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第二話

「ありがとう。なんだか顔を洗ったら、諦められる気がしてきたわ」

ロゼはすっきりとした表情でそう言った。しかしそれは、希望を全て捨てたからであって、決して幸せそうには見えない。

「しょーがない、なー」

ビビは何か決めたようで、言葉通り仕方なしといった風に椅子から立ち上がった。

「ロゼ、あなた秘密は守れる?」

「え?えぇ、守れると思うわ。あのドレスだって、この5年間隠してきたものだし」

突然口調が変わったビビに驚きつつも、ロゼは答えた。そりゃいいね、とビビは笑った。

「簡単なことだよ。ロゼがあたしのことを黙っててくれればいいの」

何のことだかさっぱり分からなくて、ロゼは曖昧に頷いた。それを見て、ビビはつぎはぎスカートのポケットから棒を取り出した。それを軽く振ると、トルソーに覆い被さっていた布がはらりと落ちた。

「まぁ、すてき……!」

最新のデザインに作り直した白いドレスが現れて、ロゼはしばしそれに見入った。

「じゃ、まずは着替えね」

もう一振りすると、ポン、とロゼの古い服がドレスと入れ代わった。あまりのことに驚いて言葉も出ず、ロゼがトルソーにかかった服と今着ているドレスを見比べていると、ビビが棒をさらに一振り。

「ん~……もうちょっとこうかな」

そう言いながら、またロゼに向けて棒を振った。ふむ、と頷き、今度は扉に向かって棒を振ると、扉の内側が全面鏡になったのだ。鏡に写ったのは、満足げなビビと、見たこともない綺麗な娘が一人。

「ビビ、あなた……魔法使いなのね?」

魔法使いはこの国では大変希少な人達で、ほとんどの魔法使いが国王や領主に使えていて、下手な貴族よりもずっと高い身分を与えられているものなのである。ビビが望めば、次期領主夫人の座くらい軽いものだろう。戸惑うロゼにビビは、にっと笑いかけた。

「あたしは固っ苦しい所が苦手でね。今みたいに皆に服を作って生活していた方が気楽なの。それに、魔法自体もあってもなくてもいいものだし。便利は便利だけど」

ドレスも、結局間に合いそうもなかったから魔法で縫い直したらしい。だから、お代はいらないよ、とカメオをロゼの胸元に飾った。

「で、でもそんな……」

さらに、ビビはロゼの足下に向けて魔法を放った。

「靴も合わせておかなきゃね。さ、これで出来上がり」

綺麗に腫れも消えているし、薄化粧がロゼをより美しく見せている。亜麻色の髪も、緩やかに結い上げられていて、ぱっと見ただけではロゼだとは分からない程だ。その名の通り、美しく咲きほころぶバラのようだった。さ、行っといで、とビビがロゼを送り出そうとした。

「え?ビビは行かないの?」

「あたしは別に。それに、このかっこで行ったらあたしがビビだって知らない人はいないし、そうなるとすぐにロゼだってこともあなたの義母たちにバレるだろうしね」

肩をすくめてビビは言った。それを聞いて、ロゼは不安げな表情になった。

「一人で行くなんて……。ねぇ、一緒に来てくれないかしら?ビビも、ドレスを着て髪を結い上げたら、あなただって分からないと思うんだけど」

えー、と渋るビビに、ロゼは尚も頼んだ。

「お願い、一緒に来て。私、掃除とか食事を作るくらいしかできないけど、なんでもお礼するから、ね?」

ビビはそれを聞いて、うっと考えた。必死に言うロゼに、ビビは答えた。

「1週間」

「え?」

「1週間、夕食を作って」

魔法を使っても、料理だけは上手く作れないのだ。もともとの腕前とあまり変わらない。きっとロゼならとっても上手に作るだろうと考えたのだった。

「……!ええ、もちろん、喜んで!!」

満面の笑みで頷くロゼを見てビビはため息をつき、杖を一度、ゆっくりと振った。





すでにダンスパーティーが始まって少し経っていた。もうそれぞれに目当ての相手を誘っていたり、もしくは誘おうと話しかけたりしていた頃、ビビ達は領主の館に辿り着いた。

一応領民は誰でも入れるのだけれども、他の土地からも花嫁や花婿探しに来ることがあるため、よっぽど挙動不振でない限りは入口で止められることはない。ビビとロゼも、誰にも見とがめられることはなかった。正確には、注目されていたけれども。

パーティーの会場へと入ると、一気に視線が集まったことが分かって、ビビは苦笑した。本人はあまり自覚していなかったのだが、ビビ本人もかなりの美人の部類に入るだろう。そして、真っ黒のドレスも彼女のミステリアスな美しさを浮き彫りにする効果をさらに上げている。隣にいるのが白いドレスの儚気な美しさを持つロゼ。対照的ながらもお互いに引き立てあうような美しい2人組に、誰しもが視線を奪われたのだ。

ロゼはというと、会場に入ってからその瞳はまっすぐ前を向いたまま微動だにしなかった。ビビがなんだろうと視線を追うと、そこには領主達の席があった。一応大きめの街とはいえ、領主とその家族の顔くらいは知っているのだが、そこには知らない男性が一人いた。領主の上の息子と同じか少し下くらいに見えるその男性は、明らかに一般市民ではない雰囲気をかもし出していた。涼し気な目もとに上品な態度、その笑顔からは気品すら感じられる。きっとどこかの大きな領主の息子で、招待でもされてこのパーティーに来たのだろう。そして彼も、ロゼを凝視していた。

ビビはそれを見て、一肌脱いでやるか、と呟き、ロゼを促して領主の座る所へと歩いて行った。

ざわざわと注目を浴びる中、白と黒の美しい2人連れがやってくるのを、領主は楽しそうに見ていた。喪服とはまた違った黒いドレスは、まさに魔女の象徴なのだ。けれども、この街に魔法使いがいるといった話は聞いたことがない。もちろん、ビビが黙っていたからだが、領主はそれを知らない訳で。ロゼを少し後ろで控えさせて、ビビは挨拶をするべく優雅にお辞儀をした。

「我らが領主様におかれましては、御機嫌麗しく存じ上げます」

領主は、それに対してうむ、と答えた。そして、そんなに堅苦しい挨拶は無用だとも言った。

「わたくしはこの地に住まわせて頂いておりますが、一領民として慎ましく暮らしております」

「ふむ。そなたは魔法使いとして住んでいるのではないのか。いや知らなかった。では、今回魔法使いとして来たのには理由がおありかな?」

「大した理由ではございません。ただ、一度くらいは魔法使いとして挨拶をと思いまして」

にこやかに答えるビビに、その客人が近づいてきて言った。

「ほぅ、特にこちらに使えたいといった訳ではないと?」

なんだか偉そうな人だが、それも嫌味ではない。誰ですか、と目線で聞くと、領主がこれはこれは失礼、と慌てて言った。

「こちらはお忍びで来られた高貴なお方にて、お名前は教えられないのだが……」

ビビはそれを聞いてピンときたがそれはおくびにも出さず、そうですか、と頷いた。

「わたくしは今の暮らしに満足しておりますので、領主様にお礼を言いに来たまでです。それより」

ビビの前まで来たその客人は、視線がビビよりも少し後ろにあった。それを確認してビビはにやりと笑い、すすっと近づいて小声で言った。

「もしよろしければわたくしの連れの相手をしていただけますでしょうか、王子様?」

確か、第一王子はもう少し年上で、すでに王位を継承している為そうそう出歩いたりはしないはずだが、第二王子はこれくらいの年だったはず。ビビのカンは当たったらしく、王子は一瞬目を丸くした。けれどビビが魔女だからと納得したのかすぐにっこりと笑顔になり、それでは遠慮なく、とロゼの所へ歩いていった。

ただでさえ2人は注目を浴びていたのに、さらに最初から注目を浴びながら誰も誘いに行こうとしなかった高貴な客人が、初めて動きだしたのである。会場中が固唾を飲んで様子を見守った。

「踊っていただけますか?」

一点の曇りもない礼をした後、王子はロゼにそう言った。ロゼは驚いて少し戸惑っていたのだが、にっこりと笑うビビを見て安心したように頷き、王子の手を取った。

一旦止まっていたダンスパーティーが、再び動きだした。

それに伴って、我先にとビビの所へも男性が沢山来たのであるが、まずは食事とビビは会場の端に設置された机の前に陣取った。食事の後にでも、という人々も袖にして、ひたすら食べながらロゼと王子を見守るビビ。どうやら会話は弾んでいるらしく、初めは少し俯きがちだったロゼも今はしっかりと王子と視線を交わしている。

しつこいくらいに誘いに来る男性達がうっとうしくなって、ビビはシャンパンのビンとグラスを一つずつ持って、人気のないベランダへと出た。


今日は見事な満月が夜空を彩っていて、月見酒にはぴったりだ。無精するべく魔法でビンを浮かしたところで、先客に気がついた。

「こんばんわ、良い月ね」

端の方にじっと立っていたその人は、少しみじろぎをした。その拍子に、かちゃん、と剣の音がした。

「……もしかして、あの王子様のお忍びに付き合わされた騎士さんってとこかしら?」

ゆっくりとビビがその人に近づくと、一緒にシャンパンのビンもふよふよと後を付いてくる。

「まぁ、そんなところだ」

苦笑しながら、騎士は影から出て来た。

「一緒にどう?」

ビビがクラスを上げて訪ねると、騎士はそうだな、と頷いた。すると、グラスが一つ、窓から外へ出てきて騎士の手の中へと舞い降りてきた。

「見事なものだな」

シャンパンのビンが勝手に酌をするのを見て、騎士は感心するように言った。月明かりに浮かぶ淡い茶色の髪と翡翠を思わせる緑の瞳は、彼に良く似合うとビビは思った。

「これくらい、王城魔法使いならどうってことないでしょう?」

首を傾げてビビが問うた。魔法使いとしてはビビはかなり優秀だろうと自負しているが、上には必ず上がいるものだ。しかし、騎士は首を振った。

「5年前から、城に魔法使いはいないんだ。俺は4年前に騎士になったばかりだからな」

「え?じゃ、あのじぃさま、引退しちゃったの?」

「サーイ様を知っているのか?」

「えぇ、まぁ……有名な人ですからね」

ビビは誤魔化すように微笑んだが、騎士はそれ以上深く聞いてはこなかった。騎士になれるのは16歳からと決まっているから、彼は今20歳なのだろう。ビビはシャンパンを口に運びながら、ちらりと騎士を見た。

場所的に、このベランダは中からは見えにくいのだが、ここから中はとても良く見える。入口まで見渡せるので、護衛としているには丁度良いだろう。今も、騎士とビビの視線の先には、王子とロゼが踊っているのが見える。

「ねぇ、別に言えないならいいんだけど、どうして王子様はわざわざこんな田舎に来たの?」

他にも同じようなパーティーをする街は沢山あるし、あまつさえもっと身分の高い人々が集まるパーティーには引っ張りだこになるだろうに。ビビが聞くと、騎士は少しだけ躊躇してから、溜め息まじりに言った。

「なんでも、たまたま引退されたサーイ様のところへお忍びで遊びに行ったら、今日行われるこの街のパーティーに行けと言われたそうだ」

その言い方を聞いて、ビビは少し笑った。どうやらお忍びが得意な王子様らしい。

「それで、ここへもお忍びで?」

「ああ。領主のリフィベル殿にはすぐばれたがな」

騎士は心持ち眉間に皺を寄せて言った。しかしその瞳には優しい色が見える。どうやら、ただ仕えているとうだけでなく、それ以上に王子に親愛の情を寄せているようだった。自分のことではないのに、ビビは嬉しくなって微笑んだ。

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