16 奇襲ですわ
ポラリスさんが盗賊に襲われたというのは、アズタージャに向かう道を三分の一ほど進んだ森林部でのことだという。馬車を進めて一刻と少しでちょうどそのあたりに差し掛かった。この辺りに来たことはないけれど、なるほど。実際にこうして通ってみると、馬車を襲って積荷を奪うのにはおあつらえ向きのシチュエーションかもしれないと納得してしまう。この辺りは徒歩圏内に街がないせいで人の往来はなく、加えて木々が多い。身を隠して奇襲をかけるにはもってこいの立地だ。
それでも相手がセリアンであるのなら魔導師ギルドに所属しているわたしにとってはさほど恐ろしい相手ではない。ある程度魔法を使いこなすことができる魔法族とセリアンでは生身の体での基礎的な戦闘力には雲泥の差があるのだから。
「そう強張らなくても大丈夫ですわ、ポラリスさん」
「マリアさん……」
「依頼を受けたからには貴方には指一本触れさせたりはしませんもの」
「……頼もしい限りです」
隣にいるマリアさんからは緊張が伝わってきた。彼女は一度盗賊からの奇襲を経験しているのだから、恐怖心を抱いてしまうのは当然だろう。彼女が余計な恐怖心を抱かなくても良いように立ち回ることができれば最善だ。
息を詰めて森林部を進んでいくこと十数分。馬車の上空から飛び込んでくる複数人の人の気配を感じた。
……来た!!
思考はクリア。緊張感はあるけれど、余計は強張りは感じられない。
魔法を使うのには絶好のコンディションだ。頭の中で適格に術式を組み立てていく。
「水楼瀑布!!」
拘束用の魔法を展開させて、荷馬車の上方に水の受け皿を発生させる。馬車目掛けて木の上から飛び降りてきた盗賊たちは、まとめて発生させた水に受け止められた。
「一丁上がり、ですわ」
空中に浮かんだ脱出不可能のプールの中で、盗賊ら七人がうごうごと暴れまわっている。いくら手足をバタつかせたところで魔力の込められた檻の中から出られるはずがない。水を攻略することができる魔力の持ち主ならともかく、セリアンにこの水の檻から逃れられる術はないことだろう。
「わたしたちが一定距離まで離れたら、その水の牢屋から解放して差し上げますわ。いくら盗賊と言えど、人を溺死させる趣味はございませんのでね」
よし、ほかに人の気配は感じられない。
これで全部? セリアン相手ならばこんなものか……でも実際にやってみると意外とあっけないものだ。少し、拍子抜けのような気もするけれど、何かまたあればその都度対処をすれば良い。とにかく、今はこの場を離れるのが最善だ。あまりもたもたしていると、盗賊たちを殺してしまいかねない。正直、自分の魔力で人を殺めるなんて、そんな胸糞の悪ことはごめんだ。いくら少年漫画の世界とは言っても現代人に人を殺める覚悟なんてあるはずがないだろう。
「ポラリスさん。馬車を進めましょう。それから……、ッ!?」
振り返ったその瞬間に、パンっと、破裂音が鼓膜を揺らした。
「な……ッ!?」
何が、起きたの……!?
硝煙の匂いが鼻につく。なんとなく学生の頃の運動会を思い出したけれど、音はそこで聞いたことがある空砲の音よりももっと重たくて鈍いものだった。
肩に熱が籠る感覚。さっきのは、銃声だ。撃たれたのだ。わたしが。
スローモーションのように己に向けられた銃口から立ち昇る煙を見つめながら、ようやく今し方起きた事を理解させられる。
「あぁッ!」
思わずその場に座り込んだ。白いシャツをじわじわと赤い色が染め上げていくのが視界の隅に見える。額には嫌な汗が滲んていくのが分かった。
「く……ッ」
咄嗟に魔法を展開させようと右手を前に突き出した。頭の中で術式を組んで魔力を体に込める。しかし、手首には魔法陣が展開されない。
「!?」
不審に思って再度魔力を込める。違う術式を組んで見ても、やっぱり魔法陣は現れなかった。かろうじて僅かな光が手首の周りに浮かぶ程度の変化しか起こらない。
「まさか……これ……ッ」
魔力が体から枯渇している感覚はなかった。あるはずの魔力を上から蓋をされているような奇妙な感覚と、先ほど放たれた銃弾がわたしを今何が起きているのかというその問いの答えに辿り着かせる。
まさかというわたしの呟きに、ポラリスさんの顔がクシャッと楽しげに歪んだ。
「そう。加工済みの『銀の弾丸』だよ」
「こんなものが、今の時代に……」
「銀の弾丸なんてものは旧時代の遺産。今は出回っているものじゃないから、本当に高かったんだからね。それ一発買うだけで目が飛び出るような額が飛んでいったんだから。流石に二発目は買えなかったから絶対に外せなかったんだけど、隙を見せてくれて助かった。やっぱり人間は『相手を仕留めた』って思った瞬間が一番油断するものだよね」
「く……ッ」
「貴方が経験値の少ない魔導師だったことも救いだったな。確かにこの弾丸はとても高価なものだったけど、でも弾丸分なんて余裕で元が取れる。法律で禁止されるようになってから裏社会で取引される『魔導具』の値段は格段に上がったもの。本物の貴族相手に商売ができる機会なんて滅多にないから、本当に嬉しいんだよ。魔法貴族っていう血統書付きでこの容姿なら、売価がどれだけ吊り上げてもきっと買い手が見つかるだろうから。こんなに嬉しいことはない」
その言葉にわたしはようやく自分の置かれている状況の概要を理解することができた。妙な相手に目をつけられてしまったものだ。あの盗賊たちもポラリスの協力者で、初めから狙いはわたしを、血統書のついた魔法貴族の娘を捕縛することだったのだ。
「クソッタレ……ッ」
悪態が口をついて出る。彼女の手には棒状のものが握られていた。
「お口が悪いですワヨ、お嬢様」
そう言うとポラリスは持っていたそれを振りかざした。
ガツンと目の前に火花が散る。
意識を手放す真際、最後に見えたのは素朴だと思っていた少女の顔が、どうしようもなくいやらしく歪んでいるところだった。
本当に最悪、最低な初任務だ。
その昔、魔法族は人ではなかった。
そもそも魔法族という呼称すら今の時代になってから誕生したもの。当時の魔法族は『魔導具』と呼ばれていて、人権のある人間としてではなく、道具として売買が認可されていた存在だった。非人道的な話ではあるが、そもそも当時は魔法族が人ではなかったため人道も何もなかったのが現実なのである。それがこの世界に蔓延っている闇の根底にあるものだった。
個人の戦闘能力だけを見れば、魔法族は決してセリアンに好き勝手されるようなことはないのだろうけれど、セリアン側にも対策をする術があった。それが特殊な加工をして作られる銀製品である。それに触れている時、魔法族は魔力のほとんどを制限されてしまう。何よりもまず人口比に大きな差があった。圧倒的マジョリティーであるセリアンを前にして魔法族はとても非力な存在だったのだ。
魔法族側も常に無抵抗であったわけではない。魔法族とセリアンとの間には長きに渡って争いが絶えなかった。両者が血を流し、魔法族は銀の首輪で道具としての扱いを受ける。そんな時代がずっと続いてきた。
ロージィ家のような貴族と呼ばれる魔法族も、決して本物の貴族のように力があるわけではないのだ。魔法貴族は魔法族の間でこそ一定以上の地位を持っているものの、その昔『人権が認められた一部の魔法族の家系』というだけの存在だった。だからこそ今でもセリアン相手に見ればけして社会的な地位が高いわけではない。魔法貴族はあくまで、魔法族でしかないのだ。
魔導具として人権を認められることがなかった魔法族だけれど、三大賢者と呼ばれた三人の魔導師による活躍により、魔法族とセリアンとの間に協定が結ばれたことで社会的な地位はある程度まで向上した。その時に結ばれた協定の内容とは、魔法族の人権を認め人として認可し、銀の加工法を封じると言うもの。
そして三大賢者の行った改革の中で、魔法族がセリアンを相手に仕事を請け負う窓口として作られた魔導師ギルドと、それを取り仕切る魔導協会が誕生したのだ。
その時代を境に魔導具と呼ばれていた人種は魔法族として扱われるようになり、今でこそ働き口の少なさなどに差別は残っているものの、一応法律上はセリアンと同じだけの地位を得ることができたのである。
とは言ってもそれはあくまで表の法律で禁止がされたというだけのことで、世の中にはどこでも悪どい連中がいる。金にものを言わせた魔法族の売買はまだ消えていないのだろう。
おそらくポラリスの取引先はそういった黒い人たちだ。ポラリスは狙って【白の黄昏 (ホワイト・ダスク)】に依頼をしてきたのではないかとわたしは推測している。魔法貴族の女性を『入荷』したいんだったら、あそこが一番当たりを引きやすい。現にわたしが当たりくじになってしまったわけなんだから。
さて、相手が『魔導具』を仕入れようとする悪どい商人であることが分かったわけなんだけど。ここからどうしようか。
両腕は拘束され、肩には依然として弾丸が埋め込まれたまま。うっかりフライパンを触ってしまって指先を火傷した時なんて比にならないくらい痛いはずなのに、アドレナリンが出ているせいか痛みはさほど感じないのがせめてもの救いだった。
このまま貴族に引き渡されてしまったら、本当に逃げ場は無くなってしまうだろう。ロージィ家は確かに上流貴族だけど所詮は魔法貴族でしかない。本物の貴族相手に大した影響力は持っていないはずだから、引き渡された時点でゲームオーバーだ。つまり、逃げることがきる可能性があるのだとすれば、それは商品である今のうちだけということになる。
今は倉庫のような部屋に押し込められていて、扉の向こうに人の気配はあるけれど、わざわざ直接見張っている人はいなかった。銀の弾丸で魔法自体も抑制されているから向こうは安心しきっているのだろう。
全くボディーチェックのひとつもしないなんて。魔法族は魔法さえ封じてしまえば良いって思ってるんだろうけど、随分なめてくれるじゃない。こんなこともあろうかと準備しておいたものがあるんだな。
てれてれってれー、仕込みナイフ〜。
シャツの内側に小さなナイフを仕込んでおいたのだ。こちとらこんなシチュエーション、百万回は漫画で見てきたんだから、対策はきちんと練っておかないと。縄抜けに関してもサディアスに頼んで練習に付き合ってもらったから問題ない。
『ねぇサディ。ちょっとわたしの両腕を拘束してくれないかしら』
『え、姉さん?』
『わたしももすぐ十五でしょう。ギルドに登録をする前に縄抜けの練習をしてみたいのよ』
『姉さん、ギルドに入るのは分かるんだけど。それと縄抜けとどんな関係性があるのか聞いてみてもいいかな』
『何かしらのトラブルに巻き込まれて、何かしらがあって魔法が使えない状況で、両腕を拘束された時のためよ。備えあれば憂いなしと言うでしょう』
『いささかそれはレアケースすぎる気がするんだけど』
『何を言っているのかしらサディアス。定番中の定番ハプニングでしょう』
『え……?』
ってな感じに、最後までサディアスには納得されなかったけど。ほら、みてみなさい。やっぱりこれが必要になる時が来た。というわけで早速練習の成果を発揮する。袖口から小さなナイフを滑らせて、指先で摘みながらナイフを少しずつ切っていく。
あとちょっと、もう少し……! よっし、外れた。さすがわたし。
弾丸は肩に入ったままなのでろくな魔法は使えないけれど、これで手足は自由に動く。治癒魔法が使えたら弾丸の摘出ができたんだろうけど、さすがにそれは無理だからシャツの裾を破り肩の止血を行うに留めておく。
部屋をぐるりと見回すと、高い位置に小窓が見えた。
このままここにいれば為す術なく売られていくだけ。それなら賭けに出るしかない。原作微塵も関係ないこんなところでリタイアする訳にはいかないのだ。
「だってわたしには、やらなくちゃならないことがあるんだから」
原作前に道具として貴族に売られていくなんて、それこそ死んでもごめんなんだ。




