第16話:魔狼(1)
2010/05/02 修正版を更新(いくつか表現を修正)
そびえ立つ雪化粧した山が月を背負うように月明かりに照らされ、その月光によって出来た巨大な山影は麓の村を飲み込むように覆い尽くしている。
雪が羽毛のように柔らかく降る村の中には誰も出歩く者はいない。
まばらに立つ家の明かりも全体の1割程度が付いている程度であり、村は眠りに着く寸前であった。
「アォォォオオオーーーッン!!」
突然、その静まりかえった村の中に響くほどの遠吠えが山の方から響き渡る。
そして、遠吠えを合図にして家の電気が次々につくと灯りと銃を手にした男達が村の少し開けた広場へと集まる。
「奴だ、奴が来るぞ!」
「男は集まれ!女、子供は戸締りして立て籠っていろ!電気はつけるな、奴を呼ぶぞ!」
防寒具に身を包んだ男達は自前の銃の動作を確認しながら、事前に決めていた作戦通りに各々の持ち場へと移動していく。
所定の位置へと移動し終わると、その場から動かずにひたすらジッと奴がやってくるのを待ち構える。
また一時の間だけ静まりかえった村だったが、山側の村の入口、そのずっと向こうに雪煙りが上がると村へと一直線に向かってくる。
そのスピードは自動車並みの早さがあり、雪煙りの前には一匹のでかい4足歩行を行う獣がいた。
獣は雪に紛れるような白い毛並みに肥大化した2本の牙を持ち、大きさは標準の人間の2回りもでかいがその姿は誰の目にも狼に見える。
ただ一つ普通の狼と違っている点があった。
目がまるでルピーのように赤く光っているのだ。
山影の薄暗い中で不気味に光り輝きながら迫ってくる赤い目は待ち構えている村の男達に恐怖と焦りを与える。
すぐそこにまで悪魔が迫ってきているかのような錯覚に何人かの男達は、今すぐにも構えた銃を撃ってしまいそうだった。
「う、うぁぁ・・・」
「ま、まだだ、まだ撃つんじゃない!」
「もう駄目だ!」
狼が村の入口を超えた所でその恐怖に耐えられなくなった一人の男がその銃の引き金を引く。
それに釣られて他の男達も耐えきれず、次々に発砲していく。
弾は狼へと向かっていくはずだったが距離があるうえ、山から吹き下ろされるように吹く風が狼に味方するように追い風となりただの一発も当たりはせずに逸れていく。
その間も狼の走りは止まることはない。
赤い瞳は一番近くにいた男に狙いをつけると勢いのままに空へと飛び上がる。
男達は遅れて空中の狼へを撃つがまるで当たらず、狼は恐怖にひきつった男の顔を捉えながら喉笛を一瞬で食いちぎる。
「がああぁぁぁっ!」
悲鳴にならない悲鳴を上げて男が倒れる。
首から大量の血を辺りへまき散らし、その周囲の雪と狼の白い毛並みも真っ赤に染めていく。
狼は食いちぎった喉笛を吐きだすと、恐怖で石のように固まってしまった男達へと殺意の籠った赤い目を向ける。
「撃て!撃て!」
かろうじて恐怖に押し勝った一人の年輩の男が銃を撃つ。
慌てて全員が銃を撃ち始めたが、狼は逃げるどころか逆に男達の中へと駆けだす。
狼は銃弾が飛び交う中を信じられない速度で回避しながら、行く手を遮る男を何人も吹き飛ばして駆け抜けていく。
その狼とは逆に、周りの男達は撃った位置が悪くお互いの射線上に居合わせた男が同士討ちする形になり、何人も銃弾に倒れていく。
「くそ!撃つな!巻き添えを食うぞ!」
狼はさっきから命令し続けている一番奥にいた年輩の男へと狙いを定め、赤い瞳にその姿を捉える。
男の命令によって銃撃の止んだ中を狼は俊敏に走り抜けて男へと飛びかかる。
男は構えた猟銃を飛びかかる狼へと一瞬で合わせると引き金を引いた。
弾が撃たれる直前、危険を察知した狼は体を捻るものの飛び出した銃弾は狼の右足へと突き刺さる。
お返しとばかりに狼は男とすれ違いざまに男の左腕に深々と爪をつきたてながら通り抜けて地面へと降り立つ。
怪我を負った狼は村に来た時ほど素早くは走れないものの、一目散に村の反対側の入口へと消えていく。
「ぐうぅぅ・・・、奴め、逃げ寄ったか。あ、相討ちか、ううっ・・・!」
「おい、じいさん、大丈夫か!医者だ!診療所へかつぎ込め!」
脅威が去った事で皆は安堵した。
だが、その代償とでもいうかのように左腕に3本のでかい爪痕を刻まれた年輩の男はものすごい量の脂汗を掻き、出血はいつまでたっても収まらない。
とうとう痛みに立っていられなくなり、その場で意識を無くして倒れる様に横たわる。
何人か無事だったの男達が担架へと彼を乗せ、村の診療所へと急ぐ。
「ウォオオーーーッン!!」
どこからともなく響き渡る遠吠えはその場に残った男達や家の中に隠れていた女、子供を恐怖のどん底へとたたき落とし、村は静寂を違った形で取り戻した。
穏やかな波が打ち寄せる海岸で一人の地元の釣り人が竿を大きくしならせて振り、勢いよく飛んでいった釣り針は遠くの方で着水する。
釣り人は手馴れた手際で何度かリールを巻いたり、竿を振ったりして巧みに釣り針を操作し、魚が食いつきやすいように色々アクションを起こす。
何度か繰り返しているうちに魚がかかったのか、急に不自然な形に竿がしなる。
「きやがった!こりゃ大物だな!」
手繰り寄せようと勢いよくリールを巻こうとしたものの、今までに体験したことがない程に力強く引っ張られてしまい、まるで動くような気がしない。
それどころかこのままでは竿が折れると判断した釣り人は一旦リールから手を離す。
魚が泳ぎ疲れた所で一気に釣りあげる作戦に出た釣り人は糸が切れないよう、糸を伸ばす。
するとリールは激しく回転を続け、糸がずっと出続けていく。
最後にはリールの中の糸がすべてなくなり、釣り人が抑え込もうとするより先に釣り竿は海へと飛び出すと海中へと沈んでいった。
「ちくしょう!マグロでも迷い込んできやがったのか!?」
釣りを始めてから初めて体験するほどの理不尽な戦いにただ悔しがる釣り人。
ふと釣り竿が消えた海の辺りがまるで割れるように穴が空いているのに気づいた。
その穴は徐々にでかくなっていき、更に釣り人の方へと向かってドンドンと近づいてくる。
「な、なんだぁ!?」
穴がある程度大きくなった所でその穴の中心に人が立っているのに釣り人は気づいた。
腰を抜かしながらも釣り人はただ傍観し続けていると中心にいた人は砂浜の上へと上がった。
未確認生物や超能力者を想像している釣り人を余所に砂の上に立ったのは気優しそうな青年である瞬、『旅人』であった。
手には先ほど引っ張ったであろう釣り竿が握られており、衣服の方はまるで濡れている様子がない。
だが、何処となく顔が青ざめ、目は死んでいるようにまるで活気のない目をしていた。
「・・・も、・・・も」
「も?」
「・・・もう海の底は歩かない」
「はぁ?」
あまりの意味不明さに思わず聞き返してしまった釣り人。
瞬はそんな釣り人など見えていないように釣り竿をその場に落とすとフラフラと歩き出す。
釣り人は訳が分からないが落としていった釣り竿を持つと酔っ払いの千鳥足のように歩いている瞬の手を捕まえにかかる。
ところが見えない盾によってそれは遮られ、釣り人は触れない事を不思議に思いながら瞬の先へ回り込む。
瞬は前に現れた釣り人を認識するとその場に立ち止まり、それに安心した釣り人はさっきから体験している不思議な現象に興奮した様に話しかける。
「お前は何なんだ!?海の中から現れるわ、見えない壁があるみたいに触れないわ!ひょっとして宇宙人か!?」
「・・・は、はは、・・・ただの臆病な人間ですよ」
「ただの人間がさっきみたいな事出来るわけないだろ!正直に言ってみろ!」
「いや・・・まぁ、ね・・・」
釣り人はそのどことなく虚ろな感じであいまいな返答をしてきたのにイラッとした。
携帯電話を取り出そうと一度俯いた途端、前からよろめくような風が吹いたかと思うと目の前にいた瞬は消えていた。
慌てて周りを見渡すが砂浜には隠れられるような場所はどこにもない。
また起こした不思議な現象に驚きながらも問い詰める対象がいなくなってどうしたらいいかわからず、釣り人は叫びながら辺りを探し始める。
その様子を上空で眺める瞬は釣り人をまいたのに安心し、近くの森の中へと落ちていく。
地面へと降り立って辺りを窺うが人気は全くないようだ。
瞬は人目がないのをいい事に草の上に寝転がると疲れたように深いため息をつく。
「はぁぁ・・・」
何をするでもなく、ただ木々の合間から見える太陽を無気力に眺める瞬。
彼がこんなになってしまったのには訳がある。
日本から意気揚々と海底を走り出すとまだ浅い場所にいる間はよかった。
初めて見る様な魚や生物などに心躍っていた。
だが、途中から深くなっていくにつれ日の光も徐々に届かなくなり、薄暗い中を作り出した懐中電灯を片手に走り続けることとなった。
まだその位ならば瞬には平気ではあったものの完全に日が落ち、更にもっと深い場所に行くと懐中電灯の光程度では暗闇が全く消えない。
いくつも懐中電灯を作り出して体にくくりつけてようやく前が少し見える程度の今まで経験した事のない闇に、不安や恐怖が押し寄せていた。
それでも瞬はどうにか前に進み続けていた。
少し休憩を取ってその場に座りながらお茶を飲んでいた時だった。
不意に後ろから獲物と勘違いした深海魚が迫り、それに反応して瞬は後ろを振り向く。
その途端、グロテスクな深海魚よりも押しつぶされてしまいそうなほど目の前に広がる深海の闇が瞬の目に飛び込んでくる。
すると巨大な闇はいとも簡単に瞬の心へと入り込み、その心を負の心へと一気に塗り替えてしまう。
瞬はパニック状態になると早くここから出ようと海面へと向かってあらん限りの力を使って飛び上がる。
海水全てを弾いてしまう盾によって足元は地上と変わらず、また水圧も水の影響も全てなくなるため一気に上へと上がる。
だが、逆に海水の影響をなくした事で飛び上がった位置に漂う事が出来ず下へと落ちていく。
更に悪い事に落ちた先が深く裂けた海溝だったため更に深い海の底へと飲み込まれるように落ちていく羽目になった。
そこから絶叫を伴った更なる恐怖を叩きこまれることになる。
その後、どうにか正気を保つと『旅人』の力を使い、ただひたすらに走り続けた結果、何時の間にやらロシアにまでたどり着いていたという訳である。
結果的には無事に目的地にまでたどり着く事が出来たものの、その体験はトラウマとして瞬の心の奥底に深く刻み込まれたのは言うまでもない。
特に動くでもなくただ横になるだけで30分近く立つとようやく少しは落ち着いたらしい瞬はその場に立ちあがる。
ただ、その表情はやはりまだ暗いままだった。
「・・・ふぅ、いくとしましょうか」
それでも気持ちを無理やり切り替えた所で今の現在地を作り出したGPSで再度確認してみるとロシアには確かに入っていた。
これで立派な密入国者になったのを考えようにしながら瞬は次の目的地として、とりあえず表側の『W2』支部を探しに行くのを決める。
目的が決まった瞬は森の中からさっきの釣り人が暮らしているであろう小さな漁村へと目を向ける。
どう見ても電気が通っているのがせいぜいといった程度でしかない。
パソコンでネットを使うというのは難しいように見える。
それならばと大学で使っていたノートパソコンと世界で使えるのがうりとなっていた自分の携帯電話を作り出す。
パソコンの電源を入れて携帯電話を接続してみたもののいつまでたってもネットは使えない。
不思議に思ってノートパソコンと接続した携帯電話を見てみると、アンテナが立つどころか圏外の表示が空しくついていた。
「圏外、ですか・・・そうですか・・・」
わざわざノートパソコンまで作り出したにも関わらず、問題外な状況に瞬は肩を落としながら2つとも消しておく。
しょうがないと瞬はもっと発展してる場所にまで移動するのを決める。
そして、GPSと地図を頼りに発展している街を目指して森の中を西へと進み出す。
森の中をスピードを落として約3時間近く走り続けた。
目指していた街まであと半分という位置にまで到達すると日も暮れ始めていた。
さすがに海底で体験した暗闇の恐怖がまだ体に残っているらしく、瞬はこの森の中で夜を迎えるのが怖く思えてきた。
普段なら夜で一人でいる事などまるで苦にならない瞬だが、ホラー映画を見た後に夜一人でトイレに行けないような子供のように今は一人でいるのが心細い。
野宿は無理かなと近くにある街や村を探してみる。
すると、ある山の麓に村があるらしく自然とそちらへ向けて足を進めていた。
程なくして村へとたどり着いたのだが、村は日がまだあるというのに誰も出歩いていない。
まるで死んでいるかのように村は静まりかえっていた。
「誰もいない・・・訳ではないようですね」
点々とある家を見てみると点けられた灯りが窓から漏れており、煙突や換気扇からは夕飯の準備か煙が上がっている。
人がいるのに安心すると『W2』がいない事を祈りながら村の中を歩き回る。
そのうち瞬はベッドの絵が描かれた看板が風に揺れている店を見つけた。
店自体はかなり古いらしく、所々にひびが入っている上に壁が風化によってボロボロでどことなく人を近寄らせないような雰囲気がある。
しかし背に腹は代えられず、瞬は意を決して中へと入ろうとした所でふと気付いた。
「ロシア語、知らないな」
言葉が通じないんではどうにもならないかなと引き返そうとする瞬だが、上陸した所で出くわした釣り人と普通に会話していたのを思い出す。
釣り人は明らかに地元の人のようだった。
ただ、話している言葉は瞬の耳には日本語を話しているようにしか聞こえなかった。
これが『旅人』の力の一つなのか、それとも釣り人が日本語を習得していたのかは分からない。
だが、よくよく考えると姫も日本語を話していた。
ならば前者だろうと推測した瞬は、再び宿屋の中に足を入れようとした所でまた足が止まる。
「・・・会話できるかどうかの前にそもそもお金がなかったなぁ」
瞬はロシアで流通している通貨は名前は知っていても見た事がない。
しかし、それよりも瞬にはお金を生成するのは偽札を作るようで気が引けるため作りたくはなさそうだ。
店の前でどうしようかと瞬が悩んでいると店のドアが開いた。
そこには店主であろう年老いた老人が銃を片手に立っていた。
「なんじゃ、お前さんは?さっきから店の前が騒がしいと思ったらお前さんのせいか。知らん顔だが、もしかして客か?」
「え、ええ、泊まりたいんですけど・・・その」
「その、何じゃ?」
「お金が無くて・・・」
やはり話す内容は日本語にしか聞こえず、更に日本語を話している自分の言葉も通じているのには瞬は安心した。
だが、言っている内容は店主からすれば客ではないと言っているようにしか聞こえない内容である。
店主の老人はそれを聞いて中に入って扉を閉めてしまい、瞬は諦めてその場を後にしようと背を向けた。
「入らんのか?」
老人の声に慌てて振り向くと、そこにはドアを迎え入れるように開けている老人が立っていた。
さっきまで持っていた銃は奥へと立てかけられていた。
「でも、お金が」
「お金が無けりゃ客じゃない。ただ、客じゃなくてもわし個人の客として泊めてやることはできる」
「えっと、つまり?」
「宿屋に泊まるんじゃなく宿屋を経営する男が家に泊めてやると言っておる、そういうことじゃ」
「あ、ありがとうございます!」
「気にせんでええ、どうせ人の来ない安宿じゃ。ただ、泊まるからには少し働いてもらうぞ?後、外国の話も聞いてみたいしの。それでよけりゃさっさと入るんじゃ」
瞬は感極まってその場で一度深くお辞儀をすると盾を解除して中へと入る。
中はやはり外と同じようにボロボロで今にも崩れそうなほど古いが、今の瞬には高級ホテルのように見える。
老人は階段を上がっていき、その後に瞬はついていくと3つある内の1番手前の部屋へと通される。
部屋の中はこじんまりとした中にベッドが一つとテーブルがあるだけでテーブルの上には年代物のスタンドが置かれていた。
老人がそのスタンドのスイッチを入れると強い光が部屋の中を照らす。
その後にしばらく使っていなさそうなベッドを軽く叩くと埃が舞い上がる。
「ここを使ってええ。風呂は共同。飯は出来たら呼ぶが、お前さんには作るのを手伝ってもらおうかの。ついでにその後は風呂の用意じゃ。見た所、手荷物は無いようじゃが・・・?」
「み、道に迷ってる時に落としちゃいまして、その、翌朝探そうかなと」
どことなくごまかすように言う瞬に気づいた老人は、小さく息をつくと部屋から出ていく。
「まぁ、お前さんがどうしてここに来たかなんぞどうでもいい話じゃな。深く詮索はしないのが良い宿屋の主人、と言う事じゃ。じゃあ、さっさと下に降りてくるんじゃぞ」
「は、はい」
老人が扉を閉めていなくなると、瞬は感謝しながらベッドへと倒れこむと舞う埃を気にせずに枕へと顔を埋める。
深海での肉体的な疲労は全くないものの、精神的な疲労がどっと出てきたために一時とはいえ、落ち着けて休まる場所が出来たのはうれしい事だった。
例え、それが枕から変な匂いのするボロ宿であろうとも。
「おい、まだか!」
「はい、今行きます!」
瞬は慌てて枕から顔を離すと部屋から飛び出て台所へ急ぐ。
ロシアの料理を食べれる事ということへの期待と料理の腕がからっきしである事の不安を抱きながら。
ここまで読んでいただきありがとうございます。前回で旅立ちが終わりとなりました・・・が、このペースで書いていくと頭の中で考えている最後までの展開を考えるとかなりの量に、それこそ平気で100話くらいまで行きそうです。好き勝手に書いているため継続的に読んでくれている人がいるのかいないのかいまいち分かりませんが、いることを信じて・・・、信じ・・・、し・・・、信じたい・・・('A`;) ・・・頑張ろうorz