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悪役令嬢はダークヒーローを救いたい  作者: 橘田ぽんず
第1章 転生しまして、ごきげんよう
7/18

7 始まりますわ




 必要なものをあらかた買い揃えて、配送の手続きなんかは全部ニコラスがやってくれた。わたしがやったことと言ったらカーテンやベッドなどの家具を購入するときに自身の希望を告げていったくらいである。お金は当然ながらお父様の財布から支払われていくし、元社会人としては何となく罪悪感が拭えない。そもそも一人暮らしの初めに全部新品で揃えるって凄くない? しかもニ◯リみたいなお安い家具じゃないんだよ。高級家具店で揃えていくんだよ。正直総額いくらになるんだとか考えちゃったら目眩がしそうだよ。それに関してはニコラスも一緒らしくて、彼は完全に心を殺して無にしているようだった。


「今日で私の給料が何か月分飛んだのか分かりませんな」

と、ボソって呟いた辺りに全てが透けて見えるようだった。いや、本当に。お貴族さまの金銭感覚恐ろしいです。


 この世界には魔法具が存在しているため、時代背景のわりにさして原始的な生活をしなくても済むところがとてもありがたい。暖かいシャワーを浴びることもできるし、ガスコンロを使う要領で調理もできる。ハウスメイドも一緒に引っ越しをするのならわたし自身が家事をする機会は当分ないんだろうけど、料理くらいならさせてもらえるかな。この世界の食文化が高いのか、それとも貴族クラスが食べているご飯の質が高いのかは分からないけど、食事に関して不満を抱いたことはない。ただ一ついうことがあるとするのなら、そろそろ日本食が恋しくなってきた。自作を許してもらえるのなら、なんちゃって和食くらいは作れるかもしれない。


「今日はありがとうございます先生。とても助かりました」

「気にすることはない。君のお父上に頼まれてしただけのことだ。ギルドに入ったら、精々励むことだ」

「精進しますわ。先生の弟子として恥じぬよう頑張ります」

「そうしたまえ」


 ああ、先生とのデートが終わっちゃう……。でも一緒にこうやって街を歩けただけ幸せなんだけど。こんなふうに忙しなく買い物だけするんじゃなくて、もっと一緒にカフェで休憩とかもしたかったけど、きっと彼は嫌がるのだろうから提案はしなかった。小洒落たカフェに黒づくめの男がいる状況は、思い浮かべただけでそのシュールさに口の端が引きつるようなものだろう。


「あ、先生。そこの……」


 と、口を開きかけたタイミングでどこからともなく空気をつんざくような悲鳴が聞こえていた。それと同時に背後の店から爆音と土煙が上がる。突然のことに思い切り方がビクリと跳ねた。


「キャッ!」


 突如腕を引かれて視界がスライドした。何が起きたのか理解をする前に、目の前に広がるのは一面の黒。そしてほのかな薬剤の香りが体を包み込む。体に回された腕の体温にようやくわたしは自信が置かれている状況を理解した。

 こ、こここ……これは……!

 状況を確認するよりも早く、咄嗟にニコラスがわたしのことを抱き寄せたのである。まだ十五にも満たない少女の体は、彼の大きな外套の中にすっぽりと収められてしまっていた。

 爆音に驚いた時とはまた異なるニュアンスで、心臓がバクバクと早鐘を打つ。そんな先生、こんなところであばばば……!!


「泥棒―ッ!!」


 混乱というか、興奮をしていたところに聞こえてきた叫び声。それを聞いてピンク色の思考回路に引きずられていたはずのわたしは瞬時に我に返った。それは名前も知らない人の声だけれど、それはわたしにとってはとても聞き覚えのある声だった。このエメラルダの町で実際に聞いたことがあるから覚えがあるとか、そんな曖昧な記憶ではない。何度も何度もわたしは彼女のこの「泥棒」という悲鳴を聞いたことがあるのである。


 嘘でしょう? まさか、今日なの?


 ニコラスの腕の隙間から通りの様子を盗み見た。セリアン向けの貴金属店に魔法族の強盗が盗みに入ったらしく、犯人と思しき男は魔法で壁を破壊すると、そのまま貴金属類を持って通りに躍り出た。魔力をいたずらに噴出させるだけの魔法とは言い難いデタラメ方法で彼はぐんぐん先へと進んでいく。


「退け退け退けーッ!」


 男は叫びながら先へ先へと進んでいく。目の血走った男を誰も止めることが出来ないで道を譲る中、彼の真正面に一人の男性が待ち構えていた。


「退けって言ってんだろ!」


 興奮した泥棒は目の前の男目掛けてガムシャラに魔力を放つ。


「魔法陣すら発現していないただの魔力の放射で俺を退かすのは無理があるぜ?」


 飄々としたその男性はニッと緩く口角を持ち上げた。


「フレア・マキシマ!」


 声がすると同時に、爆音と激しい閃光が周囲に轟いた。男は真正面から体に彼の魔法を受けて、その体はたかだかと宙を舞う。どしゃりと派手な音を立てて地面に伏した時、彼は盗品である宝石類が散らばる中で意識を飛ばしていた。


「安心しなぁ。手加減はしてある。ま、警官が到着するまで起きることもねぇだろうけどよ」


 聞いちゃいないかと笑うその人の赤い髪が風に揺れる様を、わたしは息を呑んで見つめることしかできなかった。

 幾度となく目にしてきたこの光景。漫画の始まりも、アニメの始まりも登場するのは主人公ではなくて強盗を捕まえる彼だった。

 『ロベルトの剣』は主人公のロベルトが十五歳になりギルドに入団するところから話が始まるのだが、すべての始まりである第一話だけは二年前に軸を置いていた。ギルドに入団する二年前、それまで自分が魔法族であることを知らずに生きていたロベルト少年は、自身の魔力を暴走させて大規模な火事騒動を起こしてしまう。そこに赤毛の魔導師グレイアム・アンダーソンが現れ、彼の魔力を鎮静化。そして彼が魔法族であることを伝え、二年に渡る修行をつけることになる。そして過酷な修行の後ロベルトは一人前の魔導師として、グレイアムが所属しているギルド【紫の夜明け (パープル・オルトゥス)】の門を叩くのだ。物語はそこから始まる。

 彼、グレイアムはロベルトにとって恩人であり、魔法を教えてくれた師匠でもある。彼がこのエメラルダにいるということは今日、あの火事騒動もあるのだろう。


 本格的な開始は二年後だけど……原作がとうとう始まったんだ。この年に一話があることは知っていたけど、まさか今日だなんて。わたしがエメラルダに来ることなんてあんまりないのに、どういう偶然よ。


 今回の話でわたしは原作に拘るつもりはない。このまま放っておいても、ロベルトとグレイアムは出会い、師弟関係は結ばれるだろうから。原作への過度な介入はご法度だ。変に方向性を曲げてしまっては先の未来で大きな綻びが出てしまうかもしれない。人命に関わるような問題でない限り、ノータッチが基本だろう。そのためにわざわざある程度原作から距離を取れる【白の黄昏 (ホワイト・ダスク)】に入団するつもりなんだし。


「マリア、この場を離れるぞ」

「はい、先生」


 わたしたちはそう言って件の事件のあった通りから離れていった。その際にすれ違った人たちの会話がふと耳に入ってくる。


「何があったんだ?」

「魔法族が強盗に入ったんだよ。すぐに別の魔法族が取り押さえたけどな」

「はあ、嫌になるね」


 聞こえてきたのは、強盗を取り押さえたグレイアムへの賛辞ではなかった。


「これだから野蛮人は」


 これだ。

 これがこの世界を歪めているすべての元凶なのだ。分かっていても今のわたしでは何もすることが出来ないから、黙ってその場を立ち去るしかない。


「さっき何か言いかけていただろう。何が言いたかったのかね」


 悶々と思考の渦に飲み込まれかけていたところで、ニコラスの言葉に顔を上げる。


「えっと。申し訳ありません。さっきの騒動で何を話そうとしたのか忘れてしまいましたわ」

「……そうか。それにしても、今日は一度帰宅したほうがいいかもしれんな」

「でも先生もこの街に用事があったのですよね。二度手間になってはいけませんし、済ませてしまった方がいいんじゃありませんか?」

「しかしな……」

「さっきの強盗騒ぎでしたら、あの方が取り押さえてくれましたからもう心配もないでしょうし。先生の用事が済むまでわたしは良い子でお待ちしておりますから」

「……では行くぞ」

「買いに行かれるのは薬草ですか? 先生、秋から魔導協会のお医者様になられるのですよね」

 そういうとニコラスは少しだけ目を見開きながら「何故それを?」と呟いた後で、「ああ、そうだ。君は知っていることがあるんだったな」とすぐに前に向き直った。

「夢で見て、もしかしたら本当のことかもしれないと思ったので。当たったようですわね」


 最もニコラスが魔導協会の医師になることは知っていたけれど正確な時期までは分からなかった。前任が引退をするという話をお父様から聞いていたためもしかしたらと思っただけなのだが、どうやら正解だったらしい。


「ねえ、先生。わたしたち魔法族がギルドに所属しないとしたらどんな働き口がございますの?」


 目的地まで向かいながら、彼に問いかける。


「なんだね、今更怖気付いたのかね」

「いえ。わたしの話ではなくて。一般論のことお聞きしたいのです。先程の強盗をしていた彼、魔法陣が発動する魔法を使用していなかったでしょう。闇雲に魔力を放出させているだけのようでしたから」


 誰でも使用できる無属性の魔法であれ、個々人の資質に依存する属性魔法であれ、脳内で術式を組むという本来のプロセスを踏んで魔法を発動させれば手首の周りに魔法陣が展開される。しかしながら先程の強盗にはそれが見られなかった。術式を組むことなくただ魔力を放出させていたということになる。


「魔法が使えなかったのだろうな。ただ魔力を放出させるだけのものは魔法とは言えん」

「……やっぱり」

「魔法族であれば誰でも魔法が使えるわけではない。言葉と同じだ。誰からも教わることもなく人間だからと読み書きを覚えることができないように、取得できる素質があることと、実際に取得できるかどうかは別問題だ。さまざま理由で親から属性魔法を習うことが出来なかったり、細かな術式を脳内で組むだけどの技量がなかったりすれば、魔法は使えるようにはならん。そういったものは、道を外れるしか生きていく術もないだろう」

「魔法が使えなくても、働き口さえあればなんとかなるのでしょうが……」

「魔法族の働き先であっても魔法をさして必要としていないところも確かにある。君の家の屋敷仕えがそのようにな。しかしそれもけして多くはない。魔法族の大半はギルドに登録して己の力で仕事をこなしていく以外に食い扶持もないだろう」

「……」


 世知辛い世の中だな。

 この世界において、魔法族とセリアンの間には見えない壁がある。個々人の力を比較したときに、自在に魔法を使うことができる魔法族のようが強いことは確かであるけれど、魔法族の社会的地位は驚くほど低いのだ。そもそも魔法族というものは人口の二%ほどしか存在していない。圧倒的マイノリティであるわたしたち魔法族は、社会の中でマジョリティーであるセリアンに太刀打ちすることが出来ないのである。




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