一話
ここは砂浜。前には海、後ろには森。
そんなところに少年と少女が一人ずつ。
「いやー、遭難したね」
『そうなん?』
「それはちょっと……」
『ごめん……』
「っていうかテレパス?」
少女の口は動くことはなく、しかし少年の頭には少女の声が響いている。
『うん、テレパス』
「そこはかとなく能力者っぽいね」
『まごうことなき能力者な私』
「超イケてるじゃん」
『まあね。むしろイケすぎて怖い』
少女はイケすぎて怖いらしい。
「それで、これからどうしようか」
『まずは深呼吸とか良さげじゃない?』
「良さげ」
『すーはー』
「すーはー」
少年と少女は仲良く深呼吸を行う。
『落ち着いた?』
「青い空、白い雲。それらは僕たちがどこにいたとしても変わらない。些細なことで悩んでいたのが馬鹿みたいだよ」
『落ち着いたと見なしても可?』
「可」
『じゃあ、自己紹介するパティーンね』
「僕たちはどう考えても初対面であるのだから、それは必要不可欠な手順だねえ」
とそこで、少年が片手を挙げた。
「でもさ、ぼく思うんだけど」
『君は一体何を思うの?』
「名前というのは自己と他を区別するためのものな訳で、見渡す限り僕と君しかいないこの場では、男と女でもいいのではないかと思わないでもない」
『私はさやか。よろしくねー』
「僕もさやか。よろしくー」
『本当に?』
「間違えた、僕はじゅんだった」
『……』
「……」
『自分の名前を間違えた?』
「自分の名前を間違えた」
『なにゆえ?』
「君の自己紹介の形式を真似しようとしたら、名前まで真似してしまうというミスをおかしてしまいました」
『このおっちょこちょいさんめ!』
「ごっつぁんです!」
じゅんはごっつぁんした。
「自己紹介も終わったことだしさ」
『終わったねえ』
「そろそろ歩き回ってるのも一興だと愚考する次第」
『冒険家になった気分だあ』
「人は皆人生という道を切り開いていく冒険家だよ」
『百理あるね』
「全面肯定ありがとう」
『正しいものは正しいと認める、それが私の生き方だから』
「芯があるんだねえ」
『芯どころじゃない』
「というと?」
『もはやタワー』
「というと?」
『東京タワー』
「それはすごい」
『でそ?』
「スカイツリーじゃないのもポイント高め」
『でそでそ?』
「東京タワーって登ったことないなあ」
『でも私たちは皆、人生という階段を登ってるんだよ』
「終着点は何処ですか」
『死です』
「まあ怖い」
『刹那を楽しむしかありませんなあ』
「そうですなあ」
『いきましょうかなあ』
「いきましょうなあ」
そういうことになったのだった。