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この街で君と出逢った  作者: 二条 光
7/20

出逢い/一線

 エレベーターから一番近い部屋が彼の住まいだった。

 二重ロック式になっていて、彼はそれを解除しドアを開ける。


 玄関は約二畳スペースで、シューズボックスの中央に飾り棚がついているけれど何も置いていない。その棚に埃はかぶっていないし、フローリングの廊下はピカピカに輝いている。

 私、いつワックスかけたことあるっけ……。

 かおりはそんな自分との生活の格差に背中がヒヤリとする。


「……自分で掃除すんの?」

「誰が他にするの?」


 爪先がスクエア型になったエナメルの白靴を脱ぎながら、彼が驚いたように訊き返す。

 ですよね……。


「いや、そういうんじゃないけど。やたらきれいにしてあるから」


 車の中もキレイにしていたことを思い出し、彼はやっぱり潔癖症なのかとかおりは不安を覚えた。自分があまり几帳面なほうではないため、特に男性がそうだと気後れしてしまうのだ。


 竜之介はクスッと笑い、「オレ、不潔なのはもちろんダメだけど、他の人が几帳面じゃないのとかキレイ好きじゃないのとか、ぜんっぜん気になんないタイプだから」と飄々として言う。


「えー、絶対ウソ」


 “絶対”に力を込めるかおり。


「なんで?」

「几帳面な人って散らかしたりしたらイライラするんじゃない?」

「いや、オレなんか逆にもっと散らかしてほしいかも」


 ニヤニヤと笑う龍之介。


「うわっ、絶対Mだろ」

「基本ね。……でも、あの時はSだからね」


 そう言うといやらしく笑う龍之介。


「……バカ」


 もちろん、彼の言う”あの時”がすぐにわかって、かおりは顔を赤くする。憎まれ口を叩きながらも、カラダの内側までブワッと着火する自分を抑えるのがひどく難しい。


「ここ勉強部屋」


 龍之介は玄関上がってすぐ左側の部屋のドアを開け、見せる。

 デスクトップパソコンを置いた机の隣には本棚がいくつもあった。

 やっぱ、さすが医学部。

 かおりは自分のアパートにほとんど勉強道具がないことを思い出し、そんなことでも彼が医学部だということを妙に納得していた。


「本の量ハンパないね」

「一応こう見えて医学部ですから」


 おちゃらけて言う彼。


「ホント、天才とバカは紙一重だもんね」

「それを言うなら、能ある鷹は爪隠すだよ」


 茶化すかおりに負けじと応戦の龍之介。


「ハイハイ」


 すぐに白旗を上げたかおり、クスクスと笑った。


 その部屋のドアを閉めると、今度は向かいのドアを開く龍之介。


「こっち寝室。後でかおりちゃんと仲良くするとこ~」

「バカじゃないの」


 かおりはわざとつれないフリをする。

 それに対し、彼は彼女にツッコまれてニヤリとしたため、(ホント、Mだわ)と若干呆れ顔でかおりは彼を見返した。

 セミダブルベッドの脇に可動式のスチール棚が置いてあり、そこに服がかけてある。クローゼットが奥の壁一面に設置されていてかなり収納できそうだ。


「収納スペース充分だねー。いいなー」


 こんなとこに住めたらいいよなー。

 かおりは独り暮らしの自分の部屋と比較する。

 六帖のアパート。収納もほとんどなく、常に服が部屋のあちこちに出ている。こんな風に勉強部屋だとか寝室だとか分けるどころか、全ての動作がひとつの部屋だ。

 それでも、実家も古く狭い団地なので自分独りの部屋がなく、今のアパート暮らしになった時は随分自由を感じた。

 しかしながら、そんな自由はここと比較すると足元にも及ばない。

 自分の絶対にかなわない住まいがここにあり、かおりは非常に羨ましく感じると同時に、金持ちと自分が呟いた時の、彼のあの反応を思い出す。

 親のスネかじってこんなにいい暮らしをさせてもらっているのになにが嫌なんだろうと、少しムカついた。


 あれ?

 かおりはベッドがセミダブルなのが引っかかった。独りで寝るなら、普通はシングルで充分なはずだ。

 龍之介はドアを閉めた。


「ねぇ」

「ん?」


 振り返ってかおりを見る龍之介。


「なんでセミダブルなの?」

「あ、そこ気になっちゃう?」


 ニヤニヤとする龍之介。


「そりゃあね」

「かおりちゃんとヤるため~」

「バーカ。……やっぱり他のコ連れ込んでたんだろっ」

「そんなことしてないって」


 龍之介はヘラリと笑う。


「実家であのサイズで寝てたから、今更シングルじゃ窮屈だから、あれにしたの」

「じゃあ、実家にいた時は連れ込んでたんだっ」

「さぁ~ねっ」


 ニヤリと笑う龍之介。


「っつか。連れ込んでたかどうかは別にして、実家の時は親が勝手にセミダブル買ってたんだよね」


 ウチなんかベッド置いたら狭くなるからってベッド自体買ってもらえなかったのにっ!


「はい、そーですかっ」

「ハイ、そーですよっ」


 物理的に恵まれていることに感謝していないのが妙にカチンときたかおりがつっけんどんな言い方をする。

 しかし、あまり気にとめていない様子でからかうようにかおりの言い方を真似る龍之介。言った後で吹き出した。

 かおりもなんだかおかしくなって笑ってしまった。


 壁伝いに並んであるトイレの場所と洗面所・風呂の場所を教えた後、龍之介は正面奥のドアを開けた。


「うわっ……」


 思わず声を洩らすかおり。

 それもそのはず、目の前には独り暮らしの男子大学生にはもったいない二十帖ほどの立派なリビングダイニングが広がっていたのだ。

 ほとんど物が置かれていないため、より広く感じてしまう。


 龍之介はカーゴパンツの後ろポケットに突っ込んでいたキーケースや携帯電話などを取り出し、テーブルに投げるようにして置いた後、リモコンでエアコンの電源をオンにする。


「水でい?」


 訊きながら彼は、カウンター式のキッチンでリビングとの間仕切りになっているダイニングスペースへ向かう。


「あ、うん」


 ぼんやりと答える。

 あまりの暮らしぶりの違いに茫然としながら、かおりは周りをキョロキョロとする。

 向かって左中央に四十インチのハイビジョン液晶テレビが構え、少し離れたところには二人掛け用の黒革のソファーとガラステーブルが置かれていた。

 座っていいかな……?

 そう思い、チラリと龍之介を見る。

 冷蔵庫横に設置してあるミネラルウォーターのタンクからグラスに水を注ぎ終わったところで、彼はくるりと振り返った。


「あー、座っていいよー」


 龍之介は、両の手にグラスをひとつずつ持ちながら、視線をソファーに移す。


「うん、ありがと」


 かおりはおそるおそるソファーに腰を下ろした。

 龍之介はグラスをテーブルに置き、かおりの隣に腰を下ろす。


「いただきます」


 彼女は目の前のグラスをさっそく手に取ると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に半分以上飲んでしまった。


「喉かわいてた?」


 一方の龍之介は口を湿らす程度に飲む。


「うん」


 彼の強い視線を感じ、かおりの緊張が一気に加速していく。


 龍之介はグラスを元の位置に置くとソファーに深く座り、そのままかおりの肩に腕を回すと、彼女が手に持ったままだったグラスを取ってゆっくりとテーブルに置きながら抱きしめ、顔を覗き込む。

 すぐに口付けを交わさず、龍之介は蒸気した頬から徐々に視線を上げると潤んだような瞳をじっと見つめた。

 かおりが恥ずかしがって視線を逸らすと、「目ぇ見て」と低い声で囁く。

 そして、もっと深く顔を覗き込み、やがて視線を捕らえた。

 緊張で引きつっている彼女の表情を見てニヤリとする。

 その表情はとても意地悪く、そして艶っぽく、それだけでかおりの脳天から爪先まで甘い痺れが走るには充分すぎるほどだった。


「つかまえたっ」


 そう言って深く笑うと、かおりにキスを落とした。

 エアコンで部屋の空気はどんどんと冷やされていたけれど、ふたりの体温はどんどんと上がっていった。


「フロ先どーぞ」

「……あ、うん」


 何度目かに唇が離れた時、キスをしていた色気のある彼とはテンションが急転、おちゃらけたように告げる。

 一方、キスの余韻が体全体に残っているかおりはぼんやりとしか反応できない。


「なんなら、一緒に入る?」

「バーカ」


 口の端を上げて自分を見ている龍之介に軽くデコピン。そして彼と目が合い、照れくさそうに笑った。


「乾燥機あるから洗濯してもいーよ?」

「いいの?」

「だって、汗かいたのまた着たくないでしょ?」


 言いながら龍之介はグラスに残った水を一気に飲み干し、立ち上がったかおりを見上げる。


「ありがとー」


 嬉しそうに頷くかおり。


「なんなら、オレが手洗いしようか?」

「バ~カ」


 クックッと必死に笑いをこらえる龍之介に、かおりは彼の二の腕を軽くパンチ。

 そして、ふたりは目が合うと再び笑い合った。


 さっき教えてもらった浴室へ向かう。

 洗面所兼脱衣所の奥が浴室になっていて、小さいけれどテレビまでついているのだった。

 はぁ~、住む世界が違うわぁ。おフロ場にテレビって!

 そして、大きな鏡のついた洗面化粧台の隣に乾燥機能のついた洗濯機がある。

 普段、かおりはブラジャーなどは洗濯用ネットに入れ、絶対に手洗いモードで洗うのだけれど。男が洗濯用ネットを持っているとは思えなかったし、さすがに他人の家でそれは出来なかったため、下着が傷むのを気にしながらも背に腹はかえられないと思った。

 身に付けていた衣服全てを素早く脱いで洗濯機に放り込む。


 洗濯機を回し始めたところでいきなり戸が開いた。


「な、なに!? なに!? なに!?」


 一瞬それがどういうことなのかさっぱり理解できなかったが、すぐに気づき、慌てて戸を閉める。


「もうっっ!」


 バンッ!!

 かおりが顔を真っ赤にして激しく戸をたたくと、扉の向こうで大笑いをする龍之介。


「……ちょ~っとご相談があるのですが~…」


 笑い終えたところで龍之介がおずおずと発言する。

 あぁ? なに?

 かおりは苦い表情を浮かべながらラックからバスタオルを一枚取り出し、体に巻きつけてから戸を開ける。


「ノックぐらいしろっ」


 口を尖らせて苦情を訴えるかおりに対し、龍之介はニヤニヤしながら「は~い」と能天気に返事をする。


「なに? 相談って」

「う~ん」


 龍之介は目の玉をクリクリと動かす。


「もうなによ」

「……ゴム、つけなきゃダメ?」

「はぁ~!?」


 龍之介は彼女の反応が想像できていたのか。できる限り軽い口調で訊くものの、彼女はすごみのある口調で威嚇。


「つけなきゃダメだよね~?」

「つけたくないってこと?」


 即座に軽い口調で訊く龍之介と眉間に皺を寄せて訊き返すかおり。


「う~ん……」

「どっち?」

「持っていないので、できれば……」

「持ってないなら買ってくればいいでしょっ」

「そう、ですよね~、やっぱ。はい、今から、……買ってきます…」


 情けないほどに小さな態度で引き下がる龍之介。


「さっさと買ってこい!」


 バンッ!

 かおりは激しく戸を閉めた。


「サーセン! 買ってきまーすっ!」


 反省してる様子はみじんも感じられない。ヘラヘラとでかけていく様子が浮かんでくるようだった。

 マジ、アイツ、サイアクかも……。

 持ってないからつけないってことを言ってくるってことは、今までもそんな経験あるってこと? 病気とか持ってないよね?

 っつか、今まで妊娠させたこととかあるとか? もしかして……。

 うっわぁ~、マジサアイクー。

 なんだか大変なオトコにつかまってしまったと、かおりは今更ながら後悔していた。



 かおりは瞼越しに視線を感じた。

 ゆっくりと目を開けると、涅槃像のような体勢の龍之介が彼女の顔を優しい眼差しで見つめている。


「……今、何時?」


 そう言いながら恥ずかしくてゆっくりと背を向けると、龍之介は後ろから抱きしめてきた。

 どちらも何にも身につけていないため、直に肌と肌が触れ合うため、彼女の脳裏にさっきまでの行為が瞬時に思い出され、いやらしい気持ちに悶える。


「今ねー、」


 龍之介はヘッドボードに置いてある黒縁のメガネをかけ、壁に掛けてあるデジタル時計を見る。

 それは暗闇でおぼろげに青白く光っていて、03:12と表記されていた。


「三時過ぎ」

「そっか」


 私、少し寝たんだ。

 寝室に入る少し前にスマホをいじっていて、その時二十三時半頃だった。

 今までにないくらい濃厚な時間を費やしたけれど、さすがに四時間はその行為に費やしていないだろうと思った。

 密度が濃く、こんなにも淫らで身悶えるような行為で、なおかつ最後のほうは意識がなくなってしまうほどの経験はかおりにとって初めてだった。


 背中に体温を感じながらかおりがぼんやりしていると、龍之介は彼女の首筋に唇を這わせるため、思わず首をすくめる。


「も、ムリ……」

「そんな声もかわいい」


 エアコンのきいた中でずっと喘いでいたため、声が掠れている。

 龍之介が耳元で囁くため、耳のあたりから全身に甘い欲情がジワジワと広がっていく。

 その熱くなった耳を甘噛みする龍之介。


「っ……」


 もう無理だと思っているのに、彼を求めているかおり自身がいた。

 彼の前では本当に今までの自身が崩れていく。かおりは今まで自分が淡白なタイプだとは思っていたが、彼の前ではまったく違っていた。

 そんな自分がこわくもあったが、それ以上にそんな自分が愛おしくもあった。

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