プロローグ
十一月十日、午前零時零分零秒。
狭く薄暗い部屋で日付が変わった事を確認し、彼は頬を緩めた。
今日は特別な日。
今日この日は、彼が――東堂薫がこの世に生まれ、丁度十八年目を向かえる日。つまり、十八歳の誕生日だ。
別に彼は今日が誕生日だからこの日が来た事を喜んだ訳では無い。
ただ、決めていたのだ。
何年も前から今日この日を、自分の人生において最も特別で意味のある日にすると。
彼の人生は決して幸福なものではなかった。むしろこの現代日本においてなかなか類を見ない程に悲惨なもの。
真新しい生傷と痛々しい痣に、消えなくなった無数の傷跡。十八の男性とは思えない程小さくやせ細った身体に、生気の感じられない蒼白い顔。
これを見るだけでも、彼が一体どんな人生を歩んできたのかある程度想像が着くのでは無いだろうか。
何度痛みで気を失ったか分からない。
何度空腹で倒れたか分からない。
何度助けを懇願したか分からない。
冗談や比喩では無く、本当の意味で死にかけた事も一度や二度ではなかった。
そんな人生を送り、そして変えたいと考えたのは三年前。
この苦しみばかりの人生から逃げ出し、自分の為に生きようと、自分の手で幸福を得ようと決意し、三年。
学校にも行かず三年間死に物狂いで働きお金を貯め、必要な知識を身に付ける為に独学で勉強に励み、準備を進めてきた。
そうして全ての準備を整え、向かえたこの日。
何年も前から決めていた事だ。
行動を起こすなら十八歳の誕生日、その日にしようと。
今日は特別な日だ。
痛くて、苦しくて、悲しくて、ただただ辛かった。
幸福なんて概念を知る事すら出来なかった人生を終わらせ、新しい自分として新しい人生を始める転機となる日。
今日は特別な日。
そうなると信じて――薫は人生最後となる眠りについた。