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第10話:旅立ち(2)

 2010/04/16 修正版を更新(いくつか表現を修正、大都市の名称を固定)

 『W2』の指令室の中で何人もの人間が所狭しと動き回りる。

その中央では司令官を中心とし、この基地の上級幹部の面々が椅子に腰かけ、神妙な表情を浮かべていた。

警察が先に『旅人』を発見した時点で接点のある上層部から『W2』に情報が流れるより早く、警察内部で情報が流れると『W2』が動くより先に地方の特殊部隊が動いてしまった。

当然、何の装備も知識もない警察には『旅人』への対処のしようがない。

軽々と『旅人』はその場から立ち去ってしまったが、『旅人』の特徴と逃げた方角などの情報はとても有用な情報であった。

その情報を元に再び行方をくらました瞬の行方を検討しはじめる。


 「で?奴はどっちに向かったと?」


 「情報によればこの国道を南下していったそうだ。昨日発見された『旅人』で間違いないようだな」


デスク上に表示された広域MAPを遭遇した場所から各々が下へ下へと目線が下がっていく。

行き着いたのは人口も規模もかなり大きく、郊外には空港まである大都市『神灰市かみはいし』であった。


 「・・・分からんな、なぜ人の目や監視カメラがどこでもつきまとう大都市へ向かう?」


 「何か目的があるのでは?」


一同が次々に意見を出すものの全てがただの推測であり、裏付けを行うものが何一つないためどれもが説得力に欠けていた。

結局、一番可能性としては高そうな空港の飛行機に紛れこんで遠くへ逃げる事を目的と決め、『W2』の構成員達に空港周辺、更に周辺道路への配置を通達するよう決める。

司令官が指示を出そうとしたところで、デスク上に飛び込んできた新情報が表示され、司令官は手を止めてその情報を読んでみる。


 「これは・・・、どうやら空港が目的ではないようだな」


新しく表示された情報を読んだ途端、『旅人』の狙いを察した司令官はニヤリと笑うと即座に指示を出す。

その情報とは突入の直前までパソコン上で表示されていたのが『白い世界』のHPであり、更にその日本支部の住所を調べていたという図書館からのアクセスログであった。





 森の中を抜けて切り立った崖の上に出た瞬の視界には目指していた大都市『神灰市』が広がっていた。

住宅からビルまでの建物が数え切れないほど建つ間を車や電車が常に流れ続ける。

今まで落ち着いた地方の街中で育ってきた瞬からすれば見たこともないような巨大な街に心が躍る。

まるでお祭りに初めて行くような子供のように自然と期待が高まり、目が輝き始める。

すぐ前には警察に包囲された状態から脱出するという映画のような事をやってのけたにも関わらず、彼の心はすでに都市への期待感で一杯であった。


 「大きいし、広い。色々面白そうなものがありそうだなー。おいしいケーキ屋もたくさんありそ・・・じゃなかった、『白い世界』を目指さないと」


すっかり目的を忘れていたのを思い出し、用事が終わってからならよってもいいかなとすっかり旅気分で気持ちを切り替える。

崖の上から軽く跳んで飛び降り、下の森の中へと突っ込む所で盾を展開する。

地面へたどり着くとそのまま森を抜けて都市へ出ようとしたが、後一歩で出るという所でふと足が止まる。


 「う~ん、なんで警察に追われるかなんてわからないけど、今捕まるわけにもいかないし・・・。そうだ!」


服を変えた要領で意識を集中させてみると服の一部が帽子へと変形し、更に度の入っていない眼鏡を生成してかける。

そう、彼が考え付いたのは変装であった。


 「いける・・・かな?まぁ、いくしかないからね」


多少不安は残るものの、特に深くは考えずに森を抜けてとりあえず近くにあった駅へと立ち寄った。

たまたま駅の入口に立っていた駅員を瞬は見つけると住所から行き方を尋ねる。


 「えーと、ああ、『白い世界』ですか。それならここから歩いて5分位でつきますよ」


 「『白い世界』を知っているんですか?」


 「ええ、もちろん。ここら辺で知らない人はいないですよ。募金のイベントとして大規模なバザーや有名なミュージシャンを呼んでのライブをやってますからね。楽しんで払ったお金が世界平和に使われるものですから、地元の人たちは一度はイベントに参加しているはずですよ」


快く教えてくれた駅員にお礼を言って言われたとおりに歩き始めた。

だが、駅員の話がずっと頭の中でひっかかり行っても意味がないかもしれないとさえ考え始める。

教えてもらった内容からは『旅人』の力を狙っている『W2』とはますます結びつかず、瞬の胸の中ではモヤモヤとしたわだかまりのようなものさえ感じられる。

そんな引け目を感じているうちに目的地へと到着したらしい。

そこそこの広さを持つ広場の奥に教会をイメージしたような神々しさを放つ中世風の建物があった。

白いレンガが敷き詰められた広場へと入ってみると、掃除をしている職員らしき人が瞬に気づき、作業をやめて寄ってくる。


 「こんにちは。何かご用でしょうか?」


 「え?あー・・・、いや、実はここが世界平和のために募金活動をしているって聞いたんで募金を、と」


 「そうですか、それはありがとうございます。募金はあの建物で行っていますので、さぁ、どうぞついてきて下さい」


ニッコリと微笑みながら奥の建物に行くよう腕で促され、先を歩きだした職員の後について建物の中へと入っていく。

重厚な木の扉を押し開けて中へと入ると、そこはでかいホールとなっているだけで特に何もなかった。

ただ、天井には神様とその周りを飛ぶ天使が表されたステンドグラスがはめ込まれており、ちょうど真上にある太陽からの光で絵が抜け出たように床の上に投影されていた。


 「へぇ、これはすごい。まるで絵が床の上に描かれているみたいだ」


 「ええ、来ていただいた人に喜んでもらえるようにと後から追加で造ったものなんです。造られてから色々な方のご好評を頂いております」


 「なるほど。確かにこれは芸術品の域ですね。とてもきれいですよ」


褒めてもらったのを笑顔で返した職員は近くの部屋へと誘導し、瞬はテーブルを挟んで対面になるよう置かれた2つのソファーがある来客用らしい部屋へと通される。

ソファーの片方に座って待つように言われ瞬がソファーへと腰かけると、職員はさらに奥にある給仕室へ入り手馴れた手つきで紅茶を入れる。

熱い紅茶をテーブルの上に2つ置き、どうぞと勧められると瞬はお礼を言いながら紅茶を一口飲んで香りと味を楽しみながら一息つく。

職員もそれに合わせて紅茶を一口飲むと、ティーカップを置いて話を始めた。


 「それでは寄付という事でしたが・・・」


 「あ、えっと、そんな大した金額じゃないんですけど。こんな待遇をしてもらって悪いんですが・・・」


瞬は手を後ろに回すとなんとなく後ろめたい感じで1万円を1枚だけ作り出し、そのままテーブルの上へと置く。


 「いえ、貴方の寄付してくださる金額は問題ではないですよ。大事なのは寄付をしていただくお気持ちです。仮に貴方がいくら寄付してくれても私達の対応は変わりません。ですから、お気になさらないでください」


職員はまた笑顔を見せると瞬は安心したように同じく笑顔を浮かべ、また紅茶に口をつける。

その後、『白い世界』についての簡単な説明を行われたものの特におかしい点はなく、また職員はとても嘘をついているようには見えない。

ここは関係ないと瞬は決めつけると適当な所で帰る事を切り出し、席を立った。

ドアノブに手をかけようとすると、勝手にドアが開き、瞬の目の前に白いスーツを着た40代半ばの紳士的な印象を受ける男が立っていた。


 「あっと、失礼」


 「ああ、所長。こちらはご寄付いただいた方なんですよ。今お帰りになる事です」


 「そうですか。西山君、後は私が対応するから作業に戻ってくれ」


そう言われ、西山は瞬に向かって会釈をするとすれ違うように出ていき、代わりに所長だけが残った。

所長はそのままドアの傍から身を引くと瞬が続けて外に出ると、所長はさっきの西山と同様ににこやかに話しかけてきた。

だが、不思議と瞬にはこの所長が気に食わないのか、嘘のような笑顔がひっかかるのか、どことなく嫌な感じがしていた。


 「寄付頂いてありがとうございます。このお金は世界平和のために有効に使わせていただきます」


 「そ、そうですか、世界平和のために募金しているなんて実に有意義ですし、また募金しますよ」


 「そう言っていただけると助かります。今後ともよろしくお願いします」


スッと出された手を瞬は力の入れ過ぎに気をつけながら握った瞬間、親指に鋭い痛みが走り、反射的に手を離した。


 「痛っ!は、針?」


手を見てみると小さい傷から血が滲みだし、周りが赤く腫れあがり始めると焼ける様な痛みが走る。

更には手が痺れるような感覚で自由に動かないようになるとそれは体中に広がっていき、足も徐々にふらついてくる。

それを見た所長は今までと同じように笑っていたかと思うと、瞬の体を見えないほどの速さで蹴りつけてステンドグラスの下にまで吹き飛ばす。


 「さすが『旅人』。常人なら確実に死ぬ強化された蹴りでも吹き飛ばされるだけとはね。だが、これで終わりだ」


直後にステンドグラスの表面に六芒星とその周りを囲むように呪文のような言葉が浮かびあがる。

不気味に紫色の光を放ったかと思うとステンドグラスの光が紫色を帯びて触れるように実体化する。

瞬はステンドグラスの光の中に閉じ込められてしまい、更に握手の時の針から入った毒が体中を蝕んでいた。

焼ける様な痛みと痺れが体中を駆け巡り、最早起き上がることすらできない朦朧とする意識の中で瞬は視界の中に薄ら笑いながら見下す所長を捉える。


 「な、な、にを、し・・・た。あ、あぐぅぅぅっ!!があああぁぁぁっ!!」


 「ふぅむ、わずか1mgでシロナガスクジラでさえ殺すといわれている毒がまだ苦しんでいるだけとはね。やはり『旅人』というものは凄いものだ。いや、正確にいえば『旅人の力』が、かな。まぁ、これでようやく『W2』の悲願が達成される。後は安心して死ぬ事だ」


すると今までどこに隠れていたのかホールを埋め尽くしそうなほどの武装した集団が現れ、中心で痙攣している瞬に向かって銃を向ける。

所長はそれを確認すると天井のステンドグラスに向かって一言だけ聞いた事のないような言葉を発する。

それに合わせてステンドグラスから降り注ぐ光の円が徐々に狭まっていき、瞬のいる場所を段々と狭めていく。

瞬の足が光に触れた途端、電撃のような痛みが走るが自由にならない体では足を離す事もできず、ずっと痛みが続く中で瞬の意識はなくなる寸前だった。

しかし、瞬は意識が飛びかける寸前で盾の呪文を頭の中で唱えた。

展開された盾がステンドグラスからの光を完全に遮断し、周りにいる者達から瞬を完全に手が出せないように隔離する。

傍目には急にステンドグラスからの光が弾かれるように見えるだけだが、それを見た所長は近くの者に試しに撃たせてみると弾は瞬の体に届くことなくあらぬ方向へと弾かれる。


 「ほう、これが最強と評される『イージスの盾』ですか。ここでは並ぶ者がいない、私の魔法でさえこの扱いとは。だが、今更出した所でもう毒は消えないでしょう」


所長の言うとおりいまだに瞬の体の痺れや痛みが治まらない。

いやそれどころかより一層ひどくなっていくばかりで苦痛に顔がゆがみ、大粒の汗が床で水溜りが出来るほど出続ける。


 「ぐううぅぅ!も、も、うだめ、・・・か」


もうこれ以上痛みに耐え続けているのが限界だと感じた瞬は、意識を保つ事をやめようとする。

瞬の目の前が暗くなっていく。

走馬灯なのだろうか、完全に暗闇とかした視界の中に姫の姿が映し出される。


 『馬鹿者!この程度で敗れるようとしているとは情けない!』


そんなに知っているわけではない、会ってから1日立ったかそうでないかといった位でしかない。

だが、瞬の人生を変えた彼女の叱咤はズッシリと瞬の心に響き、彼女のお願いを思い出す。

幻なのかそれとも記憶が作り出した彼女なのかは分からないが、瞬の心を奮い立たせるには十分であり、意識がはっきりすると目を見開く。


 「ほう、まだ意識がありますか。でも、頑張るだけ無駄」


 「だ、黙ってください!僕は姫の・・・お願いを叶えなければならないんだ!」


すると、瞬の床につけられた右手に力が込められ、同様に左手も床に向けて力が込められる。

いまだに痺れはなくならないがゆっくりと痛みに耐えて上体を起こし、足を引きずるようにして引っ張るとその場に尻をつけて座る。


 「まだ動けるとは!?」


 「動けるだけじゃ・・・ないんだ!」


手の中に大量のスモークグレネードを生成すると辺りにばら撒き、ホールの中はすぐ黒煙で一杯になると視界はほぼなくなった。

続けざまにあの時見せてもらった武器の中から非殺傷の特殊ゴム弾がセットされたAS12(セミオートショットガン)を両手に1つずつ生成する。

そして大量の黒煙にむせながら取り囲んでいるままの『W2』の隊員達目がけ、両腕を広げてその場で回りながら引き金を引き続ける。


 「うあああぁぁ!」


撃つたびに回るたびに弾切れになって生成するたびに耐えがたい激痛が走るが、瞬は痛みに顔を歪めながらそれでも撃つのを止めない。

隊員達は反射的に中央に向けて銃を撃ち続けるものの、黒煙で見えないが弾丸は全て弾かれて跳弾となり、別の隊員へと突き刺さる。

しばらくすると銃声は瞬のAS12だけとなり黒煙が少しずつ晴れると、そこに立っていたのは瞬だけだった。

残りの隊員達は全てが床の上に横になりながら痛みで呻いていた。


 「はぁ、はぁ、はぁ・・・っつ!」


誰も立っていないのを確認した瞬はAS12を床へ落とし、その場に腰をつけながら荒々しく呼吸し痛みと痺れが治まるのを待つ。

その様子を黒煙が室内を満たしたと同時に、ただ一人柱の陰に隠れていた所長がうかがっていた。


 「っち!あの毒でもまだ動ける上に魔法まで使えるとは信じられん。だが、奴が盾を解きさえすれば私でも仕留められる」


そう言いながら所長は手元にさっき使った毒が滴るほど塗られた矢を専用の銃にセットすると、気の緩む瞬間を待ってジッとその場で待つ。

すると、瞬の周りを流れていた黒煙が今までは瞬の体にまで届いていなかったのが、瞬の体にまとわりついていくのに気づき、盾を展開していない事に気づく。

できるだけ音をたてず、瞬を狙って心臓の鼓動が普段より大きく聞こえながらゆっくりと銃を構え、後は引き金を引くだけとなった。

あのまま死んでいればよかったと後悔させてやる、と所長は殺意の念を込めて引き金を引いた。

狙い通りに飛んでいった矢は背中を向けている瞬へと一直線に飛んでいく。

所長も当たる事を確信したが、当たる寸前で後ろを向きながら盾が発動し、矢は空しく下へと弾かれた。


 「そこですか・・・」


その言葉に誘い出す罠にはめられた事に所長はようやく気付いた。

急いでその場を離れようと自分の魔法である相手を拘束しながら死に至らしめる結界魔法、そのホール内に仕掛けてあった全てを言葉を発して発動させながらすぐに逃げ出す。

だが、当然のように全てが瞬には効き目などあるわけなく、瞬は全てをはねのけながら新たに生成したAS12を構えると背中を向ける所長目がけて撃つ。


 「ギャッ!」


ゴム弾が当たると小さく呻きながら近くの壁にぶつかり、そのまま意識を失ってズルズルと壁にもたれながら倒れる。

これでようやく一息つけると、AS12を落とし体調の回復を待ちながらどうやってこの施設を壊そうかと考え始めていた。 

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