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あれがどんなお札だったのか、判る人が居たら教えて欲しい。

作者: 平井しん

はじめまして。お手柔らかにどうぞ。


本当にあった不思議な話。

 この文章は、ネットの海に投げるボトルメールみたい物だ。

 本当に答えや真相が分かったり、あのお(ふだ)を書いた当の本人に届くとも思ってはいないが。


 こんな不思議な話しが好きで、詳しい人の目に留まる可能性に掛けて、投げてみる。


 当時私は都内のいわゆるファッションビルに、婦人服の販売員として働いていた。

 デパートの社員ではなく、婦人服メーカーからの出向でテナントの店頭に立っていたのだが、新卒での社会人一年目だというのに、配属された自フロアの店長扱いだった。

 前任店長が私の配属1ヶ月で退社した後、人手不足で他に配属がなかったというだけで、私の能力とは別の所で発生した人事だ。


 入社1ヶ月で、いきなり予算策定だの販売計画だの仕入れの選定だの任されたところで、ろくに教わってないことは出来ようもなく、頼りはとなりのテナントの店長だった。

 隣、とは言っても同じ会社の人だ。

 同じメーカーの異ブランドに所属している大先輩で、店舗運営だの販売促進だのは、本当にこの人がいなかったらお手上げだった。

 それ以前に、シャッターがある訳でもない販売フロアに配属が1人、ということはつまり、代わりにフロアに立ってくれる人がいないということで、トイレや昼食に出ることすらこの隣のテナントのフォローがなかったら出来なかった。

 この店長の下に、私と同時期に配属されていたのが、件の同僚だ。

 店長、同僚、私、この三人で実質2店舗を切り回していた状況で、店長が休みの日は私と同僚がお互いにお互いの店舗のフォローをしていたので、それなりに仲良くやっていた。


 そのお客様が来店されたのは、そんな状況のなか、店長が休みの日、同僚と私2人の勤務の日だった。

 彼女が私と交代で昼食を取りにフロアを離れていたので、当初私が彼らの応対に出た。


 お客様は年配のご夫婦らしき男女だった。

 洒脱な雰囲気のスーツ姿の紳士と、やや若作り気味だけれども、それが似合う十分に華やかな奥様、といった組み合わせは、2〜30代女性向けのブランドばかりのフロアにはやや珍しい年代ではあるものの、さほど気になる程のことでもなかった。


 このファッションビルは隣に場外馬券売り場があったので、勝って気の大きくなったオッサン、といった風体の男性客が奥さんの機嫌取りの為の買い物に来ることは珍しくなかったし、同僚が販売していたブランドは、OL向けではあったものの、ビル近隣に多く有った歓楽街にいる夜のお姐さん方にもウケが良い、華やかで大人っぽいデザインがメインだったので、そこそこの年齢の方でも来店されるのは珍しくなかったからだ。


 とはいえ、このお二人はそのどちらでも無さそうだった。

 ギャンブラーや水商売の方々に滲みがちな崩れた雰囲気が感じられなかったので。


 店員から話しかけられるのをイヤがる方が多いなかで、初対面の小娘店員とも和やかに会話が成り立つ様子から、自営で自らが取引の最前に立つ、なんらかの商売を長くなさっている、経営者のご夫婦ではないかと思われた。


 店頭に飾っていたブラウスを、奥様が目に留めての来店とのことで、そのブラウスの色違いをご覧に入れて、着回しや組み合わせなどを紹介しているうちに、あれもこれもとお見せすることになり、そうこうしているうちに、同僚が戻ってきた。


 店頭の商品により詳しいのは当然彼女なので、しばらく2人がかりでの接客となったが、奥様が試着を、となった辺りでちょうど自分のフロアに来客があって、私はそちらにもどった。


 残念ながら自フロアの来客は販売に至らなかったが、その間、件のご夫婦はずいぶんと商品と、同僚との会話を楽しんでいた模様で、賑やかな様子は隣まで伝わって来ていた。


 結局最初のブラウスの他に数点をお買い上げ頂くことになったのが聞き取れたので、こちらが手隙だったこともあり、包装の手伝いをしようと、また隣へ行くと、ご夫婦ともに満足げな笑顔でむかえてくださった。


 私達が扱っていた婦人服は、高級ブランドという程のクラスではなかったが、バーゲンでもない時期に数点をまとめて買えば、そこそこの額にはなったので、支払いにカードをご利用のお客様は多かった。

 それを現金であっさりと払って下さる方は、今後も是非に贔屓にして頂きたいお客様だ。当然のように、今後も新商品のご案内を差し上げますよ、と連絡先を伺ったが、こちらは残念ながら断られた。

 やや遠方の在で、こちらには滅多に来ないから、寄れる機会がある時にはまた、と言われては、強くも押せなかった。


 金払いだけでなく、これ程気持ち良くお買い物を楽しんで下さるお客様はそう多くない。

 私も同僚も社会人経験が浅く、残念な気持ちが面に出てしまっていたのだろう。

 ご夫婦共に少し苦情するような顔を見せたあと、旦那様の方がふと思いついたように仰った。


「今日はとても楽しい時間を貰ったから、お礼にいいものをあげよう」


  そう言って、スーツの内ポケットから取り出したのは、1枚の紙と筆ペンだった。

 紙は、幼稚園で使うような、赤い色紙を半分に切ったもののように見えた。

 やや幅広の、赤の短冊だ。


「お嬢さん、お名前と生年月日は?」


 今ほど個人情報管理を神経質に扱わない時代だったし、そもそも先に個人情報を求めた側が断る選択肢もなく、問われた同僚は名刺を渡して、誕生日も素直に伝えた。


「昭和なら○○年だね…」


 西暦で伝えた年を、和暦で確認しながら、彼はガラスのディスプレイ用棚の上に、赤い面を下にして、横向きに置いた短冊にサラサラと筆ペンを走らせた。


 私も同僚も、黙ってそれを眺めたが、内心困惑していた。

 横書きに短冊に描かれていったのは、流線状の模様を上下にし、中央部に複雑な装飾がある、美しい紋様だった。

 中華風でもあり、インドネシア風でもあり、なんとなくオリエンタルに見えたのは、白地の下に朱色が透けて、その上に時に細く時に太く、止まる事なく走る筆の墨色のせいかもしれない。

 複雑な紋様があっという間に短冊を埋めていくが、しかし問われた名前や生年月日が何処に必要だったのか、さっぱりわからなかった。


 数分もかからず書き上げた彼は、筆ペンをまた懐にしまうと、紙片を手にして、墨を乾かすようにふうっと一息吹き掛けて、満足そうに笑むと、同僚にそれを差し出した。


「持っていると、きっといい事があるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 お客様がご好意で差し出して下さった物に、まずは笑顔で例を述べるのは当たり前のことだ。

 … それがどんなに訳のわからない代物であろうとも。

 

 それまで黙ってニコニコと眺めてらした奥様も、それが何なのか説明して下さる様子もなく。


「さ、じゃあそろそろ行きましょうか」


  と、退店を促されては、お引き留めする雰囲気でもなく、結局私達はその紙片が何であるかを深く問わずに、その不思議なご夫婦をお見送りすることになった。


 店を出るのを二人ともに通路で頭を下げて見送り、上げた時には通路の先で振り返ったご夫婦から、笑顔の会釈を頂き、私達はフロアに戻った。

 散々広げた幾つもの服を片付けるべく、私は同僚のフロアに入った。

 人の少ない時間帯でもあり、手を動かしつつも当然話題は最前の一幕になった。


「これ、何なんだろうね…」


 貰った同僚は苦笑気味だった。

 それはそうだろう。

 受け取った後、レジ横に置いていたそれは、何度見ても、複雑な紋様は綺麗ではあるけれども、何に使うのか、どういうものなのか、さっぱりわからないので。


「御守りかなんかかな?」

「いい事があるって言ってたね」

「お財布に入れておけばいいのかなぁ」


 万札よりは少し幅があり、丈は短い。持ち歩けと言うなら確かに財布が妥当かというサイズのそれを手に取って、しばらく矯めつ眇めつしていたが、何が判るわけでもなく。


「ま、いいよ、後で考えよう」

「そうだね」


 だから、店頭の片付けを優先させようとした彼女が、それを伏せて置いたことに意味は無かった。

 が。


「えっ?」


 私は目を疑った。つい驚きの声を上げた。

 つられて視線を戻した彼女も、それを認めて、思わず紙片から手を離した。


「…ええ〜っ⁈」


 営業時間中の店頭で上げるに相応しくない大声になったのは、無理がないはずだ。


 縦置きにされた朱赤の短冊の表には、上下左右を不可思議な装飾に囲まれた、彼女の名前と生年月日が、()()()()墨痕鮮やかに記されていたのだから。


「何コレ…。えっ?裏だよね書いてたの⁈」

「見てたよ、白い方だったよ! それに横向きに書いてなかった?」

「横だった…。ウソ、赤い方からだと縦書きになるって、どうなってるの?」

「しかも、縦書き向きに見て、凄い達筆に見えるんだけど…⁉︎」


 実際には、達筆と言って一般にイメージする草書ではなく、装飾気味にやや崩しはあったものの、ほぼ整った楷書の筆跡だった。なので、「昭和○○年○月○日生」という日付も、続いて書かれた姓名も、書道に特に縁のない私達にも見間違いようもなく、はっきりと読めた。

 その分、上下左右に描かれた装飾が、読めないけれど文字の様に意味あり気で、薄気味悪かった。


「 ………。 どうしよう、コレ…」


 途方に暮れたように言われても、私だってどうしたら良いのかなどわからなかった。

 読める前でも得体の知れない代物だった紙片は、読めるようになって更に得体の知れなさが増した。正直、貰ったのが自分じゃなくて良かったと、薄情なことすら思った。


「…怖いから、ちゃんと持っとく」


 そう言った彼女に、その後本当に「良い事」があったかどうか、私は知らない。


 その後しばらくして、彼女は別のファッションビルに異動になり、更にしばらくして私は体調を崩して入院したからだ。

 彼女の移動に伴って、隣の店長も私も、本社から応援人員が手配されないと休みが取れなくなった。

 月に8日と約束されていた休日が、不定期に4日を切る様になり、熱が出ようが胃が痛もうが、休むことも許されない日が続いて、痛みに眠れずにいた様子を見かねた親に、深夜病院に担ぎ込まれたところ、血液検査の数値が悪すぎて、そのまま入院になった次第。

 ひと月の入院と半月の自宅療養の間、見舞いどころか様子伺いの一報すらなかった職場は、そのまま辞めることにしたので、縁が切れたままとなった。

 その年の終わりには、不景気の煽りを受けて、私達がいたテナントは、あのファッションビルからも撤退になったと聞いた。


 そんな売り場から、早々と抜けられた事が、彼女に取って「良い事」だったのかどうか。


 彼女がその後どうしているか、すでに連絡を取る伝手もない私にはわからない。

 支払い方法はもちろん、連絡先を残さずに去ったあのご夫婦が、彼女のいる売り場へまた現れたかも、わからない。


 だから今はただ、あの短冊、あのお札がどんなものだったのか、それだけは、判るものなら知りたいと思う。


 だれか、あのお札がどんなものなのか、あれを書く彼がどんな人だったのか、判る人がいたら教えて欲しい。

 

因みに入院したのは、ストレスによる胃炎と肝機能障害。別に特に怪奇現象とかは無し。


…今思い出したけど、あのお客様来るちょっと前に、勤務してたビルの屋上から飛び降り自殺があったな…。あれ、なんか関係あったのかな.。

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