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転生エルフの異世界奇譚  作者: 黒乃優
2/2

目が覚めると.......

『転生者、東堂薫(とうどうかおる)。これより転生を開始します』

 何も見えず、何も聞こえない。

 ぴくりとも身体を動かす事も出来ず、唯一感じ取れるのは深い水の底へ沈んで行く様な感覚。

 その中で僕が聞いたのは、まるで機械が話している様な、脳や精神に直接語りかけて来る妙な声。

『――失敗。問題発生、原因の究明を開始』

 男性とも女性とも取れる、そして年老いている様にも子供の様にも聞こえる異質な声が僕の中に響く。

 ――なんですか........これ? 夢?

 なんとも現実味の無い状況に何かしらの答えを出すならば、これだろう。

 記憶を辿ってみても、最後はあの物置部屋で眠ろうとしていた所で終わっているから、夢と考えるのが一番しっくりくる。むしろそれ以外考えられない。

『――失敗。原因不明、転生者の処置を優先します』

 それにしても、なんだろうか。さっきから随分と失礼な事を言われている気がする。

 ――なんだか僕が死んだみたいな口振りですね。

 思わず抗議の言葉を口にしそうになるが、声は出なかった。

 身体の自由が全く効かないのだ。当然、口を開く事は出来ない。

 もっと言えば、水に沈んでいる様な感覚も言葉通り感覚的なもので、水の冷たさや水圧も感じない。更には光も音も匂いも無ければ、感触すら無いのだ。

 例えるなら、五感全てが消失した様な――若しくは肉体そのものを失った様な気分だ。

 なんとも気持ちが悪く、不安になる夢。

 ――いや、やめましょうか。考えるのは。

 全てを失った様な喪失感は消えないし、妙に不安感があるのは変わらないが、所詮は夢だ。

 眠りから覚めればそれまでで、いずれは忘れてしまうだけのもの。そんな事に気を回せる程僕は暇ではない。

『転生先の肉体、蘇生完了。再生、完了。知恵と知識、肉体の知識の一部、前世の記憶を残す事で対応――成功』

 もうこの謎の声についても考え無い。考えるだけ無駄だ。

 幸いと言えば良いのかは分からないが、夢の中で夢と気付く事が出来た。こういう場合はだいたい自分の意思で目覚める事が出来たりする。

 そう考え、僕は考える事をやめて意識を現実に戻す事へ集中させた。

『全ての処置が完了。これより転生を開始します』

 そうすると、謎の声のその言葉を最後に、最初に感じていた水の底へ沈む様な感覚が一気に加速していった。

 まるで僕の意識を急激に融解させるように、又は抗えない力に引きずり込まれる様に――僕の意識は現実へと戻されて行った。


 ◇


 硬い、冷たい、痛い。

 覚醒しかけた意識の中で、まず僕の五感を刺激した感覚はそれだった。

 身体の背面に触れてる部分が妙に硬くゴツゴツしていて、冷たい。まるで地面の上で寝ているみたいだ。

 だが、これはおかしい。

 確かに僕はそれなりに酷い環境で眠ってはいたが、いくらなんでも地面の上で――屋外で眠りについた記憶なんてない。

「........へ?」

 流石に妙に感じ、意識を完全に覚醒させる。そして、やや重い瞼を開いた僕の目に映った物に一瞬、言葉を失ってしまった。

「えーっと........これは........空、ですね」

 そこにあったのは、見慣れた物置部屋の天井でも埃だらけの壁でもなく、空。

 雲一つない、どこまでも青く透き通った、今までの人生でも指折りで綺麗な晴れ晴れとした快晴の青空。

 どうやら僕は、眠っている間に外へ移動していたらしい。

「やれやれ........一体どんな寝相してるんですか僕は........っと........あれ?」

 やや混乱しそうな頭を落ち着ける為に軽い冗談を言いながら起き上がろうとした時だ。

 少し整理しかけてた頭の中を、更に混乱させそうな違和感に気付いてしまった。

「なんですか........これ?」

 起き上がろうとする僕の動きに合わせて、何かが揺れた。

 正確に言うと、首元と胸の辺りで。

 直ぐにその違和感の正体を確かめる為に手で触れてみると、首元のそれが何なのかは直ぐに分かった。

 髪だ。

 綺麗な淡い金色をした、手触り抜群のサラサラの髪。

 そしてもう一つ、胸の違和感の正体に気付くのにもそう時間はかからなかった。

 触った感覚をどう表現すれば良いかは分からないが、それでも何かしら言葉にするなら、柔らかい。

 柔らかい膨らみが、胸に二つ。

 こんなもの、わざわざ記憶を掘り起こす必要も無いぐらいよく知ってるもの――所謂、おっぱいだ。

 だけど、これもおかしい。全てがおかしい。

 記憶が確かなら僕の髪色は黒だ。染めてもないし、長さも耳にかかるかどうかぐらいの長さだったはず。

 それに何より、僕の性別は男だ。

 十八年の人生において、女だった時期は一秒たりともない。

 一応の確認として股間部分に触れてはみたが、やはりそこには何も無かった。完全に女の子の身体だ。

「訳が分からないを通り越してますね........寝てる間に外に移動してて、しかも何故か見た目と性別が変わってた? ........しかもここ、日本じゃないですよね?」

 どうやら訳が分からない事が度を超えると逆に冷静になれるらしい。

 妙に落ち着いた頭で改めて周囲の状況を確認してみると、そこには僕の知る現代日本の姿は無かった。

 石畳の街道に、煉瓦と木造の建物。日本の町並みでは当たり前の様に見られるアスファルトやコンクリート、機械の類は一切存在しない。

 例えるなら、絵画に描かれた中世ヨーロッパの様な街並み――それがどういう訳か、ことごとく無惨に破壊されている。

「酷い有様ですね。戦争でもあったんですか?」

 廃屋が建ち並ぶゴーストタウンを歩き、そんな感想を口にする。

 情報収集の為に動いてはみたが、今の所特にめぼしいものは無い。

 あるものと言えば、壊れた建造物にひび割れた地面、散らばった瓦礫ぐらいのものだ。当然ながら、人間の影すら見えない。

「........」

 暫く無言で考えながら、そしてある場所で足を止める。

 そこは元は恐らく服飾店だったであろう場所。

「........完全に女の子ですね」

 店頭に設置された、亀裂の入ったショーウィンドウ。そのガラスに写る、恐らく自分であろう姿を見て独り言つ。

 背中まで伸びた淡い金色の髪に、垂れ気味な淡い緑色の目。

 身長は元よりやや低く、青白かった肌は綺麗な色白と呼べる肌色になっていて、やせ細っていた身体も肉付きの良い健康的な見た目になっている。

 服装がボロ切れ一枚羽織っただけなのと、耳が何故か斜め上に向かって長くて尖ってるのが気になるが、美少女と呼んで差し支えの無い見た目の少女がそこにいた。

 何度も言うが、これは僕の知ってる自分の姿では無い。

 けれど、試しにガラスの前で動いてみれば向こうの少女も同じ動きをしているし、頬を抓ればしっかり痛い。

「........夢でも無いし、これが今の僕の姿って事ですか」

 正直言うと、自分に何が起きたのか、この状況が何なのかの答えはほとんど目星が付いている。それも結構前から。

 ただ、それを認めたくなくて、その可能性を否定する材料が欲しくて、無駄に動き回っていたのだけど――どうやらそれも厳しくなってきたみたいだ。

 色んなものを見れば見る程、これが現実であると自覚させられるのだから。

 ――これはつまり........そういう事ですよね........。

 考えてみれば、目が覚める前からおかしな事は起きていた。

 あの時は夢だと思っていたけど、あれが夢では無く実際に起きていた事だと考えれば、びっくりするぐらい簡単に答えにたどり着くのだ。

 なにせ答えそのものを教えてくれていたのだから。

「転生者、東堂薫........でしたっけ? つまり僕は死んで、何かの不具合でこの姿でこの場所に転生........生まれ変わったって事ですか」

 つまりは、そういう事だ。

 何とも受け入れ難く、救いの無い結末を迎えた訳だ。僕――と言うより、前世の東堂薫(ぼく)は。

 ――どう言葉にすればいいんでしょうね........この気持ちは。

 本当に、何とも言えない気分だ。

 悲しい訳でも悔しい訳でも無い。ただ、色んな感情がぐちゃぐちゃと渦巻いてとても気分が悪い。

 もう何をしても無駄。

 もう何を考えても無駄。

 もう何を言っても無駄。

 起きた事は何をどうしようが変わらないし、時間を戻せる訳でも無い。

 そんな事は分かってる。

 分かりきった事だけど――それでも一つだけ言わせて欲しい。

「いくらなんでも.......これは無いでしょうよ.......」

 ただただ必死になってたあの三年間。

 無情な程にあっさりと、なんの価値も意味も無く水の泡になってしまったあの時間。

 それを思い出しながら、何ともやるせない気持ちを吐露する様に吐き出した僕の言葉は、誰の耳にも届く事無く廃墟と化した街の中へと消えていった。

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