【短編】美少女に変身して、異世界を探索しよう
[ 少年は美少女になって戦う ]
この世界に『第三の法則』が発見されてから、ゲームの常識は変化した。
それは、魔法を実現するような発見であり、ファンタジーな世界観が現実を侵食するのに、それほど時間は必要なかった。
惜しむことがあるとすれば、日常生活を向上させる類の発見には成りえず、世界を廻す歯車は依然として物理法則が占めていることくらいか。
「今度の大会、お前も出るか?」
「ああ、二連覇を狙うつもりだ」
世界にどんな変化が訪れたのか、それは変身ヒーローのように、自分とは違う容姿になって戦うゲームが出来たこと。
カードゲーム方式で、お気に入りのキャラクターを選択し、それを読み取ることで変身することが出来る。
様々な「技カード」を組み合わせたデッキと呼ばれる構成をつくり、プレイヤーは仮想で構築した世界に、変身した状態で召喚される。
時間経過で技カードを引き、格闘と特殊能力を使いながら、いかにして相手を圧倒するかを競うゲームである。
『白銀の剣士:水月』
一人の少年が、銀髪の美少女が描かれたカードを、ゲーム機にセットする。
名前は七星 大和。高校生でありながら、カードゲーム『トランスレーション』の日本大会に優勝する実力がある。
「お前と戦うのは、日本大会の決勝以来だな。まさかレート戦で、ヤマトとマッチするとは思わなかった」
「俺もそう思う」
ゲーム『トランスレーション』は、一枚あたり五百円で販売されるカードを購入し、ネットワークに接続した状態で『専用端末』にカードをかざせば遊ぶことができる。
その日、大和は自宅から専用端末を使って、プレイヤーのランキングを決める『レート戦』に参加していた。
『プレイヤー1:ヤマト』
『プレイヤー2:スバル』
大和は"ヤマト"として、美少女になって戦っていた。
対戦相手のスバルは、黒い鎧を着た『暗黒騎士』であり、凛々《りり》しい顔をした大男である。
鎧から覗く顔は、まさに騎士が似合いそうなイケメンであり、装備の黒さと禍々《まがまが》しさがなければ、聖騎士としても通用しそうだった。
『準備は良いですか?』
ヤマトは、腰に下げた剣を抜く。
スバルは左手に盾を構え、背中に吊るした鞘から剣を抜き、それを左手で構えていた。
『戦闘開始――』
戦闘開始のアナウンスが流れるとともに、二人は獣のような勢いでぶつかり合う。
視界には、体力を示す『HP』や、現在持っている『技カード』のデータが並んでいる。
「はぁぁぁぁ!」
気合の掛け声とともに、最初に動いたのはスバルだった。
鎧を着ているとは思えないほど軽快に、ステップを踏みながらヤマトへと切りかかる。
「っ」
鋭く息を吐きながら、ヤマトはそれを正面から受ける。
体格差があるはずなのに、銀髪の美少女は暗黒騎士の攻撃を正面から受けても微動だにしない。
ヤマトが角度をつけて受けた剣を、敵に対して突きつけるように動かしていき、受け流す勢いを利用して反撃を行う。
スバルは盾を使ってもその攻撃を防ぐことができず、初撃はヤマトが制して体力の一割を削り取る。
「呪縛」
「解呪」
暗黒騎士が最初に引いたのは、相手の動きを停止するための技カードだった。
対してヤマトが使うのは、その効果を打ち消すための技カードである。
スバルが構築するデッキは、主に呪いや行動阻害を多く組み込み、相手が動けないまま圧殺するよるためのもの。
盾を持っているのは戦闘を長引かせることで、このゲームの欠陥とも言うべき、呪いや行動阻害を打ち消す効果のあるカードを、枯渇させるのが狙いだった。
組み込むことが出来る『技カード』には制限があり、合計で五十枚のカードでデッキを作り、同じカードは三枚までしか入れることが出来ない。
それは、呪いや阻害を持つカードに比べて、打ち消すカードの種類が半分もなく、効果が限定的で嫌われやすい点にあった。
反対に行動阻害は射程範囲にいれば必中であり、一撃を受けるか、短い時間しか拘束することができないデメリットはあるが、入れていても損がないカード。
それでも、強化や回復をはじめ、呪い以外にも有効なカードは多く、選択肢として呪いをメインに構築するスバルという人物は、変わり者であることは否定できなかった。
それに比べてヤマトは、正攻法でありながらゲームを意識して戦う。
このゲームは、現実で格闘技や剣道を嗜む者ほど強い傾向があった。それはキャラクターとは言え、現実と大差ない状態で戦うので、理屈のある動きをする者が優位に立てる。
――しかし、ヤマトの場合はそれも違った。
むかしから、ヤマトは格闘ゲームが好きだった。それと同時に、カードゲームが得意だった。
最初は、そのゲーム性ゆえに勝てなかったが、格闘ゲームで培った勝てるまでプレイする『執念』と『粘り強さ』、そしてカードゲームで養った『戦術勘』とでも呼べばいい理論。
子供であるがゆえに、大人よりも自由に使える時間を活用し、若さゆえに反射神経と学習能力の高さを発揮しながら、そのゲームを極めていた。
「怨嗟」
スバルは『怨嗟』という技を使う。それは、攻撃を受けることや、身に着ける装備に触れることで、相手の体力を傷つける特技。
防御しても攻撃しても、接触の回数に応じて相手にダメージが入り、その効果もカードが二枚も引ける時間まで継続する。
「相変わらず、嫌らしい戦い方をするな」
「化け物じみたお前の動きよりマシだ」
補足しておくと、盾を持ったプレイヤーというのは少ない。
そもそも、アクション性を求めてプレイする人が多く、カスタムできる「防具」の性能を高めたり、技のカードで能力を底上げした方が、爽快感があって『遊んでいる』気持ちになれるのが大きい。
搦め手を使うプレイヤーは少なくないが、スバルのように長引かせる戦闘スタイルは少数派だった。
正面から堂々と戦う方がダメージも多く、さらに、自分が『大技』や『コンボ』を用意する前に、相手も切り札となるカードを揃えてしまうことの方が多い。
「強化、貫通』
ヤマトは二枚のカードを使用する。
それは身体能力を底上げする効果と、攻撃が通った場合にダメージを上乗せする効果がある技だった。
「っ」
地面を抉るほど強く蹴りながら、二歩目をスバルの手前で溜めるように身を沈める。
「無駄だ!」
まだ怨嗟の効果が続いており、接触すればカウンターで小さくないダメージが入る。
さらに、強化と貫通を使ったからといって、一撃で相手を倒せるほど甘い判定をくれるゲームじゃない。
「よっと」
勢いを溜めていたはずのヤマトは、それを台無しにするように軽く盾に触れる。
それを怪訝に思うも、盾を突き出した状態のスバルには、どうしようもない。
「まずは一撃」
キャラクターの身体能力があればこそ、片手で盾の上に逆立ちをすると、まずは鎧で隠れていない部分に一撃を入れる。
「ぐうっ」
その一撃が『クリティカル判定』となり、ほんの一瞬だけ『怯み』という現象が発生し、思考はできても動けない時間がスバルを襲う。
「次」
刺さった剣を、曲芸師のように宙返りしながら引き抜くと、返す攻撃で背後から首元を殴打する。切れなくとも、鎧の上から剣を叩きつければ、それだけで打撃の判定となる。
さらに、首元への一定ダメージがクリティカル判定となり、もう一瞬だけ『怯み』の状態が継続される。
「くっそ」
「最後」
体力はもう残り少なく、怨嗟の効果は既に切れている。
もう一枚のカードが引けているタイミングだが、その望みさえも絶つように、軽い一撃をスバルに当てる。
『勝者――ヤマト』
それを合図にするように、二人の体は現実へと戻される。
「ふぅ」
大和は美少女ではなく、元の少年に戻っている。
これがトランスレーションというゲームだった。
[ 異世界への招待状 ]
それは唐突なニュースだった。
――『トランスレーション』を利用した、異世界の調査。
そんな夢物語が、民放の報道番組にのったのだ。
数学でいう虚数の概念すら完璧に定義できる『第三の法則』は、実体を持たない『魂』や『意識』といった曖昧さすらも形にする。
ゲームを遊ぶとき、元の肉体をその場所から一時的に消滅させ、主観をキャラクターに憑依させた後に、最後は元の肉体へ再構築する。
それが実現しているのは、宇宙規模の座標変動すら捕捉できている、精密な観測技術があってこそでもあった。
『このたび第三技術研究所では、人類に近い生物が存在する世界を、三つ発見しました』
その第三技術研究所とは、清川 花火という人物がトップを務め、新しい法則を研究している集団である。
この清川 花火は『トランスレーション』を作り、世界に広げた人物でもある。
本来なら、医療や航空宇宙から始まり、世界の発展に繋げるべき次世代の技術なはずなのに、この研究所は技術を普及させることは考えず、完全にブラックボックスな最終製品だけを提供している。
それでも、エンターテイメントを中心に普及をはじめたこれらの技術は、いくつもの国家が情報開示を求められて物騒な衝突を起したこともあった。
その際に活躍したのが、カードにもなっている『水月』である。彼女は銃火器などの通常兵器はもちろんのこと、大量破壊兵器を使われても空中で塵ひとつ残さずに消滅させる。
何者が襲撃しても勝利を収め、ただ一度の反撃で、大国を転覆させるほどの性能を示したこともあった。
それ以来、全世界が『パンドラの箱』として、接触禁止を暗黙の了解にしていた。
軍事面でも垂涎の価値がある情報でも、片手間で世界を滅亡させられる技術が相手では、戦いにすらならない。
それに、無償に近い状態で提供される最終製品だけでも、十分に恩恵を受けられる技術でもあった。多くの人が、中身を知らないことを些細な問題だと受け入れるのに、それほど時間はかからなかった。
『別世界には、トランスレーションを使って行くことができます。行動をモニターする代わりに、日帰りで異世界を探索したい人はいませんか?』
(異世界?)
七星 大和がニュースを見終わると同時に、携帯にひとつのメールが入る。
『このメールはトランスレーションのランキング保持者へ送信しております。この度、第三法則研究所は異世界を探索するプロジェクトを企画しております。ランキング上位の百名には、探索調査への優先参加を募っております。誰よりも先に、異世界を冒険したくはありませんか?』
(面白そうじゃん)
――異世界を冒険したくはありませんか?
ユーザを煽るような文言を見て、ゲーマー魂を刺激されない訳がなかった。
大和がメールを読み終えると同時に、文面に貼り付けられていたサイトを開く。
その日から、大和はそれまでの『トランスレーション』ではなく、異世界への探索をすることになった。
[ 小さな村の英雄 ]
時間は地球と比べて、三分の一で流れている。
言葉は概念で翻訳される。
ゲームの終了を念じることで、元の世界へ帰ることができる。
異世界で死亡した場合は、強制的に元の世界へ送還される。現実で死ぬことはないが、それ以降は同じ世界へ行くことは出来ない。
「すー、はー」
大和は、澄んで新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
この世界は、ファンタジーな雰囲気の強い世界だと、大和は聞かされていた。
三つの世界が発見されて、それぞれファンタジー系、SF系、地球の古代文明に似ている世界、どれを探索するかはユーザの自由となっていた。
(当然、ファンタジーかな)
そんな大和は『白銀の剣士:水月』の姿となり、異世界に舞い降りた。
頭の中で念じることで、基本的にはゲームと同じステータスや技カードが思い浮かんでくる。
少しだけ違うのは、ゲームだと一定時間で引くことのできるカードには、所持できる上限が定められていて、空きができたら引けるように変化していた。
全てのカードを引いてしまった場合は、使用済みカードが山札に戻り、ひたすらそれを繰り返すのだという。
そういう、少しだけ違うルールが適用されているが、基本的に出来ることはゲームと一緒だった。
特殊なことと言えば、大和が降り立った世界には魔物が存在した。
さらに、地球で発見された第三の法則とは違う、本物の『魔法』が存在するという。異世界を探索することが決まった後に、説明用に送られた資料にはそう書かれていた。
「楽しみだな」
脳裏に反射する自分の声は、少しハスキーな、けれど男ではありえないほど高い声を出している。
改めて自分の姿を見下ろしてみれば、ドレスのような鎧を着ていて、見える範囲だけでも女の子らしい特徴と服装をしていた。
ただし、鎧とは名ばかりのデザイン性重視で、本来の用途である『攻撃を防ぐ』ことができるかは怪しいかった。
降り立ってすぐに、それは起った。
「きゃああああああ」
――悲鳴。
それも、女の子の叫び声が聞こえてくる。
大和は吸い付くように、腰にぶら下げていた剣の柄を握っていた。
「誰か、助けて!」
声のする方に駆けようと踏み込むと、地面が少し抉れるような反動を感じる。
バランスを崩しそうになるも、倒れても怪我をしないことが分かっているので、特別な恐怖を感じることもなく、二歩目で帳尻を合わせて体勢を整える。
数秒後には、声を上げた人物が見えた。
「あれが魔物か?」
熊のような、それでいて獰猛さを増大させたような、トゲトゲしい毛並みの猛獣がいた。
恐ろしいはずなのに、大和は不思議なことに『怖い』とも『勝てない』とも思わなかった。
「ぁ……ぁ……」
魔物の前には少女がいて、地面にへたり込んで涙を浮かべている。
逃れることができない死を前にして、恥や外聞も関係なく顔を引き攣らせている。
今まさに、その猛獣は黒く鋭い爪を少女へ突き立てようと、右の前足を振り上げる。大和から見えるその横顔は、どこか弱者に対する嘲笑を浮かべた嫌らしい表情に見えた。
「はあっ」
その間に割って入るように、掛け声とともに斜に構えた剣を、熊の頭部へ叩きつける。
――ぶしゃり。
どこか瑞々しい音を立てているのに、骨さえもケーキを切るかのような手ごたえを返してきて、大和は少しだけ気分が悪くなり顔をゆがめる。
幸いと言うべきか、血は硬い毛並みを伝うように流れるだけで、大和が返り血を浴びることはなかった。
肉の途中で止められた剣を、勢いに任せて引き斬る。
風を切る音がして、たったそれだけで剣に付着した血は、風圧によってそぎ落ちる。
「大丈夫か?」
「綺麗……」
「聞こえているか?」
少女は大和を見て、まるで女神が舞い降りたかのように感じた。
銀色の髪は輝いて見え、その鎧は宝石のように美しく、御伽噺に登場するお姫様と言われても信じてしまうほど。
「言葉は通じているか?」
「あ、あの、すみません。つい見とれていました……」
「怪我は無さそうだな。自力で立てそうか?」
「はい、助けて頂いて、ありがとうございます」
一瞬前まで死のふちに立っていたとは思えないほど、少女は大和に心酔していた。
「どうか、お礼をさせて頂けませんか? 私の家に来ませんか? お時間はありますか? ここへは、どういったご用件で足を運ばれたのですか? 私の家に来ませんか?」
「えっと、俺……私は、適当に旅をしているんだ。ちょっと迷っちゃって、ここがどこのなのかも分からないんだ」
「それはいけませんね。是非、私の村へ来て頂けませんか? これでも、村長の娘なので、それなりのお礼はできると思います。貴女様に見合うおもてなしはできないかもしれませんが、是非、いらしてください」
押しの強さに、大和は引き攣った笑みを浮かべる。
そもそも、村長の娘と名乗っているが、その"村"というのがどの程度の規模なのかも分からない。
この世界に来たばかりの大和には、圧倒的に情報が足りなかった。
「じゃ、じゃあ、お礼の代わりに、このあたりの事を教えて欲しい。そもそも、なんていう国があるかも分からないから、この場で、簡単なことを教えてくれないかな?」
「お安い御用です。では、場所を移して私の家に行きましょう」
「うーん……なんでそんなに、私を家に呼びたいの?」
意図的に都合の悪い部分を聞こうとしない少女に、大和は少しだけ不審に思ってしまった。
一方で少女には悪意がなく、少しでも長く一緒にいたいと思ったために、お礼を口実に強引な誘いをしたいだけだった。
少女は村長の娘として、そこそこ恵まれた境遇で過ごしてきた。家に招いて歓迎するといえば、誰もが喜んで応じてくれる。それゆえに、目の前の人物にとって、それが一番のお礼だと勘違いしていた。
さすがに、嫌なら無理に引きとめようとまでは思っていなかったが、旅の剣士をもっと知りたい、そして少しでも一緒にいたいという欲求が勝ってしまい、強引になってしまっていた。
「ごめんなさい……剣士様があまりにも美しくて、綺麗で、強くて、素晴らしくて。家に誘ったのはただの口実で、少しでも一緒にいたいと思ったのです」
初対面にも関わらず、そのインパクトは強烈だった。何段もすっ飛ばして、強引すぎる性格に少しだけ驚いていた。
「それは……分かった。とりあえず、自己紹介しよう。私の名前はヤマト。君は?」
「セレネです」
なし崩し的に、大和はセレネの家に行くことになった。
「え?」
そこで聞こえてきたのは、悲鳴と獣の咆哮だった。逃げ惑う住民と、さきほどセレネが襲われていたのと同じ魔物が、群れを成して村を襲っていた。
既に住民の中には食い殺されている者もいて、その光景を見て、大和はどうしようもなく不快な気分になっていた。
「どう……して」
セレネにしてみれば、少し前まで平和だったはずの村が、いきなり戦場と化していた。
少女が襲われたのはただの兆候であって、実は村の外に出ていたセレネが襲われたのは、この群れからはぐれた一匹だったのだと、現実を知ってしまう。
「ヤマト様、お願いします……村を、助けてください……」
「分かった。出来る限り、助ける」
そして再び、大和は剣を抜き放ち、近くの獣を切り伏せていく。
村の一番奥には、多くの住民が避難をしているのか、ひときわ立派な建物があり、男たちが武器を持って戦っていた。バリケードのようなものがあり、あの場所が最後の砦なのだと誰が見ても分かった。
「セレネ、あそこが村長の家か?」
「はいっ」
周辺にいた魔物を素早く倒したが、助けられなかった住民は、体の一部を食いちぎられて死んでいる。
それを見ないようにしながら、急いで砦のある場所へ急ぐ。
「ちょっと失礼」
セレネが精一杯の力で走っても、大和の後ろから引き離されてしまう。
見かねた大和はセレネの腰を抱き、脚力を最大限に使って村長の家まで飛び跳ねる。
「セレネ――」
「お父さん!」
村長親子が感動の再会を果たしている間にも、魔物の侵攻はまだ収まらない。
大和はそれを顧みることなく、近くの村人を襲う猛獣に斬りかかる。
「っ」
回数を重ねるごとに、効率の良い殺し方を学んでいく大和。
ゲームとは違うリアルな臭気に戸惑いを覚えるが、闘志が消えそうになると心の中が奮立つ。
『こんなものなのか?』
声とはいえない、フィーリングのようなもの。
それを伝えてくるのは、おそらくゲームのキャラクターの『水月』であると、大和は漠然と理解していた。
返事は言葉ではなく、行動によって返す。
「はああああ」
気合を入れるように叫び声を上げながら、一秒に一体の魔物を倒していく。
そのペースでは、この事態が収まるまでに、五分もかからなかった。
――殺気
収まったと思って、一休みしていると、ふいに視線を感じてその方角を見る。
周囲は薄暗くなっていて、明かりが無ければ見失ってしまいそうなほど、黒い影がぽつんと一人、立っていた。
「誰だ!」
その声に反応したのか、黒い影は逃げるように逃走を始める。
しかし、追いかけようとして見えたシルエットに、大和は違和感を感じた。
(どこかで、見たことがある?)
そう思うと同時に、背後では生き残った者たちが喜びの声をあげているのが聞こえた。
「ヤマト様、ありがとうございます!」
「村を救ってくれた英雄だ!」
既に見失った影はどこにもなく、周囲に敵対的な視線を感じない。
「あれは……まさか?」
喜びの声を背に受けながら、大和はそれを呆然として聞き流す。
その影は、何度も対戦を繰り返した、スバルというプレイヤーにそっくりだった。
「こんな歓迎しかできなくて、申し訳ないです」
その夜、避難していた住民の多くは、悲嘆に暮れていた。
村長から聞く話によると、この場所は滅多に魔物が出ることはないのだという。
村の入り口で見張りをする者もいるらしいが、日常的に数が少なく、対処が後手にまわってしまったのだと、村長は語っていた。
「ヤマト様が来なければ、この村は壊滅しておりました。本当に、ありがとうございます――」
大和を歓迎するために、ささやかな宴会が行われた。
そんな場合ではないと思うのだが、彼らはそれを譲らなかった。
「村を守ってくれた英雄に、何も感謝を示せなければ、俺たちは死んだも同然です」
生き残った者たちを集めて、その日は盛大な宴会をした。
ある者は英雄に感謝を捧げながら。
ある者は村を守るために死んでいった、英霊を称えながら。
それぞれの為に、生き残った者はその宴会に参加するのだった。
――その夜、みんなが寝静まった頃合を見て、大和は元の世界へ戻った。
「……」
時計を見れば、異世界へ降り立つ前は夕方だったのに、既に夜が明けていた。
「今日が休みで良かった……」
三分の一で流れているあちらの時間は、一歩間違えると、浦島太郎のような状態になってしまう。
異世界で五時間しか過ごしていないはずなのに、地球では十五時間も経過している。
「ゲームじゃないんだな……」
文明こそ違いがあるとしても、同じように笑ったり悲しんだりする人間だった。
それが簡単に死んでしまう現実を目の当たりにして、ショックを受けると同時に、大和は英雄と称えられてしまう。
大和はそれを否定したかった。
大和にあったのは、こちらの技術で作られた『水月』というキャラクターの性能があってこそ。
「俺の力じゃ、ないんだよ……」
少女が憧れた容姿も、力も、全ては与えられたモノに過ぎないと大和は理解していた。
「異世界の探索、どうしようかな……」
そう呟きながら、大和の頭には眠気が支配していく。
――これ以後、大和が異世界を探索するかは、また別の物語である。
異世界で見かけた暗黒騎士が、スバルというプレイヤーだったとしても、この時の大和には関係ないことだと考えていた。
それが、もう少し先の未来になるまでは。
― 完 ―