暴走
叫び声を上げたラクリィは、その後に何の脈絡もなく突然立ち上がった。
「これなのか? 貴様が見たかったものは」
目の焦点はあっておらず虚空を見つめているラクリィの様子を見て、シェダはハクラに問うた。
まるで今のラクリィがどういう状態にあるのかを知っているかのような口振り、しかしそれを疑問視していられる程精神的余裕は、ミストライフの面々には無かった。
対照的にハクラの表情は、何かいいものでも見つけたかのように輝いている。
「そう! これが見たかったんだ! 霧魔の民の暴走状態、これに入れそうな霧魔の民はラクリィとその父親くらいだったからね」
「心を砕くと見れると言っていたな」
「霧魔の民は閉鎖的に生きてるせいで失うと心が砕けるような存在がいないからね。お陰でこんな回りくどいことをする羽目になったよ。さて、くるよ・・・・・・」
相変わらず楽しそうな表情は崩さないハクラだが、それとは裏腹に臨戦態勢に入っている。
その理由は暴走状態にあるというラクリィだ。
今もなお目に見えて増大している霧の本流。本来ならばこのように流れは見ることはできないのだが、あり得ない程の霧を制御し操っているからこそ見えている。
ラクリィ自身は分かってやっている訳ではない。というよりも、今のラクリィは完全に無意識の状態になっているので、半ば本能で動いているようなものだ。
「悪いが、俺はここで退かせてもらう。協力するのはここまでだ」
「そう? 分かった。じゃあしばらくは私が引き付けるからその間にどうぞ」
シェダは早々にその場を立ち去ろうとする。
そこに向けて霧の波が押し寄せた。
飲み込まれればどうなるかは分からない。しかしシェダは振り返ることもせずに歩いて行く。
「君の相手は私だよ」
シェダを襲う霧の波を防ぐようにハクラが割って入る。
波に飲まれる前に手を横に薙ぐと、そこに霧の壁が生成された。それが波を押し留める。
「ありゃ? これはまずいかも」
ハクラは冷や汗を流しながら一歩後退して再び霧の壁を作る。
何故そうしたのか、それはラクリィが放つ霧の波がハクラの壁を分解しつつあったからだ。
「予想外だね。包まなくても触れるだけで分解させてくるとか反則」
本来の霧分解は、対象を自身の霧で包んで圧し潰すような感覚で効果を発揮する。
しかし今のラクリィが放つ霧は、そんな手順は踏まずとも触れるだけで分解させることが出来るという、恐ろしい特性を秘めていた。
二つ目の壁も時期に分解されるとハクラは悟り、霧化での回避を図る。
ハクラの身体が霧となり、移動を始めようとした時だった。ラクリィを中心にとてつもない範囲に霧が撒き散らされて、霧化が解除される。
「距離長すぎだってば・・・・・・」
ハクラは仕方なく霧で足場を作り、その上を移動する。
空中でも足場を作るのは問題ないので、霧の波を飛ぶ超えるようにやり過ごした。
十分に時間は稼げていた為シェダの姿はもうどこにもない。
「それじゃ、こっちからもいくよ」
ハクラは恐れを知らないようで、ラクリィに接近していく。
まずは小手調べとばかりに霧の塊を放つが、ラクリィは何の素振りをすることもなくそれを打ち消す。
流石にダメかとハクラは三十程の霧の塊を飛ばした。
飛来する霧の悉くが打ち消されていくが、いくつかの塊が残った。
それはラクリィの身体に直撃したかと思うと吸い込まれるようにラクリィの中に消えていった。
「もう何でもありだね・・・・・・こりゃ勝てないわ」
一連のやり取りで殆どの攻撃は無力化されるとハクラは悟る。
試しに霧の理で十の剣を飛ばしたが、言霊をかき消されたのか、ラクリィに当たっても何の効果も及ぼさなかった。
ここまでの戦いでラクリィは何の素振りも見せなかったが、遂に動き出す。
右手がゆっくりと持ち上げられて、手の平がハクラに向いた。
「なんかやばそう」
直感的にそう感じてハクラは全力で回避行動を取る。
次の瞬間、手に平の射線上に嵐のような霧が吹き荒れ、その先にあった木々にぶつかる。
その結果は、巻き込まれた木々草花が跡形もなく消滅するというものだった。
あり得ない程の分解の速さ。もしハクラが食らっていれば、同じく消滅させられていたところだ。
「あー、これは今の私にはどうしようもない。うん、また今度にしよう」
戦慄すら覚える光景にハクラは即座に撤退することを決めた。
「神に至ったらまた相手してあげる。それまではお別れだ」
そこからの行動は早かった。
ラクリィが見せた霧を嵐のように飛ばすのを応用して足元から霧を放ちハクラはとてつもない速度で去って行く。
あっという間に姿が見えなくなり、その場にはラクリィと、アロマの死と目の前の光景に立ち尽くすしかないミストライフのメンバーだけが残る。
敵はいなくなった。しかしラクリィの暴走は収まっていない。
全てを消滅させる霧が、辺りに漂い始めて、その場には悪夢が訪れようとしていた。
止めることのできる者はいない。ラクリィの意識を取り戻すことが出来ないのならば。
VRくん「強い、強いけど……」
VRちゃん「悲しみのあまり我を忘れてるわね」
VRくん「仕方ないだろ。アロマに対して恋愛感情は持ってなかったが、それでも大切な人だったんだ」
VRちゃん「そうね……でもこのままじゃフィオン達まで危ないわよ」
VRくん「頼むラクリィ、正気に戻ってくれ!」
VRちゃん「立ち尽くしたままのフィオン達はどうするのかしら? さて次回! 『託されたもの』 お楽しみに~」