さよなら嘘つき
中学2年生の早苗は、不登校だった。
望んで不登校になった訳ではない。小学校の頃は、それなりに学校に行っていた。
しかし、中学に入る頃に彼女の病状が悪化し始めて、島の病院に入院する事になった。
次第に学校に行く頻度は下がり、過度な運動を制限され、最近は外出許可無しに外出することも出来なくなった。
彼女は段々と追い込まれていた。
病気だけでなく、環境までもが彼女の心の枷となった。
次第に彼女は、一日の大半を誰とも話す事なく病室のベットの上で過ごすようになった。
去年の誕生日に貰ったスマートフォンは、彼女の退屈を凌ぐ道具としては十分だった。
彼女が変わったのは、それなりに冷え込み始めた11月のことだった。
彼女の住む島に、一人の青年が引っ越してきた。
彼女の生まれ育った島は、消して賑やかな場所では無かった。
都会から離れた狭い島、住民の多くが老人で少子高齢化の最たる場所のようなところだった。
そこでしか暮らした事のない彼女にとって、それが世界のすべてだった。
越してきた青年は、同時に病院に入院した。
ナースさんから詳しい話は聞かなかったが、この病院に入院するために越してきたらしい。
彼女の隣の病院に、青年の病室が決まった。
気づけば彼女は、次第に彼と話をする仲になっていた。
色々な話を聞いた。
彼は東京から越してきた高校2年生で、病気のためにあまり学校に行けていないこと。
両親は別の場所で暮らしていること。
ナースさんの話通り、この病院に入院するために越してきたこと。
こんな田舎の病院に、東京の病院よりも価値があるのだろうかと考えたが、考えるほどに理由など無いように感じた。
しかし、理由を彼に聞くのはやめておいたほうが良いと直感した。
季節が過ぎ去り、彼が来てから一度目の春が来て、終わった。
いつしか彼女は、彼に恋心を抱いていた。
ちょうど去年の今頃に、彼がやってきた頃だった。
彼は彼女に、こう告げた。
「実はね、もうすぐ引っ越すんだ。また東京の方に戻るよ。
だから、もうお別れなんだ。ごめんね。」
聞いて彼女は泣いた。学校に行けなくても、友達と遊べなくても、うまく流せなかった涙が、彼の言葉一つで自分でも驚くほど流せた。
彼の病室のベットで泣く彼女を、彼は黙って、ただ何も言わずにいてくれた。
ひとしきり泣いて、彼女はいつ引っ越すのか聞いた。
彼は、まだ決まっていないけど多分もうすぐ。と答えた。
それから3日後の朝、ナースさんから彼が引っ越した事を告げられた。
それと一緒に、一つの手紙をナースさんから貰った。
彼が書いたものだった。
彼女は、震える手で手紙を開けて読んだ。
「いきなりでごめんね。
引っ越す時を言ってしまうと、君はもっとずっと悲しんでしまうような気がしたから、あえてこうしたんだ。
君と一年間くらい話せて、とても楽しかった。
多分もう会えないけど、元気でね。」
綺麗な字で書いてあったその丁寧な手紙を封筒に戻し、押し寄せる様々な感情を流すために、再び泣いた。
前に泣いていた時に傍にいてくれた彼は、今はいなかった。
その日の夜、抜け殻みたいになった胸を埋めようと病院を抜け出して外を散歩した。
外出許可無しに出歩いたら、後で怒られるんだろうなぁと、そんなことを考えながら彼女がアスファルトを歩いていると、ふと声が聞こえた。
「えぇ、はい。とても残念ですが。
はい、えぇ。大丈夫です。彼の希望通り、彼女にはそう伝えています。はい。」
病院の、医院長の声だった。電話をしていることは、口振りから分かった。
一体、何のことを。
そう思い、彼女は少しだけ医院長の電話を盗み聞きした。
彼女が気づくまで、時間はかからなかった。
両手で口を押さえる。胸が逸る。
そうだ、全部嘘だったんだ。
彼が私を悲しませないために、もうすぐ死ぬ事を悟った彼が、私を思って。
そう気づきた彼女は、訳もわからず走り出していた。
久し振りに走る。地面を駆ける、そんな感覚など思い出すまもなく頭の中は何か大きなものに埋められていた。
いつの間にか、彼女は沖の近くまできていた。
この5m下は、海。地形上波が強い。
彼女は自殺を決意した。
どうてもまた彼に会いたかった。
会えるのならば、何でもするとまで言えた。
崖の端に足を運び、波を見る。
相変わらず強い。そして、怖い。
色々考えた。
申し訳なさ、辛さ、悲しさ、あらゆる感情が波よりも早く強く押し寄せる。
感情は、彼女の背中を押した。
気づけば彼女は、夜の海へと飛び込んでいた。
髪が波の飛沫に触れる。
月が静かに彼女を見る。
波が彼女を攫った。
これでまた君に会える、と彼女は少し笑った。