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悪役令嬢はダークヒーローを救いたい  作者: 橘田ぽんず
第二章 魔導師ギルド【白の黄昏】
13/18

13 だいすきな場所ですわ




 十五歳の誕生日は気疲れしてしまって本当に大変だった。

 だけれど嫌なことばかりではなかった。きっと十五歳の誕生日はわたしにとって忘れられない記念日になると思う。


 まず、家族からはそれぞれ素敵なプレゼントをもらった。お父様からは呪術の魔導書セット全三巻。おそらくこれは表のルートでは出回っていないもののはずだ。本来ならばとても娘に与えるようなものではないけれど、目的がはっきりしているわたしは吸収できるものは全部自分の手札にしておきたいと考えているから、とてもラッキーだった。エルマーパパは腹の底では今から娘を闇のギルドに引き込む算段をとっているのだろうけれど、わたしはわたしのためにこの本を活用させてもらうつもりだ。お母様からはお化粧品のセットをいただいた。現代的な言い方をすれば、薬局で買えるような値段設定のものではなく間違いなくデパコスだプライスのものだろう。十五歳の『マリア』が社会人だったわたしよりも遥かにいいものを使っていることに思わなくもないけど。それからサディアスはインクと羽ペンをくれた。装飾の施された青い瓶はとても美しくてアンティークとして飾っておきたくなってしまうものだけれど、これはただのインクではなく魔法具であるらしい。魔力を込めれば特定の人間以外に見られないようにすることもできるものなのだそうだ。今後、裏で動く機会も出てくるだろうから何かと嬉しいプレゼントだ。


「お嬢様、こちらのプレゼントはどうなさいますか?」


 セキが台車に乗せて持って来てくれたのはお貴族様たちから届けられた、たくさんのプレゼントの山。文字通り山である。


「それにしても……いつにも増して多いわね」

「十五歳になられたんですもの」

「それもそうね。……ああ、セキ。待って開けずにちょっと離れていていて」

「どうなさいましたか?」

「妙な魔法がかけられていないか確認をするわ」

「そんなこと……」

「念のためよ。それから仕分けを行いましょう」

「仕分け、ですか?」

「ええ。そう」


 趣味でないものと、高値がつきそうなものを売ってこの先の資金に変えるための仕分け。何かあったときのために、家のお金じゃなくてわたし個人が使えるポケットマネーはあって困らないだろうからね。

 どのみち貴族の中で友達って言える相手はレオナルドくらいしかいないんだから、彼から貰ったもの以外は別にどうしてしまってもいいだろう。このプレゼントだってほとんどが贈ったものに価値があるのではなく、『わたし』に『誕生日のプレゼントを贈った』と言う事実に価値があるものなんだから。両親の対応を見ている限り、向こうだって処分されてもさして気にしないはずだ。


「あら……?」

「どうなさいましたかマリア様」

「おかしいわね。これ……家紋がついていないわ」


 貴族様からのプレゼントには大体、家紋が見える位置につけられているのだがその小さな箱にはどこにもそれらしきマークなんてついていなかった。微かに魔力は感じられるけれど危険な気配はないし、開けてしまっても大丈夫だろう。封を切って、同封されていたメッセージカードを見た瞬間に飛び上がった。


「……ッ、これ……」


『何かがあれば頼るように N・W』

 そこには細い文字でそう書かれていた。


「お嬢様?」

「な、なんでもないわ……ッ」


 いや、なんでもなくはないんだけど。


「もしかして……ニコラス様からのプレゼントですか?」

「セキ……!」

「ふふふ、マリア様の表情を見ていればすぐに分かってしまいますよ」

「もう、やめてちょうだい。恥ずかしいわ」


 そう言ってもセキはニヤニヤを止めてはくれない。他人の色恋ほど面白いものもないことは分かっているけれど、当事者にされてしまうとどうしても居心地が悪い。

 N・W……つまりニコラス・ウェインライト。これは先生からのプレゼントだ。

 もちろん先生は毎年誕生日が近くの家庭教師の約束がある日に、プレゼントを持ってきてくださる。今年だって用意をしていてくれたことは何も驚くことではないんだけれど、パーティーだなんだと慌ただしくしていたせいもあって、先生からのプレゼントがあるということ自体、すっかり失念していた。


 それにしても中身は何だろうか。先生からのプレゼントは大体いつも魔導書なのどの教材ばかりなのだけれど、今年のプレセントは想像していたものよりも一回りも二回りもサイズが小さい。中身の予測が全く立てられなかった。


「え……」


 包みを開けると、中には魔導師用に加工が施されたシルバーに、小さな宝石の埋め込まれた飾りが入れられていた。チェーンの長さを調節してネックレスやブレスレットとして使用できるようになっている。飾り自体はとても小さいため手首につけていても邪魔にはならないだろう。それにしてもあのニコラスが弟子とは言っても女性の誕生日にアクセサリーを贈るとは思っていなかったためとても驚かされた。


「この石、魔力を感じるわ。もしかして魔法石……?」


 手をかざして魔法石に組み込まれている術式を読み込む。この石に込められているのは移動用の術式だった。場所は……エメラルダの郊外だろうか。どうして先生がわたしに、こんなところに移動するための魔法石を送って来たのだろう。彼の真意が分からずに頭を悩ませていると、わたしの脳裏に前世で見たある光景が蘇ってきた。


「まさかこれって……」


 ニコラスの新しい仕事は魔導協会の魔導医師である。だが原作を思い出す限り、彼は何も協会内に自身の医務室を持っていたわけではなかったはずだ。彼はあくまで所属が魔導協会であるだけで作中では郊外に診療所をかまえ、そこで暮している変わり者の医者として話に登場する。

 原作で見た彼の診療所。そして十五歳の誕生日プレゼントとして贈られてきたエメラルド郊外へ向かうための魔法石。

 メッセージカードに書かれていた一文から察するに、わたしの予測はおそらく間違っていないのだろう。


「はは……そんな。どうしよう……」


 口元がだらしなく緩んでしまうのをどうしても止めることができなかった。抑えていても笑みがこぼれ落ちてくる。どうしようもなく心が踊ってしまう。胸の中を暖かな感情を包み込んで、その熱に溶かされてしまいそうだ。

 どうしよう、本当にどうしよう。


「すごく嬉しい……ッ」


 ニコラスはきっと予知夢を持つ少女というカードを自分の手元に置いておきたいだけなのだと思う。年頃の少女の信頼を勝ち取ることなんてきっとそう難しいことではない。でもわたしは彼に利用されていることなんて初めから分かっているて、分かった上で彼を慕い、彼に好意を寄せ、その上で己の目的のために彼すらもコントロールしようと目論んでいるのだ。

 だからどんな真意があったとしても、わたしにとってこのプレゼントは幸福なもの以外の何物でもない。


「本当に、ここ最近の運を使い果たしてしまったんじゃないかしら」


 文字通り、天にも登る思いだった。

 貰ったプレゼントはネックレスとして首から下げて、その上で服の下にしまっておくことにした。これはお守りとして大きな役割を果たしてくれるだろう。このネックレスがあれば、わたしはきっとどんな状況にだって負けたりなんてしない。そう思うことができた。




 それから時は流れて、二週間、いよいよ待ちに待ったその日がやってきた。今日、わたしは魔道士ギルド【白の黄昏 (ホワイト・ダスク)】に入団をするのだ。これから原作開始までの二年間、その間に存分に経験値を積んでやるつもりだ。


「ああ、マリア。わたくしの可愛いマリア。どうかどうか危ないことだけはしないでね」


 一度家にあるあの魔法石でエメラルダに移動してから、そこからは自分の足でギルドに向かうつもりなのだけれど、玄関先でお母様が離してくれない。さっきからずっとこの調子で、わたしを抱きしめてさめざめと泣いているのだ。


「大丈夫ですよお母様。あまり心配をなさらないでくださいな。それにちょくちょく帰ってこれるんですから」

「わたくしは最後まで反対したのですよ。マリアは女の子なんですからギルドなんかに入らなくたって、そのままお嫁に行けばいいのにって」


 この話も今日だけで何回されたのだろうか。彼女がきっと一番、娘がギルドに入ることを納得していないのだろう。


「……お母様。そろそろお姉さまを話してやってください。いい加減エメラルダに向かわないと、登録をして家に帰る頃には日が暮れてしまいますよ」

「そうね、そうね……」

「大丈夫ですわお母様。わたしは貴方を悲しませるようなことはしませんから」

「約束よ、マリア」

「ええ。約束しますわ」


 そのやり取りも三回して、ようやくわたしは解放された。


「では行こうかマリア」

「はい。お母様、行ってきます」

「ええ。気を付けてね」

「姉さん。次に会うまでに強くなっているから、覚悟しておいてよね」

「ええ。楽しみにしているわ」


 サディアスとお母様とは玄関先で別れる。魔法石のある庭の一角まではお父様が見送りをしてくれることになっていた。


「改めまして、ギルドへの入団を許可してくださってありがとうございます、お父様」

「気にすることはない。それが君に必要なことなのだったら、広い世界を見てくるといい。かつての私がそうであったようにね」

「お父様も昔は【白の黄昏】の魔導師でしたものね」

「ああ、懐かしいな」


 そう言って遠くを見る彼の横顔は、幼い少年のようだった。きっと昔の思い出に想いを馳せているのだろう。


「【白の黄昏】のマスター・セレナは私も良く世話になった。困ったことがあればきっと助けになってくれるだろう」

「はい」

「それにしても本当に良いのかい? ギルドまでついて行かなくて」

「大丈夫です。わたしもう小さな子どもではありませんもの。魔法石で行けるポイントからギルドまでの地図もいただきましたし、一人でも迎えますわ」

「……それもそうだな」


 十五歳。この世界では成人として認められるようになるけれど、わたしはまだ十五歳だ。この年で娘を手放さなくてはならない彼の心境は、子どもを持ったことがないわたしには理解できない物だけれど、それでもきっと、今の彼は途方もない不安に苛まれていることだろう。


「本当に大きくなったな、マリア」

「お父様とお母様のおかげですわ」

「……十五になったからと言って君はこれからもずっと私とステイシーの娘なんだ。何かあったらまず私を頼りなさい」

「はい」

「休みの日には細かく家に帰ってくるんだよ。ステイシーもうるさいだろうからね」

「ええ、もちろん。わたしも寂しいですから」


 わたしはこの家族がだいすきだ。すでに闇に落ちてしまっているお父様のこともだいすき。

 この世界の闇をわたしが払うなんてそんな大それたことは言えないけれど。


 ……わたしが望む未来の中では、貴方にも普通に笑っていてもらうつもりですからね。お父様。


 広い家とは言っても目的地は敷地内にあるため、すぐに到着してしまった。困ったように微笑みながらも彼は何も言わずにわたしのことを送り出そうとしてくれる。誰よりも優先するべきはニコラスであることは分かっているのだけれど、それでもわたしはこの場所を、この世界で得た家族をわたしは守っていきたいのだ。


「それでは……行ってきます。お父様」


 そのために絶対にわたしは強くならなくてはならない。守りたいと思う相手もみんな守れるように使えるピースは全部この手に収めておきたいのだ。


「ああ、行ってらっしゃい」


 光の中で微笑む貴方は、やっぱりどう見ても心配性なお父さんでしかなかった。

 彼の視線を浴びながら、わたしはエメラルダに向かう魔法石に手を触れる。目を開けた瞬間には、街の喧騒がわたしを包み込んでいた。




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