第1話:出会い(1)
2010/03/12 修正版を更新(いくつか表現を修正、今までの流れは変えていません)
2010/04/16 修正版を更新(いくつか表現を修正、今までの流れは変えていません)
2011/10/25 修正版を更新(かなりの表現を修正、今までの流れは変えていません)
「救助できないってどういうことだよ!」
そう賢悟はどなるように言うとオレンジ色の服を着たレスキュー隊員に掴みかかる。
だがその周りにいた人達が迅速に賢悟を抑えつけ、伸ばした手は襟にも届かずに力なく下に落ちていく。
「・・・今、言ったとおりだ。この吹雪では捜索しようにもヘリも飛ばせないし、下手に行えば二次災害が起きかねない。吹雪が収まるまで待機するしかないんだ」
レスキュー隊員も苦渋の判断だったのだろう。
俯いて答えた彼の顔はまるで苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしていた。
それでも友人を助けられないと言われるのは賢悟の神経を逆なでするだけでしかなく、彼は話の内容などまるでお構いなしにまだ掴みかかろうと体を動かす。
「そんなの納得できるか!あいつらは今も死にそうになってるんだぞ!助けるのが仕事じゃないのか!」
「できるなら私達もすぐにでも救いたいんだ!だが、状況が状況なだけに無理なんだ!分かってくれ!」
お互いが1歩も譲ろうとしないためか、重苦しい空気が小屋の中に流れる。
しばらく睨みあった両者だが、その膠着状態を破ったのは賢悟だった。
抑えていた人を無理やり振りほどく事に成功した彼は、テーブルの上にあったキーとオレンジ色のバッグを素早く取るとドアから外へと飛び出る。
開いたドアから暖かい室内へと流れ込む吹雪にのって、木の階段を駆け下りる音が全員の耳に届いた。
「・・・っ!いかん!彼を止めろ!」
すぐさま彼が何をするか気付いたレスキュー隊員が静止するよう叫ぶ。
それと同時に外に止めてあったスノーモービルのエンジン音がけたたましく鳴るのに気づいた。
小屋の中にいた全員が外へと出るが止めてあったはずのスノーモービルが1台なくなっている。
まだ消えていない雪の上に出来た溝を目で追っていくと、1台のスノーモービルが猛吹雪の中に消えていくのが見えた。
レスキュー隊員が止めに行こうとスノーモービルにまたがる。
「くそっ!・・・うぉっ!?」
だが、まるで追う事を拒むかのように突然の突風が隊員を吹き飛ばす。
態勢を立て直した時にはもう賢悟の姿は何処にもない。
追うのは被害を増やすだけか、くそっ!
今までの経験が冷静な判断を告げるが、どうしても納得しきれない隊員はスノーモービルに拳を叩きつけた。
救助する人間が2人から3人に変わったと認識を改めた隊員は、止められなかったことを後悔しながら小屋の中へと戻っていく。
「行ったか」
その様子を何時からいたのか小屋の上に立つ黒い帽子に黒い皮のマントを纏った1人の女が見ていた。
着ている皮の服、その上にまとっているマントはどことなく古ぼけている上に全て黒一色であったが、束ねて垂らした髪は綺麗な銀色で整った顔立ちはどこか人形を思わせるような風貌だった。
賢悟が消えていった先を見つめる細められた青い目は凍りそうなほど冷たく、見るもの全てを萎縮させてしまうような威圧感を放つ。
周りが白で埋め尽くされている中に黒づくめの格好でいるため、まるで白紙に墨を1滴落としたように目立つものの、外には誰もいるはずがなく注目を集める事もない。
荒れ狂う猛吹雪の中に出てこようと言う者などいるはずはないのだ。
ただ、そんな中に彼女は悠然と立っている。
不思議なことに雪が埋め尽くさんとばかりに吹雪く中で雪や風の影響を受けることなく、彼女を中心に半径一m程の雪が積もらない場所が出来ていた。
「・・・さて、追うとするか」
風に消されるほど小さく呟くと黒い女はその場から瞬間移動でもしたかのように消える。
そして、今までいた場所に押し寄せるように雪が積もっていき、そこに彼女がいたという痕跡は完全に消されていく。
賢悟の乗ったスノーモービルは森の木々の間をすり抜けながら軽快に進んでいた。
だが、それも途中までの話だった。
登っていくにつれて新雪の積もる高さは高くなり、スノーモービルのスピードは徐々に落ちていく。
更に吹雪の勢いは弱まるどころか増す一方で、吹き荒れる猛吹雪はまるで周りが白い壁に囲まれてしまったかのように視界を遮り、そして身を締め付ける様に錯覚するほどの寒さが賢悟を襲う。
「ちくしょう・・・寒いな」
賢悟は震える体で寒さに耐えながら危険を承知でアクセルを強く捻る。
スピードをうまく制御しながら木々の間をスノーモービルの側面を擦りつけてでも先へ進む。
どこにいるんだ、瞬!花梨!
友達を思う意思一つで様々な困難に耐え続ける賢悟。
すると突然、風が急激に強まり、バイク並みの大きさであるスノーモービルは風の影響を諸に受けてしまい、あらぬ方向へとハンドルが取られる。
すかさず賢悟は違う方へと進むスノーモービルを戻そうとハンドルを力一杯傾ける。
だが、その努力も虚しくスノーモービルは進むべき方向とは違う方へと進み、賢悟の目前に大木が迫ってきていた。
「くそっ!まずい!」
間一髪の所で賢悟はスノーモービルから飛び降りる。
彼は雪の中を何度か転がり、直進し続けたスノーモービルは大木に激突すると黒煙を上げてエンジンが止まった。
幸い怪我もなかった賢悟はすぐにスノーモービルへと駆け寄るが、完全に先がひしゃげってしまい使い物になりそうにないほど大破していたため乗り捨てる事を決め、己の足を頼りに前へと進み始める。
スノーモービルという足がなくなり進むスピードが遅くなったどころか、猛吹雪のせいで一歩ずつといえども先へ進むのも困難な状況に陥っていた。
それでも吹雪によろめきながら1歩1歩進み続け、彼の険しい顔からは諦める意思は全く感じ取れない。
「待ってろよ、瞬!花梨!今行くぞ!」
自らに気合いを入れる様に助けを待っているであろう友人の名を強く叫ぶ。
木々に手をかけては引っ張る様に進み、その歩みは決して止まりはしない。
そうやって10分ほど進んだ頃だった。
スノーモービルの時の様に一瞬だけ強い突風が賢悟を襲う。
慌てて彼はバランスを取ろうとしたものの、予想外の風の強さによろめいて新雪に足を取られる。
半ば反射的に彼は近場の木に手を伸ばして立て直そうとするが間に合わず、態勢を崩して頭から木にぶつかるとそのまま木にもたれるように倒れこんだ。
「い、てぇ・・・」
ぶつけた彼の頭からは血が滲みだし、鈍い痛みが彼を襲う。
衝撃で意識は徐々に薄れていき、それに伴って視界も段々と狭まっていく。
体を動かそうにも今までの疲労が現れたのかまるで体中に重りが巻きついているかのように全く動くことはない。
次第にまぶたが完全に閉じていく中で賢悟はここで終ってしまう事を悟り、ボンヤリとした中でもまだ生きることを渇望するがまぶたは完全に閉じられる。
「しゅ、ん・・・か、りん・・・」
二人の姿が瞼の中に浮かぶ。
最後の言葉を呟いた彼は、まるで強烈な睡眠薬でも飲んだかのように意識と体中が眠りにつき始める。
ピクリとも動かなくなった賢悟を捕食するかのように雪はあっという間に積もっていく。
今、正に一人の青年が死に瀕していた。
そこに天の助けか、はたまた死の迎えか、何処からともなく黒い女が現れた。
「ここが限界か、しょうがない・・・」
その場からまるで手品のように消えたかと思うと、次の瞬間、彼女は意識のない賢悟の前へと立っている。
手をかざしてまだ生きてることを確認した彼女は賢悟を持ち上げて肩にかけた。
「さてと」
賢悟の向かっていた方角へと向けてその場から消えてはまた先に、更にその先にと連続で移動していく。
高速で移動し続け、やがて森を抜けるとそこは開けた平原のような場所だった。
開けた場所に来ると尚更、吹雪の体感する威力は増す。
何しろ、木で遮られた森とは違い、四方八方から殺人的な吹雪が襲いかかるのだ。
仮に賢悟がここまでたどり着いたとしても、この平原を抜けるのは無理だっただろう。
そんな中を彼女はまるで何事もないかのように平然と、それも吹雪が吹き荒れる平原のど真ん中を消えながら移動し続ける。
消えては移動し、移動しては消え。
何度目かの移動をした時、彼女は移動をやめて周囲をうかがうように止まった。
「あれか」
彼女の目の中には白一色でしかない周りの風景の中にオレンジ色の小さい明りが映っていた。
目的地を見つけたと確信した彼女はすぐさまそこに向かって移動し始める。
進むにつれて徐々に大きくなっていく明りは揺らめきを帯びていき、焚火の明りだとわかるのにそう時間はかからなかった。
焚火は岩壁をくり抜いたように出来た洞窟の中で焚かれ、時折洞窟内に入ってくる吹雪の勢いによって消えかける寸前だった。
彼女は続けざまに移動し続け、ようやう洞窟内へとたどり着く。
肩にかけていた賢悟を火の側におろすと、その周りの先客へと目を向ける。
焚火を囲みながら寒さに震え、グッタリと横たわるスキーウェアを来た男女のペアだ。
うつ伏せになっているため二人とも顔は見えないが、横たわる男を視界に捉えた彼女は途端に心臓が大きく飛び跳ねた様な錯覚を覚える。
それほど、彼女の鼓動は早くなっていた。
落ち着け、確認するのが先だ、落ち着け・・・。
ざわついた心の中を静めながら彼女は恐る恐る、だがゆっくりと彼女は男に手を伸ばす。
「・・・ど、どなたです・・・か?」
突然の声に彼女の手は止まり、今の声が頭の中に響き渡っていた。
この、声だ・・・。
今更、凍りつかせる吹雪の影響を受けたかのように彼女はその場で固まった。
「き、救助の方ですか?」
返事がない事で男は弱々しい声でもう一度問う。
その声に慌てた彼女は止めた手を動かし、男を仰向けに起こした。
男は息も絶え絶えだだったが安心からか苦しいながらも笑顔を浮かべる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・会いたかった
その表情を女が見た瞬間、彼女の中で色々な感情が激しく渦巻く。
反応が無いのを不思議に思っていた男はの前で、彼女の目から一筋の涙が頬を伝って零れ落ち、それを皮きりに両の目から大量の涙がこぼれ落ちては地面へと吸い込まれていく。
そして感情のまるで感じ取れなかった人形を思わせる無表情は簡単に崩れ落ち、横たわった男の体に抱きつくと声を上げて泣き続ける。
「うわぁぁぁああああああああああああああああああ!」
「い、一体どうしたんだ?・・・う~ん」
突然の事態だが、意識がはっきりしない男にはどうしたらいいかわからない。
とりあえず彼女が泣きやむのを待とうとまるで小さい子供をあやすように頭を何度も軽く撫でた。
その多少冷たいながらも不思議と温かみを感じる手で優しく頭をなでられているのに気付いた彼女。
美人が台無し程、泣いてグシャグシャになった顔を上げると、微笑みながら見ている男と目が合う。
途端に彼女の中で更に積もった感情が暴走したかのように荒れ狂い、男の体を強く抱きしめて先ほどより一層大きく泣き始める。
「え、え~と?」
泣き止んでくれるどころか更にヒートアップしてしまったのに男は更に困惑しながらも、手は休めることなく彼女の頭をなで続けた。
一体、何時からこうしていたのだろうか?
そう男が思うほど時は立ち、ようやくスッキリしたのか胸の中の彼女の泣き声は吹雪の音にかき消されてしまうほど小さい。
泣いている間ずっと抱きついていた男から離れ、彼女は立ち上がって後ろを向いた。
まだ小さく泣きながらも涙を服の裾で拭いとり、まるで精神集中でも行うかのように深く深呼吸を続けて、女の表情はまた元の硬い無表情へと戻っていく。
「???」
何が何だか分からない男はとりあえず、この間に泥の沼に浸かっているかのような重い体を起こし、岩壁にもたれかかったところで気が静まった女もちょうど男に向き直る。
すぐに女は口を開いてしゃべろうとしたものの、男の前でいきなり大泣きしてしまった手前、赤面し咳ばらいをしながら切り出せずに困っているようだ、
するとそれを察したのか男が先に口を開いた。
「あの、あなたは一体?その格好からしても救助・・・ではないですよね?もしかして、僕らと同じように遭難されたんですか?」
男は多少失礼とは思いながらも彼女の姿を上から下まで見てみる。
だが、やはり全身黒づくめでどこか中世の旅人を連想させるような服装はこの吹雪が吹き荒れる雪山では場違いに感じる。
そもそも、そんな格好ではあっという間に凍死してしまうはずなのだが・・・。
「地元の猟師の方、とか?」
「両方とも違う、私は・・・『旅人』だ。それもここに来たのは旅のためではない。お前に用があるからだ」
「僕に、ですか?」
「ああ、そうだ・・・な」
二人の目が合うとさっきの泣いてしまったのが恥ずかしいのか、彼女はすぐに目を伏せてしまう。
その際に下に寝ている二人に目がいき、男もそれに釣られていつの間にかもう一人増えているのに気づく。
「え?なんで賢悟がここに?」
「彼は一度無事に下山してきたが、救助が悪天候のせいで出来ないと聞くとお前達の方に向かって飛び出していった。私は彼の後をついていくことでここにたどり着けたが、彼は途中で力尽き、私がここまで運んでやった。心配ない、命に別状はない」
「そうですか、賢悟の奴、助かったのにまた飛び込んでくるなんて・・・。助けていただいてどうもありがとうございました」
男は壁にもたれながら器用に礼儀正しく深いお礼をすると、彼女は横を向きながら答えた。
「気にしなくていい、私も彼に助けられてここに来たわけだからな。それより、話を戻そう」
「えっと、僕に用があるとか?心当たりはないのでよくは分かりませんが・・・?」
すると彼女は一度目を閉じて深く呼吸を続ける。
全てはこのために・・・。
大きく息を吸い込み、意を決したかのように目を見開いた彼女は男へと言い放った。
「雨堂 瞬、お前に『旅人』になってもらいたい」
初投稿なので色々とおかしい表現や誤字があるかもしれませんがご容赦ください。