出逢い/合コン
十八時を過ぎたけれど、街はまだまだ明るかった。
かおりは女友達三人と、とある居酒屋の二階にいた。
その店は一階がテーブル席、二階が座敷席になっていて、予約をすると大体は二階に席が用意される。襖で各客席が仕切られており、ちょっとした個室になっているためリラックスできると好評らしい。
かおりたちの目の前には女子と同じ人数分の席が用意されている。
かおりは数日前高校時代から付き合っていた彼氏と別れ、今夜は人生初の合コンだ。
高校時代から付き合っていた彼氏は卒業後関西の大学へ進学。彼から「他に好きな人が出来た」と告げられ、結果的にかおりが振られた形で幕を閉じた。
かおりは合コンというものが好きではない。また、今までは彼氏がいるからといって、頑なに友人の誘いも絶ってきた。しかし、彼氏に振られ、少々ヤケになっていたかおりは自分のほうから合コンのセッティングを頼んだのだった。
彼女は一番奥に座り、自分の目の前の席をうつろな目で見ている。頭の中でさっきの出来事がずっとうごめいていた。
モデルのようにスラッとした体型に、知的さがにじみ出ている整った顔。サラサラの黒髪。一度見たら誰もが忘れられないような男性だった。
あの人、こっちの言葉じゃなかった。N大生かなぁ……?
色んな地域から学生が集まっているため、当然のことながら標準語圏の人間もいるだろう。しかし、今までほとんど他大学生と出会う機会がなかったかおりは標準語を話す男性に初めて出逢った。
はっ! もうっ!! あの人のことはどうでもいいしっ! そういう男の人に会ったの初めてだから気になっただけだしっ!
彼とのことを思い返しては懸命に異性として魅力を感じた自分を否定する理由を探していた。
「もう来るかな~?てか、ウチらやる気満々やんっ」
隣に座る福岡県出身の美咲がスマホで時間を確認しながら苦笑する。
博多美人に代表されるようなキレイな顔立ちの美咲。見た目の良さとサバサバした性格故、すぐに彼氏ができるが、彼氏がいようと合コンに参加するほど無類の合コンクィーンなため、そのことが原因で当然のことながら長く続かない。こないだも合コンメンバーの中に彼氏の友人がいたため、彼氏にバレてフラレたばかりである。
「ねぇー、今日はいい男来るよねー?」
名古屋出身のつぐみは自慢の巻き髪を左小指でクルクルと遊びながら、枝毛チェックをしている。
基本的には標準語を使っているけれど、一年以上美咲とつるんでいるせいか、イントネーションや言葉が時々福岡の方言になっている。
「任せて。今日はアイツに気合い入れさせたしっ」
言葉に力を込めてつぐみの問いかけに反応するのは、かおりから一番遠い席に座っている十和子。
今日かおりからセッティングを頼まれたのが彼女。社交的で大学内外に友人が多いため、いつも条件に合わせた合コンのメンバー集めが得意だ。
静岡出身でつぐみ同様標準語を使うが、つぐみと違い標準語が揺るがない。意識しているのか、全く方言が伝染っていない。
「そういえばさー、こないだのN大生。サイアクじゃなかった?」
「あー、マジ、ヤバかったよねー。あ、れ、はっ」
美咲とつぐみが顔をしかめながら前回の合コンについて話す。
「今日はかおりのための合コンだから、気になった男いたら教えてよ」
十和子が二人の間から顔を出し、かおりを見つめた。
あるモデルに似ているとよく言われる十和子の瞳はいわゆるクールビューティーと呼ばれるそれで、同性のかおりでさえ、時折クラクラしてしまいそうな魅力がある。今も見つめられて、かおりはドキドキしてしまった。
「そやねー。今日だけは相手がかぶったら譲っちゃる」と美咲。
「でも、このメンバーじゃ、どう考えても私、引き立て役なんだけど……」
三人は自他共に認める美人で、その彼女らの中にいるとどう考えても合コンでなんて相手が自分を気に入る可能性は低いと、かおりは思っていた。
彼女の発言に三人はどっと笑い出す。
「っていうか。かおりもさー、もっと自分磨きなよ」
そう言いながら、十和子はまたあの瞳でかおりを射抜く。
「だねー。スッピンの時も多いし。かおり、絶対に化粧映えするのに。それに格好もさー、こんな日に普段のまんまだしっ」
つぐみからそう言われ、かおりは視線を落とし、Tシャツの胸元をぐっと掴んだ。
「ま、今日はデビューの日やし。私たちがいいパス出してやるけんね」
そう言いながら、美咲はかおりの背中をポンと叩いた。
確かにみんなの言う通りだ。
人の好みなんて十人十色なのだから、かおりのようにあまりメイクをしない女性を好む男性もいるだろうし、Tシャツにジーンズのみのラフなファッションだって好まれるだろう。しかし、あまりにも男性を意識していない身だしなみだと、特に合コンのような場ではやる気がないと思われ、相手にされない可能性は高いだろう。
他の三人はよく合コンをしているためか、非常にリラックスしていたが、かおりは依然居心地が悪そうにしていた。
彼女が気分をかえるためトイレへ行こうかと腰を少し浮かせたその時、襖が開いた。
「こんばんはー!」
威勢のいい声とともに、ドカドカと男衆三人が入ってくる。
挨拶をし最初に入ってきた男はスポーツマンタイプ。
ガッシリとした体型で顔も少し濃いめ。日焼けした肌によく似合うブランドものの白いポロシャツと体のラインよりほんの少しゆるいデニム。アクセサリーの類は一切していないシンプルなファッション。
「こんばんはっ!」
スポーツマンは頭を下げながら、かおりの前に腰を下ろす。
かおりは座り直し、小さく頭を下げた。
元気がいいなぁ。
かおりは彼に対しそんな風に思いながら、ぺこりと頭を下げた。
二番目に入ってきた男はインテリタイプ。
縁なしの眼鏡をかけていてTシャツの上に黒のジャケットを羽織っている。シルバーのごつい指輪とペンダントをしていた。
「こんばんは」
インテリは過度にならない笑顔でソツのない挨拶をし、美咲の前に座った。
「こんばんは~」
最後に入ってきた男は見るからに“いい人”そうな雰囲気が漂っている。ニコニコした笑顔がその人柄を表しているようだった。
「あれ?あと一人は?」
三人目が席に着いて、十和子がインテリを見ながら不思議そうにそう言った。
どうやらさっきの話に出てきた”アイツ”はインテリのことらしい。
「トイレ。もう来るよ」
インテリが十和子を見返して答えると、近づいてくる足音がきこえる。
「あ、来たんじゃない?」
つぐみの言葉と同時に開いていた襖の間から顔を覗かせる男。
「あっ!!」
かおりはその男の顔を見た瞬間、思わず大声を上げてしまった。それもそのはず、あのナンパ男が四人目の男だった。
男とかおりの目が合う。咄嗟に彼女はうつむいた。
「あ~~~~!!」
一方の彼は大きな声を上げ、うつむいたままのかおりを指差している。
うっわっっ……。
かおりは片目をつぶり、困ったような表情を浮かべた。
「マイスイートハニー!!」
叫びながら両手を広げ、彼はかおりに近寄っていく。
ちょ、ちょっと~!?
なんとなくイヤな気配を察し、顔を上げるかおり。案の定接近中の彼に思いきり顔をしかめる。
ちょっ! 軽いって言うよりイッちゃってる系!?
他の男性を押しのけずらし、男はちゃっかりかおりの前に座る。
マジで?
かおりは渋い顔をして再びうつむく。
当然のことながら、みんな不思議そうにふたりを見ている。
「知っとーと?」
かおりと男を交互に訝しげに見ながら訊く美咲。
「知ってるっていうか……」
うつむきがちに美咲を見ながらかおりは曖昧に言う。
「なんや、お前。知っとうとや?」
福岡でもかなりクセの強い方言を遣うスポーツマン。彼の肩をバシッと叩く。
「知ってるもなにも。さっきナンパした」
「ナンパ!?」
「えぇ!?」
「はぁ?」
当然会場には驚きの声が上がった。
ひぃっ!
男に両手を握られ、かおりは思わず体を引く。そして、手を離そうとするけれど、男が離してくれそうもない。
「やっぱりオレたち出会う運命だったんだよ~!」
マジで、この人ヤバイ!?
「なになに?」
「どういうこと?」
「かおり、どこで知り合ったん!?」
今度は女性陣の方々から質問が飛び交う。
「ナンパ?ホントに?」
あの十和子の瞳に射抜かれ、困った表情をして首をかしげながらおそるおそる頷くかおり。
「こうして再会するってことは運命なんだよー。ねっ、ハニー?」
頭を傾け母性本能をくすぐるような表情をして彼女の顔を覗き込む男。彼は自分がそんな顔をしたら相手が自分に嵌る可能性が高いことを自覚しているようだ。
かおりも心の中では必死に抗おうとしているものの泥沼状態で、もがけばもがくほど沈んでいくようだった。
「は、ぁ……」
顔を真っ赤にして間の抜けた返事をするかおり。どちらかといえば冷静さを失わないかおりだったが、彼の前では舞い上がってしまうようだ。
「だよね、だよね。よしっ」
「な、なに!?」
彼はかおりの両手を取って立たせようとする。突然のことに抵抗する力も入らず、スルスルと彼の意思のまま立ち上がった。
「ちょ、ちょ、どういうこと?まっ、待って待って!」
かおりの手を強引に繋ぎ、引っ張るようにして歩いていく男。彼はかおりの反応などお構いなしに出入口まで歩き、突如くるり、みんなを見渡す。そして、かおりに対してニッコリ笑ったかと思うと強引に自分のほうへ抱き寄せた。
「……っ!!」
かおりは驚きのあまり声も出ない。
しかし、それは彼以外は同じだった。あんぐりとしてふたりを見ている。
恥ずかしいっ!
かおりはよそを向く。
「このコに惚れてるんでカップル成立~!」
一瞬間があり、すぐさまワーキャーと歓声が上がる。
かおりはクラクラとして全身の力が入らず、いつのまにか彼に支えてもらっていた。




