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この街で君と出逢った  作者: 二条 光
3/20

出逢い/デート(前篇)

 みんなに冷やかされながら店を出たふたり。

 かおりは状況が把握できず、しきりに「意味わかんないんだけど」と呟いていた。一方、彼は鼻唄でもうたいながら彼女の手を引っ張って歩いていく。


「ちょっと待ってて」


 彼は店の前の駐輪場に止めてあった原付バイクに歩み寄る。


「ねぇ」

「なに~?」


 かおりに声をかけられ、前輪と後輪にかけているU字ロックを外していた彼は視線をいったんそちらに向ける。

 うわっ。なんなんだろ、この人……。引力強すぎっ。

 表情はとても柔らかく、心を掴んで離さない。彼女はその視線から逃れようにも、彼の視線がそれを許さなかった。


 やっとの思いで彼と視線をそらした時にはどうしようもなく彼女の心臓が高鳴っていた。

 ハァ……。心臓悪い……。

 今までイケメンと言われる部類の人間には多く出逢ってきた。しかし、かおりにとって彼ほど魅力的な人は生まれて初めてだった。


「……どこ行くの?」

「オレんち」

「へ!?」


 かおりは目を見開く。

 そ、それって……。

 モジモジしながら地面を見つめた。


「よしっ」


 準備が整い、彼はバイクを押しながらかおりのほうへ寄ってくると、彼女の顔を見てフッと微笑んだ。その表情にかおりは固まってしまう。

 もうっ、そのカオ。ホントヤバイし!


「大丈夫だよ。オレ、女のコに無理強いさせたことないし~」


 あっけらかんと笑う彼に顔を真っ赤にするかおり。


「って、って、っていうかっっ! 私、アンタんちに行くことオッケーしてないしっ」

「え~、オレは一緒にいたいだけだし。”何もしない”って選択肢はナシ~?」

「……っっ!」


 勘ぐったかおりの心理を逆手に取って男はニヤリと笑った。顔を赤くしてかおりは悔しそうな表情で彼を睨む。


「ちなみに~。相手のほうからその気になるみたいだよ」

「!!」


 冗談まじりで言う彼。

 “どこからそんな自信が”と思うのだけれど、彼の言うことは間違っていないのかもしれない。すでに彼に魅了されていた彼女は言い返すことができなかった。


「行こっ」


 そう言いながら彼はバイクに跨った。


「へっ!?」

「後ろ。乗って」


 彼はエンジンをかける。


「二人乗りできないでしょ?」

「大丈夫、ウチすぐだから」


 かおりの言う通り、50ccバイクで二人乗りは出来ない。それは距離に関係なく。しかし、戸惑っている彼女におかまいなく腕を掴み、強引に後ろに乗せた。

 もうっ!! マジで!?


「しっかり掴まってて」


 彼はかおりの両腕を自分の腰に回させた。

 必然的に体が密着するため、否が応でもかおりは彼の肌を服越しだけど感じる。彼のかすかな汗の匂い、そして香水が薫る。

 かおりは香水をつける男は好きではなかったけれど、その香りが彼に合っている。また、香りが段々と彼を求めたくなる衝動に駆り立たせてそれとの葛藤と闘っていた。

 これは俗に言うフェロモンというヤツかもしれない。否が応でも彼に惹かれているかおりがいた。


 彼の言うことはデタラメで、住居にはすぐは着かなかった。

 その間、かおりはずっと「すぐ着くんじゃなかったの?」など文句を言ったが、彼は相変わらず「もうすぐ着く」と笑って返すだけだった。


 そして、平和公園に程近い住宅街の一角、高級そうな高層マンションの前でバイクは止まった。


「ここ……?」


 ひぇ~、家賃めっちゃ高そうだし!


「そだよ」


 答えながらバイクを駐輪場に置く彼。


「独り暮らしじゃないの?」


 かおりは目の前のマンションを見上げながら、ポツリと呟く。長崎の方言を使わないからてっきりよその人間かと思っていたかおりだが、そこはとても学生独りで住めるような建物ではなかった。


「いや、独りだけど?」

「はっ!? こんなデカいマンションに?」

「うん」


 目を大きく見開き、彼を見るかおりに対し無表情で答えた。


「はぁ……」


 難しい顔をして感嘆にも似たため息をつきながら、再度マンションを眺めるかおり。


「金持ちなんだ……」


 その言葉に男は憮然とした態度でかおりを見るが、彼女はそれに気づかず、呆然とマンションを見ていた。


「……さぁ」


 やがて、男は冷めた口調で吐き捨てるように言う。それがあまりにも冷たくて驚いたかおりは慌てて彼を見た。

 彼は視線に気づきサッと表情を明るくしたが、かおりは見逃さなかった。彼のとても冷たい目つきを。

 どういうこと……?


「ちょっと待っててくれる?」


 今までの彼からはとても想像のつかない意外な一面を見て動揺するかおり。そんなかおりの心境を素早く察した男は柔らかな笑みを浮かべながら彼女の頭にポンっと手を置いた。

 その笑顔は柔和でありながら芯の強さを感じ、有無を言わせない。かおりは小さく頷いた。


 今度は駐車場へ向かう彼。

 かおりがきょとんとして見ていると、彼は一番手前にあった黒のセダンタイプのBMWに乗り込んだ。日本仕様になっていて右ハンドルのようだ。

 はっ!? イミがわからないんですが……。

 そして、車はかおりの前に止まった。


「乗ってよ」


 かおりが呆然としていると助手席の窓が開き、ニッコリと笑う彼が顔を覗かせる。また有無を言わせない笑みを浮かべている彼に、かおりは戸惑いながらも乗り込んだ。


 目立たぬところに置いているのだろうか芳香剤などは見当たらないが、車内はほのかに心地よい香りが漂っていた。マメに掃除するのだろう、中はきれいにされていて無駄な物など一切置かれていない。

 そして、最近流行りの洋楽がかかっている。かおりはコンビニでバイトをしているのだが、最近有線放送で流れてくるので洋楽に疎い彼女でもよく知っている曲だった。

 生活感の感じられない男。かおりは自分がこんな男と今一緒にいることが不思議でならなかった。

 ってか、この人めっちゃきれい好き? 男のきれい好きって潔癖っぽくて苦手だな……。


「ハラ減らない?あぁ、でも、モスであんだけがっついてりゃ、そんな空いてないか」


 思い出したのか笑いながらの彼の言葉に、かおりは気恥ずかしくなって最後のほうは聞こえていないフリをする。

 昼食時間が遅い上、朝からほとんど食べていなかったため、ハンバーガーにポテト、サラダにチキンとシェイクを注文し、バクバクと食べていたのだ。自分でも色気のない食べっぷりだと思っていたが、それを見られていたのだと思うと恥ずかしくて仕方がない。

 まったくこの男はこんな自分のどこが好みなんだと疑わしく思っていると、「オレ、食べっぷりのいい女、好きだから」とまるでかおりの心の声が聞こえたのかと思うほどタイミングよく彼が答える。


「それはどうも……」


 照れくさくてぶっきらぼうに応えるかおり。


「ごめん。ハラ減ってるからどっか入っていい?」

「いいよ」


 それにしても……。

 かおりには彼に対する疑問ばかりが増えてくる。いかにもモテそうな彼が自分に声を掛けてきたこと。学生の身分であのデカいマンションに独り暮らし。輸入車所有。そして、金持ちかどうか訊いた時の態度。

 なんだか彼にはあまり近づかないほうがいいような気がすると、かおりの頭に警鐘が鳴らされていた。だけれども、心のどこかで彼に近づきたい気持ちもあった。その狭間でかおりはひどく揺れていた。


 そういえば、名前。

 かおりは隣で運転している男の名前さえも知らないことに今更気づいた。


「ねぇ、名前。なんていうの?」

「芥川龍之介」

「はぁ?」


 かの有名な文豪と同姓同名にするなんて、名付け親はどういう神経をしているんだと眉をひそめるかおり。

 そんな彼女の様子を視界の端で感じ取った彼は必死に笑いをこらえる。

 何故笑う?

 彼に笑われ、かおりは一層眉をひそめる。


「素直だね~。悪いオトコに騙されるよ」

「はっ? ウソなの!?」


 ムカついて彼のほうを向くと、横目で見ていた彼と視線がぶつかった。


「やっとこっち向いたね。ずっとチラチラ見てたのに」


 口の端をクイッと上げ、かおりを見るにせ芥川。その表情が眩しくてめまいすら起こしそうだ。かおりは慌てて顔をそらした。

 窓の外はようやく日が沈み出していて、真っ赤な夕焼け空に目を細める彼女。


「そこ開けてみて」


 ニセ芥川の指先がグローボックス-助手席前に設置してある引き出しのこと―を指した。男性にしては華奢だが適度に骨っぽく、とても綺麗な手をしている。

 私よりよっぽどきれい……。

 かおりのコンプレックスは手。女性にしては大きく、指輪も十一号の太い指。おまけに爪は小さく脆いため、常に深爪傾向にある。


「んっ」


 かおりが彼に手元を見られないように急いで開け、すぐさま引っ込めると扉が斜め前に開く。その中には車検証など書類が乱雑に入っていた。彼の中で初めて生活感を感じられるような場所を目にし、かおりは少しだけ安堵する。


「本当は松山マツヤマ龍之介。ただ由来は実際、芥川からだよ。芥川を父親が好きでつけたらしいから。中に学生証入ってるから見ていーよ」

「んっ」


 かおりはコンプレックスの手が見られるかと思うと恥ずかしかったが、なんとなくコンプレックスそのものを悟られるのも嫌で、何も考えないふりをして学生証を探す。

 あ、これ?

 写真付の学生証を見つけた。それはN大学のもので彼の顔写真が貼っていた。

 まじまじと見てかおりは驚いてしまう。彼は医学部在籍だった。

 うっわー、医学部って! やっぱ金持ちなんだっ。っつか、頭もいいんじゃない? バカと天才はなんとかってタイプ?


「ホントでしょ?」


 彼の言葉に慌てて改めて名前を確認するかおり。やはり松山龍之介と書いてあり、偽りはない。


「ん、うんっ」


 急いで学生証をしまい、扉を閉めた。


「そっちは?」

「あ、私?」

「うん」

「原口、かおり」

「かおり、ね。オッケ」

「あ、私のも見る?」


 かおりは膝に抱えていたトートバッグの口に手を突っ込む。


「いや、いーよ。ウソついてないのはわかってるから」

「あ、うん」


 ん?

 それは、龍之介のことをかおりが疑っていた、というふうにもとれる発言だ。


「あ、私、別にアンタがウソついたとかそんなん思ってないよっ」


 龍之介の顔が一瞬固まり、すぐに顔を崩す。


「オレもかおりちゃんがそんな風に思ったなんて思ってないけど?」

「あ、そうなんだ。ごめん」


 小さくなる声。


「学生証見せたのはかおりちゃんにはオレのこと素直に伝えたかっただけだから」

「え……」

「他の女のコにはいちいち学生証なんか見せないよ。訊かれたら、ウソは言わない。その代わり、相手が信じるか信じないかも知らない」

「………」


 彼の言葉に偽りはないように思えたが、かおりは照れくさかったのと、やはり彼がそんなふうに自分を特別扱いするのが信じられない。かおりは難しい顔をして前方を睨むように見ていた。


「カレシは? いないの?」

「……なんで?」


 美咲のような合コン好き人間もいるけれど、普通に考えたら、彼氏がいる女は合コンには来ないだろうとかおりは思う。そして、龍之介が自分に気のあることがいまだ信じられない彼女は、逆に彼氏がいたらどう思い、彼がどのような行動に出るのか知りたかった。


「フツーは訊くんじゃないの?」


 確かにさして興味のない相手にでも話のネタに訊くことは多々あるが、龍之介の口ぶりだとそのレベルの気持ちしかない人間と同等だった。少なくともかおりのことを好きだと言っている人間の口ぶりではなかった。


「まぁ、そりゃあそうだけど」

「いるの?」


 まったくもって彼の心情が見えない。まるでどうでもいいような様子である龍之介に、かおりは戸惑いを隠せない。


「いたらどうなの?」

「え~、」


 彼は半笑いになり、「どっちでもいいんだけどね」とケロッと答えた。


「なんなのよ、そのどっちでもいいって」

「だって、カレシいようと好きなヤツがいようと関係なくない?」

「はぁ?」


 眉間に皺を寄せ、横顔を見ると、彼はニコニコと笑っている。


「だって、今までそうだもん」

「イミわかんない」

「なんで? だって、今までオレの場合そのコにカレシいても、『このコとヤリたい』とかって思ったら、オレが追わなくても向こうのほうから寄ってくもん」

「!……ハイハイ」


 かおりは呆れてそう返すしかなかった。


「すごい自信だね」

「いやいやいや。自信とかじゃなく事実だし」


 彼は平然として言う。通常ならばこのようなナルシストぶり全開の台詞だが、彼の魅力なのだろう、それがまったくもって憎めなかった。むしろ納得すらしてしまいそうだ。


「じゃあ、私ぐらいなんじゃないの? ナンパして逃げられたの」

「いや、ナンパ自体初めてなんだけど」

「またまた」


 かおりは鼻で笑った。


「いや、ホントだって」


 彼の声に偽りがないように思え、彼女の表情が真顔になる。


「だって、言ってんじゃん。向こうから寄ってくるって。だから、自分から動く必要ないし。かおりちゃんが初めてだよ、ナンパも。こんなふうに自分から動いたのも」


 かおりは窓の外を見た。これ以上、彼が視界に入ると心臓がもちそうになかった。もちろん視界から消えても気配はもちろんあるのだし、隣にいるというだけでもうどうしようもなく神経が昂ぶっていく。

 彼のモテ武勇伝はおそらくは真実なのだろうと、かおりは自分の感情からも察することができた。

 また、そんな男が自分にベクトルを向けている理由がイマイチ分からなかったが、もちろん悪い気はしなかった。

 このままいけば、間違いなく彼にハマるであろうことも容易に想像が出来た。しかし、彼にハマることはなんだかひどく恐怖で、かおりは自分自身に一生懸命、彼は自分をからかっているんだと言い聞かせていた。


「……カレシとはこないだ別れた」

「そうなんだ。で?」


 鼻唄でも歌うような口調がかおりにはまったく理解ができなかった。普通、自分が気になる相手の元彼のことなどが話に上がれば、少しは気になるはずなのに、この隣に座る男はたわいない話をしているかのように他人事なのだから。


「興味なさげ~」

「だって、あんま興味ないもん」

「はぁ? アンタ、さんざん私のことどうのこうの言ってて。そんなんだったらフツーは気になるでしょっ」

「オレ、フツーじゃないし」


 そう言ってケラケラと笑う。


「じゃあ、かおりちゃんは気になる? オレにカノジョがいるかどうか」


 チラッと彼女を見るその顔はニヤリとしている。


「っっ! 気になんないしっ!」


 どう転んでも龍之介のペースに嵌ってしまうようだ。かおりの声が裏返る。


「動揺してるってことは気になるんだ~」

「知らんっ」


 かおりはプイッとよそを向く。


 わ、なに!?

 龍之介がかおりの髪を一束掴んできたため、当然のことながら彼女の体がビクついた。

 髪の毛に神経が走っているのかと思うほど触れられている場所に意識が集中する。かおりは身をすくめ、ただただ彼の行為を受け入れるだけ。それどころか、彼に触れたい衝動に駆られる。しかし、もちろんそんなことはできず、膝の上で両拳をギュッと握っているだけ。


「なんか、今わかってきた。女のコたちがやたらとオレのカラダ触ってきてたけど、今まであんまイミわかんなくって。でも、なんか今そんなカンジ。かおりちゃんに触れていたいもんね」


 よっぽど自分の髪を触っている彼の手を引き寄せてしまいたい気持ちになるが、かおりは素直になる気にはなれないでいた。


「ショートよく似合ってるね」


 ゾクッとするような彼の声。


「……も、もうっ!触るなぁっ」


 彼にハマる自分からどうにか逃れたくて、やっとの思いで手をのけるかおり。


「どうせ他の女のコにもこんなことするんだろっ」


 自分のかわいげのない発言にハッとするかおり。一瞬の間がある。

 あー、こんなんかわいくないし……。

 下手をすれば相手の機嫌を損ねかねない発言に、かおりは少し目を伏せた。

 ところが、龍之介はケタケタと笑う。ホッとしたのも束の間。


「ヤキモチ~?」

「ち、ちがっ」


 ほとんど図星なのだけれどそんなことを認めたくはなく、かおりは否定しようとするが、龍之介にはそんなことは全部お見通しだ。


「だーから言ってんじゃん。オレからは何もしないって。こんな風に自分から動くの、初めてだって」

「ハイハイ、ハイハイ」


 早口で必死に受け流すかおり。龍之介には思いきりバレていて彼は嬉しそうに笑っていた。


 やがて、車はN大学近くのコインパーキングに入った。


「この近くに居酒屋があるから。そこでいい?」

「うん」


 そうして、ふたりは車外に出た。

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