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この街で君と出逢った  作者: 二条 光
12/20

絆/バックグラウンド2

 八月に入り、長崎地方は熱帯夜の連続日が観測史上最長になったと今朝のニュースで言っていたが、冷房のきいた龍之介の家では遠い世界の話のようだった。


 夏休み中、かおりは彼のマンションとバイト先のコンビニエンスストアを往復、たまに自宅のアパートへ行く程度。

 一方、形式上は長期休暇に入ったものの、龍之介は変わらず大学へ足を運んで勉学に勤しんでいる。


 今日はかおりが昼からバイトだったため、午前中は龍之介も家でゆっくりと過ごすことにした。

 朝食をすませ、龍之介は洋画のDVDを観、かおりは洗い物をしていた。

 やがて、朝食の後片付けが終わった彼女は彼の足元に正座をする。


「なに?」


 龍之介はリモコンで映画の進行をストップさせ、訝しげな様子でかおりを見る。


「今までお世話になりました。実家に帰らせていただきます」


 そう言うと、しおらしく深々と頭を下げた。


「はぁ~!?」


 龍之介は素っ頓狂な声を上げ飛び上がる。そのままの勢いで床に座り込み、顔を上げさせようと必死。


「なにっ、なにっ? オレ、なんかやらかしたっけ!?」

「いいえ、これは私のワガママでございます」


 かおりは決して顔を上げようとはせず、平伏していた。


「とりあえず話し合おっ! ねぇマジで! ね、かおり。ごめん、オレが悪いならちゃんと謝るしっ。ね、マジで顔上げてっ」


 ひどく動揺し、彼女の顔を上げさせようとするも動かない。やがて顔を上げるが無表情のまま。龍之介は目を見張っている。

 しかし、すぐに真顔をユルユルと崩すと、「な~んちゃってね~」とおどけてみせた。

 呆気にとられていた龍之介はやがて安堵し、ソファーにもたれると「ジョーダンきっついしっっ!」と天井を見ながら叫んだ。


「でも、お盆は実際帰るよ」

「それはね、うん。そういうことね。もうっマジで焦ったー」


 心底ホッとした様子で背のソファーに身を任せ、腕組みをする。

 やがて龍之介はなにかを思いついたようでニッと形のいい唇の口角を上げる。


「じゃあ今夜からはたっぷりヤリ込まなきゃね~」

「……ねぇバカなの?」

「だってさ~。エネルギー源だからさ~、かおりのカラダ」

「バ、バカじゃないの!?」

「うん、バカだも~ん」


 想像を超える返答に戸惑いを隠せずにいると、ヒヒと笑いながら彼女を抱き寄せる。


「ちょっ、ちょっ!」


 かおりが押し返そうとするが離れようとせず、それどころか回した腕に力を込める。


「リュウッ! 昼からガッコー行くんでしょ!?」

「行くよ~」


 そう言いながらかおりの首筋に舌を這わせる。


「こんな時間から~!?」

「……寸止め」


 ぼそりと呟くと龍之介はかおりの顔を覗き込む。


「すんどめにして~、かおりのほうから今夜はオレを求めますようにっ」


 そう願い事を空を仰ぐようにして言うと彼はかおりの唇を奪う。そして、唇を塞いだまま、かおりの胸を執拗に攻める。

 息つく暇もないほどに求めたため、かおりは徐々に(もうヤバイしっ!)と欲情に駆られていたが、自身から言い出せなかった。


 龍之介が離れるとすっかり色づいていた彼女はだらしなく彼を見つめる。その目は彼にとってはまるで誘惑されているかのよう。


「やっぱ、オレがムリッ! ベッド行こっ」


 そう叫ぶとむんずとかおりの腕を握りしめ、引っ張るようにして一緒に立ち上がる。


「もうっ……バカ」

「バカでけっこうっ」


 かおりの声は色に満ち足りていて、それを合図に暴走列車は終着駅へと急いだ。



 八月九日。

 朝食を済ませた後、バイトのないかおりと、今日は大学に行かないらしい龍之介は、リビングで過ごしていた。

 テレビでは長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の模様が映し出されている。


 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典とは毎年八月九日、平和公園で行われる式典のことである。

 長崎市長、首相などが参列し、平和を訴え、原爆投下時刻には黙祷を捧げる。


 なお、長崎原爆投下とは第二次世界大戦末期の一九四五年(昭和二十年)八月九日、午前十一時二分にアメリカ軍が長崎県長崎市に対して投下した原子爆弾のことで、これは実戦で使われた二発目の核兵器である。

 この一発の兵器により当時の長崎市の人口推定二十四万人のうち約七万四千人が死亡、建物の約三十六パーセントが全焼または全半壊。


 長崎県、長崎市などを指す「長崎」が「ナガサキ」とカナ表記される場合は長崎市への原子爆弾投下を指すことが多い。

 余談ではあるが、「ヒロシマ」と表記する場合、ナガサキ同様、一般的に広島市への原子爆弾投下を指している。



「中学校の時ね、長崎に修学旅行に来たんだよね」

「うん」


 かおりは原爆資料館も訪れたことをぼんやりと思い出していた。

 龍之介はテレビ画面を眺め、隣に座っていたかおりを抱き寄せるので、黙ったまま彼の横顔を見上げる。どこか遠くを見ているようだった。


「で、被爆者の体験談をきいた。ちょうど私のおじいちゃんとかおばあちゃんと同じトシくらいの人だったと思うけど」

「うん」

「だけど、今さ長崎に住んでても原爆に遭った人の話聴くことってないし、なんか昔の話ってカンジがする。そんなことが長崎であったんだ~、へぇってカンジ」

「……そっか」


 龍之介は少しさみしそうに笑った。


「オレはけっこう大学で勉強するしね。……だから、けっこう身近だよ。オレはね」

「そうなんだね」

「うん」


 ありえないと思いながらも、かおりは“今の時代に戦争が起こって”と仮定してみた。

 もしも、龍之介と離れ離れになったら?

 そんな仮定におそろしくなってぎゅっとしがみつくと、顔を覗き込んで彼女の唇に軽くキスをした。


「どーしたよ? かおりからオレを求めるなんて珍しいっすねー」

「べっつに~」


 龍之介はニヤニヤとしてかおりを見る。顔を赤らめた彼女は視線を逸らした。


「……戦争ってかなしいことが多すぎるよね」


 ポツリ。呟く龍之介。

 かおりは龍之介の腕の中で小さく頷く。


「私たちは平和な時代に生まれてよかったなーって思う」

「……そうだね」


 龍之介は少しだけさみしそうに笑った。


 その日の龍之介はいつにも増して甘え癖が出ていた。


「コラコラコラ!」


 包丁片手に夕食の準備をしているかおりの後ろに立ったかと思うと、彼女の腰に腕を回した。慌ててかおりはまな板の上にそれを置く。


「危ないからっ」

「へへ~」


 かおりの言うことなどちっともきかず、龍之介は顔を覗き込むとチュッと軽い音を立ててキスをする。


「戻った戻った」

「ぶぅぶぅ」


 かおりは照れくささを隠すように言うと、彼の体をひじで後ろに押した。まるで子供がつまらなそうに言うかのように、龍之介は拗ねてリビングのソファーに腰掛ける。


 夕食後も、終始後片付けをするかおりの後ろに立っては邪魔ばかりして、しまいには怒られてしょんぼりする次第だった。



「おフロ入れるよ」


 湯張りから戻ってきたかおりはソファーに座ってテレビを見ていた龍之介に声を掛ける。

 背を向けていた龍之介はクルリとかおりのほうを見て、「一緒に入ろっ」とニヤリとして告げた。


「なんなの、突然」


 ギョッとして慌ててつぶやく。

 いつも別々に入っているふたり。

 幼い頃ならともかく、年頃になって異性と風呂に入ったことなどない。そのため、何度となく裸を見せている相手にも関わらず頬を染め、声が震えていた。


「いまさらテレることもないっしょ~」


 龍之介は立ち上がると彼女の手を取る。


「ちょっ!」

「いこっ」


 リビングを飛び出した。


「マジで~!? ウソでしょう!」


 かおりは青くなったり赤くなったりしながら、龍之介の意のまま脱衣所へ。


「はい、バンザーイ」


 そう言いながら、龍之介は両手を上げる。かおりに上げるよう、示しているらしい。


「マジで?」


 かおりは恥ずかしさを押し隠すようにわざとしかめっ面をする。


「はい、マジマジ。バンザーイ」

「ハイハイ……」


 かおりは観念したように小さく両手を上げた。


「はい、そうそうっ」


 そう言いながら龍之介は彼女の腕を大きく上げさせ、一気にTシャツを脱がせた。


「あ~、なんかめちゃめちゃ恥ずかしい……」


 本当に恥ずかしそうにモジモジしている。龍之介は彼女の羞恥に悶える姿を見てニヤニヤしている。


「じゃあ、オレの番っ」


 龍之介は万歳をしてスタンバイ。


「はいはい……」


 かおりはのっそりと彼のTシャツを脱がせた。


「はい、次~」


 そう言うが早いか、龍之介はかおりのスウェットのズボンをストンと下ろした。


「ねぇ」

「ん~?」


 龍之介も自身のカーゴパンツを脱いだ。


「ホントーーーに、一緒に入るの?」


 恥ずかしくて龍之介の顔を見ることが出来ず、下を向いていたまま訊く。


「当たり前でしょー。ここまできて~」


 龍之介はクルリとかおりに背中を向けさせたと同時にパチンと音を立ててブラジャーのホックを外した。


「もうっ!」


 両腕で胸を隠す。


「またまた~」


 龍之介はかおりの二の腕を撫でながら、徐々に中央へと手を伸ばしていく。


「ちょ、ちょっと……」


 この先の展開など予測はついているものの頭がついていかず情けない声を出す。

 彼はガードをしている手を器用に剥ぐと口付けを落としながら揉みしだき、彼女の欲情を引き出してゆっくりと唇を離す。


「このままシタいよね」


 龍之介は有無を言わせない甘い台詞を耳元で囁くと再び唇を塞ぎ、右手を腹を這わせながら下に落としていく。


「ねっ」


 愛欲を抑えることが出来ず、念押しに彼女は首を縦に振った。

 頷いたのを合図に彼は弄びながら器用にお互いに身に付けていたものを取ると、彼女を胸に抱きながら浴室に入った。


 かおりは今まで風呂でなんてシたことなかったし、こんな風に流されることはあまりなかった。しかし、龍之介とのことになると自分の中のブレーキだとかがまったくきかなくなっていた。

 浴室は蒸気やふたりから発せされる熱気でムンムンしていた。


「……ゴム」


 “さて”という体勢になっていた時、素に返ったような龍之介の言葉をかおりは背中越しに聞く。


「取ってくんの、めんどいんですけど」


 龍之介はボソボソと呟いた。

 かおりもこの流れに身を任せたい気分になっており、ぼぉっとする頭で避妊具をつけないでいい口実ばかりを考えていた。


 結果、かおりは初めて何もつけずにした。


「つけずにシたね……」


 浴槽内。ふたりで浸かるには広くはないその中で、彼の中にすっぽりとおさまって呟くように言った後、小さく溜め息をつく。

 さっきまでの自分がいかに流されていたかを思い出し、ショックを受けていた。

 龍之介といるとどんどん自分が自分らしくなくなっていくような気がして、それがなによりもこわかった。


「だね。でも、いちお外に出したし、かおりも生理終わったばっかりだし。第一大丈夫だって、オレ種なしだから」


 龍之介はケタケタと笑う。


「うわっマジサイアク! そんなこと言い訳に使うオトコ、マジサイアク!!」


 冗談っぽく言いながら、それは本音でもあった。しかし、だからといって彼への気持ちが醒めることもなく、底なし沼のように彼に嵌っている自分を実感せざるを得なかった。


 浴室で致したものだから当然のぼせてしまい、風呂から上がりふたりはリビングでぐったりとしていた。

 ソファに並んで座り、龍之介はかおりの肩に腕を回している。


「でも、さみしいなー。もうすぐしたらかおり実家に帰るし、そしたら一緒にいられないもんな~」

「でも、三日ぐらいすぐじゃない? ふたりでこうやってさ暮らすようになる前のこと考えたら」

「う~ん、そっか。そうだよね」


 ニパッと龍之介の表情が明るくなる。それを見て、かおりは小さく笑った。


「ねぇ、かおりの地元って埼玉のどこ?」

「え、どうした?」


 かおりが驚いた様子で龍之介を見るものだから、今度は彼が驚く番だった。


「いや、珍しいなと思って」

「そっか。オレ、かおりのことあんま訊かないもんね」


 かおりはコクリと小さく頷いた。

 日頃、彼は自分のことをあまり話さないし、また、かおりのこともほとんどきいてこない。

 かおりは自分のことをベラベラと話すほうではないし、また、彼自身が家庭のことなど話題になるのを避けているようだったので、合鍵を渡されたあの日“ちゃんと話していく”と言った彼の言葉を信じ、気長に待っていた。


「今日はかおりと色々ゆっくりと話したい気分かも」


 その言葉に彼女は穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

 龍之介はかおりの髪をやさしく撫でていく。

 もうバテているはずなのに、まだのぼせた後で頭が少しぼんやりしているのに、そんな何気ない龍之介の仕草に、かおりのカラダは彼を受け入れたい欲求が徐々に高まっていた。


「地元は? どんなとこ?」


彼が髪に指を絡ませるが、なにも感じていないふりをする。


「田舎だよ、チョー田舎」

「そうなんだ」


 ふっとやわらかな表情を浮かべて見つめるから、息をすることすら忘れてしまいそうだ。欲情に駆られる心身を沈めようと、かおりはやっとのことで目をそらした。

 彼女の心身の様子をうっすら気づき始めた龍之介がクスッと笑うと顔を赤らめながら、「龍之介は?」と必死で訊く。


「あ、オレ?」

「うん」

「井の頭公園の近くが実家」

「へぇ、あのへんも武蔵野市なんだね~」

「うん。でも、中二までいたのは渋谷区の幡ヶ谷なんだ」

「渋谷区? じゃあ都内でもホントに都会っコだね~。で、中三から武蔵野市民? 引っ越したんだ、お父さんの仕事の都合?」

「……ん~」


 少しだけ間があって答えると、龍之介はさみしそうに笑った。それを見たかおりのテンションもゆるゆると下がる。


「オレの母親、中二の時に死んだんだ」


 流れるように呟いた言葉の裏にある龍之介の思いが表情からうかがい知れて、何を言えず彼の胸の中にすっぽりとおさまるように丸くなる。


「未婚の母だったんだよね」


 必死で言葉を紡ごうとしたかおりを遮るかのように続けたため、かおりの喉に何かが張り付いたようにいよいよ言葉が出てこなくなった。


「で、父親に引き取られたんだ」

「……そ、っか」


 やっとの思いで返した言葉は掠れていた。


「うん……」

「そっか」


 少しの間沈黙が訪れる。


「……だから、かおりのアパート行った時にさ、こんなとこ住んでたよって言ったでしょ」


 沈黙を破った龍之介の言葉が耳に届いた瞬間、かおりの目が大きく見開いた。


「あれ、ホントだよ。実際はね、かおりのアパートなんか比べ物になんないくらいのボロいアパートに住んでたんだ」


 かおりは彼にしがみつくように腕を回す。


「ごめん、あの時」


 自分の吐いた言葉――『は、ハイハイッ。冗談はいいからっ』――がとんでもなく彼を傷つけたことに気づき、かおりの眉間に皺が寄る。


「いいよ、オレも本気にしてもらえるなんて絶対思わなかったし」


 かおりは何度も首を横に振る。

 彼の言葉を冗談にしてしまった。いくら彼のことを何も知らなかったとはいえ、傷つけたことが歯がゆかった。

 龍之介は彼女の顔を覗き込み、そっと口付けをする。初めは軽いキスも、彼の舌が唇を割り込み、彼女の舌に絡みつく。


 しばらく口付けを堪能し、唇を離した龍之介は「じゃあ、もう一回シテくれたら、許す!」とニヤリとして言った。

 かおりは少しだけまだ心にしこりを残しつつも、「はい、わかりました」と笑った。


 少しずつ少しずつだけれど、確実に自分に心を開いてくれている。

 そのことがかおりにはたまらなく嬉しく、その夜、龍之介の交わりは性欲だけではなく、心までも満たされたような気がした。

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