始まりのない終わりの始まり
「ごめんなさい。無理です。」
容赦の無い言葉。冷たい視線。甘くて優しい片思いの妄想は粉々に砕かれ、人生初の告白は一分かそこらであっけなく終わった。
中学生活最後の日。
雪がちらつく、よく晴れた日。
「そんで、結果はどうだった?」
中目黒のえらく直球な問いに「……無理だってさ」と素直に答えてしまう自分が情けない。
「だから言ったじゃん止めときなって。アンタじゃ無理。顔はフツーだし成績もフツー、そのくせ運動オンチってそりゃないでしょ。相手は美少女戦士みたいな生徒会長だし。大体アンタ目立たないし暗いし」
ファミレスのスパゲッティミートソースを箸で掴み思いっきり啜るような女に言われたくねぇよと思いつつも事実なので何も言えず。
卒業式の後、皆でメシでも行こうって流れでファミレスに。ただ、いつもと同じ軽音部、というか同じバンドのメンバーしかいないので目新しい感じもなく、あるとすれば卒業式というイベントが終わったってことだけ。
「みや言い過ぎだってば。そりゃ告白するって聞いた時は無理でしょっ、て思ったけどさ。でも万が一とかあるかなって思ってたんだけどね。次いこう、次。なんて言うかみや嬉しそうだね」
「ウチどエスだからさ。ウズウズするんだよね」
優しいんだか優しくないんだか解らないけど、フォローしてくれた感じで花ちゃんが言う。みや、お前には優しさとかないのか?
「でもお前なんであんなん好きになったの? あいつ評判悪いの知らないの? 気にいらない奴は難癖つけて虐めるとか自分の評価上げるために他の奴蹴落とすとか。数学の佐々木が辞めたのもあいつのせいらしいしね」
男のくせにケーキセットを小さいフォークでちまちまつつきながら中目黒が言う。
「なんでってそりゃあ・・・」
「まぁいいじゃないの。傷口をあんまり拡げてやんなよ。つまづいたっていいじゃない、人間だもの。女の行動に理由なんてない、男は理由を求めて恋を失う、ってね」遮るように部長が言う。
「それ誰の名言?」
「誰だっけ? そんなことはどうだっていいのさ。人生は吐き気がする程長いんだよ? とりあえず始めようか、ってもう始まってるけど。遅くなりましたが失恋、じゃない、卒業おめでとうって事で! 海パン! 失礼、カンパーイ!」
『かんぱーいっ!』
ひどいよ、部長。
その後僕らは二時間ぐらいいつものように次のライブいつやる? とか対バンはどこがいい? とかそんな話をあーだこーだいいながら、ぐるぐるとまわした。
「高校に行ってもこんな感じでいられたらいいね」
「アンタ、ばか?」
「そんなんだから振られるの!」
「お前は本当にアレだな……」
「当然っ!」
思った事をそのままに口に出す事でここまで言われるとは思いもしなかった。もうキャラとかではないんじゃないかと。ひどいなあとか思いつつもいつも通りの流れに居心地の良さを感じる。
店から出る頃には外はもう暗くなっていて、オレンジ色した街頭がキラキラしていた。電車通学の部長、花ちゃん、中目黒は駅方向へ、歩きの自分とみやは逆方向になるのでファミレスから少し歩いた所のコンビニで別れた。
帰り道。僕は考える。僕が彼女に振られた理由とか高校生活の事とか明日何しようかとかどうでもいい事がぐるぐる回る。僕はやっぱり、しばらくは彼女が好きなんだろうなと思う。それでいいじゃん。勝手に好きになって勝手に好きじゃなくなる。ただそれだけの事。
「ねぇ、なんで無言? 怒ってんの?」横を歩くみやが不機嫌そうに言う。
「ごめん、怒ってないよ。考え事をしてただけ」
「考え事って何?」
「んーと、色々?」
「色々じゃわかんないし」
「心配してくれてんの?」
「心配してないし。不機嫌そうに横を歩かれるのがムカつくだけ」
「ごめん、もう大丈夫、大丈夫だから。」
「本当に?」と僕の顔をマジマジと確認して「ただでさえ暗いんだから人より頑張んないと損するよ」といつものようにみやは言う。
「ありがとう。頑張るよ」と僕もいつものように返す。
みやはいつも本音で話をしてくれる。良いとか悪いとか、好きか嫌いか、はっきりしているので僕も本音で話すようにしている。みやといるととても居心地が良い。ただ、どちらも本音で話すので口論になる事が多いのが難点だけど、それでもこうしていられるのが救いだと思う。家に向かう緩い坂道を登りきった十字路で僕らも別々の道を行く。
「それじゃまたね。あんまり悩んでるとハゲるよ」と言ってみやは後ろに縛った少し短い髪の毛をぴょこぴょこ揺らしながら歩いて行った。僕はみやを見送ってから歩き出した。
一人になったら急に寂しくなった。空を見上げたらキレイな星。尚更、寂しくなってくる。皆といた事で考えなくてよかった事が頭の中の奥の方から溢れてきて「無理」って言われた時の映像が鮮明にフラッシュバックする。振られたんだなと実感すると同時に、始めから無理だったんだとか言い訳がでてくる自分が嫌いになっていく。考えれば考える程涙が溢れてくる。
「好きなんだけどなぁ」
呟きながら空を見上げる。散らばってる星が全部落ちてきて自分の体を粉々に吹き飛ばしてくれないかな? 何も残ら無いくらいに。ドーンッて。
「ドーンッ!」
背後からの衝撃で僕の体はくの字に曲がって、膝から地面に着地し、正座したような状態になった。声も出せずに振り返るとそこにみやが立っていた。「忘れ物!」と言って本田が差し出した手の中には青いキャラクター物の人形がついたキーホルダーがあった。
「俺のじゃないよ?」
「ウチが渡すの忘れた物だから、忘れ物。皆には式の後すぐ渡したんだけどアンタいなかったから」
間違いは、ない。けどさ、タイミングってもんがあるだろ。
「ご、ごめん。そんなに痛かったの? 加減したつもりだったんだけど・・・・・・」と言って少し慌てた様子で正座のままの自分の正面にしゃがみこむ。
「別に痛くてじゃないから」
「じゃあなんで泣いてんの?」
「嬉しくて泣いてんだよ、察しろ」
「察しろってアンタそれはウチに気を使えって事? なんてわがままな事を!」
「ありがとうって事だよ!」
「んー、わかったからとりあえず泣くのやめなさいよ。アンタ男でしょ?」
泣きたい気持ちに男も女もないじゃんって思いながらも、その後しばらく泣いていた。
「落ち着いた?」
ガードレールに寄りかかりながらみやが言う。
「うん、もう大丈夫。スッキリした」
みやの横に並んでガードレールに胸からもたれ掛かる。ガードレールの向こうは街の灯りがキラキラして地面に落ちた星みたいに見えた。ありがとうって気持ちと付き合わせてしまった事への謝罪の気持ちを伝えるとそこから良いところ一割、ダメなところ九割の説教タイムが始まった。
「――って事でもう泣かないって約束できる?」そう言って左手の小指を出す。みやに「泣かねーし」と返して小指をさしだし、指切りをした。
「それじゃーこれあげる。なくしたらぐーで殴るからね」と言ってさっきのキーホルダーを取り出し、僕の制服のポケットに押し込んでみやは帰って行った。