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悪役令嬢はダークヒーローを救いたい  作者: 橘田ぽんず
第1章 転生しまして、ごきげんよう
10/18

10 火事騒動ですわ




「なんだぁ!? 爆発……? いや、あの炎、魔力を感じるぞ!?」


 突如起きた爆発は間違いなく、ロベルトが起こしたものだろう。炎属性の魔力特有の肌にひりつく熱がここにいてもヒシヒシと感じられた。


 原作における第一話の流れはこうだ。幼馴染みであるメリッサが同じ孤児院の子供たちから暴行を受けている場面に出くわしてしまったロベルトが、怒りとともに炎の魔力を暴発させてしまう。駆けつけたグレイアムによってロベルトは魔力を鎮静化させることができるのだけれど、火事自体はすぐには治まらず、その場に居合わせた子どもたちはメリッサ含めて大なり小なり火傷を負ってしまうのだ。そこでロベルトは初めて自分が魔法族の人間であることを知ることとなる。正気を取り戻したロベルトがメリッサに手を伸ばすも、彼の炎に左目すらも焼かれてしまったメリッサは、混乱したまま朧気な視界に写ったロベルトのことを『化け物』と罵って拒絶する。もともと孤児院に居場所がなかったロベルトは、この一件からセリアン界での居場所を完全に見失ってしまい、グレイアムに手を引かれて魔導師としての道を歩むことになるのだ。

 この一件で死者は出ない。だが、この事件はロベルトとメリッサ、その両者の心に影を落とすことになってしまうのは紛れもない事実だった。

 そして奇しくも、わたしがこの世界で授かった魔法は水の魔法なのである。


「マリアはここにいろ。人を待ってんだろ、そいつが来たらすぐにここから離れるんだ」

「分か……」


口を開きかけるも、言葉が続いてこなかった。

わたしが出す答えは本当にこれでいいのだろうか。確かにこの件では誰も死なない。それでもあの子たちは心にも体にも深い傷を負ってしまうのだ。ましてやメリッサは、たたでさえ顔に火傷跡があるのにも関わらず綺麗な方の左側にも一生消えない傷を刻まれてしまう。そしてその傷を与えた事実がロベルトの心に大きな影を残すことになる。

 もちろん、ここで感じたものの差によって未来が変化する可能性は大いにある。そしてその差というものがどう言った結果になって現れるのかは、その時になって見ないと分からない。

彼らの心の重荷を少しでも軽くすることが出来る力を今のわたしは身につけているのに、原作に深く介入したくないからって身勝手な理由で見過ごすことが、果たして正しいことなのだろうか。

 ここで彼らに傷を負わせなければもっと大きな負の結果をもたらしてしまうかもしれない。もたらさないかもしれない。


「……ッ」


 まるでトロッコ問題ね。


「マリア!」


急かすようなグレイアムの声に強張っていた体が一瞬解けた。そうだ、今は迷っている暇なんて今はない。グレイアムを不用意に引き止めてしまっては本来ならば死なずに済む命に影響を与えてしまうかもしれない。


「ええい、南無三!」

「!?」


 パチンと己の頬を叩いた。何がトロッコ問題だ。そもそもわたしがしていること、わたしの存在自体が博打のようなものなのだ。どこで影響を与えたのかなんてその時になって見ないと分からないのなら、過剰に心配していても仕方がない。不安で目の前の現実から目を逸らしていたんじゃ誰も救うことなんて出来ないだろう。


「わたしも行くわ!」

「はぁ!?」


 それに、女の子の顔に傷を残すなんてこと。やっぱりあっちゃダメだ。


「恐らくあそこには炎の魔導師がいるのでしょう? わたしの属性、水なんです。炎の魔導師がいるのでしたら役に立てるかもしれませんわ」

「だからって……」

「わたしはギルド所属を希望しているのです。入団前の小手調べですわ。ほら、急ぎますわよ!」


そう言って走り出すと「怪我しても知らねぇかんな!」とグレイアムも一緒になって爆発の発信源へと急ぐ。森の中を走っていくうちに邪魔になってハイヒールもヘッドドレスも脱ぎ捨てた。タイツが破れて足の裏に小石が刺さるのもお構いなしに、木々を掻き分けながら走っていくと、目的地には直ぐに到着することが出来た。


「あぁぁぁああぁぁああッ!!」


ごうごうと燃え盛る炎の中で、叫び声を上げ続けている少年の姿があった。あれがこの物語の主人公、ロベルトだ。

 当たり前だけど、アニメで見るのとは全然違う……!

 これが肌で感じる本物の暴走した魔力……!


「これじゃあ近づけませんね……!」

「なんて火力だ、てんでコントロールができちゃいねぇ! 本人の意思も炎に飲み込まれてやがる」


炎は彼の体を包み込み、誰も近付くことは出来ない。傍らには状況を理解することも出来ず、火傷による痛みに混乱しながら右往左往する少年たちの姿が見えた。彼らに関しては、行ったことを考えれば炎に焼かれて当然だと罵りたくなってしまうものの、今はそんなことを言っている場合ではない。まずは現況となっているロベルトを止めなくては。これ以上被害を拡大させてはならない。


「すぅ……はぁ……ッ」


落ち着いて。大丈夫、ここでは死者は出ないはず。だから大丈夫。どんな時でも心に余裕を持つことが魔導師の基本だって、ニコラスから教わったでし……!。


「水砲装填!」


頭の中で術式を組んでいく。大丈夫、思考はクリアだ。


「アクア・ショット!!」


突き出した拳の周囲に水を集めて、それを砲弾のように一気に放った。水の砲弾はロベルトのこめかみ目掛けて真っ直ぐに飛んで行ったのだが、彼を包み込む炎にぶつかると、ジュッと音を立てて一瞬で蒸発してしまった。


「こ、ここまで効果ありませんの……? まるで焼け石に水じゃない……!」

「メリ、ザにィ、めリっさに、ぢがづくなァ!」


ロベルトの意識はもうほとんど飛びかけてしまっているのかもしれない。『メリッサに近づくな』そればかりを口にしているものの、メリッサに近付かずとも同じことを繰り返しているあたり状況を把握することはできていないようだった。ブンっとロベルトが腕を振るうと、鞭のようにしなる炎が襲いかかってくる。すかさず後方に飛び、攻撃を交わした。


「俺が行く! 俺の属性も炎だ。あの程度の炎に焼かれるほど俺の炎はヤワじゃねぇ! ぶん殴ってあのガキの目ェ覚まさせてやる! お前はこの森をどうにかしてくれ。このまま燃え広がったらまじで洒落にならねぇ!」

「お任せくださ……あッ」


ここは原作通りの流れになるようだと身を引こうとしたのだが、あることを思い出し慌てて声をかける。


「グレイアム、コートを置いたってください!」

「はぁ!?」

「良いから!」


説明もそこそこにコートを脱ぎ捨てさせるとわたしは辺りを見回した。一つ一つ木に燃え移った炎を消していったんじゃ多分被害は広がるばかりで鼬ごっこになりかねない。最小限に抑えるためには広範囲に一気に魔法をかけてしまうのが最善策だろう。


「グレイアム! 貴方の炎は雨程度では消されませんわよね?」

「当たり前だろ! 俺を誰だと思ってるんだ!」

「その言葉、信じましてよ!」


わたしの今の力じゃ、どうせ三十秒も持たせられないけど……!!


肘を曲げて胸の前で腕をクロスさせる。この世界では魔法は頭で術式を組めば事足りてしまうため、ノーモーションでも魔法の発動は可能だ。それでも技ごとに応じてモーションを付けたのは、ニコラスからの教えである。焦る状況であっても、少しでも冷静でいられるように。決まったルーチンワークを作ることで順々に思考の道筋をクリアにすることが目的だ。


最大範囲測定完了、出力最大!!


驟雨(しゆうう)の幕!!」


叫ぶと同時にパタリと雫が頬を濡らした。数秒後には雨が一気に辺りに土砂降りの雨が降り注ぐ。痛いくらいに強く頬を叩く雨が森の限られた範囲になだれ込んでいく。激しい雨粒によって視界はあっという間に白く染め上げられた。


「は、ァ……ッ!」


雨が上がると同時にその場に膝を着いた。心臓がバクバクと音を立てている。目の前がチカチカした、明らかに血中の酸素が足りていない。全力疾走した時のような疲労感だった。


それなのに、二十秒しかもってないじゃん……!!


この技はまだ開発段階のものであったし、ここまで広範囲に長時間雨を降らせたこともなかった。無事に発動しただけ及第点かもしれないが、だけれどまさか想定していた時間の三分の二にも満たない時間でこんなにも息が上がってしまうとは。悔しさに歯噛みする。

正直あまり実践向きの技じゃなかったかな。術式の改良である程度どうにかなるにしろ、魔力の燃費も悪すぎる。先生に相談してみなくちゃ……。


しかしそれでも効果はあった。これだけ辺り一面が湿気ってしまえば、この先いくらロベルトが炎を炊こうともそう簡単に引火しないだろう。


「こらマリア! 雨っつーかスコールじゃねぇか!」

「驟雨ですもの。問題ありまして?」

「ねぇよ! パンツまでびしょ濡れになった以外はな!!」

「ご自身の炎で乾かしてくださいな。なんのための炎です」

「少なくとも乾燥機にするためじゃねぇよ! ……だが、良くやった! あちらさんの火力も抑えられたみてぇだ!」


ニッと歯を見せると、グレイアムはロベルトの所へと向かっていった。全身に炎をまとうとそのままロベルトの間合いへと飛び込んでいく。ロベルトの炎がグレイアムに襲いかかるけれど、彼の炎ではグレイアムを焼くことは出来ない。


「甘っちょろい火だな。そんなんじゃ暖も取れねぇぞ!」

「ぁああぁあッ、めり、ザ! メリっさぁああァァぁ!!」

「なんつー凶暴な炎をぶん回してんだよクソガキが……ッ、テメェの母ちゃんの炎は最も暖かくて優しい炎だったぜ」


ロベルトの拳をいなし、攻撃を加えながらも、どこか寂しそうにグレイアムが微笑んだ。


「あいつの炎は守るための炎だったんだ。それをこんな使い方するんじゃねぇ、してやるんじゃねぇよ!!」


グレイアムの拳に彼の炎が収束していく。


「守るための炎で! 惚れた女を傷つけてんじゃねぇぞ、馬鹿餓鬼がッ!!」


 集まった炎ごと、グレイアムがロベルトの頬に拳を叩き込んだ。ロベルトの体は遥か後方にまで吹っ飛ばされて、それと同時に煌々と燃え上がっていた凶暴な炎も鎮まっていく。


「ふふ……」


まるで父親のゲンコツね。そんなこと言ったら『彼』が怒るんでしょうけど。

ロベルトも一先ずは落ち着いた。火事も森の一部を焦がすだけの被害な抑えることができた。あと、今のわたしが出来るのは……。


「大丈夫かしら」


笑いそうになる膝を叱咤して立ち上がると、グレイアムが脱ぎ捨てたコートを拾い上げ、状況を理解することが出来ずにいるメリッサの元へと歩み寄った。


「あ、の……」

「怯えることはないわ。彼のことも大丈夫よ。あそこのおじさんがどうにかしてくれたから、時期に目を覚ますはずだわ」

「おい、誰がおじさんだ」

「貴方以外にいるはずがないでしょう」


メリッサの肩にコートをかけてやる。彼女が本来着ていただろう衣服は、ボロボロになっていたところを焼け焦げて見るも無惨な状態になってしまっていたから。


「泥だらけのぐしゃぐしゃだけれど、こんなものでもないよりはマシでしょう」

「あ……」

「少し痛むかもしれないけれど、動かないでちょうだいね」


困惑するメリッサの目元に手をかざす。大きく息を吸い込み、それからゆっくりと肺の中の空気を吐き出した。

魔力を多く含んだ水の膜を掌の内側に作り出す。焼けただれた患部を水の膜が包み込むと、痛みからメリッサが息を飲んだ。


「ひ……ッ」

「動かないで」


再度制する言葉を吐いて、掌に意識を集中させる。ニコラスから教えてもらった彼のオハコ、水属性の魔力を応用した治療魔法の基礎である。爛れた皮膚組織を取り除き、生きている組織の動きを活性化させていった。細胞を壊しては繋ぎ、壊しては繋ぎ。それを繰り返していくイメージで。メリッサはまだ若いから、本来の彼女の治癒力を刺激してあげれば、治療はどんどん進んでいった。


「ふ……ッ、く……っ」


 メリッサからは苦悶の声が上がる。それなりに大掛かりな治療だから痛むのは当然だ。


「ごめんね。もう少しだけ、耐えてちょうだい」


眼球も無事ね、良かった。傷付いているのが角膜だけならわたしでも修復ができる。こらならきっと視力にも大きな問題は与えない。眼球の組織図を細かくイメージして、大丈夫よ。先生の弟子なら、大丈夫。

頬を雫が伝っていく。滑り落ちていくそれが先程降らせた雨なのか、全身が濡れているのにも関わらずに吹き出してくる汗なのか、気にする余裕もなかった。


「……お疲れ様、がんばったわね。もう目を開けて大丈夫よ」


 魔法を解除してそう伝えると、彼女は恐る恐る双眸を開いた。よく見れば後になっているのはわかってしまうけれど、年頃になって化粧をするようになればほとんど気付かれない程度の薄さにになったことだろう。

 今日出来てしまった傷跡も、そして。彼女の右半分の傷跡も。

 流石に古傷を完治させることまでは出来なかったけれど、前髪で隠している分にはほとんど気にならないだろう。


「あ、あの……今のは」

「治療の魔法よ。完全に跡が消えたわけじゃないけれど、もうほとんど目立たなくなっているわ」

「え……ッ」

「だからね。びっくりしたでしょうけれど、彼のこと恨まないであげてちょうだいね」


 メリッサは地面に転がされて意識を飛ばしているロベルトの方に視線を向けた。それからギュッと、服の裾を握り込む。


「恨むなんて……そんなことできるはずがありません」

「そう……良かったわ」


 原作でメリッサは目を覚ましたロベルトに『化け物』と罵声を浴びせてしまう。しかしきっとそれは優しい彼女の本音ではなかったのだ。一方的な暴力に晒されて、それからあんな日の中に放られて怪我を負って。小さな子供がパニックになるのは当然のことである。

 だからこうやって少しでも気持ちを落ち着かせてあげれば、あの悲劇は起こらないのではないかと踏んでいたのだが、予想していたようにことが運んでくれて一安心だ。


「視力は?」

「えっと……ちゃんと、見えます」

「そう、良かったわ。でもごめんなさい。右目の視力を取り戻すことは、今のわたしには出来なかったわ」

「え……?」

「う、ん……っ」


 ちょうどそのタイミングで聞こえてきたくぐもった声。ロベルトが目を覚ましたようだ。


「あれ……オレ……」

「ロベルトくん!」

「メリッサ!? お前、顔の傷が……」

「ロベルトくんッ!」


 目を覚ましたロベルトの下へ、メリッサは一目散に駆け寄って行った。わぁわぁと泣きじゃくるメリッサと、彼女の顔から消えた火傷の跡にただ困惑しているようだった。


「もう、もう! だからあたしのことなんて庇わなくて良いって言ったのに……!」

「そんなことよりもお前、その顔……!」

「そんなことじゃない!」


 鏡を見ていないメリッサは己の変化に気がついておらず、泣きながらロベルトに詰め寄っていた。

 グレイアムから事の顛末を聞かされると、彼は自分のしてしまったことの大きさにショックを受けているようだったが、そこはきっとグレイアムが立ち直らせてなんとかするのだろう。今のロベルトはメリッサまで傷つけてしまったわけではない。彼はこの森の一部を焦がしていじめっ子たちに少々熱い灸をすえた以上のことはやっていないのだから、そこまで大きな心理的傷になってしまうこともないはずだ。それでもこれだけのことをした、という事実があれば心境の変化を起こさせる要因としても事足りているはずだ。


 ひとまず、一件落着。かな。


 先のことは分からない。

 それでも今、記憶の中にある姿よりもずっと明るい表情をしているロベルトとメリッサを見て、わたしは自分がしたことは絶対に間違っていないとそう思うことができた。




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