり続け、それを見た瞬は逆に前へ1歩踏み出すと狼は反射的に後ろへと飛び退く。
突然の揺れに少し気分を悪くしながら少女は狼へと問いかける。
「もう!アイツが怖いの?」
それを肯定したくはないが心の中では得体の知れない人間に恐怖を感じている狼は答えに迷い、ただ唸るだけだった。
その反応で少女はその通りである事を察したのか、狼に小さく耳打ちをする。
すると狼は即座に反転し逃げ出した。
「バイバーイ!また遊びに来るからねー!」
「待て!君は一体・・・クッ!」
「追うぞ、瞬!」
二人は狼の後を追って走り出した。
村の外へと飛び出す様に出たものの、既に狼はその通常の足よりも一回りも二回りもでかい足から生み出される脚力で遠くへと逃げていた。
最早、2人の視界から消える寸前だった。
「ミハイルさん、失礼します!」
「お、おい、何を!?」
「舌を噛むんでしゃべらないでください、いきます!」
瞬は慌てるミハイルを背中に背負った。
そして、『イージスの盾』を発動させ、おんぶした状態で走りだす。
すると2、3歩目で一気に加速し、すぐに100kmに近いスピードへと加速する。
背負われた常人のミハイルには森の木が一瞬で後ろの方へ飛んでいったような錯覚を覚え、更に急激に加わった加速で体が後ろへと引っ張られる。
しかし、下半身を瞬がしっかりと捕まえていた事で何とか飛んでいく事はなかった。
それでもこの絶叫マシーンのようなスピードと加速は老人にはきつい。
ミハイルは目はかろうじてあけながらも体は強張ったように瞬の体をガッチリと掴んでいた。
雪上の雪を物ともせずにあっという間に視界の中に逃げる狼を捉える。
そして段々と差を縮めていき、狼に跨った少女が信じられないと言った顔をしながら狼に早く走るように叫ぶ。
狼もそれを受けてスピードを上げるものの瞬を突き放す事は出来ず、せいぜい今の差を保ち続けるのが精一杯だった。
やがて森の先に立つ山が進路を塞ぎ、狼はそのスピードを保ったまま棚のような足場を飛びまわり、慣れたように山を登っていく。
瞬も当然そうしようとしたが初めて登る山であり、なおかつ今のスピードを保持しながら飛びまわるのはさすがに出来ないと走る速度を落として狼の飛んだ後を登っていく。
それが仇となり、狼は次第に差を突き放していき、瞬が最後に狼が飛んだ足場へとたどり着いた時、狼の姿は何処にもなかった。
「まかれちゃいましたか・・・」
「・・・も、もう降りてもいいかの?」
狼を追うのに夢中になっていた瞬はミハイルの事が頭から抜けていた。
慌ててその場に息も絶え絶えなミハイルを降ろし、近くの岩場にもたれかかるように座らせる。
殺人的なスピードにミハイルの足腰はまともに立たず、恐ろしいものを体験したと顔が強張ったままだ。
「し、信じられんわい、に、人間があんなに早く走れるなんての」
「・・・ま、まぁ、あれも特異体質なもので」
「そんな特異体質がいるならオリンピックにでもでとりゃいいんじゃ!わしみたいな老人を虐待するのに使うんじゃない!」
「あー、ごめんなさい、やっぱりきつかったですかね?」
「当たり前じゃ!全く、・・・それは今はいいとしよう。肝心の狼と女の子はどこにいったか分からんか?ここら辺なら、ほれあの辺りなどいそうじゃがな」
休んでいるミハイルが指差した場所を瞬が見てみる。
確かに少しだけ開けた場所があり、更に岩壁に囲まれるように洞窟があるようだ。
瞬はミハイルを背負いながらその場所にまで移動してみる。
すると、狼の姿は見えないものの足跡が雪の上にクッキリと残っており、その足跡は洞窟の中へと向かっていた。
洞窟は人一人なら楽に入れるほどの大きさであり、月明かりも及ばない暗闇が中に漂っている。
それを目にした瞬は自然と足が止まり、また海底で体験したような暗闇に押しつぶされる感覚に体中が自然と小刻みに揺れ始める。
おぶられたミハイルは超人のような瞬の突然の変わり様に驚きながら背中から降りて瞬の顔を覗き込む。
そこにはいつもと変わらないようではあったがよく見ると引きつっているのがよく分かる瞬の顔があった。
暗闇を見据えているかのようではあるが視線はまるで定まっておらず、動作しているエンジンのようにただ小刻みに震えている。
「ど、どうしたんじゃ?洞窟が駄目なのか?」
「・・・い、いや、洞窟は・・・、で、でも今はちょ、ちょっと・・・」
「何か知らんが、閉所恐怖症かトラウマでも抱え取るのか?無理なら」
「いえ、だ、大丈夫です」
さっきまで狼に勇敢に立ち向かっていった男とは到底思えないような変貌ぶりにミハイルは瞬を置いていこうとする。
だが、瞬は懐から取り出す仕草をしながら2本の懐中電灯を作り出すと、ミハイルに1本を渡して中を照らすように伝え、もう1本を自分の手元に持つ。
中を照らしてみると懐中電灯の光は闇を取り除き、どうにか瞬も耐える事ができるのかそのまま先へと2人は進む。
静まりかえる洞窟の中に2人の歩く音だけが響き渡る。
瞬が不意に足元の石を蹴ってしまうと飛んでいった石が上にぶら下がっていた蝙蝠の集団を叩き起こし、蝙蝠の大群が瞬とミハイルの方へと飛んでくる。
2人は手で払いながら収まるまで待とうとしたものの瞬が前方を見た途端、蝙蝠の群れがまるで暗闇が襲ってくるように錯覚する。
瞬は反射的に盾を展開してしまい、洞窟を隙間なく埋め尽くした盾により蝙蝠の大群は盾にぶつかっては奥の方へと飛んでいく。
やがて羽ばたく音が聞こえなくなったかと思うと瞬は盾を解除してその場に腰を落として一息つく。
「び、びっくりした・・・」
「全く、あんな怪力をもっとる割には度胸はいまいちじゃな。ほれ、心配せんでももう少し歩けば出口があるはずじゃ」
ミハイルが指さす方には確かに小さい穴のようなものが見えていた。
歩いて近づいていくとその穴はドンドンとでかくなっていく。
洞窟の中から少し焦るように瞬が走って飛び出る。
すると、そこは周りを岸壁に囲まれ、村の広場と同じほどの開けた場所に木と岩を組み合わせて作られた小屋が一つだけ立っていた。
後から追い付いたミハイルが雪の上の足跡を見てみる。
狼の足跡はその小屋へと向かっていく。
暗闇から解放されてすっきりしたような感じの瞬はミハイルと共にその足跡をなぞるように小屋へと向かう。
ふと瞬が小屋の不格好に曲がった煙突から煙が上がっているのに気づく。
「誰かが住んでいるんですか?」
「いや、あれは元々変わり者の猟師が住んでいた家じゃが、その猟師も死んで誰もおらんはずじゃ。身内もおらんはずじゃし・・・、ひょっとするとさっきの女の子が住んでるんじゃないかの?」
ミハイルの推測を裏付けるように小屋に近づくにつれて足跡が狼のものと子供の足跡に分かれ、二つとも小屋の中へと消えていった。
出来るだけ足音を立てないよう気をつけながらミハイルは小屋の周りをまわる。
煙ですすけたガラス窓が取り付けられているのを見つけるとそこから中を覗こうと顔を上げた瞬間だった。
木を砕くような音が聞こえたかと思うと覗いた窓の中では狼が今まさに開いた口を閉じようとしていた。
ミハイルは反射的に体を逸らすが窓を壊すどころか小屋の一部も砕きながら現れた牙がミハイルの頬を抉る。
「ぐぉぉ!?」
ミハイルは勢いで雪の上に倒れこむ。
だが、狼は攻撃の手を緩めず、小屋にひっかかりながらも壊した場所から前足を伸ばしてミハイルを叩きつける。
慌ててミハイルは体を腕や脚で覆うが、1回叩きつけられるだけで腕や脚は使いものにならないほど痺れる。
更に骨が折れたのか尋常ではない痛みがミハイルを襲う。
その痛みに顔をしかめながら堪えるミハイル。
前足が離れた時を狙って離れようにも体は言う事を聞かず、そうこうしているうちに振りあげられた前足が頭めがけて再び振り下ろされる。
どうにもならないと悟ったミハイルは死を覚悟しながら目を閉じた。
しかし、いつまでたってもハンマーを振り下ろされたような痛みは来ない。
不思議に思ってミハイルが目を見開くと目の前で狼の足が痙攣しているかように震えながら止まっていた。
狼の足を横から伸びた瞬の手がガッチリと掴んでいたのだ。
狼は本日3度目の遭遇となる瞬を睨みつけるとそのまま空いた口で側に立っている瞬の頭を砕くために噛みつきにかかる。
瞬は空いた手で少し太めな木の棒を作り出す。
その木の棒を迫ってきていた狼の口の中にはめ込むように差し込み、狼の噛みつきを木の棒をつっかえ棒にして阻止する。
口の中の違和感に気付いた狼は頭をその場で振り、そのまま口を大きく開き木の棒を口の中から弾き飛ばす。
つっかえがとれてスッキリするまでにあまりたいした時間はかかっていなかった。
それでも瞬がミハイルを救い出すまでは十分な時間であり、狼が頭の振りを止めて獲物を探した時、既に2人は離れた場所に立っていた。
それに気付いた狼が小屋から飛び出して2人に襲いかかろうと走り出した。
だが、小屋に開けた穴の中から何かが飛びだし、雪の上に落ちたかと思うと狼は進路を変えてすぐにそっちへと駆け寄る。
「もうまだいたの?しつこい人は嫌われるのよ!」
雪の上にいたのはさっきの少女だった。
もう明け方であるため眠いのか苛立ったような声を上げ、どことなく足元がふらついている。
「君が何者なのか知りたいんですよ。それにその狼がまた人を襲うのなら止めなければいけない」
「あっそ!それなら別の日にしてよ、私はもう眠いのよ!全く・・・え、何?」
狼が少女にすり寄って無理やり会話を中断させる。
何かを伝えようとしているらしく小さく呻き、少女も何を言おうとしているのかを察してすぐに狼を連れて小屋の中に入ろうとする。
その時、ちょうど夜空が茜色に染まっていき夜明けを迎える。
洞窟の中に差し込んだ日の光が広場の中にも届き、光の筋は瞬とミハイルを照らし、狼にも伸びていく。
慌てる様に小屋へ入ろうとした狼だったが光が触れた途端、小屋に入ろうとしていた狼の動きが止まる。
少女は黒い革ベルトによって表情こそわからない。
が、狼が動かなくなったのに焦っているようで小屋の中に押し込むように体全体で押すが、狼の体は少女の非力な力では動かず次第に狼の体に変化が現れる。
体中の至る所で毛が抜けていき、骨や筋肉が変化しているのか肉体の表面が波立つように膨らみ、立っていられないらしく狼はその場に倒れる。
それでもまだ変化は続き、顎が引っ込んでいったかと思うと顔つきがドンドン変わっていく。
瞬とミハイルがその変化を離れながら見守っているうちに段々と変化は収まっていく。
やがて変化が終わり変貌を遂げた狼の姿に2人は声も出ない。
まるで幽霊を見たかのように信じられないものを見て固まった2人だったが、瞬が捻りだすように一言だけ呟いた。
「・・・ひ、人?」
そう、雪の上に横たわっていたのは狼ではなく、全裸の男性だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
コメント等していただけると非常に喜びます。
もうあと数時間で来年ですが、今年は結構不幸な年だったので来年はもう少しまともな年になってくれないものでしょうか。
といっても、いきなり親不知の手術からスタートなので既にダメな気が・・・。
読んでいただいた方はよいお年を~('A`;)ノシ