アロマが望んだこと
グラムの治癒能力は万能ではない。自然回復力を高めるというのは、あくまでの対象の肉体に依存しているためいつかは限界が来る。
今も尚傷を負うフィオンは、見た目からすればそこまで多くの傷を負っているようには見えない。しかしながら、あくまでも見た目だけであり、実際にはすでに満身創痍を言ってよかった。
酷い吐き気と身体の怠さ、頭痛に眩暈などあらゆる不調がフィオンに襲い掛かっているが、その顔には苦痛の表情はない。
何故そこまでして立っていられるかと問われればフィオンはこう答えるだろう。私なんかよりも深い傷を負った最愛の人が目の前にいるからだ、と。
今までどんなに過酷な状況でも折れる気配すらなかったラクリィの心は、大切な人を失った瞬間にあっさりと折れてしまった。
それだけラクリィがアロマという人物を大切に想っていたかが分かる。
恋愛感情ではないにせよ、家族のような、限りなく近い存在としてアロマを認識していたのだ。
救えるのはフィオンしかいない。だったら例えその身が朽ちようともフィオンが止まることはない。
「届け・・・・・・あと少し・・・・・・」
フィオンは必死にラクリィへと手を伸ばす。マフラーで身体を引き寄せないのは、単純に異能を使えるほど身体に余裕がないからだ。
気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな霧の中、フィオンの伸ばした手がラクリィに触れる。
服を掴んで放してなるものかと無理やりに身体を引き寄せてラクリィに抱き着いた。
「ラクリィ、もういいんだ。敵はいなくなった」
諭すようなことを言ってみたが、ラクリィに反応はない。
「仲間達まで傷つけてなんになる。戻ってこい」
仲間のことを言うと一瞬反応を示したが、結局何も変わることはない。
本当に心を閉ざしてしまったのだろうか・・・・・・仲間を大切にしているラクリィならば、そんなことは絶対に望まない。
「なぁ、ラクリィ・・・・・・アロマが望んだのは、こんなことじゃないはずだ」
周囲の状況が嘘のように優しい声色のフィオンがそう言うと、ラクリィから流れる霧の本流が同様しているかのように大きく乱れる。
「アロマは心からお前の幸せを願った。私がラクリィに愛しているという気持ちを伝えると言った時でも、お前が幸せになれるのならばと・・・・・・それはアロマの願いだ。心に蓋をして、仲間達すらも傷つけようとする今のお前は、その先に幸せを見出すことはできるのか? 私はそうは思わない」
「あ、ろま・・・・・・」
ラクリィが微かに声を発したかと思うと、周囲に展開された霧が消え去り嵐も収まった。
「私は、誓ったんだ、お前を幸せにすると。何が何でも、必ず幸せにすると。アロマからも託された。だから・・・・・・」
フィオンは嗚咽を漏らし始めながらも言葉を紡ぐ。
「戻ってくれ! いつものラクリィに! 悲しいのは理解している、辛いのも、憎いのも! でも私は、そんな感情に支配されて心を閉ざしたラクリィは見たくない! 今ここでお前まで失ったら・・・・・・私はもう、生きていけない!!!」
涙で顔を腫らし、祈るように、懇願するようにフィオンは叫ぶ。
自身の心もひび割れているのにも関わらずラクリィの心に寄り添い合おうとするフィオンの叫びは、硬く閉ざされたかに見えた心の蓋を少しずつ溶かしていき、ラクリィの心に響き渡った。
一方的に抱きしめていたフィオンの身体にラクリィの腕が回り力がこもる。
「フィオン、俺は・・・・・・」
「ラクリィ!」
掠れるように出ていた呻き声のような言葉から、はっきりとしたものに戻り、虚空を見つめていた瞳には光と涙が浮かんでいた。
「辛いんだ。アロマを失って、なんのために戦ってきたのかが分からなくなった。後悔と悲しみ、自身への嫌悪感でどうしたらいいのかがもう、分からないんだ・・・・・・」
今まで一度も零したことのないラクリィの弱音。それはあまりにも痛々しく、聞く者にも悲しみを与える程のもの。
フィオンの心にも深く突き刺さる。ずっと目を逸らしていた部分でもあり、自身のせいでラクリィが隠していたことだとはっきりと分かった。
「アロマはメリユースで孤独だった俺にとって、家族のような存在だったんだ。再会した時守れなかったと涙を流していた。でも、守られてたんだ・・・・・・アロマは俺の心を守ってくれていた」
「アロマはいつだってお前のことを想っていた」
「なあフィオン、俺は皆が思う程強い奴じゃない。だからさ、少しだけでいいんだ・・・・・・俺に整理する時間をくれないか?」
「当たり前だ。いつでも傍にいるから安心しろ」
「ありがとうフィオン。俺も、愛して・・・・・・」
そこでラクリィは意識を失った。
精神的にも肉体的にもボロボロだったのだ、仕方ないだろう。
フィオンは限界が近い身体に鞭を打ってラクリィをファーニーの元まで運んでいく。2人の会話を聞いて少しは落ち着いたミシェ達もその場に向かった。
アロマの遺体はこれ以上傷がつかないようにフィオンが魔法で冷却し、絶対に拠点まで運ぶという意志を見せる。
ラクリィを支える役目はトアンが担い、フィオンは休ませてミシェとイルミアでファーニーの上から落ちぬようにアロマを支えた。
深い傷を残した今回の一件。ハクラが辿り着いてしまったという厄介事もあるが、今はただ心を休ませるのが最優先だった。
VRくん「何とかラクリィは戻ってくれたな」
VRちゃん「今までは零さなかった弱音がここで……心に来るわね」
VRくん「本当に何かいいことがあってもいいと思うんだが……」
VRちゃん「何かあるといいわね、最後の日を迎える前に。 さて次回! 『拠点では』 お楽しみに~」
作者「ちなみに次回から新章で~す」