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この街で君と出逢った  作者: 二条 光
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出逢い/進展(前篇)

 食事を済ませたふたりが外に出ると、すっかり日が落ち、人工の灯りが夜の闇を照らし出していた。

 この後どうするんだろう。

 食事が済んだ頃から終始そんなことばかり考えていたかおり。そのため、自然と緊張してそれを悟られまいとするあまり、やたらと早口になっていた。


「夜景、観に行こうよっ」


 車に乗り込み、シートベルトをしているかおりに提案する龍之介。その表情はイベントを心待ちにしている子供のようで彼女もついつい笑顔になる。


稲佐山いなさやまの夜景、観たくない?」


 稲佐山は長崎市のランドマーク的な存在で、そこから市街地を望む景色は市民や観光客に人気があり、特に眼下に広がる夜景は絶景だ。


「あー観たいっ!」

「じゃあ、決まりっ」


 そうして、車は目的地へ向かって発進した。


「オレ、初めて」

「なにが?」

「稲佐山の夜景観に行くのが」

「またまた~。どうせ、色んな女のコ連れてきたことあるでしょ~」

「ないない。だって、別に好きじゃない相手とそんなところ行ったところで、ますます相手がオレのこと気に入るだけだし。オレはヤリたいだけだし」


 ヘラッと笑う龍之介。


「セックスするのが目的なのに、デートスポット行くなんてまどろっこしいよ」


 この男、やっぱりロクなモンじゃない……。

 かおりはガックリと肩を落とす。


「マジでこの男サイアク~。マジサイアク~」


 彼に惹かれている自分の気持ちを白紙に戻したくて仕方がない。だから、せめてこうして悪態をつくことで自分の気持ちを割り切りたかった。


「そだよー、だから、みんながおかしいんだよ」


 開き直りともとれる発言に、かおりは思わず笑ってしまう。


「オレはさ、ちゃ~んと付き合う気ない、好きじゃないって言って。最初はそれでもいいからってオレとセックスしたがって。したらしたで、今度はカノジョヅラ? 結局、みーんなそう。それでオレが自分たちの思い通りにならないからって今度は逆ギレ。マジ勘弁してほしいよ」


今までのことを思い出しているのか、龍之介は心底嫌そうなカオをしている。


「ふ~ん」


 モテる男はモテる男なりに大変なのかもしれないんだ。

 モテた経験のないかおりにとって、モテるということがどういうことなのかピンとこなかったが、少なくとも楽しいだけではないということはなんとなく伝わった。

 もちろん、手を出さなければいいだけのことなんじゃないかという思いもしたが、それは黙っていた。


 かおりはそもそもすごくモテる男にもあまり縁がないため、ヤキモチを焼いた経験もあまりなく、むしろモテない男よりモテる男のほうがいいんじゃないかとすら思うタイプだった。また、よく男の下半身は別の生き物だときくので、しょうがないのかもしれないと、妙に理解ある気持ちになっていた。


「でも、かおりちゃんとヤる時はちゃーんと愛情込めるからねっ」


 そう言い終わると彼女のほうをチラリと見、目が合うとニッと笑った。

 かおりは顔がニヤつきそうで咄嗟にうつむき、「バーカ」と憎まれ口を叩いた。


「私も初めて」

「稲佐山の夜景?」

「うん。実はけっこう憧れてた、」


 カップルで行くのが。

 まだ付き合ってもいないし、自分のことを気に入っていることばかり言うが、全てを信用できないかおりは最後の言葉を飲み込んだ。


「カレシと見るのが?」


 そう言って龍之介はイタズラっぽく笑う。


「べっつにアンタじゃなくても夜景自体きれいそうだし、よかったんだけどねっ!」

「でも、オレでよかったって思うでしょ?」

「ハイハイ、そうですねっ」


 本音を冗談っぽく伝えるかおり。今の彼女にはそれが精一杯だ。



 稲佐山に向かって進む車。

 坂が急なため、あまりスピードは出ない。自然と法定速度を守っている。


 龍之介の横顔をチラリと見るかおり。

 やっぱり彼のことはかっこいいと認めざるを得ない。そして、どうやら自分自身の気持ちも認めざるを得ないところまできているようだ。


 今まで友情から愛情に変わる恋愛ばかりをしてきた。一目惚れなんて絶対に信じていなかったし、ましてや、出会ってすぐの素性もロクにわからないような相手になど惹かれることは絶対になかった。

 今までの彼女の中での常識はこの横にいる男の前ではことごとく崩れてしまう。

 自分の把握していない自分と向き合うことがなによりもこわかった。


 しかし、段々とそれにこだわっている自分もバカバカしいと思うようになっていた。

 なるようになれ、そんなふうに思っていた。

 この人のことが好き。この人と付き合いたい。

 悩む時は悩むが、開き直ると強いのがかおり。もう彼女の中に迷いはなかった。



 途中まで車で行き、ロープウェイ乗り場に併設してある無料の駐車場に停めた。

 車から降りると当たり前のように手を繋ぐ。子供のようにはしゃぐ龍之介、そんな彼に憎まれ口を叩くかおり。

 ふたりは数時間前初めて出逢ったとは思えないほど、お互いにとって居心地がよさそうな関係を築いていた。


 乗り場に着くと従業員が笑顔で出迎えてくれ、「もう来ますから」と声を掛けてくれる。

 龍之介は繋いでいた手を離すと、かおりの後ろから抱きついた。


「ちょ、ちょっとっ!?」


当然戸惑う彼女に構わず、彼は腰のあたりに手を回す。


「なにしてんのよっ」


 こんな公衆の面前で!

 かおりは本当のところは抵抗する気もなかったが、従業員の視線を感じ、恥ずかしさ故、彼から離れようとする。


「見せつけたいの~」


 かおりの耳元で囁く龍之介の声が少し掠れていた。息が耳にかかり、彼女の肌が粟立つ。


「汗くさいからどいて~」

「オレも汗かいてるしいいの、お互いさま~」


 かおりは顔を真っ赤にして固まっていた。

 いかにもバカップルがやりそうな行動を人前でしたことなどなかった。

 以前の彼女ならば、そんなこと相手がしようものなら強い拒絶の意を示していただろう。今は恥ずかしさはもちろんあるものの、拒否の気持ちはほとんどなかった。


 彼はかおりの肩に顎を乗せる。そちらに少しでも顔を向けようものなら、キスしてしまいそうな距離だ。

 思わずかおりは空いている右側に顔を向ける。

 狂おしいほどに彼を求めていた。キスしたくてたまらない気持ちを抑えるためにも、反対側にかおりは向いたのだった。


「あ、来た」


 龍之介は彼女の心境を知ってか知らずか構うことなく、ロープウェイが来たことを嬉しそうに呟く。

 ふたりの順番がまわってきた。いったんかおりから離れ、今度は手を繋ぐ。


「いってらっしゃい」


 従業員に見送られ、ふたりの乗ったロープウェイは山頂を目指す。

 ふたりはぴったりと寄り添うように座っていて、段々と離れていく地上をお互いの顔を向き合わせる体勢で見下ろす。


「きれい……」


 夜景とこの状況に昂ぶる気持ちを彼女は必死で抑えていた。


「そだね~」


 彼のきれいな顔立ちが視界に入り、自分のことを見つめている瞳も目に映る。

 ほんの少しだけかおりが彼を見た瞬間、龍之介は彼女の背に腕を回し、自分のほうへ引き寄せる。次の起こることを予期したかおりは目をつぶった。

 彼の顔が近づく気配を感じたかと思うと、あっという間に唇を奪われた。

 深い深いキスを落とす。舌を絡め角度を変え、それはかおりのカラダの芯までを侵すような口付けに、下腹部がどうしようもなく疼くのを感じ、彼にしがみつくようにして抱きついた。


 長く濃厚な接吻は降り場に到着する直前にいったん幕を閉じた。



 ロープウェイを出て頂上から見渡す長崎の街並み。


「うわー!!」


 眼下に広がる夜景を見て歓呼の声を上げるかおり。

 龍之介はその姿に顔を綻ばせ、「きれいだね~」と満足そうに呟いた。


「うんっ!」


 そう言って何度も小さく「わぁ」と呟いているかおり。

 闇の中に浮かび上がる光の粒。橋には車のライトが光の道を作り、家々やビルの灯りが散らばっている。宝石箱をひっくり返したようにキラキラキラキラと煌いていた。


「でも、1千万ドルは大袈裟だよね」

「確かにね~」


 稲佐山から観る夜景を"1千万ドル"と表現するため、揚げ足とりのようなことを言いながら、彼がニヤリ。かおりも彼を見てニヤリとする。

 あ……。

 龍之介はさっきまでのニヤけ顔から一変、真剣な眼差しでかおりを見つめる。

 彼女はその瞳からそらすことが出来ずに、まるで魔法にかかったみたいにじっとしていた。

 そして、彼は彼女を抱きしめると再び熱い熱いキスをした。


 ふたりは周りの視線なんて気にならなかった。

 ひとつになりたいという想いが彼女の中で溢れている。

 そして、それは龍之介も同じだった。もちろん、今まであまたの女を抱いてきた彼だったが、好きだから抱きたいという想いになるのは初めてだった。

 ふたりは夢見心地に酔いしれていた。



「ボチボチ戻りますか?」

「……んっ」


 ひとしきり景色も彼女の唇も堪能した彼は満足そうに訊くと、かおりは少しだけためらいがちに頷いた。

 自然に龍之介が手を取ると握り返す。そして、ふたりはカップル繋ぎをする。


「手、キレイだよね。羨ましい……」


 かおりは彼の手をまじまじと見ながら呟いた。


「あー、よく言われる」

「私、コンプレックスなんだよね」

「手が? ホント?」


 不思議そうにかおりを見返す龍之介。


「うん。おっきいし太いし、爪ちっさいし」

「え、そう? でも、オレはきれいに付け爪とかして家事とか絶対しなさそうな手より、かおりちゃんみたいな手のほうが好きだよ」

「……ありがと」


 照れ隠しでそっけなく返すかおり。


「ホントだよ。安心すんだよね」


 彼女の心情などわかっているかのように、龍之介は彼女の横顔にニッコリと笑って握った手に力を込めた。

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