観光/中華街
ふたりは夕食は中華街でとろうと朝から決めていた。
夕飯時まで時間があるため、浜町の商店街へと繰り出すことにする。浜町商店街、ここはふたりが出逢った場所。あの日以来訪れるのは初めてだった。
「なんかさ、もうすっごい前のような気がする」
「オレと初めて逢ったのが?」
「うん」
「そだねー確かに」
実際、二人は出逢ったその日に付き合うようになり、ほとんどの時間を一緒に過ごしている。すれ違いの恋人同士と比べれば、出逢った日が遠くに感じるのは当たり前かもしれない。
「――そろそろ食べようか?」
「うん、そだね」
ブラブラしていると早いもので、時刻は午後六時を少し過ぎた。まだまだ明るい時間帯だが、混雑する前にゆっくりと食べたかった龍之介の提案にかおりも頷いた。
浜町商店街から歩いてすぐにある新地中華街に向かうふたり。
この町は新地という名のごとく江戸時代に新しく海を埋め立ててできた人工島。当時中国との貿易品を保管する倉庫があった地域である。
現在は長崎名物のちゃんぽん皿うどんをはじめとした独特の長崎中華が味わえる中華料理店や、ユニークな中国雑貨、食材を豊富に取り揃えた店がひしめく。
「ちょい寄ってい?」
龍之介の声にかおりは立ち止まる。彼の視線の先には中国雑貨を専門に扱う店。
「あ、いいね」
かおりは二つ返事で了承。
ふたりは物色し始める。
店内にはいかにものイメージな商品――チャイナ服・チャイナ帽、きれいな刺繍のバッグ、赤や金を基調とした中華風の衣装に身を包んだ人形、などなど――が所狭しと並んでいた。
「かおり」
かおりが中国茶のティーパックを見ていると、雑貨コーナーにいた龍之介がなにかを企んでいるような表情を浮かべ、手招きをする。少しだけ嫌そうな表情を浮かべ、彼のもとへ。
「なに?」
龍之介が後ろ手に持っていたなにかを一瞬自身に被せる。それは愛嬌たっぷりの顔をした被り物だった。
「ブハッ」
かおりは小さく吹き出した。
龍之介はすぐにそれを脱ぐと、「これほし~い」とゲラゲラ笑いながら言う。
「うん、いんじゃない?」
かおりはいまだ表情をゆるめたまま賛同。
ふたりはそのお面と中国茶のティーパックを購入して夕食のため中華料理店へ。
ふたりが選んだ店は中華街のメイン通りから少し脇に入ったところにあった。
店の規模はさほど大きくはなく、地元客が割合を占めている。
龍之介の地元出身の友人が昔から通っているという店で、彼も何度か足を運んだことがあった。そのため、気のよさそうな白髪混じりの店主は彼のことを覚えていて親しげに挨拶を交わすと奥のほうの二人掛けの朱塗りの円卓を二人は勧められた。
注文をとり終え、おしぼりで手を拭いたりお冷やを飲みながら過ごす。
かおりは初めて来たので、興味深そうに店内を見回している。
「ここなら気軽に入れるね」
確かにメニューの大半はリーズナブルでかおりのような一般的な大学生でも手軽に利用できる価格だった。
「でしょ。それにね、そのワリにめちゃめちゃおいしいし、ここね、料理くるのすっごい早いんだよね」
「そうなんだね~」
言った先からまずは中ジョッキの生ビールが二杯が運ばれてきた。
「ホントだ」
「でしょ」
ふたりは顔を見合わせてニッコリと笑う。
「せっかくだし乾杯する?」
ジョッキを手に持ったかおりは龍之介をチラリと見ると、彼も彼女を見ていた。
「そだね」
「てか、なんに?」
「えーオレとかおりの出逢いに?」
「うわ、ダサッ」
「いいじゃーん。はい、カンパーイ」
ニコニコする龍之介。かおりは苦笑いしてジョッキを合わせた。
「今日はつぶれても介抱してあげるからね、とことん呑んじゃっていいよ」
「えー、リュウが言うと、なんか介抱って下心を感じるのは気のせい?」
「ん? 気のせいじゃないかも」
「だよねー」
龍之介がニヤニヤしているため、かおりが冷めた目で彼を見ると「へへ」と子供みたいに笑った。
続々と目の前に並ぶ中華料理の数々。
この店では数品を少量ずつ頼めるコースがあり、鶏の唐揚げ、酢豚、八宝菜、エビのチリソース、チャーハンの五品を頼んだ。
まずは唐揚げを口の運ぶかおり。揚げたてでジューシーな肉のうまみが広がり、ホフホフと言わせて呑み込んだ。
「おいしい!」
「でしょ~」
彼は一連の彼女の言動をじっと目を細めて見ており、それに気づいたかおりは照れくさそうに笑った。
そうして楽しい晩餐の時間は過ぎていった。




