星空の中でキミに出会った
「……暑い」
灼熱の太陽の下。上村 隆は歩いていた。
汗が滝のように湧き出てき、身体中が気だるい。今まで都会暮しをしていた身体には流石に堪える。
ここは俗に言う田舎という場所で、周りには畑、畑、畑と、こんなに蒸し暑いのに日陰が一切見当たらない。
喉も乾いて冷たいジュースでも飲みたいくらいだが、生憎都会のようにそこら辺にコンビニやら自動販売機などは見当たらない。
「……なんで俺こんなところにいるんだろ」
ことの始まりは先月、父親がリストラにあった。
父親は普通のサラリーマンでだった。
周りからの評価は真面目ではある。だが、ただそれだけ。
作業効率はお世辞にも早いとは言えない。積極性がない。付き合いが悪い。
前者はぐうの音も出ないが、後者は晩ご飯だけでも家族との時間が欲しい。そういった思いがあってのことだった。
しかし、そんなことなど会社にとってはどうでもいいのである。
結果、今の状態だ。
仕事がなくなった父親は、実家の農家を継ぐことになった。
そのため、つい先日にこの町にきた。
隆はそのことに、最初は大喜びであった。
理由は学校。
クラスの雰囲気は悪く、自分ではないが目の前で起こるのはイジメであった。
見ているだけで気分が悪く、口にしようとしてもそんなことができるわけがなかった。
恐かったのだ。
もしそのせいで自分があのような目にあったら?
そして、今みたく誰も助けてくれなかったら?
そう思ってしまった。
そんな時に訪れたのは田舎への引越しだ。
元々、人付き合いが苦手であった隆は二重の意味で喜んだ。
田舎なら人が少ないからなんとかやっていけそうだし、こんな空気の悪い空間からおさらばできるからだ。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
新しいクラスの人数は自分を含めて十人と少ない人数ではあるが、どいつもこいつも馴れ馴れしい。
自分は人とはあまり関わりたくないのだが、そんなことも言えるはずもなく、その場では愛想笑いをしているしかなかった。
そのせいか、毎日無駄に疲れる。
そして、なんといってもかなりの不自由さ。
学校までの距離は40分も歩かなければならないし、電車は一時間に一本なのに、ゲーセンなどは二駅先にあるために気軽に遊びに行けない。
コンビニはこの町に一つしかなく、朝5時から夜の7時までと、都会のように24時間営業をやっていない。
なんといってもこの暑さ。
今は六月であるからして暑いのは当然なのだが、日陰が少ないうえに、冷たい物も気軽に買えない。
そして、家にあるのは扇風機だけで、エアコンなんてもってのほかだ。
正直、思っていたのと違った。
嫌なことはどっちもどっちだが、都会の方が明らかに面白いものが沢山ある。
しかし、もう後戻りできない。
隆は地面を踏みしめて帰路を歩くのだった。
昔、この町には何度か来たらしい。しかし、俺にはその時の記憶がない。
別に、記憶喪失なんて大層なことが起こった訳では無い。単に忘れてしまっただけなのだから。
「……はぁ」
今の時刻は夜の十二時。
明日も学校があるというのに、眠れやしない。
理由はもちろん……
「……暑い」
今は夜だというのに気温は30度もあり、扇風機だけではこの暑さをしのげない。
しかも、ただ暑いだけではなく、湿気が多いためにジメジメとした不快な暑さが続く。
さらに付け加えるなら外がうるさい。
カエルやらセミ、スズムシの鳴き声が雨のように聞こえてくる。
気にするなと自分に言い聞かせるも、鬱陶しいものは気になってしょうがないのだ。
それから数分がたった
「うるせぇ!」
気付けば窓を開けて思いっきり怒鳴っていた。
しかし、そんなことで静かになるはずもなく、隆は虚しくなった。
「うるさいのはあなたじゃないんですか?」
ふと、外から声が聞こえた。
声のした方に視線を向けると、見知らぬ少女がいた。
歳は見たところ自分と同じか一つ下と言ったところだろうか。小柄な身体に、まだ少し幼い顔つき。黒い髪をなびかせながらジト目でこちらを見ている。
「いきなり怒鳴り声が聞こえたのでびっくりですよ。夜なんだならもう少し静かにした方がいいんじゃないんですか?」
「あ、あぁ。すまん」
いきなりの少女の登場に驚き、気付けば少女に謝っていた。
「……いや、そうじゃなくて。キミはなんでこんな時間にこんなところにいるの?」
こんな夜中に女の子が一人というのも危ないだろうに、なぜ少女がこんなところにいるのだろうか?
「……この近くの川に用がありましてね」
「川?一体何の用?」
なぜか不機嫌そうに言葉を返す少女。しかし、隆はそのことに気が付くことなく言葉を返す。
「……よければ先輩も見ます?」
「見る?一体なに……、ちょっと待て。なんで俺がお前の先輩だって分かるんだ?」
「……いや、生徒の人数が少ない学校に転校生がくれば注目の的ですよ」
なるほどなと理解すると、話を戻すことにする。しかし、少女は未だに不機嫌なままだ。
「で?見るって一体何を?」
「……まぁ、それは見てからのお楽しみってやつですよ。どうします?」
どうやら教えてはくれないようだ。だが、何かを考えていたような間があったのが少し引っかかる。
「なら、俺もついて行っていいか?」
「もちろん、構いませんよ」
そう言って少女が手を引いてくる。なぜだろうか、少女の機嫌が一瞬にして良くなった。
「さぁさぁ、早くいきましょ?」
「いや、せめて靴を履かさせろよ」
「どうです?」
「……綺麗だ」
川には沢山のホタルが集まっており、水面の上で輝きが舞っている。
時には光が点滅し、光の量が変化していく。
その度に風景も変化していき、見るに飽きない。
「この風景を星空の下で見る。とても素敵だと思いません?」
「あぁ。確かにな」
今まで都会の夜空は何度も見たことがある。しかし、ここは夜空ではない。
空に目を向ければ散りばめられた満点の星々。
一つ一つの輝きが自信を照らしているかのような錯覚を覚える。
星空なんて初めて見た。こんな風景は都会では見れないだろう。
「いいな、ここ」
「でしょ?」
目の前にある川とその上で舞うホタル達、宙に広がる星空。
それを、それらを見ることで生まれる感動がそこにはあった。
幻想的。
一言だけで表すのでは味気ない気もするが、無駄に言葉を並べるのも何か違う。
それなら無理に言葉を着飾らず、自分の感想を言葉という形に表すことが出来たのであれば、それでいいのかもしれない。
「ありがとな」
最後に、名も知らない少女にそう告げた。
しかし、その言葉を聞いた少女は再び不機嫌そうな顔に戻るのであった。
敢えて全ては語りません。
全てはアナタの望むままに。