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離島の因習  作者: 紫李鳥
1/2

前編

 



 左には菜の花畑。右には紺碧の海。


 小高い丘に伸びた一本道を行くと、白い建物がある。


 それが、四、五歳の頃の記憶の断片だった。


 床に臥せた母の髪を(くしけず)ろうとした父いわく、絡まった毛先を櫛が通ることはなかった。と聞かされているが、なぜ、母が臥せていたのか、そこに至るまでの経緯は聞かされていない。


 だが、そんな記憶にさえない母の顔だが、その髪質だけは、遺伝として私に受け継がれていた。


 母の死後、父は漁師を辞めると、私を連れて故郷を離れた。


 記憶の断片にある、連絡船から振り返って見た島は、段々畑の菜の花で黄色かった。


 父は日雇い人夫をしながら、各地を転々とした。


 酒が入った父の口からその事実を聞かされたのは、私が高校を卒業して間もなくだった。――




「貧しくてなぁ……。お前の母ちゃんを病院に連れて行く金もなかった。……暢子、勘弁しろなぁ。父ちゃんに甲斐性がねぇばっかりに……」


 父は(はなみず)を啜ると、自責の念に駆られるかのようにコップ酒をあおった。


「……母さんはなんの病気だったの?」


 これまで、その件に触れないのが暗黙の了解になっていたが、話の流れで、ついでに聞いてみた。


「……流産してなぁ。元々、体が丈夫なほうじゃなかったから。……父ちゃんが殺したようなもんだ」


「……ね?私の記憶に白い建物があるんだけど、あれって、灯台?それとも教会?」


 途端、コップを持った父の手が止まった。


「……教会だ」


「じゃ、お父さんもクリスチャンだったの?」


「島のもんはみんなそうだ」


「じゃ、母さんも?」


「やめろーッ!」


 父は突然、持っていたコップを壁に投げつけた。


 私は驚きのあまり、目を丸くしたまま身じろぎもできなかった。


 穏やかで物静かな、いつもの父とは別人のようだった。


「……お父さん」


「……すまなかった」


 父は頭を抱えると、後悔するかのように身を震わせていた。


 その様子は只事ではなかった。


 ……故郷のあの島で、一体何があったの?


 私は、割れたコップの欠片を拾いながら、頭を抱えたままの父を凝視した。


 重い十字架を背負ったような、苦痛に()ちた父の表情を目の当たりにして私は、“目に見えない不安”という余所者がなんの前触れもなく、突然迫ってくるのを犇々(ひしひし)と感じた。


 それ以上、父の口から真相が語られることはなかった。




 私が全貌を知ったのは、それから二年後の、父が脳梗塞で逝った後だった。


 父の遺品となった古い外套(がいとう)の内ポケットから、封がされていない一通の封筒を見つけたのだ。宛名には『安田驥一様』とあり、宛先には故郷の住所が書かれていたが、差出人の名前はなかった。


 毛筆で書かれたその筆跡は、紛れもなく父の字だった。


 そして、中にあった手紙の内容はあまりにも衝撃的だった。

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