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この街で君と出逢った  作者: 二条 光
9/20

出逢い/半同棲

 バイトの休憩中、スマホを見てみると昨日の合コン女子メンバー全員からlineが来ている。当然のことながら、みんな龍之介とのことを知りたがっていた。

 かおりはどう説明するべきか迷い、結局、返信はしないままでいた。

 龍之介からもきていた。“愛しのハニーへ”で始まる内容。

 うっわぁ……。

 かおりは気恥ずかしく思わず顔をしかめる。

 しかしながら、タイトルとはうってかわって内容はいたってシンプルだ。今日のバイトが何時に終わるのかを問うものだった。

 そっけなく“八時”とだけ返すと、すぐに“OK♪”との返信がきた。


 二十時少し前。


「か~おりちゃんっ」


 店内の数人の客が捌けたと同時に、かおりはアイツが呼んでいることに気づくが、隣にはバイト仲間が立っているため、気恥ずかしさから一瞬眉をひそめた。


「待ちきれなくて来ちゃった~」

「なに?」


 冷めた口調で返すかおり。

 そんな彼女の態度もなんのその、手に500mlのペットボトルのコーラを持っている彼はニコニコとかおりに笑いかける。


「ひどいなー、オレとかおりの仲じゃない」

「いつそういう仲になったって?」


 カウンターにコーラを置く龍之介の顔は一切見ずバーコードをスキャンするかおり。


「昨日のこと、まさかもう忘れたの? あのかおりちゃん、かわいかったのにな~」

「バカじゃない!?」


 ギロリ、かおりが睨みつけるの対して龍之介はヒヒヒヒと笑う。

 

 料金を支払ったコーラを受け取り、少しだけ真顔になる龍之介。


「もうすぐ終わりでしょ。外に車とめてあるから。待ってるね」

「あ、うん」


 龍之介は返事を確認すると、彼女の隣で二人の様子に呆気にとられていた女子にニコリと笑いかけた。


「じゃ、失礼しまーす」


 なんなの、そのスマイルはっ!

 そんな愛想振りまくから相手が寄ってくるんだよ、バカッ!

 かおりはジロッと冷たい視線で龍之介を見るが、何故そんなふうに見ているのかわからなかった彼は不思議そうにしながら手を振り、店を後にした。


「あん人、誰ー!! カレシ? カレシ?」


 かおりの隣にいた女子・松井マツイはフリーターの十九歳。

 少し太めの体型で、本人も自覚しているがオトコの理想が高く、いまだに白馬の王子様を待っている。

 その地元民が興奮した様子でかおりに話しかけてきた。


「あー……うん」


 カレシと呼んでもいいものか迷ったかおりは曖昧にこたえる。


「かっこよかー!! あんな人とどげんしたら知り合えると!? あー、うらやましかー!」


 松井は心底羨ましそうに叫んでいる。

 そっか、フツーはうらやましいんだ。

 今まであまりかっこいいオトコと縁がないかおり。また、彼女自身も相手がかっこいいからといって好きになったりしたことがないし、他人の恋人のことを羨ましいと思ったこともないため、よくわからなかった。

 しかも、そんな羨ましがられるような彼が自分を選んだということにいまだに実感が湧かず、複雑に思っていた。


「オレら最強だね~」


 バイトが終わり、近くに停めてあった龍之介の車に乗り込んだかおり。

 彼女に対し、開口一番そう言って彼はニヤニヤと笑っている。


「なにが?」

「カラダの相性もバッチシだから~」

「……ハイハイ」


 かおりは一瞬ぎょっとした後顔を赤らめる。そして、恥ずかしい気持ちを抑えるためにもわざと呆れ顔をした。


「オレ、けっこう淡白だって自分では思ってたの~。だから、まず二回もシたくなることもなかったし。だいたいさ終わったら、さっさと帰ってたしね」

「うっわ、サイアク~」


 かおりは眉をしかめる。それに対し、龍之介はニヤリと笑う。


「でも、かおりとはなんかず~っとくっついてヤリまくりたいカンジ」


 かおりは表情こそはウザそうにしていた。しかし、実際は龍之介とおんなじように感じていた。

 今まで相性がいいだとか悪いだとかよく分からなかったが、なんとなくこれが相性が良いのではないかと思っていた。

 だから、彼も同じように感じてくれていることが本当のところはとても嬉しかったが、性格故、素直になれなかった。


「ウチに寄っていい?」

「あ、今日はかおりんちでヤる?」

「バカか」

「きゃあ、かおりちゃんこわ~いっ」


 かおりが冷ややかな目で見ると、龍之介はわざとらしく両頬に手を添えて女の子みたいなリアクションをとる。


「ホンットにバカ」


 かおりは笑いながら彼の頬をはたいた。


「着替えたりしたいし」

「あ、そうなの? じゃあ、着替え持っておいでよ、パジャマとか」

「うん?」

「ウチに置きなよ」

「は?」

「半同棲、」


 ニッと笑ってかおりを見る。


「しよ?」

「マ~ジでっ!?」


 ぶっ飛んだ声を上げて思わずのけぞるかおり。


「イヤ?」


 かわいらしく子犬のように上目遣いで見つめる龍之介。かおりは顔を赤らめて答に詰まる。

 もちろん、彼女だって嫌ではなかった。

 しかし、昨日出逢ったばっかりで、お互いの素性も正直なところよくわかっていないのに、半同棲はとても考えられなかった。

 特に、今までの彼氏だったら寝食をともにしたいとも思わなかっただけに尚更だ。

 もちろん、龍之介との関係や龍之介に対する気持ちは今までの彼氏とは全く別物だったし、生活を共にするのも嫌ではなく、うまくいくような漠然とした自信みたいなものはあった。

 しかし、さすがに昨日出逢った人間と生活を共有するのはどうなんだろうかと自分の勘を疑っていた。


「絶対オレとかおりの生活は楽しいと思うからさ~。ねっ」


 龍之介の根拠のない自信は、かおりに悩むのもバカらしいと思わせるのに充分だった。

 ま、いっか。

 かおりはぎこちない笑顔を浮かべ、頷いた。


「よしっ」


 龍之介は顔の横でガッツポーズ。


「アンタといたら根拠のない自信ばっかりが増える気がする」

「根拠はあるでしょう?」

「どこに?」


 龍之介はヘラッと笑って、「ないよね~」と答えた。


「っつか、早く龍之介って呼ぶようになってよ」

「へ?」

「またアンタって呼んだ」

「あ、ホント? ごめんね~、龍之介くんっ」


 子供をなだめるような口調でからかうかおり。

 それに対して怒るどころか嬉しそうにクシャッと笑う龍之介。

 もう、調子狂うしっ。

 かおりは苦笑いを浮かべた。


 車はいったんかおりのアパートへ向かう。


 かおりの住まいは新大工町(生鮮食品を扱う市場や商店街などが立ち並ぶ地域。現在再開発事業が進められている)駅からすぐのアパートで、女子学生やOLに人気の今風の外観である。

 しかし、いいのは見た目だけで決して暮らしやすいとは言いがたかった。

 収納はほとんどなく、ユニットバスも狭い。

 キッチンスペースは玄関すぐにチョコンとあるだけ。おまけにガスコンロは調理に適さない一個口。

 冷蔵庫は備え付けがあるけれど、ホテルなんかに設置してあるような小さなものでほとんど役に立たない。そのため、それには電気を通さず、調味料など細々したものを入れる収納庫として活用させ、冷蔵庫は別に購入した。


 本当はN大学が本命だったが落ちたため、K女子大学に入学した。

 N大は国立大学のため、後期試験の結果発表まで待つと入学するまでに時間がなかった。そのため、色々見て回る時間も選択肢も少なく、この部屋で手を打ったのだった。


 車はかおりの指示によりアパートの前で止まった。


「ここ?」


 龍之介は彼女の住まいをまじまじと見る。


「そ、ここ。ごめんね、ちゃちで」

「え、なんで?」

「アンタの住んでるマンションからしたら、そうじゃない?」


 龍之介は鼻で笑う。


「オレも子供の頃こういうとこ住んでたよ。いや、もっとボロかったか、うん」

「は?」


 思いきり首を傾げ、眉間に皺を寄せたかおりは龍之介を見る。そこにはさみしそうに笑う彼がいた。

 なんで……?

 動揺し、かおりは慌てて顔を背けた。

 なんか言わなきゃ。


「は、ハイハイッ。冗談はいいからっ」

「あ、バレちゃった~」

「もう~。やっぱ冗談なんでしょうっ」


 軽い口調の龍之介。

 騙されたようで少し腹も立ったが、ウソだったことにホッとした。

 時折見せる彼の闇のような一面。そこにかおりは触れるのがすごくこわく、すべて彼の冗談ならばいいと思った。

 しかし、冗談にしても何故そんなふうを装うのか、それを考えると彼にこれ以上踏み込むのは恐怖にすら感じていた。


「上がる?」

「上がったらそのまま襲っちゃいそうだからやめとく~」


 ドアノブに手をかけ外を見ながらかおりが訊くと、ニヒッと笑って答えた。


「わかった」


 かおりも「ハハッ」と笑いながら、そのまま独りで部屋に入った。


 連泊に耐えうる荷物を旅行用バッグに詰め込んですぐさま龍之介のもとに戻る。


「家出少女ハッケーン!」

「ちょ、ちょっとっ!?」


 龍之介は車から下りるや否やそう言うとツカツカと歩み寄り、後部座席に荷物を載せようとドアを開けたかおりを後ろから羽交い絞めにする。


「お父さんが心配しているぞっ。さっ、来るんだ」


 かおりは半笑いで荷物を投げ入れる。龍之介は彼女の手首を取り、助手席に押し込めた。


「バカか、お前はっ」


 ニヤニヤとしながら、外で後部座席のドアを閉めている龍之介に悪態をつく。

 龍之介も自分のしたことが思った以上におもしろく感じたらしく、声を出して笑っていた。


「もう食べた?」

「ビーフシチュー作ったよ」


 休憩中にアイスを食べたのみで、おなかペコペコのかおりは何を作ろうかと考えながら彼に訊く。すると、龍之介がハンドルを回しながら告げた。


「料理嫌いって言ってなかったっけ?」

「料理自体はキライじゃないよ。けど、自分のために作るのがキライなの。だから、誰かと食べるんだったら全然キライじゃない」

「じゃあ、なんで朝は私に作らせたの?」


 信号が赤になり車を停めた龍之介の横顔を見ると彼もかおりの顔を見ていて、「単純にかおりの料理が食べてみたかっただけ」と。

 そして、一瞬の隙を突き、チュッと軽いリップ音を立てるキスをする。


「っ!!……もうっっ」


 不意打ちに弱いかおりは真っ赤な顔をして口元を左手で抑え、彼を見た。

 ニヤニヤとしていた龍之介と目が合うと彼はあっという間に表情を変え、再び彼女の唇を奪った。今度は少し長めの口づけ。


 龍之介が離れ、再び発車する。


「今夜も寝不足だね」

「!!……バカッ」


 運転しながら鼻歌まじりに呟く彼の台詞に、かおりは夕べの火照りが一瞬にしてよみがえり、彼の太股をグーで殴った。


「イタッ」


 ちっとも痛そうにない龍之介はわざとらしく声を上げるのだった。

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