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魔神王スズムシ、ようやく目覚める

作者: あびすけ







 魔神王スズムシが目を覚ました時には、すでに彼女のお城は崩壊していた。


「なにこれ」


 目をこすりながらスズムシは周囲を眺めた。瓦礫、瓦礫、見渡す限りの瓦礫。


「意味わかんない。なんでアタシのお城がこんなことになってるわけ」


 無傷なのはスズムシが寝ていたベッドと、それにスズムシ自身だけだった。


「アジダハーカ! ペズズ! 渾沌獣カオス! ハルピュイア!」


 彼女は自分の配下である四天王『悪竜』『悪魔』『凶獣』『怪鳥』の名を呼んでみたが返事はなかった。次に執事やメイドを呼んだがこれも返事がない。魔神王たる彼女の呼び掛けを無視するような不敬を、スズムシの眷族けんぞくたちがするはずがない。ということはつまり


「なに、誰もいないわけ?」


 スズムシは立ち上がった。爆発したような寝癖の黒髪を揺らしながら扉を探した。床から天井までうず高く積まれた瓦礫、瓦礫、瓦礫。どこにも出口はありそうにない。


「めんどくさ」


 スズムシは人差し指を天井へ向けた。指先にどす黒い魔力が集中し、バリバリッと音が鳴る。瞬間、彼女の上方が跡形もなく吹き飛んだ。スズムシは華麗に跳躍すると天井の穴から外に飛び出した。


 外はさらに酷いあり様だった。瓦礫、残骸、廃棄物が山のように積み重なっていた。その頂上にスズムシは立っていた。寝る前に見た景色はこうではなかった。ご自慢の城、あらゆる魔物が棲まう城下町、何万もの軍勢、忠実なる配下、彼女にかしずく四天王、そしてその頂点に君臨する最強の魔導師ウィザード、魔神王とまで呼ばれたスズムシ・ジ・レギンマスターの領域はこんなガラクタまみれのゴミ捨て場ではなかった。


 スズムシは寝癖頭をグシャグシャ掻き、寝ぼけまなこで呟いた。


「ええー、アタシどんだけ寝てたんだろ」








 とりあえずスズムシは寝間着ネグリジェからいつもの服装に着替えるため、衣装部屋を探した。頭の中にありし日の城館の間取りを思い浮かべそれらしい場所を探したが、あまりにもグチャグチャに乱れてしまった城内は、もはやどこがどこやら彼女にすら見当がつかなかった。面倒くさくなったスズムシは手当たりしだい瓦礫を吹き飛ばした。


「あったあった」


 ようやく衣装部屋を堀当てたスズムシは、彼女お気に入りの魔術師外套ウィッチ・ローブを引きずり出した。こんなところに置かれていたのにローブは汚れひとつついていなかった。それもそのはずスズムシの服はすべて稀代の織物師『蜘蛛女アラクネ』の手によるものであり、材料は錬金植物マンドラゴラの繊維や聖馬ペガサスのたてがみ、他にもセイレーンやらキマイラやら希少な素材がおしみなく投入された最高級品である。


 ローブを羽織ったスズムシは魔法で空間に穴をあけ、その中に手当たりしだい服を詰めこんだ。


 それが終わると姿見の前に立ち、髪をかし邪魔にならないようポニーテールに纏め、鏡のなかの自分に見とれた。


「アタシってなんでこんなに可愛いの?」頬に手を当てスズムシはひとり身悶えた。


 確かに彼女はとても可憐だった。輝くような白い肌、人形のように小さな顔、大きな猫眼、赤い唇、闇よりも深い黒い髪。


「最強の魔導師にして至高の魔神王、さらには絶世の美少女でもあるなんて、天はいったいアタシに何物あたえるわけ?」


 身体をくねくねしながらしばらく自画自賛をしていたが、不意にスズムシは動かなくなった。


「賛同者がいないと虚しいわね」


 スズムシは不機嫌そうな目つきで舌打ちした。いつもなら配下の者たちが彼女に同意し『スズムシ様こそ天上天下唯我独尊! 三千世界に並ぶもの無し! 至高にして最高! 最強にして無敵!魔王にして魔神の覇者! まさしく魔神王の名にふさわしき絶世の美少女にございます!』とかなんとかおだててくれるのだが、今の彼女はひとりぼっちだ。


「ひとりでこんなこと言ってても哀しくなるだけだわ。ったくアイツ等アタシをほっぽってどこ行きやがったんだ。配下失格だな。処刑してやろうかな」


 確かにスズムシは美少女だが、こういった言葉遣いや粗野な性格、なによりその冷たい眼光によってすこし残念な美少女になってしまっているのだった。


 そのあとスズムシは先ほど同様、瓦礫の山をドッカンバッカン吹き飛ばし、魔道具や金銀財宝など、貴重な品々を手当たりしだい次元魔法の穴に放り込んでいった。それが終わるとスズムシは巨大な門の前に立った。聖騎士団や勇者たちをいくども食い止めた城壁の、それは最後の名残りだった。


 彼女は振り返り城の残骸を眺めた。


(アタシのお城、アタシと眷族たちの、大事な大事なお城)


 スズムシは目をうるうるされながら前を向いた。


(さようなら!)


 歩きだし


 ゴツンッ!


 と彼女は盛大に頭を打った。


「いってぇ!」


 額をおさえながらうずくまるスズムシ。


 立ち上がり眼前を睨む。何もない。


 スズムシは手を伸ばす。透明な壁に阻まれた。ジュウウッ、と肉のける音が響き、掌から煙があがる。


「なにこれ、結界?」灼け爛れた掌を見ながらスズムシは首をかしげた。「ええ? もしかしてアタシ、封印でもされてたの? ・・・まあ、なんでもいいけどさ」


 スズムシは不機嫌そうに眉をひそめ


「人がせっかくいい感じに感傷に浸りながら旅立とうとしてるってのに、邪魔しやがって」指をパチンと鳴らす。轟音とともにスズムシの領域を封じていた結界が粉々に砕け散る。「この程度の封印術でアタシを閉じ込めておけると思ってるなんて、コレ張った奴はそうとうのバカね」


 スズムシは門をくぐり世界に踏み出した。


 彼女は知らないが、じつに千年ぶりの世界だった。


 これほどの魔導師なのだから空を飛んだり瞬間移動テレポートしたり移動用の魔獣を召喚サモンしたり出来そうなものだ。しかしあいにくスズムシはちょっとした汎用魔法と、あとは超破壊特化型撃滅魔法しか修得していない戦闘バカである。


 こうして魔神王スズムシの冒険がはじまった。






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