14 ギルドに登録しますわ
エメラルダの北西に【白の黄昏 (ホワイト・ダスク)】は居を構えている。
そう言えば原作でも【白の黄昏】って建物自体はほとんど出てこなかったのよね。中の様子だけチラッと出てきたことあったけど『ロベ剣』自体はやっぱり【紫の夜明け (パープル・オルトゥス)】が主体の話で、【白の黄昏】はあくまで【紫の夜明け】のライバルってだけだったから。わたしもどんなところか知識はないんだけど……。
と、地図を見ながら街の中を歩いているうちに目的地へと到着したようだ。そこが【白の黄昏】だってことはすぐに分かった。だって明かに他の建物と違うんだもの。おそらくかけられたであろう金額が。
「これはなかなか……圧巻ね……」
【白の黄昏】の外観は、絵本に出てくる貴族のお屋敷のようだった。【白の黄昏】は貴族からの出資が多い分、それなりに裕福なギルドだって聞いたこともあるけど、なるほど。理解した。
さて、行きましょうか。
【紫の夜明け】は明るい荒くれ者の巣窟みたいなところあったけど、【白の黄昏】は流石に貴族の多いギルドだからそういうことないわよね?
そんな不安を抱えながらも重たい扉に手をかける。
「……ッ!」
ギルドと言えば昼間から酒と怒号が飛び交いながらも、どこか明るい家族のような雰囲気を持った場所というのが漫画では定番だけれど、流石は【白の黄昏】。ここにはギルドのテンプレ光景である、木製の机を囲んで乾杯をしている男の姿など、いやしない。
豪華な調度品、テーブルを囲んで優雅に話をする姿はどこかのラウンジかと見紛うほどだ。天井からは当然のようにシャンデリアが下げられており、イメージしていたギルドの雰囲気とは百八十度異なっている。【白の黄昏】らしいと言えば確かにらしいのだけれど。奥に設置されているカウンターと、依頼書が貼られたクエストボードが場違いに思えてくる、まさに異質な空間だった。そして何よりもここに登録をしているだろう魔導師たちの姿も、全員身なりがきちんとしている。荒くれ者の冒険者らしい容貌の人間は一人としていない。貴族出身のものが大勢いるこの場所は、単なるギルドの待機所というよりも一つの社交の場を考えた方が懸命なのだろう。
扉を閉めると、視線が静かにこちらに注がれるのが分かった。誰も会話は止めない。露骨にこちらを注目したりなんかしないけれど、視線が集められる。これならばいっそ、あからさまに見られている方が気分が良いくらいだ。
ギルドの中央をまっすぐに歩いていって、そのままカウンターへと向かった。その奥には一人の見目の綺麗な男性が立っている。着物を見に纏い、キセルをふかしているその人は、一見女性のような格好をしているけれど、骨格などかられっきとした男性だと分かる。彼が誰であるのか、わたしは知っていたけれどあえて問い掛けた。
「お初お目にかかりますわ。貴方がマスター・セレナでよろしいでしょうか」
「ええ、そうよ。可愛らしいお嬢ちゃん」
ドレスの裾をつまみ、頭を下げる。
「わたくし、ロージィ家長女のマリアと申します」
「あーら。エルマーちゃんのところの娘ちゃんネ。ご依頼かしら。それなら向こうの受付嬢に……」
「いえ。依頼をするために参上したわけではございません」
彼の言葉を遮ってそう言うと、今度こそギルドの中の音がわずかに小さくなったような気がした。
「マスター・セレナ。わたしをこの【白の黄昏】の魔導師として登録していただきたい」
「なんですって……?」
聞こえてくるざわめき、マスターの驚いた表情。どうやらわたしのギルド入りは噂にこそなっていても本気にはされていなかったらしい。
「十五にはもうなりましたわ」
「それはわかっているわ。……噂には聞いていたけど、貴方本気なの?」
「ええ。もちろん」
「お父さんの許可はちゃんともらったの?」
「はい。頑張ってこいと送り出されました」
「へぇ……あのエルマーちゃんがね……。親になってすこし変わったんじゃないかしら?」
「あら。もしかして、わたしがここに登録することをお許しいただけませんか?」
「いいえ。構わないわ。登録するだけなら特にどうなるわけでもないからね」
登録するだけなら、ね。
「クエストに向かう際にはそちらの依頼書を取ってここに持ってくればいいのですよね」
「……ええ、そうよ」
本気で貴方がクエストを受けるつもりなの?
そんな本音を隠そうともしていない。ひどい話だ。
「ギルドに登録する以上、きちんと仕事は行いますわ」
「あなたが?」
「ええ、『わたし』が」
「……まあ、良いわ。ざっくりとギルドの仕組みを説明してあげる」
ギルド側の取り分は既に依頼を受ける際に前金として渡っているため、依頼を達成すれば表示金額が丸々手許に入ってくるそうだ。クエストボードから依頼書を取り、このカウンターでサインをして提出をすれば、その魔導師が依頼を受けたことになる。無事に達成できれば契約魔法により自動的にギルドに魔導師側の取り分が振り込まれる仕組みらしい。ギルド自体が銀行やATMの役割も果たしてくれているという、なんとも便利な話だ。
「質問は?」
「クエストが達成されなかった際のペナルティーは」
「基本はないわ。ただ依頼によっては発生するケースもある。依頼書はきちんと読むことね」
「分かりました」
「……ねぇ、貴方ギルドの魔導師がどういうものか分かってるのかしら。怪我をする云々の前に死ぬことだってあるのかもしれないのよ」
「分かっております。それに、わたくしはそう簡単に死ぬつもりも怪我を負うつもりもありませんわ」
それに今はまだ原作前の二年の猶予期間だ。こんなところでつまづくつもりなんてわたしにはさらさらない。
「あなたの目的は?」
「なりたいものがあるんです」
「それを聞いても?」
「『守れる魔導師』に」
「……ふふふ。面白いじゃない。上流貴族のお嬢ちゃんが何のつもりかと思ったけど、想像していたよりもずっと良い目をしてるわね。そういう子は嫌いじゃないわ」
「!」
「オーケイ、貴方の入団を認めましょう。精々励むことね……アーニャ」
そう言ってマスターが声を掛けたのは、カウンターに立っていた女の子。原作でもちょっとだけ登場している【白の黄昏】の受付嬢だ。
「“何の用だよ”」
「この子の登録してあげて」
「“オレに指図すんじゃねぇぞ”」
「誰に口聞いてると思っているの。しばき倒すわよ」
「“……チッ。おう、嬢ちゃん。このヒョロガキはアナスタシア・ミレット。ま、冥土に行くまではよろしくな”」
「よろしくお願いします。アナスタシアさん」
受付嬢のアナスタシアは基本的に自分の口ではほとんど喋らない。代わりに手につけている奇妙なくまのパペットで話しかけてくると言うなかなか変わった少女だった。当人はおっとりしていると言うのに、パペットの方はものすごく口が悪い。それも彼女の本音なのかもしれないけれど。原作での出番は少ないけど、見た目が可愛らしいから男性人気はかなり高かった気がする。……【白の黄昏】そんなキャラばっかだな。
実際に見てみてもすごく可愛らしい女の子だ。だからこそ、パペットの癖がものすごい。
「“ギルドの登録は簡単に終わる。こっち来てみろ”」
と、彼女に案内されたのはカウンター脇にある壁。そこには魔法石がいくつもはめ込まれていた。
「“どれでも構わねぇ。ここの魔法石に魔力を登録すればそれでギルドへの入団は完了だ。あとは外への照明として手の甲にハンコ、押させてもらう。ハンコ押されたところに魔力を集中させるとうちのギルドの紋章が浮かび上がって、客に身分を証明できるようになるってわけ”」
「なるほど」
まずは魔力の登録から。手近なところにあった魔法石に触れて魔力を流し込むと、魔法石が青色に輝いた。
「あら、マリアちゃんは水属性なのね」
あ、これ属性に応じて色が変わるんだ。初めて知った。
「“金の引き落としもここの魔法石で行えば、カウンターから渡してやるからな。感謝して受けとれよ”」
「分かりました」
「“あとはハンコじゃな”」
透明なハンコをポンと手の甲に押してもらう。簡易式の術式なんだろうけど、テーマパークなんかで途中退園する時に押してもらうブルーライトのハンコ感が否めない。
「“魔力流してみろ”」
左の手の甲に魔力を流すと、空中に立体的なギルドの紋章が浮かび上がった。
「わぁ……」
漫画でもアニメでも見たことがある光景だけれど、実際にこうやって自分の目で見てみるとなかなか感慨深い。漫画の世界に飛び込んだって感じがすごくする。
「“よし、これでお前さんもこのギルドの一員になったな。ま、死なねぇように精進するこったな”」
「頑張りなさいよ」
「はい」
こうして、わたしは無事に【白の黄昏】の魔導師として登録をすることができた。魔導師としてようやく、本当の一歩を踏み出したことになる。
……そう言えばなんだけど、こういう少年漫画っていかにも西洋風な世界観なのに、ちょいちょい和服キャラがいるもんだよね。着物系の美人さんすきだけど、着物ってこの世界ではどういう扱いになってるんだろうか。




