ヨルムンガンド再び
たった数か月だというのに、妙に懐かしい感覚を感じながら歩いていく。
大地の裂け目から近いだけあって、既にかなり似た雰囲気の景色が広がっている。というよりも、大地の裂け目はかなり広大に広がっているようで、この場所も大地の裂け目に入るようだ。
ヨルムンガンドがいる場所までは、ミストライフの拠点を出た場所から2時間程歩くとフィオンは言っていた。
道中、数回程霧魔獣との戦闘があったが、フィオンがサクッと処理してしまい出番が一切ない。1度手伝おうとしたが「ヨルムンガンドとの戦闘はラクリィ主体で行うから、今は余計な体力は使わなくていい」と言われた。実際、フィオンはこちらに対して攻撃してくる霧魔獣をほぼ動かずに迎撃している。実に手慣れたものだ。
そんな調子でヨルムンガンドがいる場所まであと少しというところまできた。
「今日の戦闘は、俺が主体と言っていたが、何か具体的な作戦はあるか?」
「んー、作戦と呼べる程のものは特に考えていないが、とりあえず体力を削る。ただ、その間にもラクリィには有効部位への攻撃を行ってもらう」
有効部位というのは額にあると思われる核のことを指しているのだろう。
「まあ、奴が消耗するまでは有効な1撃は入らないと思うが、なるべくヘイトを稼いで攻撃を集めろ。今回の目的はあくまでも霧化を完璧なものにすることだからな」
「わかった。制限時間は?」
俺達、正確にはミストライフのメンバーは言わば4国共通のお尋ね者だ。あまり戦闘を長引かせ気付かれることは避けなければならない。こういった外での行動には、霧という要素以外にも制限時間がある。
「そうだな・・・・・・長くても3時間といったところか。それ以上はリスクがあるから霧化が出来るようになってなくても倒して帰るぞ」
ただ帰るのではなく、倒して帰るというあたりフィオンにはかなり余裕があるように感じる。
「何か他に要望があれば聞くが?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか。なら行こうか、あと少しだ」
やるべきことも明確になったので、後は気を引き締めて挑むだけだ。
――――――――――
忘れようもない巨体、それが既に目に映っていた。
「準備はいいかラクリィ」
「ああ、いつでもいける」
ヨルムンガンドにはまだ気づかれていない。と、なると先制攻撃だ。もちろんヘイトを買わなければならないので俺がやるのが最適だろう。
「なに、援護は完璧にやってやるから気負わずやれ。狙うのは額だぞ」
本当に頼もしい奴だ。フィオンがいて、こう言われるだけで何も心配がいらないように感じられる。
俺は静かに剣を抜き構える。狙うは額、恐らく攻撃が届く前に気付かれるので、あらかじめ回避を前提とした攻撃を行うようにイメージをして。
「ふっ!」
ここで変則的な動きをする必要はないので一直線に突撃する。
後5秒もすれば攻撃が届くというところで、ヨルムンガンドがその頭を唐突に上げた。予想していたよりも気付かれるのが早い。
もちろん驚いて動きが遅くなってくれるような相手ではない。顔がこちらに向いた瞬間に毒液が飛んでくる。
流石にこのまま直進するわけにもいかないので、1度横に転がり毒液を回避してから地面を蹴り一気に距離をつめる。
そのまま跳ぼうとしたところで、ヨルムンガンドは擡げた頭を叩きつけてくる。咄嗟に前に跳ぼうとしていたのを、後ろに切り替えて回避する。
勢いが途切れてしまったのでこれ以上の追撃は無理だった。一旦立て直すために距離を取る。
「ったく・・・・・・相変わらず危ない攻撃ばかり」
「なんだ? 怖気付いたか?」
「まさか。それにフィオンも援護してくれるんだろう?」
「ふふ、頼もしいだろう? ラクリィは当面は霧化のことだけ集中していればいい。焦って倒してしまうこともないだろう」
歳に反比例した見た目のフィオンは、同じ戦場に立つと本当に大きく感じる。
俺は言われた通り、全身を霧化させることをイメージする。すると、前に訓練したときには感じなかった不思議な感覚を感じた。
なんだ・・・・・・まるで水の中にでも入ったようなこの感覚。これは、霧の影響か?
「どうした? 何か掴んだか?」
「――――――掴んだ、というほどではないが。出来そうな気は、する」
「そうか。なら後は試してみるだけだな」
この感覚を確かなものにすれば、俺は今よりも1段階上に行ける確信があった。
「ふー。行くぞ」
ヨルムンガンドに言ったのかフィオンに言ったのか。それとも自分に言ったのかは、自分自身でもわからないが、何かを変えるため一言になったのは間違いない。
俺の接近を見て、ヨルムンガンドは毒液を吐き出してくる。俺は体を溶かしつつ前に進むことをイメージして踏み込む。
だが、結果は何も起こらなかった。
迫る毒液。強く踏み込んだせいで回避行動がとれない。
冷や汗が出る。しかし蒼い髪が見えたと思ったら、フィオンが素早く俺と毒液の間に割り込んできて正面に大きな壁を形成する。
「言っただろ、完璧に援護してやると。さ、何度でも行ってこい!」
誰よりも頼もしい仲間に鼓舞され、俺は何も迷わず戦えそうだった。