特別な感情
今朝、食堂で話していた内容が、フィオンは頭から離れずにいた。
自分がどうしてあそこまで頑なに否定したのか、その確固たる理由については分からない。だが、キャロルとラクリィがそういった関係になると考えると、言いようもない感情が湧いてきて、結果的に言葉足らずなまま否定してしまった。
「フィオン、入っても大丈夫ですか?」
「キャロル? ああ、別に構わないぞ」
昨晩フィオンがラクリィの部屋を訪ねたように、今日はキャロルがフィオンの部屋に訪ねてきた。
「どうした、こんな夜遅くに」
「ごめんなさい。ですが、どうしてもあなたと話しておきたいことがあったので」
一体どんな話だろうか・・・・・・? 普通に考えれば今朝の話だが、キャロルは諦めたようにも見えたので、今更説得しようとは考えていないと思うのだが・・・・・・
キャロルが跡継ぎを欲しているのは理解できる。その必要があるのも、キャロルがラクリィならば自分も後悔しないと思っているのも分かるのだが、何でか知らないが嫌だったのだ。
勿論、友人としてキャロルには幸せになってほしいという気持ちもあるし、最終的に決めるのはラクリィなので、自分が必要以上の口出しをする資格はないとも分かっている。
しかし、湧き上がるこの感情が、その辺の理性を置き去りにして言葉を出させるのだ。
「話しておきたいこととは?」
「そうですね・・・・・・これは大切な友人としての助言とでも言いましょうか、あなたと、そしてラクリィさんを想っての話です」
「ふむ。とりあえず聞こう」
キャロルは私と並ぶようにベッドの上に座り、こちらを見つめる。
「フィオン、あなたはこのままでいいのですか?」
「・・・・・・どういうことだ?」
「このまま、世界を変えて、ラクリィさんとの別れを今のまま迎えていいのですか?」
「それは・・・・・・」
実はフィオンはキャロルにだけ霧を消し去った時のことを話していた。
世界から霧を消し去った時、霧魔の民は、ラクリィは死んでしまう。自分1人で抱え込むには酷なその内容を、キャロルという古く信頼している友にだけは話していたのだ。
資料の解析が終了し、全てを終わらせる準備が整ってから、フィオンの胸の内にはそのことが常に浮かんでいた。
「ねぇフィオン。あなたは、もう少し自分の幸せについて考えてもいいと思いますよ? あなたは幼少の頃から常に厳しい環境にあり、本当の幸せを感じる機会というのは殆どなかったはずです」
「そんなことは・・・・・・」
「ありますよ。国の為と思い自身の能力を存分に発揮し、裏切られてからは世界の為に戦って。未だに心が壊れていないのは、あなた自身の強さと、仲間に恵まれたからでしょうが・・・・・・あなたは自身のことは二の次にしています」
「・・・・・・」
「もう少し、自身の心と向かい合ってみては如何ですか?」
諭すようにも、説教するようにも聞こえるキャロルの言葉。それはどちらの意味だとしても、優しさに満ちた、心から友人を想っての言葉だった。
フィオンもキャロルの言うことに強く反論できない。考えてみるまでもなく、フィオンは自身のこと、幸せになるということについては考えたことすらなかった。
いつだって誰かの為、仲間の為に行動してきた結果が、今のフィオンという人を形作っており、急にそれ以外に目を向けるのは、自身ではどうしようもないことだった。
「・・・・・・私の、幸せとは何なのだろうな・・・・・・」
分からない。幸せとは何なのだろうか。
曖昧な表現、その答えを自分で出すのは、今のフィオンには難しすぎることだ。
キャロルはそれを分かって、フィオンの中にある小さな気持ちにも敏感に気付いたからこそ」、ここに来たのだ。
気付いたのは全くの偶然。もしキャロルが今朝、あんな話をしていなけでば、最後のその時まで気が付くことは出来なかっただろう。
その答えを、キャロルは口にする。
「ラクリィさんのことが、好きなのでしょう? 愛しているという、特別な感情を抱いているのでしょう?」
「私が、ラクリィを・・・・・・?」
「あなた自身に余裕が無いせいで気が付かなかったのかもしれませんね。あなたはラクリィさんに対して、信頼できる仲間以上の感情を抱いています」
それこそがフィオンが上手く言葉に出来ないながらも、キャロルとラクリィが特別な関係になることを否定した理由。
無意識にラクリィという人物をフィオンが欲していたからこそのことだ。
「友人からの助言です。素直になりなさい、気持ちを隠すのはやめなさい。ここで立ち止まっていては必ず後悔しますよ? 欲しいのならば、気持ちを伝えて手に入れなさい。そしてフィオン、残された時間は少なくとも、幸せになりなさい」
「キャロル・・・・・・」
言われれば簡単なことだった。
それはもう惹かれているというレベルの話ではなく、フィオンは確かにラクリィを愛しているといっていい。
ラクリィという人物に人柄や志、容姿についても優秀なラクリィにフィオンが惚れないはずもない。
大事な場面ではいつだって隣に立っていたのがラクリィなのも間違いはなかった。
「これが、愛しているということなのか・・・・・・」
胸に手を置きながら顔を赤らめているフィオンを、キャロルは柔らかい笑みで眺めていた。
VRくん「キャロルはどこまでもいい奴だな」
VRちゃん「気持ちに気付いたフィオンはどうするのかしらね?」
VRくん「キャロルの後押しもあったし、気持ちを伝えて欲しいな」
VRちゃん「そうね……フィオンはこれまでも頑張ってきたし報われて良いと思うわ。 さて次回! 『素直な気持ち』 お楽しみに~」