観光/誓い
次に向かったのは浦上天主堂だった。
浦上天主堂はキリスト教・カトリック宗派の教会堂である。
浦上は長崎の北に位置する農村であり、1549年キリスト教伝来以降、カトリック信者の多い地域である。しかし、江戸時代には異教禁制されたため、この地では信者の摘発も何度か経験している。
明治時代になってもしばらくはキリスト教は禁制されており、浦上のキリスト教信者は弾圧されている(信者は各地に配流)。
1873年禁制解消後、半分近くまで減った信者が浦上の地へ戻り、1879年に小聖堂を築いたのが浦上教会の発端である。
その後、現在地に移転。
1895年、教会建設開始。
1914年、東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂が完成。
1945年8月9日、原爆投下により、爆心地から非常に近い場所にあった浦上天主堂はほぼ破壊。
1959年、再建。
1980年、1914年当時の姿に似せて復元。
「おっきいねー」
「うん……」
前に立ち、見上げながら感心するようにかおりが呟く。龍之介もその隣で想像以上に存在感があるそれを見て言葉を失っていた。
赤茶色の煉瓦を身にまとった天主堂の中に入るふたり。
中には誰もおらず、荘厳な空気だけが漂っていた。
一組のカップルはゆっくりと天井を見上げながらそれぞれの世界に浸る。
「キレイ……」
天井を見上げながらゆっくりと歩みを進めるかおり。
並んで歩く龍之介は小さく頷いてから立ち止まり、前を見ている。
「いつか、」
龍之介の真剣な色みを含んだ声にかおりも立ち止まり、彼の見つめているほうを見る。視線の先は確かに神の前で永遠の愛を誓う場所。
真顔でかおりを見つめる龍之介。緊張しながら、彼の言葉を待った。
「誓っちゃう~?」
「……ハイハイ」
表情を崩しおちゃらけて言う龍之介に肩透かしを食らった感のあるかおりは苦笑いを浮かべた。
しかし、再び真摯な態度で向き合う龍之介に、思わずかおりは固まってしまう。
「……でも、いつか。いつか、ね」
柔らかい笑みを浮かべ、かおりを見る龍之介。
感極まって言葉に詰まるかおり。今にも涙がこぼれ落ちそうでさっと横を向き、「いつかね~」と冗談っぽく返す。
龍之介は彼女の照れ隠しなどお見通しでニッコリと笑った。
浦上天主堂を後にしたふたり。平和公園を目指す。
原爆落下中心地にある平和公園は、戦争を二度と繰り返さないという誓いと世界平和への願いを込めてつくられた公園である。
ここには平和への願いを象徴する高さ約十メートルの平和祈念像が立つ。天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込められている。
また、園内には、水を求めてさまよった少女の手記が刻まれた“平和の泉”や世界各国から贈られたモニュメントが立ち並ぶ。
浦上天主堂と平和公園は徒歩で十分ほど。
まだまだ陽も気温も高い。そのため汗を拭っても拭っても吹き出てくる状況だったが、それすらもふたりの時間を楽しむ要素になっていた。
「あれがあるよね、こうなったさー」
かおりは言いながら平和祈念像のポーズを真似する。
「あーあるね。かおりは行ったことある?」
「うん、修学旅行で行ったね、確か。あの像の前でクラスごとに写真撮ったよ」
「そうなんだ」
そんな会話をしながら歩いていると、あっという間にたどりついた。
小高い場所に上がるとだだっ広い広場があり、そこに平和祈念像はあった。
観光客がまばらにいる程度で物静かな雰囲気だった。
「せっかくだし、ふたりで映ろうか」
「そだね」
柔婉な表情で訊く龍之介に少し照れたようにかおりはうなずいた。
ここまで幾枚もの景色や建物をスマホに収めてきたふたりだったが、自分たちが被写体になったことはなかった。
誰かに撮ってもらおうとふたりがあたりを見回しているとタイミングよく観光客らしきカップルがやってきて平和祈念像をバックに写真を撮っていたが、その二人は一人ずつで撮っている。
「撮りましょうか?」
龍之介が写真を撮ろうとしていた彼氏のほうに声を掛けると、カップルは目を見合わせ、遠慮がちにだけれども嬉しそうに「いいですか」と訊く。
「もちろん。その代わり、」
スマホを見せ、「オレらもいいですか?」と笑いかけた。
交渉成立。
まずはカップルの写真撮影を龍之介がこなす。
「せっかくだからもう少し寄ってくださいよぉ」と両手で幅を狭めるジェスチャーをし、見るからに真面目そうな二人は恥ずかしそうに寄り添った。
そうして写真を撮り終え、今度はかおりたちの番だ。
龍之介が男性と自分のスマホを手渡してからかおりとふたり像の前に立つ。
「私、けっこうな確率でこういう時ヘンなカオしてるんだよね」
「あ、わかる。オレも」
かおりのぼやきに龍之介も同意する。
しかし、かおりは(龍之介のヘンなカオなんて一般人の私からしたら知れてるし)と思ったが、口には出さなかった。
「はい、撮りま~す」
男性がスマホを操作し、そう言った瞬間、龍之介がかおりを抱き寄せる。
は~あ!?
かおりは当然驚きを隠せない表情を浮かべ、同時にシャッター音が小さく聞こえた。
「ちょっとマジで!?」
龍之介はかおりの表情を見てにやついた。
彼の突拍子もない言動は今に始まったことではない。かおり自身もどこか慣れてしまった面もある。
ホントにもうっ! 龍之介のヤツは!
口に出すとますます龍之介は調子に乗ることをわかっているため、かおりは心の中で悪態をつくのだった。
「ありがとうございましたっ」
撮り終えると龍之介はカメラマンの元へ歩み寄り、スマホを返してもらう。
お互いに会釈をしながら、カップルはその場を離れ、龍之介とかおりは他の観光客の邪魔にならない場所に移動してから画像チェックを始める。
無論、ふたりが寄り添っている画像であるため、かおりは(あっちゃ~)と顔を両手でおさえている。そんなかおりの様子を目にし、龍之介はニヤニヤ。
「この写真待ち受けにしたいよね」
「えぇ!?」
龍之介の言葉に、当然かおりは渋い表情をしている。しかし彼女の反応など想定内だったんだろう、ニヤニヤしながら早速設定し出す。
「ちょ、ちょっとやめてよ。やめてやめて」
「いいじゃん、オレのスマホだしっ」
「ヤダよ、私も一緒に写ってるんだからっ!」
「いいじゃ~ん。……よっしゃ」
当然かおりはそれを阻止しようと彼の腕をひっぱったりしているが、龍之介はそれをうまくよけて、とうとう待ち受け画面にしてしまった。
「ほらっ」
龍之介から見せつけられるかおり。
「もうマジで~!?」
「うん、オレとかおりのラブ~いツーショットってヤツ~?」
「はぁ~。……もう勝手にして」
「うん、勝手にしてまーす」
「あ! 他の人に見せないでよねっ」
「えー。ヤダ」
「はぁ!? マジで消して!」
「ヤ~ダよ」
そう言ってふたりは追いかけっこを始めるのだった。