第13話:旅立ち(5)
2010/05/02 修正版を更新(いくつか表現を修正、隊長を副司令官に変更)
黒い2匹の獣は己の最大の武器である牙を瞬へと突き立てるべく、常人の目には止まらぬほどのスピードで襲いかかる。
風が吹き抜けるような素早い速度で飛びかかる2匹ではあったが、当然のように見えない盾によってそれは止められ、牙は瞬へと届く事はなく空中で止まる。
獣たちは諦めずに前足を振り下ろし、盾に触れながら牙へと力を込めるがこれ以上牙が先に進む事はなかった。
素早い動きに驚いていた瞬だったが、無防備にさらされた獣の腹へとすかさず麻酔銃を撃ち込む。
だが、撃ちこんだ針は堅い石のような皮膚に弾き返されて床へと落ちる。
「効いていない!?いや、弾かれているのか」
「どけぇ!」
副司令官の言葉に2匹の獣はその場から飛ぶように離れる。
次の瞬間、瞬の周りに青く輝く塊が次々に浮かびあがり、徐々に瞬を中心として周りを漂う様に回り始める。
中に浮かんだ青い球の回る速度は上がり続けていき、それに合わせて青い球から不規則に伸びては折れる青白い線が走り出すとその線は徐々に太く多くなっていく。
それが帯電している証だと瞬が気付いた時には球から出る電流が別の球へと繋がるように球と球の間を走り、また高速で周りを回るために青白く光る電流の壁に囲まれて最早逃げ場はどこにもない。
「ふははは!食らえ『ライトニングウォール』!」
球の間を流れる電流が四方八方から中心にいる瞬目がけて襲いかかり、当然のように盾によって阻まれる。
だが、勢いを失った電撃は消えることなくそのまま瞬の周りを浮遊し続け、時間にして5秒程度立つとまた襲いかかる。
「どうだ!俺の『ライトニングウォール』は!一度放ったら最後、お前の体を貫くまでその電撃は消えないぞ!」
一日に一回だけ放てる副司令官ご自慢の魔法はその言葉通りまるで消える様子がなく、また勢いも衰えずに何度も瞬を襲う。
更に電撃が盾と衝突する度に目が眩むような発光を起こし、瞬は必然的に目を閉じさせられる。
「くっ!厄介な」
それならばと瞬はその場から移動して電撃の渦の中から逃げようとしたが、瞬が動くのに合わせて同じように移動したため、何時まで経っても抜けられない。
副司令官の言葉通りならば一度電撃を食らってしまえば、それで電撃は消えるだろうがその身は確実に消し炭になる。
たとえ、『旅人』の力を持っていたとしてもまだ日が浅すぎる瞬には耐えれるかどうかの判断はつかない。
なにより、瞬自身、所長の魔法の時のようにまたショック死しかねないほどの痛い思いをするのもごめんこうむるだろう。
だが、このままというわけにもいかず、目を閉じたまま瞬は方法を考える。
「どうやって電撃を消せば・・・いや、周りに飛んでいた球からその電撃は出ていた。それなら!」
手の中に数個の手榴弾を生成すると、ピンを抜いておおよその力加減であるはずの電流の壁に向かって放り投げる。
飛んでいった手榴弾は電撃の壁へと接触すると途端に爆発し、手榴弾の破片が辺りに飛び散る。
その破片が高速で瞬の周りを飛んでいた青い球を襲い、破片がぶつかった球は衝撃に耐えきれず砕け散った。
すると激しかった電撃の勢いが弱まり、耳に届く音で電撃の襲いかかるタイミングが遅くなったのを聞きとった瞬は自分の考えが合っていたのを確信し、次々に手榴弾を投げていく。
爆発音がなるたびに電撃は次第に弱まっていき、最後の球が破壊されると電撃は状態を維持できないのか空気中へと散っていった。
瞬が目を開くとそこには低く構えた獣が2匹とその真ん中に口を開けたまま固まっている副司令官の姿があった。
放てば必ず相手を死に至らしめるという一撃必殺の魔法、副司令官の自信の元であった魔法。
それをそんなでたらめな方法で破られた瞬間、今まで『W2』日本支部の副司令官としてやってきた自信は粉々に砕け散った。
「ば、馬鹿な・・・。お、俺の『ライトニングウォール』がそんな力技で・・・」
正に茫然自失といった感じで焦点の合っていない目で瞬を捉えてはいるが、頭の中にまで入っているかは定かではない。
「グオオォォン!」
そんな副司令官に元女性隊員だった方の獣が吠えたて、その咆哮に副司令官は沈んでいた意識を表にまで引っ張りだしたのか瞳に光が戻る。
1日に1回の制限がある魔法なため、別の攻撃手段として近くに落ちていたM16-A1(アサルトライフル)を取ると、2匹の獣に向けて指示を出す。
「俺の魔法が敗れた以上、最早手の打ちようがない。お前らはここで時間を稼げ、俺は本部に連絡を取る!」
いつもの冷静な判断を2匹の獣は了承したと頷き、すかさず瞬へと飛びかかると副司令官は背を向けて奥の扉へと走る。
扉の横に取り付けられたパスコード入力装置から震える指で扉を開閉するパスコードを入力し、正常なパスコードにより扉が開き始めた所で後ろを振り向いた。
その途端、視界一杯に黒い綺麗な毛並みが広がるほど副司令官目がけて黒い獣が飛んでいた。
「う、うおおおぉぉぉ!?」
慌てて副司令官はその場でしゃがむ。
その上を意識を失っているように白目をむいた獣が飛び超え、まだ開ききっていない扉に当たって跳ね返るとちょうどしゃがんでいた副司令官の上へと落ちる。
「ぐへぇ!・・・っ、な、なんだ!?」
背中に乗っていた獣を隣へとどけながら何が起こっているのか瞬の方を見てみると、そこではまだ獣と瞬が戦っている姿があった。
副司令の援護として瞬の盾にその素早い動きで何度も攻撃をし続ける獣。
だが、瞬は手の中に作り出した角材のような太い木の棒を持ち、盾に攻撃が当たる瞬間を狙ってカウンター気味に棒で殴りつける。
無防備になっていた横腹に棒がぶつけられると衝撃に耐えきれず木の棒は砕け散るが、獣の方も直接的なダメージは受けていないものの衝撃によって壁まで弾き飛ばされ、受け身も取れずに壁にぶつかると完全に意識を飛ぶ。
動かなくなった2匹の獣に一息ついた瞬は、副司令官が動けないのを見ると砕け散った木の棒を握りつぶして消し、獣をどけられずに唸っている副司令官の前へと立つ。
副司令官もそれに気付いてどけようとする手を止めて恐る恐る顔を上へと上げる。
そこには表向きの『白い世界』日本支部で所長に見せた引きつった笑顔でありながら、物言わずとも確実に頭にきているのが分かる圧力を体中から放っている鬼がいた。
「人の友達を巻き込むどころか人質にするなんて、人として恥ずかしいとは思わないんですか?」
「ふっ、ふっはっはっ!恥ずかしい?綺麗事を抜かすんじゃねぇ、勝つためにはなんでもすればいいのさ!お前に勝つために人質が必要だったから使ったまでだ!ただそれだけの事だ!何一つ間違っちゃいないだろ!?ふっはっはっ!」
「・・・そうですか、そういう考えをお持ちですか」
瞬はがっかりした様に肩を落とし、体からにじみ出ていた威圧感が消えると身動きの取れない副司令官はこの隙にと体の上にいる獣をどけにかかる。
寂しそうな顔を浮かべている瞬は口を開いてポツリと呟いた。
「それなら」
「ん?それならなんだ?俺を殺しでもするか、ああん?」
副司令官が威嚇しながら手を止めて瞬を見る。
瞬が殺しはしないという事を知っての行動だった。
だが、彼は知らなかった。
『白い世界』日本支部で瞬が情報を引き出すために所長に対して何をしたのかを。
獣をどかすのを再開した副司令だったが、前に立つ瞬の一度は消えうせた威圧感が復活し目が一瞬だけ輝いたように見えた。
「『W2』に勝つために貴方に僕が何をしても構わない、ということですね?」
「・・・へ?」
突然そう言われた副司令は手を止めて再度、瞬の方を向く。
そこには張りついたような笑顔を浮かべた瞬がゆっくりと下にいる副司令官へと手を伸ばしていた。
慌てて副司令官は逃げようと獣をどかしにかかるが人間一人分+αの重量が簡単には動かず、瞬の手は段々と迫ってくる。
「な、なんだお前!や、やめろ、何をする気だぁぁ!?」
「・・・さぁて、なーにーをーしーよーうーかーなー?アッハハハハ!」
「ひ、ひいいいぃぃぃ!た、たすけ、ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
副司令官の心の底からの恐怖の叫びは基地内部の同じ階層に響き渡り、聞いていた者を凍りつかせる。
そして、聞いた者たちの中に『旅人』=恐怖という図式が刻み込まれたのは言うまでもない。
そう広くはなくただテーブルとイスがいくつかあるだけの個室。
その中を賢悟はうろうろと歩きまわり、花梨は沈んだ表情で椅子に腰かけていた。
「くそ!いつまでここに閉じ込めておく気なんだ!?誰も来ないし、どこかも分からねぇし、おまけに携帯も繋がらねぇ」
閉じ込められてからまだ30分近くたっただけだが、賢悟にも花梨にも車中で男から聞かされた話が頭の中に残っていた。
それが賢悟には苛立ち、花梨には気落ちとなって表れていた。
恋人でありよく知っているお互いがいるだけではあるが、監視カメラが規則的に首を振って室内を映していたのも賢悟を苛立たせる原因の一つだった。
「おい!誰か見てるんだろう!早くここから出せ!」
監視カメラに食ってかかる賢悟だが、当然監視カメラからはただ首を振り続けるだけで何の反応もない。
賢悟が椅子を持ち上げて壊しにかかろうとしてもそれは変わらなかった。
「ねぇ・・・。瞬は本当に犯罪者になっちゃったのかな・・・?」
椅子に座った花梨が重い表情で呟くように賢悟に問いかける。
その脳裏には車中で見せられた瞬が殺人を行っている映像と全国指名手配されている手配書が浮かぶ。
賢悟は持ち上げた椅子を花梨の対面になるよう置くと、その椅子に座って花梨と対面する。
「あいつがそんな事する訳ないだろう。そもそもあいつは虫すら殺せないような奴なんだぞ?」
「そう・・・だよね。瞬がそんな事する訳ない、よね。でも覚えてる?私達と最後に別れる時、何か言おうとしてた。もしかしてこの事を・・・」
「しっかりしろよ、俺達が信じてやらなきゃどうする。どうせ、また事件に巻き込まれちゃっただけさ、全国規模レベルのにな。あんな胡散臭い奴の言う事なんか信じる必要ないし、協力する必要もない」
賢悟の言っている協力というのは、瞬を捕まえるために情報提供をするだけでなく実際の逮捕に協力をする事だった。
だが、2人はそんな話は信じられないとして協力する事を拒否したため、仕方なく『W2』は変身魔法を持っていた工作員を使用することになったのである。
「だからさ、とりあえず帰ってくるあいつを待とうぜ?な?」
「・・・うん、分かった。賢悟の言うとおりだよ」
落ち込んでいた花梨の気持ちも賢悟の言葉で救われたように向上し、普段から見せている優しい表情へと戻る。
それを見た賢悟も落ち着いてきたのか何度か頷いて笑顔を浮かべると、突然、この部屋唯一の扉が開くと2人は椅子から半ば反射的に立ちあがった。
「「瞬!」」
その開いた扉の先にいたのは昨日の夜ぶりの再会になった瞬であり、二人とも瞬を見た瞬間に驚きと喜びが混ざった顔で出迎える。
「お前、どこにいってたんだよ!」
「よかった、瞬、無事だったんだ・・・」
「ごめん、色々と事情が」
「「瞬の事情じゃないでしょ」」
いつもやっているやり取りをやると自然に3人とも笑い、花梨は目尻に浮かんでいた涙を拭きとる。
「それよりお前、一体どうしたんだ?それにここ、何処だ?色々聞きたいことが山積みだ」
「ああ、答えたいのは山々だけど、今はここから出るのが先だ。僕が先に行くからついてきて。決して離れないで」
2人は先に外へ出た瞬の後について行き、所々に横たわっている人を踏まないように交わしながら先へと進む。
銃やらナイフやらやたらと物騒な物が転がっているのを見ると、さすがに2人も顔が青ざめる。
「お、おい、こいつらは?」
「心配ない、寝てるから起き上がりはしないよ。・・・ここだ」
瞬はある部屋の前で止まると扉を副司令官から奪ったカードキーで開け、中へと入ると2人もそれに続いて中に入る。
そこには一人ずつ座れる座席シートが壁に埋め込まれたようにポッカリと空いた中に5つあり、瞬は2人を座らせる。
「今から地上に出る。多少揺れるからしっかり掴まって。地上に出たらここから早く離れるんだ」
「瞬は行かないの!?」
「そうだ、お前はどうするんだよ!」
少しだけ寂しい顔を浮かべた瞬だが、またいつものように笑顔を浮かべると口を開いた。
「まだ、僕にはやるべき事がある。大丈夫、後ですぐにおいかけるから」
「やる事ってお前・・・」
さすがに銃がそこら中に転がっているような危険な場所にいるのを賢悟が止めようとした。
だが、瞬は先にシートの隣についているボタンを押す。
するとシートとそれに座った2人を囲むように金属製のシャッターが下り始め、2人は瞬に手を伸ばそうとしたがシャッターによって遮られる。
そしてそのまま脱出装置として設置されていたカタパルトにより2人の乗った座席ごと外へと打ち出される。
「ごめん、賢悟、花梨」
瞬は聞こえないであろう呟きをこぼしその部屋を後にする。
廊下を走り、そこら中から現れる隊員達を眠らせるか、気絶させていきながら副司令官から丁寧に教えてもらった指令室へと走る。
指令室の前には最後の抵抗であろうバリケードが組まれ、何人もの隊員が銃器を構え瞬の行く手を阻む。
「この先か・・・、よし」
閃光手榴弾のピンを抜いて弾丸のような速度で投げつける。
バリケードの内部にまで飛んだ手榴弾が爆発すると同時に一気にバリケードの中へと瞬は飛び込む。
目が眩んでフラフラとしている隊員達はまともに立っていられず、突然飛び込んできた瞬が撃ちだした麻酔針は防ぐことも隠れる事もままならず、次々に眠らされていく。
あっという間に全ての隊員を眠らせた瞬は指令室の扉を無理やり力ずくでこじ開け、機械音が途切れることなく聞こえてくる司令室の中へと入る。
当然、中にいる隊員達からは歓迎されるわけもない。
何人もの隊員達が小さいバリケードを築きながら瞬へと銃を向ける。
「ここまでよく来たものだ。『旅人』よ」
司令室の一番奥から立派な白い軍服を纏った初老の男が鞘におさめられた日本刀を片手に現れる。
普通の隊員とはまるで違う重い雰囲気を纏った彼は、例えるならばRPGで言うところの魔王様といった感じだ。
「貴方は?」
「私は『W2』日本支部総司令官を務めている小田切 総一郎というものだ。まぁ、君なら少しは知っているんじゃないか?雨堂 瞬君?」
自分の事が知られているのには対して驚きはなかった瞬だが、小田切総一郎という名前には聞き覚えがあった。
思い起こしてみると全く同名の人物が記憶の海の中に一人だけ存在していた。
それが同一人物という事を考えると瞬は驚きを隠せず、自然と確かめるための問いかけが口から出ていた。
「まさか・・・、小田切財閥の・・・?」
「その通り、小田切グループの会長を務めている。私は知らなかったが君はうちの関連会社に面接を受けているそうじゃないか。『旅人』がうちに就職しようとしていたとは中々面白い話だ」
小田切財閥とは100を超える会社を傘下に置き、日用品から食料品に衣料品、果ては乗用車などの日本国内で流通する物全てをカバーできるほど巨大な企業グループで日本でなら知らない者はいない。
噂では自衛隊の兵器開発などにも関わっており、最早ただの民間企業とは言えないほどに成長を続けているこのグループには当たり前のように就職希望の学生や社会人が殺到し、大学生である瞬も就職志望の一人として応募していた。
瞬が会長を覚えていたのも就職前の下調べがあったからこそである。
「まぁ、『W2』の援助でここまで来たわけだが、当然ながらその援助には見返りが求められる。そして、その見返りの対象は目の前に立っている。さぁ、ここでおとなしく殺されてくれ、『旅人』よ!」
「すいませんが先約があるのでそれはできません。逆に貴方がたにお願いですが、この基地は壊させてもらうので即刻退去してください」
「っくく!どうやらやるしかないようだな。総員構え!」
隊員達が銃を構え、小田切は日本刀を抜くと鞘を投げ捨てて上に掲げると、それを受けて瞬は両手に麻酔銃を生成する。
一瞬にして空気が張り詰め、静まりかえる室内でただ機械音だけが規則正しく鳴り、何度目かの機械音が上がった瞬間に掲げられた日本刀が瞬を指すように振り下ろされた。