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この街で君と出逢った  作者: 二条 光
13/20

観光/ナガサキ

 長崎原爆資料館(原爆が投下されるに至った経過や被爆の惨状、平和について考えるコーナーなどある)に到着したふたり。

 夏休み期間中、世間ではすでに盆休みに入っている会社もあり、家族連れ、友人同士、ガイドに誘導されるツアー客、修学旅行生など、入口やエントランスロビーにはうじゃうじゃと溢れ返っていた。


 昨夜のこと。


「明日から帰省する前まで長崎観光しない?」とかおりに持ち掛けた龍之介。


 かおりも長崎に住みたいと思ったのがこの地に来るきっかけだったものの、住んでしまえばそこは日常の生活の場。よって観光らしいことをほとんどしたことがなかった。

 しかし、かおり自身、本来この地に住みたいと思った自分自身の気持ちにできれば応えたいと常日頃思っていたため、彼の提案に快く乗ったのだった。


 彼は入場券と一緒にもらったパンフレットで現在地などを確認。


「このフロアってB1だったんだね」

「そうなの? ……ホントだ」


 かおりも自分が持っているそれに視線を落とす。確かにそれによると入場した階は地下一階である。


「これだとB2に色々展示してるんだね」


 資料館は地下二階、地上二階の四階建になっていて、確かに龍之介が言うように大半の観光客が利用するであろう展示場は地下二階(B2)にあった。


「そうみたいだね」

「じゃあ、下に下りよっか」

「うん」


 下りてきた二人は順路通りに針路をとる。


 惨状を再現したブースや被爆資料が展示されている。

 原爆投下前の街や人々の様子を写した白黒の写真。それが一瞬にして消え去ったことを物語る投下時刻に止まった時計。被爆した人々や街の変わりようを写した写真。現在は復興しているが、当時爆心地により近かったため被害の大きかった教会(浦上天主堂)のその当時の様子を復元した模型。

 想像を絶するような展示の数々。


 かおりにとっては直視すらできない場面に多々遭遇し、息苦しさを感じていた。

 中学の修学旅行の時にも確かにこの資料館に訪れていた。しかし、その当時の記憶はほとんどなく、今回訪れてみて驚くほどの衝撃を受けている自分がいる。そして、中学生の頃はここを訪れてなにも感じなかったのだろうかとそれがまたショックだった。


「もう出よっか?」

「ごめん……」


 そのフロア全てを回りきれていなかったが、彼女の様子を見かねた龍之介がそっと声を掛けると、かおりは小さく頷く。

 ふたりは一階のカフェに移動した。


 カフェブースは窓際に四人掛けのテーブルがいくつか並べられている。

 龍之介はアイスコーヒー、かおりはオレンジジュースを頼み、一番手前の席に向かい合わせに座った。


「はぁ、なんでだろう……」


 かおりは納得のいかない様子で首を傾げながらブツブツと呟いていた。


「なにが?」


 龍之介は訊いた後かおりを見てミルクもガムシロップも入れていないブラックのアイスコーヒーをストローで少し口に含む。彼女の顔色が依然冴えないことが気がかりだった。


「中学生の時、こんな恐怖感はなかったんだよね。体験談をきいた時はさすがにこわかったような記憶がするんだけど……」


 かおりは一気に徒労感が押し寄せてきたような気がした。

 龍之介は窓の外に目をやる。


「そうだねー。大人になるとかえってリアルになることってあるじゃん、人の生き死にとかってさ。中学生の頃ぐらいだと意外と人の死とかって身近なようで身近じゃない部分もあるしさ」


 龍之介の横顔、その表情が少しさみしげで、彼が二日前に告白してくれた母親の死のことを思った。


 かおりが中学生の頃父親が仕事の関係で借金を抱えたこともあり、彼女自身多少なりとも苦労はしている。しかし、家族は仲良く暮らしてきた。

 一方、龍之介は彼を独りで育ててくれていた母親がその年代に亡くなっている。少なくとも、彼にとっては身近な人間の死を体験している上でそのようにかおりの心境を慮っている。

 彼は時折デリカシーのない発言が目立つが、もしかすると彼の生い立ち故にそれに比べればどうってことないと思えるからなのかもしれないとかおりは思った。


 視線に気づき、龍之介が彼女を見つめてニッと笑う。


「なに? もしかして見惚れてた?」


 かおりは慌てて横を向き、「別に見惚れてないし!」と言い返すのだった。



 原爆資料館を後にし、如己堂ニョコドウへ行くことになった。


 如己堂は、永井隆ナガイタカシ(医学博士、作家、キリスト教信者)が病気療養及び二人の子供と実際に暮らしていた二畳一間の小さな建物である。被爆から数年後、長崎市浦上の人達やカトリック教会の協力により建てられた。

 この部屋で後世に遺っている彼の作品の数々が生まれ、現在は隣に永井隆記念館(彼の遺品、書画のほか関係写真などを展示している)が建てられている。

 如己堂の由来は新約聖書の「己の如く人を愛せよ」という言葉から。


 資料館から如己堂まで徒歩十分ほどの距離なので徒歩で向かう。

 少し歩くと住宅街に入った。暑さのため、ふたりは木々の陰を選んで歩いていく。


「如己堂はね、初めて行く」

「そうなんだ」

「うん、スケジュールの関係とかもあると思うけど、前だけ通ってバスガイドさんが確か説明だけしてくれてた気がする」

「でも大丈夫?」

「ん?」


 龍之介のほうを見ると、心配そうに見ていた。


「さっき気分悪くなったし、如己堂も原爆とかの関係だから観たりしたらあんまよくないかなっと思って」

「あーうん。でも、原爆資料館ほどじゃないだろうし、大丈夫だと思う」

「ならいいけど。ムリそうならすぐ言ってね」

「うん」


かおりは龍之介の気持ちがうれしくて、握っていた手に力をこめると、彼もそれに気づいて握り返してくれる。そして、ふたりは顔を見合わせて小さく笑った。


「あ、これじゃない?」


 かおりが建物の前に立てられている看板を指さす。確かにそれには“如己堂”と書かれてあった。


 そこは木造の小さな小さな離れのような邸宅だった。中には信者だった彼のためにマリア像や彼の病床の写真などが置かれている。


「こんなところに家族三人で住んでたんだねー、ひゃあすごいなー」

「ホントだね」


 ある程度の大きさを事前に把握していたものの、想像を遥かに超える小ささだったらしい、かおりや龍之介は目をまるくして眺めている。

 彼女の実家は団地、そこに五人で暮らしていたので、世間一般には狭小住宅ではある。また、龍之介も今でこそ立派な住まいに恵まれているが、母親と二人で住んでいた頃はやはり狭小アパートだった。

 しかし、その二人ですら、如己堂は驚くほどの狭さだった。


 ひとしきり眺めて、ふたりは隣接している永井隆記念館へ入館する。


 年々減っているとはいえ、今も存命している高齢者の中に同じように被爆した方がいて、「やっぱり今も生きてるおじいちゃんおばあちゃんがこんな経験したってなんか信じられないね」とかおりが思わずつぶやくと、龍之介はさみしそうに「そうだね」と返すだけだった。


 龍之介と出逢えて、こんな風に今一緒にいるってやっぱすごいことなのかもしれないな。

 時々、人と人が出逢ったり毎日を過ごしていることを当たり前のように思ってしまう自分がいるけど、それは決して当たり前じゃないんだな。


 記念館を出てからかおりはぼんやりと思った。そして、隣に立つ恋人を愛おしく思え、横顔を覗き見ていると視線に気づいた彼が見返してきて、「どした?」と訊く。


「ううん」

「そう?」


 少しだけ照れくさそうに笑いながら、首を横に振るかおり。

 ニッコリと笑う龍之介。そして、彼女の手をそっと握った。


 かおりが恥ずかしがるため、外ではあまり手を繋がないふたり。しかしながら、今日は抵抗もせず、当たり前のようにかおりはその手を握り返した。

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