シーイズパーフェクト
女子高生達がこっちを見ていたと思ったけど目が合わない。勘違いかな? 僕はまた窓の外に目をやると後ろから肩を叩かれた。慌てて振り返るとそこには広瀬さんが立っていた。
「なんで?」
驚きでうわずった声になった。
「………」
広瀬さんの声が聞こえない。
「ごめん聞こえない」
そう言うと耳元を指さすジェスチャーをした。
「あ……ごめん」
片側のイヤホンを外すと広瀬さんの声が聞こえてくる。
「吉井君全然気づかないから、結構前から声かけてたのに」
不機嫌そうに言いながら広瀬さんは隣の椅子に座った。女子高生達がこっちを見ていた理由はこれだった。
「みやは一緒じゃないの?」
「いつも一緒にいるわけじゃないよ」
少しだけ嫌な言い方をしてしまう。
「珍しいね、こんな所で会うの」
「ちょっと参考書を買いに」
今買ったばかりの参考書を紙袋から何冊か出して見せてくれた。
「学年トップでも大変なんだね」
「別に私勉強好きだから。後々自分のためにもなるし。それよりさ、今何聴いてたの?」
そう言うと、広瀬さんはちょっと聴いてもいい? と言ってテーブルの上に前のめりになり長い髪を耳にかけて僕のイヤホンの片側を耳につけた。広瀬さんが近い。多分人生の中で一番緊張している。僕は少しだけ息を止めた。一曲聴き終わるまでたかだか三分くらいなのにすごく長く感じた。広瀬さんはなにか納得したように頷いてありがとうと言ってイヤホンを外す。
「吉井君達の曲、だよね……」
「……そう、だね」
何とも言えない空気。そりゃそうだ。誰が聴いてもわかるひどい演奏。僕の頭の中は言い訳ばかりが溢れ出していた。
「そういえばライブ決まったのに教えてくれなかったでしょ? 教えてって言ったのに」
「いや、なんとなくタイミングが……」
「忘れてた?」
広瀬さんはまっすぐ僕を見ている。
「そういうわけじゃなくて」
これ以上突っ込まれると何も言えなくなる。本当に忘れていたんだから。
「でも誰に聞いたの?」
「んー、知り合い?」
「知り合い?」
「そうだよ。今そんな人いる? って思ったでしょ。これでもバンドやってるんだから、初心者だけど」
そうだった。前にスタジオで会ったときに話していた。確か友達に誘われてって言ってたのを思い出した。
「因みに私もそのライブでるんだよ」
「本当に?」
楽しみだなーとか言いながら広瀬さんはテーブルの下で足をパタパタさせている。
「ボーカルだっけ? 広瀬さん何でもできるもんね」
「何でもはできないけどできるようにする努力はしてるつもり。大きな声だすのってすごい楽しいんだよね!」
少し自慢げな広瀬さんのどや顔は普段の表情からは想像できないくらい可愛かった。まるで学校での表情は別人だってくらいに。
「吉井君達も準備オッケーなの?」
「いや……それが」
迷った挙げ句、誰かに話しという気持ちが勝った。客観的な誰かの意見が欲しかった。僕は今日スタジオであった事を全部話した。今、バンドがダメになりそうだって。話を聞いてくれている間に広瀬さんの顔は学校で会うときのそれになっていた。広瀬さんは少し間をあけてからこう言った。
「会議が必要ね」
疑問符が頭に浮かんでますって顔をしてたんだろう。広瀬さんは続ける。
「あ、ごめんね。皆で話し合うのが一番解決早そうだったから。ただどっちに傾くか分からないから本当に一か八かみたいなとこだけど」
やっぱりそれしかないのかなと思う。軽音部の時は離れるって選択は無い。一つのバンドならそれは当たり前のことなんだから。それでも僕は。
「一般的には多分これが模範解答だと思うけど。でもね私は少しほっといても良いかなって思う。好きとか嫌いとか、良いとか悪いはいろんな理由があるから。吉井君はなんとかしなきゃって頑張るんだろうけど」
吉井君、悩み過ぎて将来絶対髪の毛なくなるっていつもみやが言ってるよって笑う広瀬さん。
「あれ? 広瀬さんみやと話するんだ」
「するよ、だって私みやと小学校から一緒だし」
「あ、そうなんだ」
意外だった。二人は仲が悪いとばかり思っていた。後でみやにいろいろ聞いてみたいことが増えていく。
「雨もやんだみたいだね」
話に夢中で気がつかなかったが窓の外が明るくなっていた。
「あ、ごめんね長くなって。広瀬さんこの後用事とかなかった?」
買い物が終わったら家に帰るだけだったから気にしないでと広瀬さんは言って立ち上がる。駅まで一緒に帰ろうなんて言いながら。
本屋さんを出ると雨はすっかりやんでいたけど赤く染まった遠くの空にはまだ黒い雲が残っていた。広瀬さんの横に並んで歩く。少し前に僕が望んだ関係ではないけど。僕はそれでも良いと思う。まだ、嫌いにはなれないから。中目黒と花ちゃんの間に何があったのかわからないけど。
好きなバンドや映画の話をしていたらあっという間に駅についた。お互いに好きなものが一切かぶらないので質問のぶつけあいだった。それが良かったのか話は途切れる事なく続いたりして。
「それじゃ、ここで」
「うん、またね」
お互いに手を振る。別々のホームへ向かう階段を降りる途中、こんな時恋人同士ならどんな別れかたをするんだろうなんて事が頭をよぎる。一段降りるたびにたんたんたんって靴音を響かせながら地下道を抜けていく。ホームで電車を待っていると広瀬さんからメールがきていた。開いてみると「今日の事はみやに言わないほうがいいよ」って。どういう事? って返すと吉井君のためだよって。また一つ悩みの種が増える。ホームの青いベンチの上で考える。僕にできることを。まずは皆と集まって話をすること。そう思うと向こうのビルとビルの間に沈む太陽にさえ希望を感じることができた。