11 帰りますわ
「とにかく、ここにいるのはちとまずいな。お前の処遇についても考えなくちゃならねぇ」
そう言うと、紫色の髪をした小僧はビクリと体を震わせた。まるで子犬のような目でこちらを見上げてくる。男がなんて顔してんだよ。
「あの、オレのことは警察に……ッ」
「ロベルトくん……!」
「だって、この人たちが止めてくれなかったらオレ、何をしてたのか……! メリッサのことだって」
「あーあー待て。処遇って言ってもそう悪いようにはならねぇよ。今日のことは事故みてぇなもんだし、細かいことはあの爺さんに任せておけばどうにでもな」
膝を折って視線を合わせると、彼の肩が露骨に大きく跳ねた。手を伸ばしてその頭をガシガシと撫でてやる。痩せこけた体は、こちらが把握している年齢よりもずっと幼く見えた。今日までこの子どもがどんな思いをして生きてきたのかを考えるとどうしようもなく胸が痛んだ。
「さっきも言ったが、お前は魔法族だ。魔法族ってのは普通セリアンの世界じゃ生きていけない」
「セリアン……」
「魔法族のことじゃない一般人のことだよ。お前は孤児だから、これまでなぁなぁにされてきたんだろうが、今回のことで正式に魔法族としての登録がされるのは間違いねぇだろう。何にされっか分かっか? 戸籍にだ。俺たち魔法族はそうやって管理されてる。厄介なことに戸籍から魔法族であることが分かると、もう一般の職にはもう付けない。魔法族には働き口なんてモンはほとんどない。セリアンの世界で魔法族が生きていくことは不可能だ。俺たちが飯を食っていくためには、どうしたってギルドに登録して仕事をしていかなくちゃならねぇ」
小僧は真っ直ぐにこっちを見て話を聞いていた。その目が海馬をくすぐった。
懐かしい目だ。本当に、アイツによく似ている。なぁ、オレはずっとずっとお前のことを探していたんだぞ。
「そしてギルドで働くためには魔法が不可欠だ。さっきのお前みたいに感情の任せて魔力をぶちまけるだけの魔法じゃない。きちんと己の力を制御して、戦っていくための力を身につけなくちゃ、魔法族は生きていけねぇんだ」
「魔法……ギルド……」
「なあ、小僧。俺と一緒に来るか」
「え……!」
「ギルドに入ることができるのは十五から。見たところお前には少なくとも数年、時間があるだろう。それまでに俺がお前を鍛えてやる。ギルドの魔導師として一人で生きていけるように」
「あなたは、一体……」
「ああ、そういえば名乗っちゃいなかったな」
なあ、リチャード。俺はようやくアンタの息子を見つけたぞ。まさかセリアンの孤児院にいるなんて思いもしなかったから少々見つけるのが遅れちまったが、それでもようやく見つけたぞ。今日こいつに会うことができたのは、俺にとって奇跡みたいなもんだ。
「俺の名前はグレイアム・アンダーソン。魔導時ギルド【紫の夜明け (パープル・オルトゥス)】の魔導師だ。小僧、お前の名前は?」
「ロベルト……ロベルト・ハードスタッフ」
ああ、知ってるさロベルト。
いつかきっと、お前の本当の名前も教えてやるから。
ロベルトは初めて魔力を使用したことで消耗しているものの、ここにくる前に受けたリンチの後以外に怪我は見られなかった。マリアは治療をすると言って聞かなかったけれど、ロベルトの治療に関しては止めておいた。本人は興奮していて自分の状況を客観視できていないようだったが、これ以上の魔力の消費は危険だ。
それにしてもあの年で、ただの属性魔法ではなくその応用をした治癒魔法なんて使う子どもがいるとはな……。そういえば水の魔法の応用で治癒の魔法を考えるなんて昔、誰かが言っていたような気がするがあれは誰だったかな。
「つーかよ、マリア。お前は良いのか?」
「何がでしょうか」
「人、待ってたんじゃねぇのかよ」
「……あ“ッ」
やっちまった……!!
という、令嬢らしくない心の声が彼女の顔にありありと浮かび上がる。
「……わたしはこれにて失礼します」
血の気の引いた表情で、慌てて踵を返したものの、そのか細い体がぐらりと傾いた。
「っ、おい!」
慌てて傾いた抱き留める。
「マリ、ア……あぁ?」
こちらの心配をよそに、彼女は糸が切れたのか、すやすやと寝息を立てながら穏やかな表情で眠っていた。
「あの、大丈夫ですか!?」
「眠ってるだけだ。軽度の魔力欠乏症の症状だろうが、休めば問題ねぇよ。要するにただの電池切れだ」
問題ねぇんだが、コイツをどうしようかね。
ロージィ家の娘ってんなら、コイツの家の場所も一度実家に帰れば分かりそうなものだが、コイツの連れってのが心配しているかもしれねぇ。ひとまず会った場所までコイツを運んでみるか。もしかしたら近くにその連れがいるかもしれねぇしな。
「ロベルト、ちょっとここで待ってろ。人が来そうだったら適当に隠れてやり過ごせ。嬢ちゃんの方は戻れるようなら孤児院に戻りな。お前はセリアンだから、俺にはどうしてやることもできねぇ」
子どもたちに指示を出し少女の体を肩に担ぐと、俺は最初に彼女と出会った場所まで戻って行った。あれは確かこの辺りにある薬草屋の近くだったような。
それにしても、ちっせぇ……つーか細ェ体。こんなんで本当にギルドに入るつもりなのかよ。商売敵の俺が言えたことじゃないけど本当に大丈夫なのか?
ギルドに入れば命がけの仕事だってしなくてはならない。そんな中でこの小さな少女がやっていけるのかと心配になるものの、頭に浮かんでくるのは今日見た彼女の姿だった。
菫色のドレスを纏って優雅に微笑んでいる時よりも、ハイヒールを脱ぎ捨てて、ドレスの裾を火の粉で焦がしながらも果敢に立ち向かおうとする彼女の姿の方がずっと美しかったように思う。
「……って何言ってんだ。俺はロリコンかっての」
本当にこの少女があのロージィ家の娘なのか、今でも信じられなかった。ロージィと言えば魔法貴族の中でも上流貴族にあたる家柄。歴史と伝統を重んじ、悪く言えば型にハマりすぎたような典型的な貴族思考の家柄であったはずだ。そのせいであの家の女たちはもっと決まって絵に描いたような淑女ばかりが揃っていたように思う。何を間違えたらあのステイシーの娘がこんな跳ねっ返りになるのだろうか。
「む、ん……」
小さな声が鼓膜を揺する。起きたのかと思ったが、どうやら寝言のようだ。人に運ばせているからと言って呑気な奴だ。
「んん、こらす……」
「なんだってー?」
「にこ、らす……」
「…………ッ!?」
彼女が呟いたその名前に呼吸が止まりそうになった。
ニコラスだって……? いやまさか。よくある名前だ。彼女の呟いた名前の持ち主が自分が知っているニコラスであるはずがないだろう。突然知った名前を聞いたからと言って驚きすぎだ。
「マリア、マリアどこだ!」
その時、彼女の名前を呼ぶ声がした。おそらくマリアが言っていた待ち人のことなのだろうが、その声は間違いなく記憶の中にあるその人のものだった。マリアを木陰に座らせると、念のために自身に消音呪文をかけて物陰に身を隠す。するとすぐにマリアの待ち人であろう男がその場にやってきた。
暗闇の中に紛れるような黒い衣服と、深い青色の髪。間違いない。マリアのいうニコラスは、俺の知るニコラス・ウェインライトその人だった。しかしその姿を見るのは一体何年ぶりだろうか。そもそもあの日てっきり彼も死んだものだと思っていたから、彼が生きていたこと自体に驚かされていた。
「マリア、マリアしっかりしろ!」
ニコラスは切羽詰まった声音でマリアの肩を揺らした。マリアが目を覚まさないと分かると、彼女の額に手をかざす。するとニコラスの掌から薄い水の膜が現れて、彼女のことをそっと包み込んだではないか。あれは間違いなく先ほどまでマリアが使用していたものと同じ治癒の魔法だ。
そうか、マリアは治癒魔法をアイツから習っていたのか……。そうだ、マリアの属性は水の魔法だった。ロクな魔法も使うことができない母親と同じ属性であるといういのに、彼女は実に見事に魔法を操っていたではないか。彼女に魔法を教えたのは両親以外の誰かで、きっとそれがニコラスなのだろう。
「んぅ……」
「マリア……!」
「ん、せんせ……?」
「……ッ、この大馬鹿者!!」
ニコラスに怒鳴りつけられて、マリアはキョトンと目を丸くする。それからようやく自分の状況に気が付いたのだろう。
「ああ、わ、わたし、あの……ッ」
「この、馬鹿者が……ッ」
小さな体を、ニコラスは己の腕の中に押し込めた。その背中が震えているように見えたのはきっと見間違いではないのだろう。
「先生……ごめんなさい。良い子で待ってるって言いましたのに」
「店を出て、お前がどこにもいなくて、私がどんな思いをしたと思っているんだ……ッ」
「ええ。本当にごめんなさい。大丈夫です。お洋服はダメにしてしまったけれど怪我はしていませんわ。少し魔力を使いすぎてしまったから疲れてしまったんですけど、先生が魔力を分けてくださったからもう大丈夫です」
「……ッ」
「先生、大丈夫です。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
まるで子どもをあやす母親のようにニコラスの背中を撫でながらごめんなさいを繰り返すマリア。
あの二人はどんな関係なんだ。マリアが先生と呼んでいるところを見るに、彼女の魔法を教えたのはニコラスで間違いないのだろうけれど。
そもそもどういうことだ。なんでニコラスがここにいる。リチャードが死んだあの日を境に忽然と姿を消していたはずのお前が、こんなところにいるんだ。ロージィ家の娘となんの関係があるというのだ。
「……っ!」
パッとニコラスがこちらに視線を向ける。
「……先生?」
「いや、なんでもない。お父上が心配されている。すぐに帰るぞ」
そういうと、ニコラスはマリアのことを横抱きにして持ち上げた。
「せ、先生……わたしは怪我もしていないのですから、おろしていただいて大丈夫です……っ」
「裸足で駆け回っておいてよくぞ、そんなことが言えましたなミス・ロージィ。大人しく抱えられていれば良いだろう」
「でもそんな、先生の細腕では……」
「マリア」
「冗談ですわ」
クスクスとマリアが笑う声が冷たくなり始めた風を揺らした。闇の中でも彼女の明るい髪色はとても目立っていた。
「帰ったら今日のことを一から全部話していただきますぞ」
「そうですわ、是非とも聞いていただかなくては! わたし、先生から教えていただいた魔法、ちゃんと実戦でも使えたのですよ」
「……事の顛末を聞くのは説教のためであると分かっていますかな?」
「それはそうですけれど。あなたの弟子はこんなにも成長したのですから、少しくらいは褒めてくださいませ」
「はあ……まったく……君というものは……」
そういうとニコラスが魔法石を引かさせ、二人の姿はしゅるんと闇の中に消えていってしまった。今頃は揃ってロージィ家の屋敷に到着している事だろう。
「まったく、今日は驚かされることばっかりだぜ」
まったく、こういう時に炎の魔力は厄介なんだよな。基本的に、傷つける以外のことは何もできねぇ。
ようやくあの子を見つけることができたけれど、まさかあんな大火事を起こしているところに出会すことになるとは。マリアが居合わせてくれなかったら人も物も被害はもっと甚大なものになっていたの事だろう。森の一部が焼けて、数人の子どもが軽い火傷を負うだけで済んだのは間違いなく、あの少女がいてくれたからだ。
マリア・ロージィか……知らない間にずいぶん面白い魔導師が育ってるんじゃねぇか。
「また会いてぇなぁ……キティちゃん」
ぴゅーっと吹いた口笛が風の中に溶けていく。
愛しいロベルトの元へと急ぎながらも、年甲斐もなくこれからの展開に胸を踊らされた。
「どういうことなのか、説明してもらおうか。マリア」
「お父様、これはわたしの責任でして……ニコラスを責めないでくださいまで」
「安心しておくれマリア。私はニコラスのことは信頼している」
え。
「どうせ君が彼のいうことも聞かずに暴走をした結果なのだろう」
え……ッ。
「説明してくださいますよね、マリアお嬢様」
「ということだ。話しなさい、マリア」
「…………はいッ」
お屋敷に戻ってからというものの、わたしはお父様とニコラスの間に挟まれて今日あった出来事を説明させられた上に、コンコンと二時間以上にわたるお説教をされた上に、ギルド入団までの間に週二回もの社交場への参加を約束させられるのでした。
【第一章 転生しまして、ごきげんよう/了】
これにて1章完結です。
次話からは2章、いよいよギルドに入ります。




